R18。モブ・月心斎・養父×少年蒼月。蒼月の境遇や心情を書きたかった話ですがやることはやってます。 [ 10,169文字/2013-05-22 ]

 皮膚は剥がれ髪は抜け落ち身体を侵すものはやがて流れ消えるだけ。
 鳴いて乞うて彼らが守られるのなら 私は

 
 夜半。
 湿った風が蝋燭の火を揺らすたび、白塗りの壁にいくつもの獣の影が踊る。室内は、むっとした熱気と饐えた体液の匂いに満ちていた。
「はぁっ……あ、あっ、あ……」
 男達の輪の中心で、屈強な男の腹の上を、まだ柔らかな線を持つ少年の身体が跳ねる。
 未成熟な肉体の、剥き出しにされた下肢を見なければ少女のようでもある、美しい少年の名は、風間蒼月といった。
 白磁の頬は淡く上気し、常時は人形のように澄ました顔貌が、今は快楽とも苦痛ともつかぬ様子に歪んでいる。薄い唇から、嗚咽のような嬌声がとめどなく零れる。
 一つに纏めた髪は乱れ、額に、頬に、藍色の細い房を揺らしていた。
「ん、くっ……」
 男の拳にがっしりと掴まれた細腰が、揺さぶられるままにごつごつとした赤黒い怒張を呑み込み、ねっとりと粘膜を絡み付かせながら吐き出す。
「へっ、たまんねえなあ、吸い付いてきやがる」
「あ、あっ……んっ……」
 身体を打ち付ける音に合わせて、蒼月はしきりに力なく喘ぐ。既に多量に内部に放たれた白濁は行為を円滑にし、苦しげな彼にも確かな快楽を与えていた。
 慣れきった身体は、性器に触れられずとも感じ、硬い肉杭を内奥深くに求め疼いている。いっそ肉慾に溺れて理性を手放せれば楽になれるのかと、時折思う。
「なあ、腰が動いちまってるぞ」
 別の男が揶揄した通り、蒼月の肉体は快楽を求め、緩慢にではあるが、自ら腰を動かしていた。
「無愛想なくせに、調子のイイ奴だなぁ?」
 傍らに立つ男は、蒼月の顔にいきり立った男根を近づけ、見せつけるように摩った。太く、黒光りして反り返るそれに、蒼月は小さな手を伸べる。
「ま、あの女のガキだからな」
「……」
 もう一方から差し出された別の男の陰茎も捉え、蒼月はただ求められるままに手を動かし、腰を揺らして奉仕した。両脇から押し付けられるものだから、強烈な雄の匂いから顔を背けることもできない。せめてもと天井を仰ぎ、溺れる魚のようにひたすらに口での呼吸を繰り返した。
「っ……!」
 ──バシャッ、ビュルルッ
 整った顔立ちを、黄ばんだ精液が無惨に汚していく。口の中に生臭い匂いが広がり、大きな瞳に涙が滲んだ。
「あ、あ、あぁぁっ……」
 胸に、そして体内にと汚濁を吐き出されたころ、蒼月も弱い声を上げながら達した。射精は伴わず、萎えた性器はただ透明な雫を垂らすだけだったが、肉体は確かに絶頂に導かれ、しきりに痙攣していた。
 しかしまだ、行為は止まない。
 この場にいる男が全員満足するまで、代わる代わるに姦されるのだ。
「待ちくたびれたぜ」
 四つん這いにされ、獣のように背後から犯されながら、形の良い唇は赤黒い肉茎を躊躇わず迎え入れた。先走りを滴らせながらぬるりと入って来たそれに、小さな舌を懸命に這わせる。
「んっぐっ……んむぅっ……!」
 後ろから激しく突かれ、身体全体が前にのめることで喉の奥まで犯されながら、蒼月は求めに応じ続けた。
 苦痛と倦怠感の中にあっても若い肉体は反応し続けたが、身体と心が分離してしまったかのように、蒼月はひどく冷めた気分でいた。
(抵抗は下らない時間を引き延ばすだけ。私はただの筒になって、芽吹かぬ種を飲み下せば良いだけ……)

