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R18。ゼロレオの愉しい日常 [ 11,369文字/2015-08-07 ]

 世に混沌を齎す真の敵は、視えざるところにこそ在る。それに対抗すべく集められたカムイ軍は、星界に居城を置いて生活していた。
 最初はごく少人数だった軍も、白夜王国、暗夜王国、部族の人間をも巻き込み、現在はかなりの大所帯だ。
 畑で作物をつくり、魚を釣り、料理を作っては皆に振る舞う、そんな平和な時間もある。しかし当然、戦いに備えて訓練もしていた。
 最近は、出身国が混成となるようにメンバーを選出しての模擬戦をよく行っている。共通の目的があるとはいえ、長年敵国と思ってきた土地の人間に対する心情は様々だろう。できるだけ蟠りを取り除いて軍の結束を強めたいという、将の想いからであった。
 

「ただいま戻りました、レオン様」
「お帰り、ゼロ」
 フリルのシャツに黒いパンツという休日のスタイルで本を読んでいたレオンは、件の模擬戦から戻った臣下の声に穏やかな表情で顔を上げ──相手の様子を見るや真顔になった。
「いつもよりニヤニヤして気持ち悪いけど、なんかひどいことでも思いついたの」
「いいえ? レオン様を悦ばせる、とってもイイご報告ならありますよ」
 ゼロは目を細め、唇の端を釣り上げてニーっと笑う。
 嫌な予感がする。
「そういえばこの本、今日のうちに資料館に返さなきゃいけないんだ」
 レオンは取ってつけたように言って、軽やかに立ち上がり、ゼロの脇をすり抜ける。ドアを開け、よく見ずに外に飛び出すと、何者かにぶつかった。
「……は?」
「レオン様。ちゃんと前を見て歩かないと、悪い人に捕まってイケナイことされちゃいますよ」
 レオンがぶつかった、ドアの外に立っていた人物は、ゼロだった。
 状況を理解できないまま、後ろを振り返って部屋の中を覗くと、やはりそこにもゼロの姿が見える。ならば今目の前にいるものは一体なんだというのか。
「さあ、レオン様」
 部屋の外のゼロが怪しげに笑い、こちらに腕を伸ばす。
「ひっ!?」
 レオンは反射的に飛び退いて、勢い良くドアを閉めた。
「いてっ!」
 指を挟んだようだが知ったことではない。パタパタと室内に戻ると、ゼロはなにやら呻きながら手指を押さえていた。
「つぅ……痛いですよ、レオン様」
「えっ? あ、ご、ごめん?」
 目の前に掲げられたゼロの指は、赤く腫れてしまっていた。何かに強くぶつけたようだ。状況が理解できないが、名指しされたこともあってレオンはそれを撫でさすった。
「ふ。このくらい、レオン様にねっとりと愛撫して頂ければすぐに治ります」
「そう、それならいいけど……?」
 いいのか? レオンは首を傾げる。
「そそのかされてはいけませんよ、レオン様」
 聞き慣れ過ぎた声に後ろを振り返ると、そこにはやはりゼロがいた。
「へっ?」
「実際ドアに挟まれたのは俺の指なんです。俺こそレオン様の身体で慰めて頂かないと」
 言いながら、ついさっきも見たような仕草で手の指をさすっている。
「うーん、と……」
 もう一度振り返る。ゼロがいる。前にもゼロ。後ろにもゼロ。ゼロ+ゼロ=2。頭痛が痛い。レオンは額を押さえた。
 ゼロはレオンの肩をがっしりと掴み、憂いを帯びた瞳を覗き込む。
「レオン様、あなたのゼロは今日から二人になりました」
「これでもうレオン様は渇き知らず。……ね、イイ報告でしょう」
 二人のゼロが口々に言う。突然そんなことを言われても困る。
「ええと、ちょっと意味がわからない……ゼロは実は双子だった……?」
 察しの良い主が頭の上にハテナを飛ばす状況というのは珍しくて可愛らしい。ゼロは口元を緩めていた。
