世界に告ぐ

R18。バレンタインとそれからの話。 [ 8,780文字/2017-02-07 ]

 数多の恋人たちが寄り添うであろう、二月十四日、バレンタインデーの夜。
 つい昨日普通の高校生に戻った暁もまた、慣例に抗わず恋人と過ごす約束をしていた。
 惣次郎に「店の片付けはしておくから先に帰って休んでいてくれ」と提案すると、ニヤリと意味深な笑みが返ってくる。
「よかったな、グッドタイミングな出所で」
 察しの通りだが、相手は恐らく惣次郎の想像の斜め上だ。口元に浮かびそうになる笑みを殺して頷く。
 持ち前の器用さで効率的に片付けを済ませてカウンターを拭きながら、出頭する前日のことを思い出していた。
(本当、なんてタイミングなんだろうな)
 あの日はクリスマスイブ、そして出所はバレンタイン前日。神の作為にしてはあまりに庶民的だから、やはり単なる偶然なのだろうが──などと考えていると入り口ドアのベルが鳴った。今日一緒に過ごす相手も当然、あの日と同じだ。冷たい風と共に、この季節にしては随分と薄着な、スラリとした長身が店内に滑り込む。
「ハッピーバレンタイン、暁」
 どこか浮世離れした風態から発せられた第一声に、なんともなしに笑ってしまった。
「ハッピーバレンタイン、祐介」
 祐介の手に提げたさほど大きくない紙袋から、小さな包みがいくつか覗いている。学校で貰ったのだろう。沢山のチョコにありつくことができて、彼にとっては本当にハッピーな日なのだろうと思う。
 祐介はそれをとさりとカウンタの上、暁の目の前に置いた。
「チョコを貰ったぞ。山分けにしよう」
「いいのか? 祐介が貰ったんだろ?」
「一人では食べきれないからな」
 もちろん充分な量なのだが、正直なところ、想像したより少ないなと暁は感じていた。祐介は外見は良いし──内面の良さはある程度親しくならないとわからないと思う──校内には密かに多くのファンがいるのではないかと案じていたのだ。
 惚気や親バカの類だったのかもしれない。見た目だけで判断されているわけではないということだろう。
「上で広げようか」
 袋をガサゴソさせる祐介に、準備のできたコーヒーカップを二つ持って提案した。

 横長のソファのテレビ側に祐介を座らせ、傍にコーヒーカップを置く。続いて暁は小さな包みを差し出した。
「はい。これ」
「こ、これは、まさか……!」
 祐介は驚嘆の面持ちで、ラッピングされた小箱と暁の顔とを交互に見遣る。
「せっかくのバレンタインだから、チョコを作ってみた。いっても溶かして固めただけだけどな」
 祐介は自らの両肘を、身体全体を抱え込むようにしてガタガタと震え始めた。
「祐介?」
「す、すまない、俺は人から貰ったチョコで済ませようなどと……! なんて浅はかな男なんだ!」
 そんな反応をされると思わなかったので、暁は戸惑って笑って言った。
「はは、いいって。むしろ、俺のは一つ、祐介はたくさん持ってきてくれただろ」
「こ、この借りはホワイトデーに必ず……!」
「気にしなくていいって。ちょっと、やってみたかったんだよ。クリスマスだってあんなだったし……ていうか祐介、もしかしてホワイトデーって、それ全部の分返すつもりなのか?」
 勝手にくれたのならもらうだけでも良いと思うが、祐介は礼儀ただしいから、もしかして、と思って聞いてみた。祐介は困り顔で言う。
「それなんだ。お返しをしないわけにもいかないから、直接手渡されるものはできるだけ拒否している」
「えっ」
 それもそれできついな、と思う。せっかく用意したんだから貰えばいいのにと。
「これはロッカーや机の中に入れられていたものだ」
 なるほど、だから思ったより普通の量なのか、と納得する。
「だが、今年は暁と一緒にチョコレートを食べられるんだから、手渡し分も拒否せず受け取っておけばよかったかもしれないな」
「いや、充分だから…」
「暁から好きなの取っていいぞ。……ハッそれよりこれを開けても良いだろうか!?」
 祐介は楽しそうだ。すこし驚いてしまうが、楽しそうなので良いと思う。
「いいよ。ちょっと恥ずかしいけど……」
 暁はコーヒーを出して、祐介の隣に座る。きっとチョコレートに合うと思う。本当はもっと性急に求めてしまいたいのだが、祐介が楽しそうなので、この珍しいバレンタインをしばらく楽しむことにする。
 ほう、と祐介は唸る。
「これは前衛的な白猫だな……」
「ごめんそれキツネのつもりなんだ……」
 フォックスの白い狐面をイメージしたが、わかりにくかったかもしれない。
「!! 俺がキツネだからだな! うれしい、うれしいぞ暁……! こんなキツネは世界に一つだ!」
 祐介の様子は喜んでいてくれるのだが、なんだか言葉が胸に突き刺さった。
(まあ祐介は、美術的なところには正直だしな)
 感動しながらパシャパシャ連写で撮影している
(連写……?)