 湿気た空気に溶けた、栗の花の匂いが鼻腔に貼り付いて不快だ。
 蒼月が身体を起こすと、宴は終わり、汚れた床の中心に彼だけが取り残されていた。いつものことではある。
 緩慢な動作で着衣を整え、髪を結い直して、床を拭こうと水桶を取りに立つ。
 再び部屋に戻ってくると、一人の青年と出会した。室内を見回していた彼は、蒼月を見つけると「あ」と小さく声を上げた。
「手伝おうか」
 傍らに来て、水桶に手を伸べる。養父と親しいらしく、蒼月と弟火月、妹葉月が里に来たときから、度々面倒を見てくれた男だった。しかし蒼月は首を横に振る。
「雑巾、一つしかないです。それに、こんなところで私に関わると……あなたも居辛くなるのではないですか」
 普段とさほど変わらぬ口調で、愛想なく、蒼月は言った。青年は苦笑する。
「ごめん、俺、本当はおまえのこと、助けてやりたいんだが……頼りにならんよな」
 蒼月は黙って首を横に振る。彼が頼りになるかどうかなど問題ではない。頭領の命令は絶対で、誰も逆らうことなどできないのだ。ここは──風間の里は、そういった場所だと知っている。
「せめて、これ、食ってよ」
 青年は頭を掻き、笹に包んだ団子を蒼月に渡す。
「……」
「大丈夫、変なもん入ってないから」
「ありがとうございます」
 言葉だけは丁寧に、しかし特段嬉しそうにもせず、蒼月はそれを受け取りぺこりと頭を下げた。
 以前は甘いものをやれば愛らしく笑ってくれたというのに、いつしか乏しくなった表情は、一体誰のせいか。空しく自問して、青年は踵を返す。
「……じゃ」
「待って」
「ん?」
 着物の袖を掴み、縋るように見上げてくる視線に、何かがぐらりと揺らいだ。吸い込まれる、そんな錯覚をした。
「……お礼を、させてください」
「いいよ、そんな、そういうつもりじゃない」
「嫌ですか?」
「い、いや、んなこたあ、ねえけどよ……」
 布越しの小さな手の下に、不埒な熱が燻る。

「蒼月……」
 ぴちゃ、ぴちゃり。股座に水が滴る。
 感触は柔らかく、しかし刺激的だ。
「おまえは、本当に」
 小さな口を一杯に開けてそれを頬張り、懸命に奉仕するさまは幼気で可憐で、ああ、自分は一体何ということをさせている。ふと生じた疑問もすぐに快楽の波に攫われた。
「い……」
 いい子だね、と言い切ることもできず、息を荒げてただその小さな頭を撫でた。先に進みたがる凶暴な欲求を抑え付けて、できるだけ、できるだけ優しく。
「っ……」
 大きな手に頭を撫でられ、蒼月は目を細める。憐れみか、とは思う。しかし、少しだけ心地よいとも思う。
 妖魔の子として疎まれる自分をこの男が度々構うことに、打算的なものは見いだせない。ならば単純な好意なのだろうかと、思わないこともない。
(下らないことです)
 口腔内は男の体液でぬめり、じゅぷじゅぷと淫猥な音を立てている。
 純粋だろうが不純だろうが、ひとときの感情でこの状況が変わるわけでもない。全く価値のないことだ。
(……あなたも、私も)
 所詮は、俗物。

