したごころを、君に

R18 主喜多とマーラ様 [ 8,411文字/2016-10-19 ]

 淀んだ空気に沈むメメントスの改札前に、二人の怪盗の姿があった。
 黒いコートにマスクを着けた来栖暁。後ろに続くのは、狐の面を額まで上げて顔を露わにした喜多川祐介。二人は親しい友人を経て、いつしか特別な関係となっていた。
 服装こそ変化しているが、今日の潜入は個人的なものだ。初めてのことではない。以前には祐介から、そして今日は暁からの誘いだった。 
 改札の前を素通りし、地下には下らず駅の構内をしばらく歩く。
「暁? 見せたいものとは?」
「ああ。……このくらいまで来ればいいか」
 シャドウの立ち寄りにくい表層階の、人間も立ち寄りにくい奥まった場所まで達して、暁は祐介を顧みた。
 怪盗服姿の暁は普段よりも余裕綽々に見える。今日もまた例外ではなかった。
「いろいろあって、今までより強いペルソナが扱えるようになった。俺の新しいペルソナを、祐介に是非見て欲しい」
「俺だけにということか? 何故だ?」
 暁はマスクの奥の瞳をぎらつかせて不敵に笑った。
「いでよ、マーラ!」
 バサバサと音を立ててコートの裾がはためく。
 青白い光を帯びて暁の背後に聳え立ったものに、祐介は目を瞠り、感嘆の声を上げた。
「なんと立派な……」
 指で作った四角いフレームの中に圧倒的な大きさと存在感を誇示する、それは男根だった。
 金色の荷車に乗って、体色は緑色。人間のような鼻と大きな口があり、根元部分には奇妙に捩れた手足と触手がうねっている──いわゆるクリーチャー的なフォルムでもあるのだが、それらを上回る勢いで男根なのだ。
 それは機嫌良さそうに仰け反った。
「グワッハッハッハ! ワシこそ魔王マーラなり!」
「魔王? なんというか……」
 祐介は微かに頬を染め、眉を潜めながらも口の端に笑みを浮かべる、複雑な表情をしている。
「立派だろ? こいつの存在を知ってから、どうしても本物を見てみたくて」
「わかる」
「だよな! 良かった。でも女子に見せるのはどうかと思って」
「それもわかる」
 祐介は改めて、その姿を下から上まで舐め回すように見つめた。
 一本筋の通った逞しい胴体、びきびきと浮き出した血管、張り出してぬらりと光る亀頭のような先端部。大きな口から覗く舌の赤色が、いやに鮮やかだ。
「不思議だな…醜悪でありながら、ひどく惹き付けられる」
「醜悪とな? 意地を張っとるな、狐の兄ちゃんよ。こっちへおいで」
(おぞましい……しかし、やはり……)
「祐介?」
 暁の声も耳に入っているのかいないのか、祐介はマーラに一歩、また一歩と近づいていく。
「兄ちゃん、別嬪じゃねえか。ええのう、透き通るような白い肌。官能に染め上げればなおさら見栄えもするだろうて。…そこ、戦車の前トゲついてるから気をつけて上れな」
 言われるままマーラの前に立った祐介は、躊躇いと羞恥に長い睫毛を伏せた。
「触ってみたいんじゃろう? いいぞ。やさしくな」
 言葉に誘われるように、手袋を脱いで、おずおずと手を伸ばす。
(これは禁断の果実を口にした原初の人間の心境だろうか……)
 太い幹に指先を這わせ、下から上へと撫でる。しっとりと吸い付く肉質の感触に、妙に胸がざわめく。
「オォ……」
 マーラは呻き、ぶるりと全身を震わせ口の端から粘性の唾液を零した。
 目前に伝い落ちた透明な粘液に指先で触れて、離す。糸を引く感触が淫猥だった。
「フフ、遠慮せんで好きなようにしてみろ」
「……」
 ちろちろと動く赤い舌。手の中で脈打つ感触。頭に熱が昇りぼうっとする。
 祐介は目をとろんとさせて、太い茎を撫でる。表皮の皺を伸ばし、その内側までにも刺激を伝えるように。その手つきは愛撫といっていい。
 マーラはピクピクと全身を震わせ、口だけでなく頭頂部からも体液を滲ませる。
「ヌフ、ヌフフ、愛い奴よ……小難しいこと言ってたって、最後には男も女も、みんなコイツを欲しがるんだわな」
 祐介はマーラの胴体に頬を付け、半ば抱き着きながらそれを撫で回していた。開いた胸元に粘液がとろとろと伝い、それがマーラの皮膚と擦れて──祐介は感じてしまっていた。