「ふふ。今日の演習で意気投合した白夜の者に〝写し身〟ってテクを伝授してもらったんです。自分と同じ姿、能力、そして命を共有した分身を作り出す」
「命を……」
「二人分の働きができる代わりに、どっちかが死んだらどっちも死ぬってことです。もっと単純なとこだと、こういうことですね」
 二人のゼロは、ドアに挟まれて赤くなった各々の指をレオンの目の前に示した。
「なるほどね、聞いたことがあるよ。実際に見たのは初めてだし、もっとハリボテ人形みたいなものかと思ってたから、今の状況と結びつかなかった」
 見知った人間が目の前に二人現れるという視覚的なインパクトのせいで、驚いてしまったところもある。
「もっと冷静でいなくちゃね。……それにしても、よくできてるもんだね」
 ぺたぺたと、レオンはゼロの顔を触る。
「レオン様、俺はホンモノです。写し身はそっち」
 主の仕草は可愛らしいが、写し身に間違われるのは少し複雑な気分だ。それだけそっくりそのままということでもあるのだが。
「へえ、全然見分けがつかないよ」
 大きな目をぱちぱちとさせる仕草は華やかで、いつもの落ち着いた印象より随分と子供っぽい。頬に触れられながら、写し身のゼロはいっそう目尻を下げる。
「そうでしょうそうでしょう。ささ、もっといろんなとこお触りしてください」
 言いながらベルトを外し始める。こんなところも似るのか。レオンは目を据わらせた。
「……そっくりはすごいけどさ、ゼロは一人で充分かな」
「そんなこと言わないでください。今までの二倍働きますよ」
 レオンの右側から、ゼロが顔を近づけてアピールする。
「今まで夜しかできなかったコトが朝も可能になります」
 レオンの左側から、ゼロが顔を近づけて補足する。
「そういうのいいから、いらないから!」
 きっぱりと言い放ち、両の腕を体の両脇に突き出して、意外に肉厚な胸を強く押し返す。しかしめげないゼロは首を伸ばし、愛しの主の耳許に唇を寄せて囁いた。
「俺を信じてください、レオン様……俺が二人いれば、レオン様がヤッた釣り堀の魚だって、この前の半分の時間で証拠隠滅できます……」
「そ、それは言うなって」
 レオンは落ち着きなく視線を泳がせた。頬が熱い。冷静な言葉を紡げない。追い討ちのように、もう一方の耳にも熱い息に混じったいやらしい囁きが入り込んでくる。
「そう、あれは大変だった……レオン様にイケナイコトをされた早熟な果実を、誰にもバレないようにトロトロのジャムにして売っぱらったのも……」
「や、やめっ…」
「さあさ、わかったらベッドに行きましょうね」
 何が「さあ」で一体何がわかったというのか。全くわからないが、恥ずかしい秘密をちらつかされたレオンはもはや強く出られない。二人のゼロにがっしりと両脇を抱えられ、ベッドへと連行される。
(なんとなく、想像はついたけどね、そういう目的なんだろって……)
 抵抗はしない。暗夜の王子だとて年頃の少年だ、全く興味がないとは言えなかった。

「ん……」
 美しい主が、その愛らしい唇を、彼には不釣り合いな男に貪られている。薄い皮膚を吸われ、図々しい舌に口腔内を蹂躙される。唇の隙間から漏れる息はじっとりと熱を帯びていて、彼がその野蛮な行為を許し、感じていることを語っていた。
 背徳的な光景だ。それを眺めるもう一人のゼロは、ごくりと喉を鳴らす。
 写し身は感覚を共有する。傍観するゼロの口内にもまた、粘膜の絡み合う、柔らかで卑猥な感触があった。辿るように、自らの唇を舐める。
「はぁっ……んむぅっ」
 唇を解放され、息を吐くや否や、もう一人のゼロに唇を塞がれる。或いは、同じゼロなのかもしれない。もはやどちらでも良かった。
「ん、んっ……」
 呼吸を奪いながら、褐色の手は好き勝手に細い体を這い回る。服越しに、しかししっかりと、身体の形を、彼の存在を確かめるように。