〝魔を孕む妖の子〟
 自らの出自をそう聞かされたのは、蒼月が十歳になった夜のことだった。
「蒼月、月心斎殿がお呼びだそうだ」
 養父に連れられ、ある屋敷の一室に通されると、部屋の奥側に座した月心斎を中心にして、左右に三人ずつの男が立っていた。
 蒼月は養父とともに、月心斎の正面に二人で腰を下ろす。
 曰く、蒼月・火月・葉月の母親は妖魔の男に誑かされて里を抜けた風間一族の女で、蒼月は彼女と妖魔との間に生まれた子なのだという。
「よう、ま……?」
 耳慣れない言葉に、蒼月は目を瞬いて月心斎を見返した。
「妖怪、鬼、物の怪、その類のものだ。風間の術は封魔の術。そも我らは、それらを封ずるために存在している」
 先達の忍が術を使うところを見たことがある。そのときに、風間の忍は人ならざるものを討つために生じたのだとも聞いた。子供の蒼月がこれを疑うことはなかったが、自分が妖魔の子だとは青天の霹靂だ。驚きよりも、戸惑いが大きい。
「──そのようなこと、私は全く……」
 利発と言われる少年は、しかしすぐに常時の落ち着きを取り戻す。彼の実年齢には到底似合わぬ調子であった。
「母のもとには、複数の男が出入りしておりました。私は、自分の父親がどのような人間であったのか、よく覚えておりません。より幼かった弟、妹となればことさらでしょう」
 たおやかな少年をねめつけながら、月心斎は唇を歪める。その表情の意味を、このときの蒼月はまだ想像だにできない。
「だが、あれが〝水邪〟と交わったことは確かで、そして生まれたおまえには水術の強い資質がある。疑わしきは──」
「……」
 蒼月は黙って目を伏せる。たかだか子供の一人、可能性があるのならば始末してしまうに越したことはないのだろう。
 ふ、と、月心斎が笑ったような気がした。
「しかし、蒼月。妖魔の思惑はともかく、無為に過ごしてきた子供のおまえには罪などないと、私は思っている」
 それは飽くまで子供に向けた言葉に過ぎなかった。蒼月はおそらく水邪の〝器〟だ。生かしておけば、いずれ蒼月の元に水邪が現れる。肉体を奪われれば非常に厄介なことになるが、その前に対処すれば確実に水邪を封印することができるだろう。いわば、蒼月は水邪を呼び出すための餌であるともいえる。
「……ありがとうございます」
 蒼月は深く頭を下げる。そして自らの意志で顔を上げるよりも早く、左右から腕を掴まれ身体を引き起こされていた。
「……!?」
 月心斎の傍らに控えていた男たちだ。蒼月の着物の胸元が大きくはだかれ、抜けるように白い肌が露にされる。
 前方に進み出ていた月心斎は、すうと目を細め、平らな胸の、丁度心臓の真上に手のひらを置いた。ぴくり、と小さな身体が強ばる。
「やはり、おまえには強い魔の力を感じるな」
 ごわごわとした硬い皮膚に覆われた手が、少年の柔らかな肌の上を這い回る。行為に、視線に、得体の知れない気持ち悪さと恐ろしさを感じるが、両脇からがっしりと身体を固定されているため、腕を動かすことさえもできない。蒼月はただ総毛立ち、背筋を奮わせる。
「祓い、清めなければならん」
 月心斎の面に浮かぶ醜い笑みこそが、邪悪であり〝魔〟であるように、蒼月には感じられた。
「っ……!」
 声を上げる直前の唇を、別の男の手が塞ぐ。大人の男の腕が沢山伸びてきて、蒼月の下穿きを取り去り、大きく脚を開かせた。あらぬ場所を衆人の目に晒す格好になっていたが、羞恥よりも、混乱のほうが大きい。
