ブルーフィルム

 きつい葉巻の匂いは事務所のドアを開ける前から微かに漂っていた。
 室内に入るなり僅か白く霞んだ視界に、美貌の青年は細い眉を怪訝に動かす。だが、それだけだった。相手に見咎められる前に常時の表情を取り戻す、彼は〝club戀〟の売れっ子ホストである。
 煙の出どころは応接セットの革張りのソファだ。中折れ帽子にいかめしいスーツ姿の大柄な男が、割に細い葉巻を薫らせている。仰け反るように背凭れに寄り掛かる姿が、なんとも横柄な印象だった。
 顎鬚、高い鼻、細く垂れた目。男の名はドラコといい、戀の役員であったか。思えば正式な役職は聞いたことがない。ともかくも青年の勤務先のバックについている、俗にいうヤクザである。
「おう、座れ」
 帽子の鍔の影から、鋭い視線がギロリと覗く。
「失礼します」
 青年は怯みもせずに一礼し、ドラコの向かいに腰を下ろした。
「風間蒼月と申します。マスターからのご紹介で、」
「聞いてる」
 ドラコは睨め付けるように青年を眺める。機嫌が悪いわけではない。彼は大概愛想がないのだ。
 少し吊り気味で切れ長の目、細い鼻筋、薄い唇。綺麗な顔なのだろうとは思う。しかし整いすぎて冷たささえも感じさせる顔立ちを、ドラコは一見して気味悪く感じた。それだけ印象的だったとも言える。
 ドラコの抱いた印象がどうであろうと、蒼月は暇と金を持て余したマダム達から絶大な人気を誇る、当店屈指のマダムキラーである。学生のため現在はアルバイトだが、いずれは正式に雇いたい人材だと、店長から聞いている。彼が問題を抱えているので助力をとの相談を受け、今に至るというわけだ。
「ふぅん……」
 綺麗な姿勢で座る蒼月を見据え、なんともなしに納得したように呟く。ドラコは背凭れから背中を離すと、今度は猫背の前傾姿勢になった。
「……で?」
 葉巻を咥えたままの男の、一言とも言い難い言葉から、優秀なホストは話を切り出して良いのだと察する。
「私、強迫されているんです」
「それも聞いた。具体的な話だ」
「実は私……」
 蒼月は神妙な面持ちで居住まいを正す。
「こちらに出てきたばかりの頃に、ウリをやっておりまして」
 売春関係のトラブルなど、この界隈では珍しくないものだ。しかし、対顔する男の中性的ともいえる容貌を見ていると、なんともいえない違和感と疑念が湧いてくる。
「その相手の方に、バイトを辞めないと卑猥な画像をバラ撒いて店に居られなくしてやる、と……自業自得ではありますが、そんなことになれば、お店にも迷惑が掛かります。ですので、その前にバイトを辞めようとマスターに相談したのですが」
「おまえに抜けられるのはこの店には痛ェ、って参ってたな」
 ドラコは渋い顔で呟いた。蒼月の持つ売り上げは店長から聞いて知っている。
 フッと、強く短く煙を吐いた。
「めんどくせえが、仕方ねえ。あっちがエロ画像持ってるってのは本当なのか? 妄言ってことは?」
「メールと一緒に一枚送られてきました」
 携帯電話を弄る蒼月に、興味本位から手を伸ばす。
「少し、恥ずかしいのですが……」
 画像を回収されれば、どの道見られてしまうであろう。蒼月は開き直り、件の画像を表示した携帯電話を渡した。
「……」
 ドラコはそれを凝視し、唇を引き結び眉間に皺を寄せる。
 今より若い、否、幼くも見える蒼月が、男の性器を咥えさせられている画像だった。
 普段より一層抑揚のない声で言う。
「……なんとなく、そうかって思ったが」
「?」
「おまえ、ゲイなのか」
「いいえ? 女性のお相手もできますよ」
 ドラコはさも不快そうに、床に唾を吐く。
「なら余計理解できねえな、まあどうでもいいけどよ。……相手はヤバイ奴か?」
「純国産銀行の役員の方なので、ヤバイことはないと思います。人柄も温厚で良い方で、こちらに出てきたばかりの私に、色々と親切にしてくださって」
「一回きりじゃねえんだな」
 ふう、と溜め息の混じった煙を吹く。犯罪の匂いはなく、単なる痴情の縺れのように思える。下らないとは思うが、その分楽に片付きそうでもある。
「定期的にお会いしていて、一緒に住もうと言われたことがあります」
「だがそれを拒否」
「確か、十六、七の頃なんですよ。お小遣い目当てでオジサンとデートするような子供に本気になるなんて、どうかしてると思いませんか?」