 そして蓋を閉じてしまった。
「食べないのか? 見た目はアレかもしれないけど、味は平気だとおもうけど」
「もったいないからあとでじっくりいただこう。冬場だからそうそう溶けないだろうしな」
「ええと、市販品ではないから、早めに食べたほうがいいと思うぞ。溶けなきゃいいってもんじゃないだろうし」
 は? という顔をする。
「いや、溶けなければ平気じゃないか?」
「平気じゃないよ! 溶けなくてもダメになると思うから早めに食べてくれ! 食べてくれないと俺は悲しい!」
「そうか、わかった、お前を悲しませたくはないからな……では一ついただいておこう。お前のいれたコーヒーと一緒に味わっておきたい」
 きつねのチョコを一つ。
「……うまいな」
 驚いた様子だ。よほど見た目がまずそうに思えたのだろう。見た目もそこまで悪くないと、暁は思っているのだが……
「だろう! 俺にも味見させて」
 残り少ないチョコに祐介が視線を落とした時、キスをする。舌を入れる。
 一気に体に熱がのぼる。忘れていた感触だ。
「……うん。美味しい。コーヒーにもよく合ってる」
コーヒーは媚薬だと聞いたことがある。
猫のような瞳を見返す。暁と久しぶりに、団欒を楽しむつもりだったのに、一気に色っぽい気分になってしまった。
「せっかちだな」
 祐介は言いながら、どっちが、と思う。途端に、チョコを山分けするのがどうでもよくなってしまった。
 それより今は、彼が欲しい。
 キスの感触が恋しくてまた唇を寄せて、キスをして、柔らかな猫毛を撫でて、暁の首筋に鼻を突っ込む。久しぶりの感触に浸るように、そのまま祐介は沈黙する。
 手を握りあい、絡めあう指の感触を確かめる。細くて長くてきれいだけれど、ペンダコのある手。
「……」
「祐介?」
 祐介がだまりこむものだから、暁から声をかけた。
「会いたかった。お前のことを、待っていた……」
「俺も」
クリスマスあんな別れ方をしてしまったから。
いっそ祐介に何も告げずにきた方がよかったのではないかと思うくらいに名残惜しくて、でも最後に祐介に会えたからこそ、いつか戻ることを励みにやってこれた気もしていた。
 暁にすることは取り調べに応じて日々の勤めをこなすことだけだった。怪盗だった頃に比べると随分と退屈なものだったが、連絡手段も取り上げられ、いつ出られるのか、顛末がどうなっていくのかまったくわからないというのはなかなか精神的にこたえるものだった。だから、話したいようなことは意外となくて。
 ただ人と一緒にいられる喜びをかみしめる。
 祐介の肩を抱いて、背中や脇腹を撫でて。鼻先を寄せてキスをして、頬をすり寄せて。
「暁? 疲れているのか?」
 なかなか進まない行為に、祐介が暁の顔を覗き込む。
「そうでもないよ、学校行ってないし。久々に会ったから、めちゃくちゃしたい気持ちと、こうしてダラダラ過ごしたいような気持ちと、どっちもあってさ」
 ふふ。祐介は笑う。万能なリーダーだった暁だが、自分と同じ高校二年だ。今まで尊敬や頼もしさ、新しい発見、いろいろあったけれど、今は単純に可愛らしいと感じている。
「慌てることでもない。一緒に過ごせる日は今日だけではないだろう」
「それもそうだ。じゃあやっぱり」
 顔を首筋に埋めて、れろんとなめあげた。
「っ……! 望むところだ、暁……」
 熱のこもった声で名前を呼ばれて耳が快感だった。
 嬉しい。本当に。単純に、もう一度祐介に会えて心底嬉しい。
 暁が祐介のシャツのボタンを上から外していくのを、手伝うように祐介は下から外していく。やがて手がぶつかると、ぎゅっと握って指先を絡め、どちらともなく笑いあった。
 抱き寄せて、腰骨、あばら、肉の薄い祐介の体の感触を、懐かしむように撫でる。
「そうだ」
 暁は小さくつぶやく。祐介が持ってきたもののなかで、気になっていたチョコの包みを開けた。
「なんだ?」
「ちょっとバレンタインっぽくしようかと思って。あーん」
 言って、祐介の口に、取り出したチョコレートを入れる。濃厚な香りが広がる。ラムレーズンのチョコだった。
「うまいが……酔いそうだ」
「チョコで?」
 祐介の口からそれを味見しながら、暁は猫のように笑った。祐介の視界にうつるそれが、ぐらりと揺れる。