 妖魔の子供と言われて、なぜ服を脱がされるのか。彼らは何をしようというのか。
 ごくり、と男の中の誰かが唾を飲む音が聞こえた。見上げるといくつものギラギラとした目がこちらを見ていて、その異様さに思わず俯いて目を逸らした。身体が震える。
 齢を感じさせる月心斎の手が、白く柔らかな太腿から臀部を撫で回し、幼い性器を弄ぶようにいじる。そのたびに少年の身体は波打つように蠢き、まだ硬く閉ざされた薄紅の莟がひくりと蠢く。
 男たちの視線、息遣い、明確ではないが漠然と感じるそれらがそら恐ろしく、蒼月はぎゅっと目を瞑った。
「んっ……!」
 濡れた指が初々しい菊門を押し広げ、体内に闖入する。ごつごつした関節が乱暴に粘膜を抉った。
「んんっ……むぅ……」
 滲む涙とくぐもった声とが尚更相手を興奮させることを、蒼月はまだ知る由もない。
 月心斎は指を抜き、再び差し込み、二本に増やし──無垢な少年の弾力に満ちた感触と恐怖に歪む表情を、心行くまで愉しんだ。
「……!」
 指が抜かれると、まだ違和感の残るそこに、熱く硬いものが押し充てられた。
 それが一体何であるのか、蒼月が見ることはできなかったが、ただ、指よりも明らかに大きなものを体内に入れようとしていると察し、眉根を寄せて身を竦めた。
「んんんっ……!!」
 身体を引き裂く熱い痛みに、蒼月は細い背を弓なりにして呻いた。
 指とは比べ物にならないほど太く、長いものが、身体を貫いて腹の中に入っている。異様な実感とともに薄目を開けて見れば、月心斎が蒼月の臀部に腰を寄せていた。
「や……」
 戒めの緩んでいた口元から声が漏れる。
 鋭い視線がぎろりとこちらを見るが、その口元は欲に釣り上がり笑んでいた。
「あ……あ……」
 月心斎はゆっくりと身体を退くと、蒼月の中に埋まっていたものも抜けていき、粘膜がびりびりと音を立てるような気がした。そして一気に突き上げられる。
「んぐっ……!」
 月心斎が動作を繰り返すたび、パン、パンと身体をぶつける音がした。
「ん、や……ぁ……!」
 動物の交尾を見たことがある。
 人間がどうやって子供を作るのか、知らないわけではない。
 しかしこんな行為は知らない。恐ろしい。狂っている。
「う……う、ぐっ……」
 痛みと嫌悪感とで、蒼月はその瞳から大粒の涙を流し、塞がれた口から嗚咽を漏らしていた。
 哀れな少年を助けるものはこの場に誰もいない。さほどの抵抗の力もない身体を押さえ付け、ある者は無表情に、またある者は好色の目を向けて、行為を見守るばかりだった。
「ん、ぐっ……んんっ……うぅ……」
 揺さぶり、突き上げられれば声が出た。感情も意思も含有しない単なる反射であるそれは、声というよりただの音に近い。それでも大人達は色めき立ち、月心斎は少年の瑞々しい肉体を執拗にまさぐり、弄り回しながら、その体内に精を吐き出した。
「っっ……!!」
 どく、どくんと、衝撃とともに何かを注がれた実感は蒼月にもあった。気持ちは悪いが、漠然と〝終わった〟と感じ、緩められた手の隙間から深く息を吐く。
「はぁっ……」
 しかし、丁度月心斎と入れ替わって自分と向き合った男の存在に絶望する。
 男は下卑た笑みを浮かべ、腰から取り出したものを扱いて見せつける。
 為す術などあるはずもなく、蒼月は暫くの間、その場に居た男たちに嬲られ、蹂躙され続けた。