 レオンはざわざわと肌を粟立たせて身を捩る。溶け合う舌先の感触が、身体中を敏感にしていた。
「レオン様。もう、シャツを着ている意味がないみたいですよ」
 硬く隆起して布越しにも形のわかるようになった乳首を、指先でくるくると弄りながら意地悪く笑う。きゅっと摘み上げると、びくりと身体が震えた。
「あんっ」
 レオンは甘えるような声を出して、赤い顔をゼロの肩口に隠す。
「レオン様。こちらも主張なさってきましたよ」
 もう一人のゼロが、レオンの股間を、やはり布越しに包み込むような仕草で撫で上げる。飽くまで緩慢な動作が憎たらしい。
「そんなの、みんななるでしょ…っ」
 ゼロは焦らすのが好きだ。それはいつものことなのだが、今日は触れる手が増えている分だけ執拗に感じられるのかもしれない。早く直接触れて欲しいのに──レオンは素直に音を上げた。
「ゼロ…あつい……」
「本当ですね」
「っ!」
 ゼロレオンの下着の中に手を滑り込ませ、その肌に直接触れた。彼にしては随分と素直な行動だった。レオンには悟らせまいとしているが、この状況にはひどく興奮している。いつもほど辛抱はきかない。
 レオンのズボンと下着を下ろすと、首を擡げる若々しい性器があらわになった。薄紅色のそれは、ゼロの目には可愛らしく映る。手の中につかまえ、ゆるゆると弄んだ。
「熱くなって、汗までかいて」
 先端の雫を指に絡めて拡げる。レオンは一層敏感になって小さく喘いだ。
「あぁ、あっ…」
 シャツをはだかれ、胸にも直接触れられる。唇で、舌で、歯で。胸の突起を執拗に嬲られて、堪らず身を捩った。
「ん、やっ」
「嫌なわけがないですよね?」
 ゼロはレオンの身体を折り畳むように、脚を抱え上げる。
「全部見えますよ。レオン様のお顔も、大事なモノも、いやらしい穴も」
「あなたがこんな姿をしているなんて、誰も想像できないでしょうね」
 左右の耳に交互に、熱の篭った声が絡みつく。四つの目が身体中を見ている。逃げ場がない。
「あ……」
 双丘の間の秘所に、とろとろと香油を垂らされる。滑る感触にいよいよ我慢ができなくなって、レオンは小さく喉を鳴らした。
「レオン様? エッチですねえ」
 ひくりと震えたそこに、誘われるままに沿わせる。収縮により自ら指を飲み込んでいくさまが、弾力のある粘膜の感触が、堪らなく卑猥だ。窮屈な内部を慣らすように、香油を纏った指で探る。
「っ……!」
 堪らず、もう一人のゼロもそこに指を割り込ませる。白桃のような可愛らしい尻に突き立てられた二本の指が、別の意志を持って内奥で蠢く。くちゅくちゅと、淫猥な水音がした。
「あ、あぁ……」
 奇妙な気分だ。自分の指が、自分とは違う意志を持ってレオンを犯している。傍観者のような感覚は、妄想や夢の中で見るものに似ているのかもしれなかった。
「食いしん坊ですね」
 レオンは二本の指を咥えこんでなお、求めるように締め付けてくる。
「指なんかじゃ足りないですもんね」
「でも、俺ももう我慢できないので」
 名残惜しく感じつつも指を引き抜き、自らの前を寛げる。
「ほら、レオン様」
 レオンの目前に、猛り反り返った赤黒い男根が二本現れた。見慣れたものではあるが、顔の両側から突きつけられるとさすがに威圧感がある。
 ゼロはにこりと笑って問いかけた。
「どっちがいいですか?」
「どっちでも同じでしょ……」
「本当に? 触って確かめてみてください」
「嫌だって……」
 と言いながら、両の手に握らされたそれを退けることはしない。握る力を少し強め、弱め。愛撫とは呼べない程度に指を絡めて弄る。大きさ、形、色、角度。どれをとってもそっくり同じだ。当然ではあった。
「やっぱり同じだよ」