「チョコのせいだけでは、ないな……」
 挑戦的に笑う暁はまるでジョーカーのようで。ああ彼は消えてなどいなくて、暁の内に戻ったのだな、そんなことを思う。
 とろんとした視界の前で、暁は服を脱ぎ、上体を晒す。いくらか鍛えていたから、その体は引き締まっていた。美しい体だ。
 躊躇わず下まで脱ぎ捨て、その全貌を祐介の前に見せつけた。
「見て、祐介。俺、すごい興奮してる」
「ああ……そうだな」
 ソファに片膝を乗せて、祐介の口の前に突きつけられたものを、祐介は目を細めいとおしげに眺め、まさぐって、根元からべろりと舐め上げる。
 昔は醜いだけとしか思えなかった欲望の象徴が。美しい暁の微笑と、彼が自分を求めるしるしなのだと思うと、それが愛しくてたまらなかった。
 考えないようにしていたのは、考えても仕方がないから。本当は暁のことが恋しくて仕方長かった。あんな別れ方をした。
 あの日の体温を思い出して自分を慰めたこともあった。
 口内に導き舌を這わせる。快感を与えるように愛撫するのはもはや義務ではなかった。そうしてやりたいからやるだけ。自分だって、これが欲しかったのだから。
「ああ……」
 深い息に混じって少しだけ、低く暁の声が混じると、うまくできているのだろうかと嬉しくて、強く吸いながら顔を前後させた。
「祐介、だめだ」
(だめ、だと?)
 よさそうに、腰を動かしていたくせに?
 ちらりと、視線だけで暁を見上げる。暁は祐介の頭を弱く抑える。
「出る、から…」
 本当に嫌なら強引にでも引き剥がせば良いだろうに、と思い祐介は唇の端を釣り上げ不敵に笑った。
「お前の精液を飲みたい」
「っ……!!」
 大胆なことをいって笑う。綺麗で不敵で、その顔を汚したい衝動に駆られている、までは祐介も想像できないだろう。
「いいよ。じゃあ、口開けて舌出して」
 祐介は素直にそうして、餌を待つひな鳥のように暁を仰いだ。
 暁はそれを何度かしごき、祐介の口にめがけて射精する。うまく口に入ったもの、祐介の頬を汚すもの、口の端から溢れるもの。
「エッロ…」
 ぞくり、とした。AVみたいな要求を受け入れる、彼が愛しい。無論無理やりさせたいなんて思っていない。奉仕ばかりでなく、彼も愉しんでいると思っているのだが。
 視線を落とした、祐介の股間もすっかり張りつめているようだ。
 前をくつろげてやり、それを引っ張り出して笑う。
「俺の舐めて、エロい気分になったんだ……?」
「ああ。お互い様だろう?」
 祐介は暁の首に腕を絡めぐいと引き寄せキスをした。
 自分の精液の味、とおぼしきものに暁は眉を顰めるが、ねっとりとした感触に興奮もしていた。
 暁はそのまま体を雪崩させるように、祐介の隣に腰掛け、祐介の体を引き寄せる。まだ萎えることなく大きいままで股間にぶら下がるものを見て、ふ、と祐介は笑い、暁の上に跨った。
 ローションを取り出し指にまとわせ、自分で自分をほぐす。そこに暁の指も入ってくる。
「……!」
「共同作業」
「何を…」
 しょうもない、と思いながら笑ってしまった。暁は過程や前戯を愉しむ傾向があるな、とは祐介はよく感じていた。──だからこそ、それが性急だと感じると違和感があったりする。
 暁は乳首にいたずらしたりする。
 じゅぷじゅぷとすっかり濡らして
「もういいんじゃないか?」
「そうか?」
 まだそうしていたかった、みたいな感じが暁から出てて笑ってしまった。しかし、そうなればしっかりやることはやる。
 祐介は体を沈めていく。入ってくる熱の塊。ぽっかりと空いた穴を暁の存在が埋めていく、そんなイメージがあった。
「あ、あ……」
 はー、はーと深く呼吸をしてその感触に浸る。互いの体を抱いて、撫でて、キスをして
 乳首をいじって、鎖骨、肋骨を確かめて
 体を一つにつなげた状態で、じっとりと彼の体温に沈んでいく。
 相手の存在を強く感じる。一人でするのとは全然違う。もうどこにもいかないでほしい……
 彼の重み、ぬくもり、愛おしいけれど、そろそろ明確な刺激が欲しい。
「祐介」
 少しだけ腰を持ち上げ、動いて欲しい、と暗に促す。
 スプリングのへたったこの古いソファでは、下になっている暁が腰を使うには頼りなく感じられた。
「ああ……」