 気が付くと、視界は暗く、身体は痛むものの軽く、温かな浮遊感に包まれていた。
「……?」
 頭を動かすと、頭上から声が降ってくる。
「蒼月……」
 養父だった。養父の腕に抱えられ、帰路についているようだ。気を失っていたのか──思い出したくないだけかもしれない。
 見上げた養父の顔に普段の精悍さはなく、その色はひどく青白かった。月明かりのせいだろうか。
 随分白い顔をしていると、まるで同じことを養父に思われているとまでは気付かず、上手く出せない声で呟く。
「清めの、儀式、ですか」
 騒乱の前の月心斎の言葉だった。
 養父も封魔の術を持つ風間の忍だ。あのようなことで祓われる魔などないと思っている。しかし、里の秩序は絶対だ。密かに下唇を噛む。
「……ああ。辛かったかもしれない。できれば助けてやりたかった。だが……」
 沈黙が訪れることがなぜか恐ろしくて、養父は縺れる舌で言葉を紡いだ。
「魔を孕むおまえを──おまえたち兄弟を斬り捨てると言われれば、頭領に従うほかなかった」
 彼ら兄弟の母親は、抜け忍となったために里の者によって〝消去〟された。三人もの子をもうけ、里から随分と離れた場所に暮らしていた彼女は、よもや里からの追跡が続いていたとは思いもよらなかっただろう。
 養父は三人の子を連れ帰り、自分の手元に引き取りたいと頭領に申し出たが、一番上の蒼月は水邪の子、残る二人のどちらかが炎邪の子である可能性が非常に高いという。
 三人ともに処分するという頭領側と話し合い、苦渋の決断として、蒼月の成長を見てその身を差し出すに至った。辛い思いをさせても、命を断つより惨いことはない。そう考えたためである。
 里の掟と追い忍を命ぜられた者の執拗さはよく知っているから、三人を連れて逃げるという選択肢は端からなかった。
「きょうだい……?」
 か細い声で、蒼月が呟く。
「ん?」
「火月と、葉月も、妖魔の子供なのですか……?」
 月明かりが照らす、蒼月の大きな瞳は不安に揺れていた。できれば安心させてやりたいが、ありのままを話すほうが良いのかもしれない。
「確かではないようだが、おまえの父といわれる水邪は、炎邪という炎を操る妖魔と行動を共にしていたらしい。そして何をさせても駄目だった火月が、唯一発現させられたのはおまえと正反対の炎の術だった……」
 蒼月は小さくかぶりを振る。
「そんなの……偶然です。母が親しくしていた男が一人でないのは本当です。火月と葉月の父親は、妖魔ではない、と……」
「……ああ。俺も、そうだといいと思ってる。おまえの中の〝魔〟が目覚めなければ、火月と葉月は何事もなく里で暮らすことができるだろう、と頭領も仰っていた」
 みなしご、それも父親を妖魔と疑われるものではあるが、彼らを引き取ると決めた日から、養父は兄弟のことを我が子のように思ってきた。それを目の前で蹂躙したあの男のことを心底軽蔑しながら、まだ頭領と呼べる自分に吐き気がした。
「そう……わかりました。私が、いい子にしていれば、いいのですね」
 弟と妹を守りたい。そう強く思い、蒼月は自分に言い聞かせるように頷いた。
「そう……なるな。もし、話して楽になるなら、俺になんでも言ってくれるといい……」
 自分の子供も守れない、ただ彼を抱き締めて話を聞いてやるだけしかできない、これほどまでに自分の無力が悔やまれることはない。
「ただ、俺以外には、おまえの出自も、今日の出来事も、口外しないこと」
 頭領側が指図したことでは、子供が泣いて訴えたところで誰も手を出せない。蒼月に失望と不名誉を与えるだけだ。
 蒼月は黙って頷いた。わかっている。父親すら助けてくれないものを、他人がどうこうできるとは思わない。弟と妹には、単純に、知られたくなかった。