 手の中で脈打つそれは、レオンのものと同じとは思えないグロテスクな姿をしている。しかしレオンはそれを愛しいと感じていた。他の誰とも違うゼロの身体だ。
「……どっちでもいいよ、早くして」
 素っ気ない風ではあるが、それは催促だった。ゼロの下半身が痛いくらいに疼く。もう余計なことを言う気はしない。
「じゃ、俺から」
 レオンの体を裏返し、うつ伏せにさせる。腰を持ち上げ、濡らされた秘部に自らを誇示するように先端を擦り付け、身体を進めていく。
「っ……」
 行為には慣れているはずだが、やはりゼロの質量は圧倒的だ。身体を開かれ、内臓を押し上げられていく感覚は、少し苦しいが好ましくもあった。
「うぅっ……」
 レオンはシーツに顔を埋めて深く呼吸をしながら、それを受け容れていく。
 背後から覆い被さる男に対して、レオンの身体はこんなにも華奢なのか。自分はこれほどまでに傲慢だったのか。自らの姿をもう一つの目で眺めると、当たり前になってしまった行為に罪悪感が蘇った。
「あっ、んっ……あぁ、ぁっ……」
 ゼロが身体を揺らす。レオンは艶めいた声を上げる。
 最愛の主を組み敷いて揺さぶる自分の姿を、見ていたくないと思った。自ら嗾けたことであるのに、この場から逃げ出したくなった。共有されて伝わる快感も虚しい。
 不意に、レオンが顔を上げた。熱に潤んでとろんとした瞳で、しかしゼロの表情を捉えると不思議そうに首を傾げる。
「ゼロ……?」
 目の前に座り込むゼロは下半身を押さえて、困惑とも呆然とも言い難いような顔をしていた。昔、よく見たような気がする。レオンはゼロの手の中を見つめて言った。
「ね、それもちょうだい」
 ゼロは戸惑った様子で何か言い掛ける、レオンはそれを遮る。
「僕が、欲しいって言ってるんだよ。恥をかかせる気なの?」
 そうだった。二人は求め合って今の関係になったのであって、何もゼロの勝手で物事が進んでいるわけではないのだ。
 そうは思ってもまだ躊躇いながら、ゼロは手の中のものをレオンの口元に差し出す。思い切って唇に付けたほうが良かったのかもしれない。変に距離をはかったため、それはレオンの鼻先を掠め、唇を撫で、頬にぴたりとくっついて、却って卑猥な光景を見せた。
「もうっ、何してんの?」
 レオンは思わず笑ってしまった。本当に何をしているのかと、当のゼロも笑った。
「あっ!」
 不意に敏感なところを掴まれ、レオンは高い声を上げた。
「レオン様。もうそんなヤツのこと放っておきましょう」
 痺れを切らした背後のゼロが、動作を再開させる。
「あ、あっ、あぁっ……」
 再び嬌声を漏らす唇に、今度は躊躇わず怒張が押し付けられる。
「あ…む……」
 レオンは素直にそれを口に含む。理性により近い場所に相手の欲求を受け入れることには、通常の行為とはまた違った興奮があった。
 うっとりと目を伏せ、愛しげに舌を絡め、ぴちゃぴちゃと音を立てて奉仕する。ゼロが深い息を吐いて呻くのが嬉しい。
「んむっ……うんっ……」
「レオン様、本当にエッチですね……」
 レオンの身体は上の口を満たされて一層敏感になったようだった。蠕動し吸い付く粘膜に縛り上げられて、ゼロの声にも余裕がない。
(だって、ゼロが、僕の中、いっぱいで……)
 深く繋がった身体の内側から強い快楽の波を感じながら、口腔内もまるで性感帯になったかのようだった。
 振動も滑る体液も彼の匂いも息遣いも、全てが快楽のもとになる。こんなにも彼が自分を求めているのかと感じると、幸せで堪らなくなる。
(ゼロ……ゼロ……好き……大好き……)
 何度も昇り詰める感覚に襲われて身体を震わせる、レオンの局部は力を失ってだらりとしながら、しきりに熱い雫を滴らせていた。内奥からの快楽が強すぎる。それは射精で果てる男のものではなく、女の絶頂に近いものだった。
「レオン様…っ」