 曇りも澱みもしない表情は、飽くまで自分が正しいといわんばかりだ。ドラコは呆れてしまう。
 ドサリと音を立て、ソファの背凭れに寄り掛かり、両手を頭の後ろに組んだ。
「ろくでもねえな、最近の若いもんは」
「ろくでもある人間に、ホストなんて務まると思います?」
 間髪入れずに言い返してくるのは流石に仕事柄か。ろくでなしの自覚はあるらしい。
「んだな。今は何も売りもせずにババアから金巻き上げてんだ、カラダ売ってた頃のほうがまだ可愛いげがあるってもんだ」
「人聞きの悪いことを言わないで下さい。私たちはマダムに夢の時間を」
「オッサンと別れたのは最近じゃねえよな」
「別れるって……付き合ってもいませんよ。正直、今更という感じです。私、彼と離れるときに、田舎に帰ると言ったんです。それが、ここで働いていることをどうしてか知られてしまったようで……」
「下手な嘘吐くんじゃねえよ」
「でも、弟が死んだと言ったら、一緒に泣いてくれたんです。とても優しい方ですよね」
「おまえねえ……ま、エロ画像は取り戻してきてやるから。クソビッチホスト君は俺に感謝しながら店のためにあくせく働くこと」
「ありがとうございます、勿論そうさせて頂きますよ。……クソなんとかは余計ですけど」

 薄暗い事務室の中、黄ばんだパソコンモニターと、背中を丸めてそれに向かうドラコの顔がぼうっと青白く光る。歪めた唇には例のごとく、葉巻を咥えていた。
 ホストクラブではなく、また別の小さな会社の事務所だ。ドラコはこちらでも名ばかりの役に就いている。
 蒼月の言う通り、相手は善良な銀行員で、火種の画像は難なく回収することができた。相手の男はひどく怯えていたから、今後しつこくしてくることはまずないだろう。
 画像は一枚や二枚ではなく、男のパソコンに大量に保有されていた。隠し撮りかと思えば健全なアルバム画像やカメラ目線のものも含まれており、どうやら同意の上で撮らせたらしかった。
 モニターの中では、艶やかな黒髪の隙間から、猫のような瞳が挑発的にこちらを見つめている。薄い唇に載せた微笑は妙に婀娜っぽく、幼いのか大人びているのか、男なのか女なのかすら判別し難い。
 先日蒼月と対面した時に感じた気味の悪さは、あまり感情を捉えられなかったせいかもしれない、と思い出す。無表情とも違うのだが──能面のようなとは、丁度あのような顔のことを言うのかもしれない。
 渋い顔をしながらも、次の画像を開く。
(最近のガキは、どうしてこう簡単にヤらせるかねえ……しかも男)
 局部こそ映っていないものの、頬を染めて苦しげに眉を顰める表情はどう見ても行為中のそれだった。
(やらしいカオして)
 知っているというほどの仲でもないが、つい先日顔を合わせた男が乱れている、それを盗み見ているのだと思うと、不思議と興奮してしまう。
(ったく、本気でロクでもねーな)
 未成年を買ってだまされる間抜けな中年男に同情する気はない。しかし、心情的には蒼月の味方にもなれない。苛々する。
 そして苛立ちの原因は、蒼月だけではないのだ。
(顔は女みてーだからな、こういう画像でムラッとくるのは仕方がねえ)
 誰にともなく言い訳をしながら、バイブに舌を添えてこちらを見つめる美青年にガンをくれてやる。そして行儀悪く舌打ちをしながら次の画像をダブルクリックする──ということをしばらく繰り返していた。
 と、年季の入ったパソコンがキシキシと軋むような音を立て、何やら勝手にソフトが立ち上がる。
(何? ウィルスか!?)
『あんっ、や、あぁ、あぁぁっ、あ、はぁぁぁぁっ♥』
 パン、パン、パンパンパンパン──
(こ、れ、は)
 女のような嬌声と、身体を打ち付ける音。
 男と蒼月との性行為の様子を男性側から撮影した、所謂ハメ撮り動画であった。ファイル名など見もせずにクリックしていたため、動画だとは気付かなかったのだ。
 眉間に深く皺を刻みながら、姿勢を一層前に傾けて小さな動画窓を凝視する。
(女みてーな顔、女みてーなエロい声。なんか、ヘンな感じだな……)
『ん、や、あぁっ……』
『嫌じゃないだろう? こんなに感じて、悪い子だね』
(おいオッサン)
『あ、だめです、イイッ……』
(どっちだよ)
 悪態を吐きながらも動画から目を離せずにいると、遠くで何か聞こえたような気がした。
「──ちわ」
(……?)