 家に着くと、すぐに眠ってしまいたくなったが、「身体を洗おう」と言われれば、俄然そのほうが良いように思えた。途端、自分の体中から自分のものではない悪臭が漂うような気がして、床に下ろされた蒼月は、慌てて養父から身体を離す。
「……?」
 身体の痛みに耐えながら風呂場へ移動したが、服を脱ぐ場所までも養父がついてきていた。
「あの、親父殿……」
「危なっかしくて、放っておけん。それに、ちゃんと綺麗にしたほうがいいと思うし……どうしても嫌なら、ここで待ってる」
「……いえ。おねがいします」
 危なっかしいと言われた通り、頭がくらくらとして足下が覚束ない自覚はあった。身体もどことなくおかしいと感じるし、長く風呂場にいれば、のぼせてしまうかもしれない。羞恥心がないわけではないが、先ほどのことがあって、今更何を恥じるのかとも思う。
 肌着姿で洗い場に入ってきた養父は、蒼月の髪と身体を丁寧に洗っていった。母親はあまり子供を構わなかったが、ごく幼い頃に、顔も思い出せない本当の父親と一緒に風呂に入っていた記憶がある。養父にこうされるのは、初めてのことだ。
 ぬるい湯と優しい手の感触が心地よく、蒼月はすっかり身体を預けていた。
「蒼月、ごめん」
 小さな身体を背後から包み込むように抱いたまま、養父の手が下方に滑り込む。
「っ……」
 乱暴に嬲られ続けた場所に触れられて、身体全体がびくりと震えた。
「痛いか? 少し、我慢できる?」
「……はい。大丈夫、です……」
 痛みはあるが、それよりも洗わず放って置くほうがずっと嫌だった。
「息を吐いて、力を抜いて、楽にして……そう」
「あっ……!」
「我慢できないくらい痛かったら、すぐ言って」
 蒼月はこく、こくと頷いた。
 長い指の一本が湯を纏っては体内に入り、ねっとりとした汚れを掻き出す。その繰り返しが、慎重に行われていく。
 傷付けられた箇所だ、痛みがないわけではないが、先の暴力を思えばどうということはなかった。ただ、何か奇妙な感触が燻っている。
「あ、ん……」
「大丈夫?」
「平気、です……きれいに、して下さい……」
 こちらを仰ぎ緩く笑んだ蒼月の顔にはすっかり血色が戻っていた。浴室の温度のせいでか、その頬は仄かに上気し、唇も、胸の小さな突起も、桜色に色づいている。
 身体に触れられるたびに小さく声を上げるさまを婀娜っぽいと感じ──養父は自らの中に不穏なものを見出してぞっとした。
「あ……あの……」
 蒼月が上ずった声を上げる。
「痛かったか?」
「いえ……何か、私のからだ、おかしいようなのですが……」
 恥ずかしそうに呟いて俯く、彼の視線の先のものには養父も気付いていた。まだ包皮を被った小さな性器が、真っ直ぐ上を向いている。
「おかしくはないよ。朝になるのと同じことだ」
「でも、今は朝ではないです……」
 それに、朝にはない、非常に落ち着かないものを感じる。蒼月は珍しくもごもごと口籠った。養父は思わず笑ってしまう。
「大丈夫。大人になったってことだ」
 言って、蒼月のそこに触れる。
「あっ……」
 手のひらに掬うように包み、指の腹で緩慢に愛撫した。
「こういうの、まだしたことがない?」
 蒼月はこくりと頷く。
「大丈夫。ほら、気持ちいい」
(気持ち、いい……のかな……)
 始めはそうして不思議に思うだけだったものが、じきに明確な形を成していく。節榑立った指先が上下するたび、身体全体がその場所に支配されているかのように、ぴくん、ぴくんと跳ねてしまう。
(何、これ……)
 蒼月は息を乱しながら養父を仰ぐ。
「……嫌?」
「あ……」
 身体が熱い。ざわざわとして不安でさえあるのに、なぜか嫌とは言えなかった。
「ん……なん、か……じゅくじゅくして……」
 嫌がらないどころか、可愛らしい性器は養父の手の中でしきりに透明な雫を垂らし、行為を求め急いてさえいるかのようだった。滑る感触が、蒼月に一層の快感を与える。
「あ、んっ……あ、あのっ……あぁ……」
 一方で性器を、もう一方の手に胸の突起を弄り回され、蒼月は堪らず喘ぐ。
「や……!」
 嫌なわけではない。抵抗したいわけでもない。よく、わからない。
「我慢しなくていいよ」
「っ……あ、あぁっ……!」
 強烈な快感が、足の爪先から頭の天辺までを突き抜けて身体を痺れさせる。
 頭の中は、真っ白だった。