「レオン様…!」
「ぅんっ……!!」
 口の中に、身体の内に、勢いよく精液が注がれる。絶頂感の中、レオンはそれをしっかりと飲み下した。
 二人のゼロは深く息を吐くと、レオンの身体を抱いてベッドに転がった。相変わらず、近すぎるほどに顔を寄せて囁く。
「お気に召していただけましたか?」
「言わなきゃわからない?」
「ふ、手厳しい」
 ぼそぼそとそんなやりとりをした後、少しすると、両側から寝息が聞こえてきた。写し身は命を共有するというから、普段より疲れやすいのかもしれない。いつもはレオンのほうが先に寝てしまうから、ゼロの穏やかな寝顔はなかなか珍しい。
(寝顔を眺めるには、ちょっと近すぎるんだけどね)

「おはようございますレオン様」
 二人のゼロが息を合わせてレオンに声を掛けた。
 シーツの下で朝の生理現象に首を擡げる、レオンの股間に向かって。
 視覚的にはシュールだが、レオンとしてはもはや何度も聞いたゼロの持ちネタだ。今更突っ込んでやらない。
「んぅ……うーん……」
 シーツの中でもぞもぞと動き、目を細くしたままで、猫のように伸びをする。
「……おはよ」
 起き上がるかと見せ掛け、もう一度身体を沈めてごろんと寝返りを打った。
「今日の予定……」
 朝にだけはだらしない主を、ゼロは穏やかで幸せな気持ちで見下ろす。常に不健全なことを考えているわけではないのだ。
「何もないですね。レオン様はごゆっくりなさってください。俺は偵察任務に」
「そうだったね。でも、ゼロが二人になるとは思ってなかったから……」
 レオンはもう一人のゼロを見上げる。
「じゃあ、お前はレオン様をお守りしていろ」
 言われたのは写し身、言ったのは本物のゼロだった。
「昨日覚えたばかりのワザだ。写し身に一人で任務をさせるなんて、まだ不安なんでね」
「俺とあんたは同じモノなんだから、俺のヤることが不安ってのは……まあいい、そういうことなら、俺は遠慮なくレオン様とヨロシクするかな」
(ゼロとゼロが話してる。変なの……)
「そうしとけ。昼間から部屋に閉じこもって腰の運動はやめろよ」
「わかってるって」
(ヘン…な……)
「レオン様? 二度寝はダメですよ」
「……眠、てない、ねてないって……」
「それじゃ、俺はもう出ますからね」
「行ってらっしゃい。気をつけて……」
 眠そうにしながらも手を振ってくれる主に目尻を下げ、ゼロは機嫌よく出掛けて行った。

 レオンは尚も眠そうにふああと欠伸をする。
「写し身にお使いを頼むのかと思ってた。ゼロって、仕事に対しては変に真面目なんだよね。ま、助かってるけどさ」
 写し身のゼロはうんうんと頷く。
「労働全般が好きってわけじゃなくて、レオン様のために働けることが嬉しいんですよ。責任持って自分でやりたいって思ったんでしょう」
 出会ったばかりの頃はレオンの手に触れることも躊躇ったゼロが、今では随分と大胆なこともするようになった。友人同士のように冗談を言い合うこともあった。それでも忠誠心は昔と変わらず──むしろ、厚くなっているかもしれない。
「そうだね。僕、何もない日にゼロと一緒にいた記憶って、最近あんまりない。僕が用事を頼んでない日にも、情報収集やら動いてるみたいでね。ちょっと休んだらっていうと、『何のことですか?』ってしらばっくれるんだ」
 自分が勘付いている以外のところでも、何やら動いていそうな気がする。働き者が悪いとは言えないが、寂しさを感じないわけでもない。
「昔のほうが、一緒にいる時間が長かった気がするよ」
 不服そうな表情も可愛らしい、と言ってはさすがに怒られるだろう。ゼロはくすぐるようにレオンの頬に触れた。
「でも、今日は一緒に過ごせますよ。写し身ったって身体の隅々までアイツと同じですし、記憶だってありますから、本物のつもりで使って下さい」
