恋愛をしてみたい

FF15グライグ。本番ないですが一応R18にします。18歳×17歳で色事に疎いイグニス。全3話。 [ 3,302文字/2017-08-05 ]

1.

 逞しい腕に腰を抱かれ、ぐらりと世界が傾いた。全身の血が沸騰したように熱くなって、常よりぼやけた視界は星が散ったかのようにチカチカ明滅する。
 眼鏡を掛けていないからといって、グラディオの顔が近付いてくることが認識できなかったわけではない。経験がなかったからといって、顎を捕らえ、瞳を細めた彼が何をしようとしていたのか、想像できなかったわけでもないはずだ。
 しかし抵抗など思い付きもせず、深い琥珀に魅入り、ただ目を閉じて、イグニスはそれを甘受していた。
 くちづけ。
 柔らかな感触と同時に、脳髄が痺れるような衝撃をも味わう、奇妙な体験だった。
「んっ……」
 肉厚な唇は無力な花弁を食んで、接合は容赦なく深くなる。押し込まれた舌は意志を持った生き物のようにぬるりと蠢き、イグニスの舌を搦め捕り、柔らかな粘膜を蹂躙する。唇に享受するだけの感触が、飛び火したように身体の中心を疼かせていた。
 頭がぼうっとして働かない。ドッドッドッドッ──自らの鼓動が滑稽なほどに騒がしく、心臓が壊れてしまうのではないかと思うほどだった。
「はぁっ……」
 解放されて大きく息を吐く。グラディオが満足げに笑う。再び唇を塞がれる。
 自分の身に起きていることを妙に俯瞰的に捉えてしまうのは、おそらくリアルな感触に全く現実味がないためだ。
 角度を変えて繋がりながら、大きな手が身体中をまさぐる。ザワザワと肌が粟立つ、それに伴うものは決して嫌悪感ではなかった。もやもやと蟠って解放を求める、危険な感触だ。
「んぅ、んん……」
 シャツの上から肩や背中を撫でるだけだったものが、やがてしっかりと肉を掴み、服を捲り上げ直接肌に触れる。
「っっ…!」
 腹を撫で上げられると、恥ずかしいくらいにびくびくと下腹部が震えた。その反応を愉しむかのように往復していた手はやがて下降して、イグニスのズボンのベルトを外し前を寛げる。
「……!」
 その下に何が隠されているのか、自覚していなかったわけではない。グラディオが何をする気なのかも、想像しなかったわけではない。抵抗しなかったのは、何故なのか。
 ちゅ、と音を立てて唇が離れる。見下ろす瞳はにやりと細められ、下着越しに股間の隆起が握り込まれる。
「ぁ……っ」
「いいのか?」
 健康的な浅黒い肌の、笑みの形の唇から白い歯が覗く。
「ぁ……」
 応えが出ない。頭が回らず、何も考えられなかった。肯定と受け取られたのか、再び唇を塞がれてしまう。そうしながら下着を下ろされ、性器に直接触れられ弄り回される。
「ん、ふ…! う、うぅ……」
 堪え難い羞恥と、初めて他人から齎される強烈な快感とで、頭がおかしくなりそうだった。薄紅の若々しい猛りは大きな手の硬い皮膚にしきりに扱き上げられ、トロトロと涙を流し濡れそぼっていく。
「あぅ、ん…、んぅ……」
 ぐちぐちと口腔を蹂躙され続け、唇の端を唾液が伝う。快楽を堪えられず小刻みに跳ねる体を幹のような腕が掻き抱くと、硬くて柔らかい弾力と微かに香った汗のにおいに、身体の奥底がじゅくじゅく疼く。ろくに興味を持ったこともなかったというのに、自分が女になって犯されている錯覚に陥っていた。
 こんなことは今まで知らなかった。わけもわからないまま感覚を搦め捕られ好きなように操られる、まるで魔法のようだ。
 手の動きはイグニスと呼吸を合わせるように、そして追い上げるように早くなる。
 高い声を漏らし、背筋を弓なりに反らせながら、グラディオの導くままに頂点に上り詰めていく。
「あぁっ、あぁぁぁぁ……!」
 突き抜ける快感とともに、意識は真っ白に弾け飛んだ。