 深く息を吐いて見下ろすと、養父の手には白み掛かったとろりとした液体が付着している。それはおそらく、自分が体内に放たれていたものと同じもの。
 蒼月は驚き、勢いよく養父を仰ぎ見る。
「ご、ごめんなさい……!」
 養父は驚いたように目を丸くし、そして笑った。
「謝ることじゃない。知っててやったんだし、むしろ、おまえのほうがびっくりしただろう。ごめんな」
 養父は蒼月の身体を抱き締め、自分の手と性器の滑りを湯で洗い流していった。
 蒼月は暫く無言でいたが、排水溝に流れる汚れた水を眺め、不意にぽつりと呟いた。
「私は……人間ではないのですか」
 蒼月の気分が落ち着いてしまったせいだろうが、途端に現実に引き戻されて、養父は内心でひどく狼狽える。
「おまえは……」
 躊躇うが、腹を括って言い直す。
「おまえは俺の妹が腹を痛めて生んだ子で、少しだけ妖魔の血が入っているかもしれないが、今は大切な、うちの子だよ」

「……おかえり、蒼月」
 部屋の片付けを終え、貰った笹包みの団子を平らげて家に帰り着くと、養父が声を掛けてきた。こういった夜は、いつも蒼月が戻るまで寝ずに待っているのだ。
「ただいま、帰りました」
 初めて肌を暴かれたあの日から、蒼月は度々夜中に呼びつけられては男達の玩具にされていた。少年に対する男色行為そのものは珍しくもなかったが、蒼月一人に対して寄ってたかって行われるそれは異常でしかない。
 そんな羅刹の住処に我が子と思った蒼月を差し出したのは、他ならぬ自分だった。命があれば、とは思う。それでも遣りきれない感情が、時折こうして沸き上がってくるのだ。
「蒼月、すまない、本当に……俺は……」
「今更、どうしたのです? もう身体も慣れましたから、苦痛も何もないですよ」
 座り込んで項垂れる養父の傍らに来て、その後頭部を見下ろしながら、蒼月は至極落ち着いた調子で言った。
「俺はっ……俺は、あのとき……」
 不吉なその考えを振り払うように、強く頭を振る。
「親父殿?」
 すぐ近くに向き合って座り、覗き込んできた蒼月と目が合った。
「大丈夫、私はこれで良いのです。火月と葉月に何もなければ、それで……」
 年端も行かぬ子供は至って冷静で、それを守り育む存在は狼狽しきっている。滑稽だとは思うが、笑える気分でもない。
 微笑の形の口元と笑うことを忘れた視線を遮るように、養父は蒼月を抱いて懐に収めた。
「蒼月、すまない……」
「蒼月……」
 囈言のように呟き、逃げるように閉ざした瞼の裏に、今より幼い蒼月の姿が亡霊のように浮かび上がる。
 幼い蒼月は、震える声で呟いた。
『かあ、さん……?』
『子供……か』
 青白い月明かりの下で出会った少年は、妖しく、美しく、浮世のものではないようだった。彼の言葉は足下に斃れた女に向けたもので、ならば彼が何であるのか──察することは簡単だった。
『母さんに、何を……』
『暴漢に襲われたようだ。俺がもう少し早く駆けつけていれば……』
 少年は首を横に振る。
『うそ……嘘だ、あなたが!』

(あのときおまえも斬っておけば、辛い思いをさせずに済んだろうか)
(ねえ親父殿、私はあなたになど、救われませんよ)

「だからせめて、火月と葉月のことは守ってあげてください」
 養父の背に無力な腕を回し、蒼月は抑揚なく呟いた。続けて、その耳元に唇を寄せて囁く。
「今夜はどのようにされたと、聞かないのですか? ねえ、親父殿……」

 澱に塗れた身体を舐めずる、愚物の宴は夜中続く。
 見渡す限りが闇、明けぬ暗夜に二つの灯火。

 閉じて歪んだ世界の中で、風間蒼月にとって本質的に味方と言えるものは弟と妹のみであった。
 現在も、この先も、ずっと。

<了>

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