 レオンはゼロの手を捕まえて頬を摺り寄せる。
「ふふ。そうだね」
 相手が写し身と知ってこうして話していても、ゼロと異なるものという感じはしない。それでいて、普段直接言わないようなことも既に伝えている。新鮮な感覚だった。

 いざ一緒に過ごすとなると、特に二人でしたいことが思いつかない。昼間から卑猥なことをするなと釘を刺されたばかりなので、朝食の後は外に出掛けることにした。
 とりあえず、昨日返却すると言っていた本を、忘れないうちに資料館に返しに行くことにする。
 資料館には、軍の名簿やデータ類の他、多数の本が所蔵してあり、レオンはちょくちょく一人でここを訪れていた。
(別に、二人で来る必要はなかったんだけど……)
 とは思ったが、隣に人が居れば景色も変わる。気分もどこか特別になる。
「ゼロは……どんな本を読むんだっけ?」
 本を読んでいる姿は見掛けた覚えがあるが、何を読んでいたのかは不思議と思い出せない。
「……哲学書とか、兵法の本とかですかね」
「なんだ、僕と一緒じゃないか」
 彼がそういったものに興味があるとは思っていなかった。レオンはさも意外そうに、目をぱちぱちとさせる。ゼロは思わせぶりに笑った。
「レオン様の読んでる本をチェックして、同じものを読んでましたからね」
 そして、だからこそ読書のときはレオンの目を避けるようにしていた。
「何それ? 自分の読みたいのを読めばいいのに」
「そんな品のイイ趣味は元々なかったですし、本自体には大して興味なかったんですよ」
「どういうこと?」
「興味があったのは、レオン様に対してです」
 もう時効だからいいだろ本体よ、とその記憶を共有する写し身は内心に言う。
 レオンは少し照れたように視線を泳がせた。
「そんな回りくどいことしなくても、直接言ってくれればよかったのに」
 ゼロは笑う。
「無理無理、言えませんよ。結構な昔の話で……俺がレオン様の下になった直後くらいですね。あの頃は、今みたいに気軽に話し掛けたりしませんでしたから」
「そう……だった気がする。嫌われてるのかと思ってたけど」
「嫌いではなかったですが、ただ、全然わかんなかったですね。城に盗みに入った俺を部下にするなんて、何を考えてるんだろうって。未だにたまに思いますよ」
「随分とはっきり言うね。で、僕と同じ本を読んだら何かわかった?」
「いいえ、全然」
 ゼロは腕を組み、ゆっくりとした動作で首を横に振った。しかし、口元は笑っている。理解不能なレオンの行動が、昔はただ不安を掻き立てるばかりだった。しかし今は、それも愛おしく感じられるのだ。
「だろうね」
「最初は、どうして俺を拾ったのか、あなたの真意が知りたいだけでした。そのためにあなたの行動を観察して、同じ本を読んで、食べ物の好き嫌い、朝は苦手だとか……あなたのことを沢山知りました。そして知れば知るほど、あなたのことを好きになっていた……」
 昨夜といい、とても人には言えない時間をもはや何度も共有してきた。それでも改めてそう言われると、胸の奥が甘く締め付けられるように疼いた。顔が熱い。レオンは無性にそわそわとして、ゼロの袖口を掴んでいた。
「……おかしいね。なんの話だっけ?」
「レオン様……」
 貧民街の最下層に生きたゼロは、世界の汚さを、物事の下らなさを、この世の真実を悟った気でいた。レオンのことは、鳥籠に飼われた世間知らずの王子様だと思っていた。
 しかし彼と出会って、どれだけのことを知っただろう。どれだけ多くのものを得ただろう。人の身体が暖かいことにさえ、彼に触れるまで気付くことができなかったのだ。
 ゼロの顔が近づいてくる。レオンは少しだけ顎を上げ、ゆっくりと目を閉じ──

 ガターンッ!! ドサドサドサッ! ドタンバタン!