 捩れた腕が細い腰を抱え、枝のような細長い指が臀部をまさぐる。
「小ぶりで可愛い尻をしておる」
「ん、ふっ……」
 指の感触は、意外なほど優しかった。決して乱暴ではなく、確実に快感を引き出していく。堪らないとでもいうように、祐介はもぞもぞ身を捩る。
「フ、若いのぅ」
 マーラの根元から触手が伸びて祐介の四肢に巻きつく。そして疼く痩躯を軽々と持ち上げ反転させた。
「あ、き……!」
 祐介は黒い人影を視界に認め、途端に暁の存在を認識した。むしろ、今まで頭から抜け落ちていたことが不思議だ。
 身体中を粘液でべとべとに汚し、下腹部には衣服に押さえ付けられながらもしっかりと張り詰めた男の形がある。自身の現状に急激に焦りと羞恥心が湧いて、祐介はようやく抵抗することを思い出す。
「ええい、離せ!」
 触手は祐介がもがいた程度ではさほど動きもしない。しなやかで硬い筋肉でできているようだった。
「案ずることはない。我は彼奴、彼奴は我……」
「う…」
 蛇のように胸元を這う、先端のざらりとした表面は粘液を纏い、吸盤のように肌に吸い付き粟立てる。
「あ、あ…」
 ぞわりと背筋を走るものは、悪寒ではなく快感だった。
 装束前面のジッパーを下ろすと現れた、硬く勃ち上がった乳首を細く尖った指がつまみ上げる。祐介は堪らず声を上げ背筋を弓なりに反らせた。
「あぅっ…! ぁ、よせっ、あぁ、あん…!」
 指先で捏ね回しコリコリと刺激され、もう一方も触手に絡め取られ弄られて、高い声が漏れてしまう。
「なぁ、こうされるの好きだもんな? いっつもされてるしなァ」
「なっ…!?」
 ビリリと甲高い音を立てて、装束が下着ごと股下まで引き裂かれる。脚は高く掲げられ、熱を孕み卑しく潤んだ下半身がまざまざと晒されている。羞恥で頭がおかしくなりそうだ。
 若い猛りにマーラの手が伸びる。
「ッ…よせっ……っく!」
 明確な快楽を待ちわびるかのように頭を上げて震えるそれに、長い指が絡み付く。充分な粘液を使い、竿を扱き雁首や鈴口を的確に愛撫する。乱暴な状況とは裏腹に、マーラの手は飽くまで祐介に快感を与えるように振る舞う。
 祐介は顔を真っ赤にして体を震わせながら、必死で声を抑えていた。いっそ暴力的に犯されるほうが救われる気さえする。
「我慢はカラダに毒じゃぞ? 言っておろう、我は彼奴」
「暁……?」
 暁は変わらず立ち尽くし、ただこちらを眺めるだけだ。マスクの奥の表情は、よくわからない。
「彼奴は我」
「暁!」
(なぜ助けてくれない?)
「あ…」
 触手はのたりのたり身体を這っていく。ゆるりと首に巻きつき頬を撫で耳孔を探るもの。胸、腋下、臍、陰部に至り舐めるように絡みつくもの。それらの感触には、覚えがなくもない。
「あ、ぁ……」
 これは暁が用意した過激な遊びなのだろうか。
 何も知らせず誰も居ない場所に連れて、自らは手も触れず化け物に体を貪らせることを、それを見世物のように愉しむことを、暁は望んだのだろうか。
 離れていく。近く、愛しく感じていたものが、変貌していく。
(考えたくない)
 考えず、抗わず、甘んじて受け入れること。
 自分はそうして生きていくのだと思っていたのは、そう遠い昔のことではなかった。
「そう、受け容れるといい……」
 グロテスクな触手の蛇のように張り出した先端が、祐介の脚の間に潜り込んでいく。
「ぁ…」
 ズッ…ズププッ
「あぁぁぁっ……!」
 もはや抗う力を亡くした躰は、それを簡単に受け入れる。触手は内部をぐちぐちと搔き回しながらピストンを始めた。
「あぐっ、あぅ、あ、あぁ…」
 こじ開けた口から舌を引き出し体液を飲ませ、ぬめる口腔をも犯すように触手が蹂躙する。いくつもの性感帯を同時に攻められ、無力な身体は壊れた玩具のように踊る。
(刺激を受ければ反応する、そういう風にこの身はできてる)
 快楽は確かにある。しかし温もりはどこにもない。
 身体を出入りする水音と自らの嬌声をしらじらしく聞きながら、意識は冷めて深く沈んでいった。

「祐介? どうした?」
 マーラを撫で始めた祐介に、暁は狼狽えていた。
(だってその動作…)