 冷めた体温と気だるい身体をソファに沈めて、イグニスは一人の部屋の天井を仰ぐ。
 グラディオはとうにいない。
 手の甲を唇に当てると蘇る初めての感触に、しかし全く現実味はない。淫らな夢でも見ていたのではないかと考えるが、衣服はだらしなく乱れ、テーブルの上にはグラディオの持ってきた買い物袋と、開かれた雑誌が置き去りにされたままだ。
(グラディオ、どうして……)
 昔から、不思議な男だとは思っていた。

「イグニスの目って、南の海みたいだな。綺麗な色、エメラルドブルーっていうのか?」
 青い空を背負って、太陽のような男が笑った。
 グラディオと話をすると時折、くすぐったいような、恥ずかしいような、なんとも形容し難い気分になることがあった。今が丁度そうだ。それを聞いてどうする? どんな返答を求めているのか? 口には出さずに、ぱちぱちと目を瞬いて相手を見上げる。
「行ったことないか? ガーディナとか」
「あいにく、行ったことないな」
 至って真面目な口調で返す年下の少年とは対照的に、グラディオは呑気に背伸びして欠伸をした。
「海行きてえな〜。ノクトが海行きてえっていったらみんなで海行けるんじゃね?」
「把握してる限りでは、ガーディナを訪問する行事なんて直近にはないぞ」
「だからノクトの出番だろ」
 グラディオは腕を頭の上で組んだまま、身体を横に伸ばしたり、ひねったりして体操をしはじめた。
「ノクトが、海で泳ぎたいなんて思うだろうか」
「あいつ魚見るの好きだろ? っと、休憩終わりだ。戻るわ」
 わざわざ休憩時間にここに来たのか。何をしに来たのかと疑問には思えど、次に会う時には忘れてしまっている程度の些細な出来事でもあった。

 そんなことは度々あった。思えば随分と幼い時分、ルシスに来たばかりの頃。たかだか1つの年の違いで、今よりもっと体格の差があった頃のことだ。
「イグニス、そろそろ慣れたか? 他に友達はできたのか?」
 宰相クレイラス・アミシティアの息子グラディオラス。王家とは家族ぐるみで親しいようで、イグニスがノクトと引き合わされたときにも傍らにいた記憶がある。
「友達? 他に?」
 イグニスは首を傾げる。
「遊んでいる時間なんてない。勉強することがたくさんあるんだ」
 もう少し言うと、友人を必要と感じたこともなかった。ノクトの側近として学び、ノクトの身の回りの世話をする、自分の立場に疑問はなかったし、ノクトのことは義務感だけでなく大切に思っていた。何も不足は感じていなかった。
 もう少し成長すると、問い掛けの内容は幾ばくか変貌した。
「イグニスは誰か気になる子とか、いねえのか?」
「気になる子?」
「女の子」
 グラディオは複数の女性と付き合っている、という噂を聞いたことがある。とはいえそれは彼自身の問題であって、自分には関係も興味もないことだ。
「興味ないな。それよりも」
「ノクト?」
「が、野菜を食べてくれるようなメニューを考えなきゃいけない。何かないだろうか」
「すり潰してハンバーグにでも混ぜるとか」
「悪くはないが、もう少し野菜自体を好きになってもらえる方法を」
「無理じゃね?」
「……」
「はは、怒んなよ。じゃあな」
 グラディオは笑い、ひらひらと手を振って去って行った。
(何しに来たんだ……?)
 いつものことではある。しかし嫌とも思わない。グラディオとはそういうものだ、と慣れ切ってしまっていた。
 グラディオが女たらしだという噂は、彼と接したことのない人間によるものなのではないだろうか。わざわざ自分に声を掛けてくるくらい、彼はおそらく誰にでも気さくなのだろう。たらしだというなら〝人たらし〟だと思う。
 彼の家柄や立場に対し、嫉妬などの下らないものに囚われた人間も見てきた。そういった者には彼の魅力も疎ましく感じられるのかもしれない、そんな風に考えたこともある。

 何も起こらない、深く気に留めずにいたはずの日々の些細な接触が、今、可笑しいくらい鮮明に思い出されていく。
 懐かしくて、こそばゆくて、暖かなものがこみ上げる、それは確かに想い出だった。
(気付かなかっただけで、昔から特別だった……)
 意志を持って予め仕組まれていたかのように、点が線になっていく。まるで本で読んだ、古の魔術の呪文の詠唱のようだと思う。
 そして彼のくちづけで魔法は完成した。
 夜空の星に線を引いて作った星座のようにいびつな形をして、明確な像を与えられることを待っているそれは
(恋愛感情、なのだろうか──)

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