「うおぉっ!? こんな現場を目撃してしまうとは、なんたる不運!」
「…………」
 身を呈して本の雪崩から主を守りながら、ゼロは元凶である闖入者・不運の使者ハロルドに冷めきった視線を送った。
「イイ所を邪魔されて、不運なのはこっちの方なんだが?」
「なにを言う、君が不審な行動をしていたせいで驚いて躓いてしまったのだぞ! ハッ、レオン様、お怪我はありませんか!」
「だ、大丈夫だけど……僕、そろそろ部屋に戻ろうかな……」
 状況は、ゼロに強引に迫られていたというものではない。レオンにも受け入れる気があった。あまり追求されると居た堪れないので、素直に逃げることにする。
「じゃあ俺もそうします。おい、本はお前が責任もって片付けとけよ」

「おかえり、ゼロ。ご苦労様」
 夜。ソファで寛いでいたレオンとゼロは、仕事から戻ってきたゼロの本体を仰いだ。
「ただいま戻りました。任務も問題なく遂行いたしました」
 笑顔がどこか痛々しい。珍しいくらいに疲れている様子だ。そしてレオンにこそ丁寧に接したが、
「おいお前っ……」
 不機嫌を隠さない低い声で言って、写し身の胸ぐらを掴んだ。
「なんだよ、いきなり」
 写し身が悠然と構えるのは、相手が自分に暴力を振るえないと知っているためだ。
「黙れ。俺の言葉を無視して、昼間っからヤッてたんだろう」
「あ? 一体何をヤッたっていうんだ?」
「ナニをだよ!」
 怒りに震えるゼロの拳を、レオンの白い手が包み込む。
「ゼロ、そんなに怒らなくてもいいんじゃない? お前と僕が二人きりでいて、特に予定もなかったら、そうなるって想像できるよね。それに、僕だって同意してたわけだし……」
 結局のところ、レオンも大変に乗り気だったので、この状況を看過するわけにはいかないのだ。
 ゼロは遠くを眺めて昏く笑った。
「お忘れではありませんか、レオン様。写し身と本体は感覚を共有していると……そして感覚というのは、痛みだけじゃない……」
「…………」
「……あっ!?」
 察してしまった。察したくなかった。
「もう、大変だったんですよ。レオン様がおセックスなさっているとき、俺は任務真っ盛り。衆人環視の中、俺のムクつけき下半身が、キュンキュンして、ギュイーンって、とにかく大変だったんです!」
 人を辱めるのは好きだが、不意打ちで恥をかいて喜ぶ趣味はない。あまり思い出したくもなくて、途中からは早口で捲し立てた。
「……えと、逮捕されないで、無事に帰ってこられて本当に良かったよね」
 レオンは引き攣った笑みを浮かべ、そう言うのが精一杯だった。
「日頃の行いの賜物です」
 それは一体どういう意味なのか。偉そうに主張して良いことなのだろうか。しかしとても突っ込むことはできなかった。
「そっか、日頃の行いって大事だね、あはは……」
「ははは!」
 のうのうとソファにもたれ掛かり、わざとらしく笑う写し身を、ゼロは怨嗟を込めて睨みつけた。
「テメーは、俺たちの仕組みを知ってたくせにっ……」
「いてえよっ、おいっ!」
 レオンの制止も空しく、ゼロは写し身を引き摺って外へ出て行ってしまった。

 不安に思いながら少し待つと、ゼロが戻ってきた。一人だ。妙にすっきりとした顔をしている。
「ゼロ……本物、だよね? 写し身はどうしたの?」
 ゼロはふんと鼻を鳴らした。
「あんなヤツ、消してやりましたよ」
「え、消し…」
「ああ、殺したわけじゃないです。あれが死ねば俺も死んでしまいますからね。写し身の法を解除したってだけですよ。もう、あんな危険すぎるワザは金輪際封印です」
 殺していないと言われたところで、彼が消えたことに変わりはない。
「そっか……」
 今日二人で過ごした時間も、消えてしまったのだ。あのとき彼から感じたものは今も自分の中に残っているけれど、それを共有した相手はもう居ない。
 彼らの感覚が連動しているという話は聞いていた。気付いていれば、写し身のゼロを助けられたかもしれない。
「レオン様。あなたは本当にお優しい方だ」
 そう言っているゼロが、ひどく優しい気持ちになっていた。寂しげなレオンの肩を抱き寄せる。
「あの男。ハロルドは妙に鋭い。今後も注意したほうがいいかもしれませんね」
「……?」
「写し身を解除したとき、俺の中に戻ってきたんです。あなたと過ごした今日の時間」
「そう……なの?」
 すぐには信じ難かったが、ハロルドに遭遇したことなど話してはいない。きっとゼロの言う通りなのだろう。
「……それなら、いいかな。おどかさないで」
 素っ気なく言って、ぎゅーと抱き着く。
 その態度が愛しくて、眩しくて、なぜだか泣きたくなった。
(あなたが寂しがりなの、俺が一番良く知ってるはずだったんですけどね)
 兄に、姉に、構って貰えないと寂しさを募らせていた子供時代を知っている。レオンのきょうだいがレオンを厭ってそうしていたわけではないことも知っている。そしていつの間にか、自分も。
「レオン様。次のお休みはいつですか?」
「さあね、知らない!」
 レオンはゼロの肩を突き放して朗らかに笑った。
 次の休みもきっと一緒に過ごせる。

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