 性行為しか想像できない。モノがモノだけに、見ているとふしだらな気分になってくる。マーラも悦んでいる様子だ。
 マーラの腕が祐介の腰を抱えてようやく、暁はこの状況に危機感を覚える。
『マーラ、やめろ!』
 しかし静止の声は届かない。
「……?」
 声が、出ないのだ。口も手足も動かない。
 触手は祐介の身体に巻きつき、持ち上げて暁の方へと向けた。熱を抱えたその身を誇示するように。
「……!」
「ええい、離せ!」
 祐介の声は一枚膜を隔てたかのように、奇妙に篭って聞こえる。
『マーラ! 祐介を離せ!』
『ワシは貴様の煩悩を代行しているにすぎん。この少年を犯したい。組み敷いて痴態を眺め、快楽に耽り、種を飲ませ、優秀な雄を誇示したい。そうじゃろう?』
『俺はそんなことっ』
 触手は明確な意図を持って祐介の身体を這いずる。目の前の淫らな景色に意識を奪われそうになる。
『思ったことがないと言えるのか? では何故まぐわう? 男同士で子供を産む気でもあるまい?』 
「……」
 祐介は大切な存在だ。そしていつしか欲情し身体を繋いだ。好きだから求めた、何故といわれてもそれ以上の理由などない。
 自分は祐介に望まぬ行為を強いていたのだろうか。育ての親を失い傷心していたであろう彼に擦り寄り、懐に潜り込んで。あの時、祐介にとって恩人である自分を拒む選択はあったのだろうか。
『見てみぃ、喜んでおるぞ、身体のどこもかしこも……いやらしい狐っこだのぅ』
 見せつけるように開かされた脚の間、濡らされ解れた秘部に肉質の触手が何度も出入りする。乳首も性器も触手に囚われ犯されている。
『ンン〜……堪らんわぃ、この感触。……なァ、貴様も突っ込みたいじゃろう?』
 触手を咥えた口の端から唾液と共に嗚咽のような嬌声が漏れては途切れ、為されるままの肉体は儀式の生贄のようだった。
 苦痛も嫌悪も示さない絶念の瞳に、暁は心底戦慄した。
『やめろ……』
『来栖 暁。虚栄を捨てよ。本来の姿を取り戻せ』
「やめろと言っている!」
 喉が震え、凛とした声が響く。しかし当人の意識するところではない。
『なぜだ? 我は貴様、貴様は我なのだぞ?』
「ならば! ……お前が俺だというなら、今すぐ祐介を離せ」
 声は出るようになったが、未だ身体は動かない。
「ほう? 貴様には煩悩がないとでも?」
「あるさ。お前は確かに俺の一面なんだろう。だが〝一面でしかない〟。俺は祐介を傷つけないし、俺たちは互いに求め合っていた。……俺はお前に支配などされない」
 迷いなく言って、マーラを睨み付ける。
「フ、フフ……なかなか芯のある若者だな。よかろう、今後は貴様の〝一面〟として手を貸そう……」
 マーラの姿は光の中に薄れ、仮面として浮かび上がって暁の中に消える。
 その場にはぐったりと横たわる祐介が残されていた。
「祐介!」
「ん……俺、は……んっ……」
 祐介は抱き起こされながら、ぼやける眼で暁を見上げた──と思うや、唇を塞がれていた。気を遣うように離され、また触れて、それを何度繰り返しただろうか。
「あき」
「祐介、ごめんな。……ごめん。こんなはずじゃなかった」
 〝ジョーカー〟の出で立ちには不似合いな弱り切った声に、祐介は徐々に状況を理解していく。衣服は破られ、身体は粘液に塗れている。先の出来事は夢でも幻でもなかったようだ。視線を逸らし、身体を隠すように膝を抱え背中を丸めた。
 暁はその背を包み込むように腕を回す。
「どっか、痛いところとか」
「それは無いが……一体なぜ……」
「初めに言ってた通り、新しいペルソナを見せたかっただけだ。……でも、お前がマーラに触れるのを見てたら、身体が動かなくなってた。制御しきれなかったってことなんだろう」
 祐介の淫らな姿を見ていたいと思ってしまったから、そこに付け入られたに違いないのだ。自分が情けない。罵声も軽蔑も覚悟していた。
 しかし、返る反応は違っていた。
「それは……本当か?」
「え?」
「お前が愉しむために、特殊なプレイを仕込んだわけではないのか?」
「そんなことしない!」
「……」
「信じてもらえないか?」
「いや……」