 祐介は腰を揺らすが、どうにもうまくできない。もとより、男同士の挿入では動きづらい体勢だ。
「わかった。祐介、つかまってて」
「?」
 暁は祐介の腰をぐっと抱き寄せ、そのまま立ち上がろうとする。ぐらりと重心の移動を感じて祐介は暁の首にしがみついた。
「!」
「ああ、あ……」
 腰を支えられているとはいえ、下から突き上げられている感触は座っているときの比ではない。
「トレーニングしててよかった」
 ぼそりといって、祐介の体を揺らす。
「あ、っく……」
 快感というより、その状況に頭がくらくらした。しがみついて呻く。
 暁は繋がったままで祐介をベッドまで運び、繋がったままで祐介をベッドに寝かせた。器用な男だ。
 そして祐介の脚を抱えあげ、正常位に近い体位で行為を続ける。
 祐介の前をしごくと祐介は我慢できないように喘いで、ぎちぎちと閉まる。
「きもちい?」
「あぁ、あ……」
 返事なのか喘いでいるだけなのかもはやよくわからない
 書き抱きながら快楽の速度をあげていく。

 射精して暁はさめていくけど、祐介は抱きしめてねっとりと暁を見上げる。
 額をこつんとつけて
「足りない?」
「そうじゃない……この時間が、ずっと続けば良いのにと、思っていた」
 名残惜しさは暁にもある。今日も明日も平日だし、祐介も適当な時間で帰らなければならないからな、と考えていたが、祐介の言いたいことは違ったようだ。
「お前には、家族がいるものな」
 寂しそうな表情に、心臓が止まりそうになった。
 三月には暁は保護観察を終えて地元に帰ってしまう。
 祐介の表情に、ぎゅうっと心が締め付けられた。祐介には家族がいない。自分は家族の元に帰る。暁は首を横に振った。
「元々そういう予定だったから、一旦は戻るよ。いろいろ整理することもあるだろうし……でも、大学はまた東京に来ようと思ってる。家族の家にいるつもりじゃなくて、一人で暮らすつもりだ」
 失望させてしまったであろう両親と、ここで得た大切な仲間と祐介と。
 暁の心は完全に東京にあった。
「だから祐介、待っててくれ」
「待つ?」
「三月で終わりなんかじゃないってこと。もちろんちょくちょく遊びにくるけど、今みたいに頻繁には会えないから、その……俺がまたここに帰ってくることを、待ってて欲しい」
 祐介は推薦を受けて芸大に入る予定といっていたことを前聞いたことがあった
「ああ……本当か? 暁」
「もう、逮捕されるわけでも射殺されるわけでもないからさ」
「言っていい冗談と悪い冗談があるだろう」
 怒られてしまった
「ごめん」
 思っているよりずっとずっと、心配をかけていたみたいだ。そりゃそうだ。
 祐介はそれを気丈になのか、あるいは感情を隠す術を心得ているのか……あまり今まで出してこなかっただけで。
「もう心配させないよ。会いにくるのはたまにでも、チャットはいつもしよう。画像送ったりさ。それから、祐介の時間が大丈夫なら、こっちにいるうちはたくさん一緒に過ごそう」
「ああ……だが、俺も提出物などいろいろあってな。もどかしい」
「もちろんそっち優先だよ。特待生って、いろいろ制限があるんだろ」
「ああ。一年後にはあまりお前に迷惑かけないようにできてるように、今がんばらないとな」
 裸でする話でもないような話をして微笑した。
 本当は朝までだべっていたいくらいだったが、明日も平日、祐介は学校だ。
 体を拭い服をきて、祐介は暁を顧みた。
「時に暁。協力者には挨拶にいったのか?」
「挨拶って?」
「出所の挨拶だ。直接行った方がいいぞ」
「ああ、そういえばまだだな。ていうか、今日は祐介と会いたかったから断った」
「なんだと! お前、それはよくないぞ。年上の人は敬うものだし、挨拶は一番大事だ」
「一番大事」
「明日にでも挨拶回りに行こう。まず銀座で菓子折りを買って……」
「菓子折り」
 目を点にして復唱する。
 みんなが走りまわってくれたというのは聞いている。だから、後で顔を出そうかとは思っていたが、そこまで大仰にすることは考えていなかった。
 だがそうじろうに菓子折りを持ってきたのを思えば、祐介の発想は基本的にそうなのだろう。
「そこまでしなくていいんじゃ……」
「だめだ、こういうことはきちんとしなくては。3月でいなくなることは、知っているのか?」