 むしろ至って素直に納得している。彼の言葉には違和感がないし、彼は自分を失望させる人間ではないと、よく知っている。少し前にあれだけ絶望的な気持ちになっていたことのほうが不思議なくらいだ。
「どうしたら、許してもらえる……?」
 許すも何も、祐介は暁を非難する気などなかった。しかしそう言われるなら我儘も言おう。暁の脚の間に手を伸ばし、硬い感触を認めて不健全に微笑う。
「暁、お前の身体で俺を抱いてくれ」
 

(こ、これは……)
 着衣の状態で胸と局部だけを露わにされた姿は、裸以上に卑猥だった。そんな格好で洋式の便座に座る祐介を前に、暁は猛烈な罪悪感に駆られていた。
 あの場所で地面に寝かせたまま行為に至るよりはと近くに見つけたトイレに入ったのだが、予期せずいかがわしさが増してしまった。
(エロマンガみたいというか……)
 マーラの凶行も結局は自分が発端だったのだろうと思い知らされた気がして苦しい。
 暁の腕に、白い指が弱く絡む。
「早くしてくれ」
「なあ。祐介も、したいんだよな……?」
 救いの糸に縋り付くように、長い睫毛の下の瞳を覗く。
 祐介は両手で暁の頭を捕まえ、引き寄せて噛み付くようにキスをした。
「こんな状態で、何を惑う?」
 暁の衣服越しに手の中に包んだ塊の、形を確かめるように撫で上げる。
「ああ……そうだよな」
 フツリと、何かが切れた気がした。暁は唇の端を釣り上げ、手袋を脱ぎ捨てる。
 呼吸を奪い、舌を絡める。受け容れ、応えてくれることが嬉しい。
 唾液を飲ませ、或いは離して淫靡に糸を引く唇を眺める。息苦しそうにしながら、なぜ彼は微笑むのだろう。
 顎に、首に、幾つもキスをしながら、赤く腫れた乳首を抓り上げた。
「あぅっ! あん、あ、あっ…!」
 粘液のせいで指の中から逃げようとするのを追い掛けるように、執拗に弄ぶ。
「すっごく敏感になってる。乳首だけでイっちゃいそう」
「奴のせいで、少しおかしくなっているのだろうな……」
 それに、暁が怪盗の姿をしているというだけで常より興奮している。祐介は飽くまで愉しむように小さく笑った。暁もまた口元に笑みを乗せ、床に膝を付いて祐介の股間に顔を埋める。
「ん、ふ……あぁ、あっ……」
 飢えたように涎を垂らしてしゃぶりつき、細部まで清めるように舌を這わせていく。体液も脈動も愛しくて、喉の奥まで咥え込んだ。
「あっ……!」
 前を口唇で愛撫しながら、指は双丘の狭間へ忍び込む。つい先ほどまで開かれていたそこはまだ濡れて、指を突き立てると収縮して自ら呑み込んでいくようだった。ねっとりと濡れた内部の、指の付け根をぎゅうぎゅうと締め付ける感触に下半身が痛い。
「あ、き……あ、んっ……あぁぁっ……」
 探って、焦らして、しかし感じるところはしっかり把握している。指を前方へ曲げて刺激してやると、切なげな声が上がった。
「何? 祐介」
「ゆび、ぃ……」
「指が? 嫌?」
 意地悪く問いながら、二本に増やした指で前立腺を押す。先端部からたらたらと流れる体液を音を立てて啜り、再び口の中へ導く。
「イ、イ……あ、あぁ……」
 祐介は身体をびくびくと震わせながら暁の頭を抱える。そこから達するまでに、さほどの時間は要さなかった。
「っく、あ、あぁぁぁっ……!」
 ぎゅうぎゅうと指を締め付けられながら、口内に注がれるものを最後の一滴まで絞り出すように飲み下し、暁はうっとりと目を細めた。
 自分に覆いかぶさるように上体を傾けている、祐介を見上げる。頬を染めて、眉を顰め、深い呼吸を繰り返している。
「満足しちゃった?」
 祐介は子供のようにぶんぶんと首を振った。ひどく愛らしい仕草に思わず笑ってしまう。
「お前は、満足していないだろう?」
「……そうだね」
 まだ行為に不慣れだった頃、二人一緒に気持ちよくなろうと使命感を燃やしたことを思い出す。
 祐介は一方の脚を上げて便座に足の踵を乗せた。挑発的な視線に絡め取られ、誘われるようにキスをしながら、暁は自らの昂りを晒された秘部に宛てがう。
 陰茎の根元を手で支え、柔らかな皮膚の感触を愉しむように、窄まりから会陰部へと擦り付ける。
 クッと小さく喉で笑み、祐介が耳元に囁いた。
「辛抱強いな?」
「勿体無いんだ。……でも、そろそろ限界」