「知ってる人もいれば、知らない人も…」
「じゃあなおさらだ。きちんと挨拶するんだ」
「はあ……」
 まあ、ここは祐介のいう通りにしておこう。
「では、また明日な。ルブランに迎えにくるから」
「わかった」
そういって祐介をなんの疑問もなく見送った。

 ルブランに戻ると、双葉が唇を尖らせて子供っぽく不満を表す
「つまんなーい、暁、せっかく戻ってきたのに変態おイナリと遊んでばっか!」
 双葉が祐介を変態と呼ぶのはなぜなのだろう、変わり者な部分に対してだろうか、と以前思っていたが、双葉には二人の関係はバレている。だから変態と呼ぶのかと思うと何か心が痛かった。
「今日は遊びじゃない。菓子折り持って挨拶しに行ってたんだ」
「は? 挨拶? ぼくたち結婚しますって?」
 暁は目を据わらせる
「なんでそうなるんだ。皆の協力があって出所できたんだから、そのお礼だよ」
「それだったら、なんでおイナリと二人でいく必要があるんだ?」
(……なんでだろう)
 双葉に言われてようやく疑問に思った。祐介があまりに当たり前のようについてくるものだから、疑問を抱かなかったのだ。協力者も祐介のことを覚えていたようで、特に突っ込まれなかったし。
「菓子折り持ってて貰ったんだ、と思う。ていうか結婚ってなんだ」
「知らないのか? パートナーシップ条例」
「え、なにそれ?」
「ホモのくせに意識低っ! 気になるなら調べてみればいんじゃね、わたしには他人事なんだし!」
 その場でスマホで検索してみて暁は震えてしまった。渋谷区と世田谷区で。
「これ、祐介は知ってるかな?」
「さあ? わたしからは言ったことはないけど、もし暁とのことをガチで考えてるなら、知ってるかもよ?」
「……」
「お、もしかして軽い気持ちでホモったの後悔してるぅ?」
「そんなわけないだろう!」
「ひっ」
「……ご、ごめん双葉」
「ううん、わたしもちょっと調子乗った。んじゃ帰るわ…」
 双葉の言葉があまりに心外だったから思わず怒ってしまったが、双葉にだって悪気はなかっただろう。大丈夫だろうか。祐介とたくさん過ごすと昨日言ったばかりだが、双葉のことも心配ではある。また祐介からイラストを贈ってもらって機嫌を直してもらうのはどうだろうか。
 それにしても。この条約のことは知らなかったし、決して軽い気持ちで付き合ったわけではないが、パートナーとまで将来のことを考えたことはなかった。
 大学という近い将来こちらにくる、そのときにも祐介との関係は続いている、そういった目先の展望しかまだなくて。
 本来ならば進路のことももっと具体的に決めていなければならない高校二年生のときを、あまりに目まぐるしく過ごしてしまった。
「パートナー…」
 家族のいない祐介に、家族をつくってやれるかもしれない。
 一人になんてさせないといつか言ったとき、軽く流されてしまったのは祐介は本気で捉えていなかっただろうけれど、自分は本当にそういう気持ちがあった、だがあの時は気持ちだけだ。それを実現させられるかもしれない。

 部屋の中に置かれたもの、思い出の品を眺める
 さまざまな経験をした。さまざまな人に出会った。世界を手に入れた。
 大人になることを、不安に思ったことがある。今だって、全く消えたわけではないけれど、案外平気なのではとも思っている
 もう怪盗の力はない。いつまでも子供ではいられない。反逆ばかりもしていられないのだろうと思う。モルガナは車にならないし、これからはレールの上をいくしかないのだろうけれど、それにだって自分が知らなかった可能性はまだまだ残されている。
 双葉が言ったように、本当に「結婚しました」(ではないにしても)と挨拶周りにいく未来もなくはないのかもしれない。
 暁は苦笑して、首を横に振った。まだ祐介には何も話していない、自分の妄想に過ぎない。もちろん祐介の意思が第一だけれど。それでも
(穏やかなレールには見えないけれど、俺たちにはちょうどいいかもしれないよ)
 チャットの送信メッセージに何も書かずに閉じて、未来の薄明かりに目を細めた。

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