 腰を押し付け、下からゆっくり突き上げるように挿入を始める。
「あぁ……あぁぁ……」
 祐介は吐息混じりに低い声を漏らした。落ち着きかけた快感が、再び体の内奥からじんわりと押し寄せてくる。
「熱い……暁……」
 快楽だけではない。指などには無い圧倒的な存在感と鼓動。身体の極めて弱い部分の交わりを、愛しいものと赦し合うということ。喜びと感じているはずなのに、涙が出そうになる。
「俺も。溶けそう」
 内部の感触を身体に刻みつけるように、砂の穴を抉るようにぐいぐいと腰を押し付ける。
「あぐっ…ああ、あ…」
 堪らないといった様子で、祐介の腰が緩慢に揺れ始める。
「気持ちい?」
 祐介は眉根を寄せて暁を上目で見つめ、荒く呼吸しながらコクコクと頷いた。
「祐介……かわい」
 暁は満足げに笑み、ゆっくりと動作を始める。
「あ、ぁぁ……」
 長いストロークを貪欲に味わいながら、祐介は目を細め喉を反らせた。
「あきら、ぁ……」
 ピストンは徐々に速度を上げ、じきに一定のリズムを見つけて体を打ち付ける音を繰り返す。
 内臓を押し上げられる圧迫感も鈍い痛みも、彼に依るものと感じれば快感に昇華する。いっそぐちゃぐちゃに壊されゼリーになって彼と融け合いたい。
「あ、う……あぁ…しゅご…」
 言葉も曖昧になって淫らに腰を振る姿がいじらしい、愛しくて食べてしまいたい。こんな姿は自分以外には見せさせるものかと思う。
 抱き合い、体を揺らし呼吸を合わせ、互いに快楽を貪る。
 終わりを求め、惜しみ、戯れ合って、引き延ばして──。
 渇いた人々の憂鬱の只中に瑞々しい小さな獣がふたり、寄り添って命を燃やしていた。

 現実世界に戻った二人は言葉少なに駅近くのベンチに腰掛けていた。
 暁は近くの自販機で缶ジュースを買って祐介に渡す。
「いただこう」
 プルタプの開く音。ングングと喉を鳴らす音。上下する喉のライン。
 怒ってはいないだろうか。暁は様子を伺うように祐介の横顔を眺めていたが、表面上はいつもと変わらないようにしか見えなかった。少しだけ安心して切り出す。
「祐介。その……ごめんな」
「それほど気にすることか? ただの事故だろう?」
「ただの、ってそんな軽い」
「俺も奴と対峙したとき、妙な気持ちになって、奴に触れたくて耐えられなくなった。俺だって奴の誘惑に抗えなかったということだ、お前だけが悪いわけではあるまい」
 暁のペルソナと思って油断したところもあるが、それよりあの時彼に失望して身体を投げ出したことに罪悪感があった。暁を信じていれば、マーラに抗っていれば──祐介は頭を振った。
「……誰の心にも当たり前のように存在する煩悩を、引きずり出して悪いように使われただけのことだ」
「冷静だな……」
 暁は靴の先を眺めながら溜息を吐く。ペルソナは心の力。あれは別世界の怪物ではなく、自分の内から生まれ出たもの。
「塔のアルカナ……過ぎた力は破滅を齎す、か。高位のペルソナを扱えるようになったっていう、驕りもあったのかもな」
「行為のペルソナか、なるほど」
「あいつはもう、封印だ」
「今後は手を貸すと言っていたようだが?」
「信用できない」
「そうか、残念だ」
「……え?」
 コクリ、コクリ、祐介は涼しげな顔で喉を潤す。
 彼の手の中の白地に水玉の缶を見て、暁は顔を強張らせた。
(カルピス……白い液体……他意はないぞ、絶対ない!)
 額に手を当て、膝に肘を付いて項垂れる。
「……信用できないのは、俺自身なのかも」
「良いんじゃないか? 俺はお前の形をした人形と一緒にいたいわけじゃないからな」
 好ましく美しいと感じる人間にも欲望はある。しかしそれを含めて愛しいと感じるし、曝け出して欲しいとさえ思っている。きっと許せるはずだから。
 祐介は穏やかに笑った。
「いつもと趣向の違うプレイをしたくなったときには、相談してくれればいい」
「お、おう、そうする……」
 彼は繊細そうな外見とは裏腹に逞しいところのある男だ。
 そういう祐介はやってみたいプレイはあるのか? と尋ねるのは少し怖いので、また今度にしておく。

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