 ふ、と意識を画面の外に向けると、
「こんにちは、お疲れさまです」
 動画の中で喘いでいる青年が、すぐ傍に立っていた。
「くぁwせrftgyふじこlp;@」
 声にならない叫びを上げ、葉巻を口から落としそうになりながら、慌てて立ち上がる。蒼月より十センチも上背があり、肩幅も広いドラコが立ちはだかれば、年代もののモニターはすっぽりとその背に隠れてしまう。蒼月はきょとんとしてドラコを見返した。
「大丈夫ですか?」
「テメェ! 勝手に入ってくるんじゃねえ!!」
「ノックしましたし、失礼しますとも言いましたよ」
「聞こえてねえモンは言ったうちに入らん!」
 基本的に機嫌の悪いドラコの抗議を無視して、蒼月はふわりと微笑む。
「ドラコさん、画像回収できたとマスターから伺いました。ありがとうございます」
 誰もが見惚れるような美貌であろうが、その本性を垣間見たドラコにはもはや通用しない。
「営業スマイルな」
「これ、良かったら受け取って下さい」
 蒼月は背中に隠していた手から、長方形の包みを差し出した。
「お、こりゃあ」
「葉巻です。一応下調べしたので、気に入っていただけるかと」
「サンキュ」
 ドラコは一転して上機嫌でそれを受け取り、唇の端を曲げて笑う。
 申し合わせたかのように二人の言葉が途切れると、ドラコの背後から切迫した声が聞こえた。
『あぁぁっ…マーさん、私、も、あ、あぁぁぁっ……♥』
「!!」
「!?」
 蒼月は眼光を鋭くしてドラコを押し退けるや、疾風の早さで動画を停止させた。そして改めてモニターを見てがくりと膝を折り、PCデスクに肘を置いて頭を垂れる。
「AVかと思っていたら、私のだったんですね……」
 数年前の自分の喘ぎ声など覚えていないし、音質の良くないパソコンのスピーカー越しでもある。男の呼び名が聞こえるまで、全く気付かなかった。
「……うん。気合い入ったハメ撮りだった。マー君おまえに本気だったと思う。ズリネタ取り上げられて泣いてたし」
 ドラコは一瞬気まずさを感じたものの、すぐに開き直り、どかりと椅子に腰掛けた。
 蒼月のことをそうよく知っているわけではないが、先日の飄々とした様子からして、彼が狼狽えることは珍しいのではないだろうか。
 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、細身のスーツ姿の背中を小突く。
「検閲だよ検閲。ヤバイもんが混じってたらヤベーからな。折角だからおまえも見ていけば? オラ、ケツでバナナ食ってる画像とか」
「バナナなんて挿れませんよ!」
 蒼月はがしりとドラコの右腕を掴むが、既にマウスの上に置かれていたそれに対しては何の抑止力もなかった。カチカチッと軽快なクリック音の後に、黄色の玩具を挿入されたローアングルの画像が大写しになる。
「ほ〜……」
「ほら! 黄色いバイブじゃないですか!!」
 恥ずかしい場所をまじまじと見られ、もはやどうすれば良いのかわからない。とりあえずバナナでないことは強調しておく。
「大体合ってる」
「全然違います!」
 蒼月はむきになったように吊り目を吊り上げてこちらを睨みつけてくるが、羞恥に顔を赤くしたままでは怖くもなんともない。寧ろ可愛らしいくらいだった。
(なんだ、意外とフツーにガキじゃねえか)
 第一印象が良くなかった反動でか、自分の中での蒼月の心証がぐっと良くなったことを、当のドラコは自覚していない。
「すげえな、こんなモン尻に入るのかよ。気持ちいいのか? これ」
「女性用ですから、タチの人が思うほど気持ち良くないです。あ、いえ、私、マジレスなんて……もう、やめませんか、貴方そっちのケないでしょう!?」
 それは確かだったが、今はとかく蒼月をからかうのが面白いのだ、やめる気などない。密やかな時間に闖入された、意趣返しでもある。
「良くないっていうわりにチンチン勃ってるけど」
「それは、そういうシチュエーションですから、興奮はしますよ。でも、そこまで気持ち良くないです」
「ふぅ〜ん」
「興味ないなら、聞かないでくださいよ」
 どうにか冷静を取り繕おうとしているようだが、狼狽を隠しきれずにいる。既に火の消えた葉巻を挟む、唇は愉しげに弧を描く。
 ──カチカチッ
「おお、今度はモノホン」
 続いて開かれた画像は、玩具ではない本物の男性器に蒼月が唇を寄せているものだった。
「一晩いくらでヤらせるんだ?」
 嘲弄するように言ったつもりだったが、返る声色は想像とは違っていた。
「ドラコさんならタダでいいですよ」
「……あ?」
 甘い声に微笑、そして下肢を撫でる感触に、ガタンと椅子を鳴らす。しかし器用に膝の間に入り込んだ蒼月に腰を抱えられてしまい、立ち上がることができない。
「おい、何のつもりだ」
 蒼月は布越しに感じる硬い熱の塊を、慣れた手付きでまさぐった。
「画像のお礼、させてくださいね」
(なんだその、すげーエロい声……)
 声だけ、それも男の声が直接下半身に響くという経験は初めてのものだった。ドラコは狼狽え、ふと咥えたまま意識の外に追い出されていた葉巻の存在を思い出す。火はとうに消えていた。
「……」
 ただ舌打ちをして、葉巻の先端をライターで燻す。
 蒼月は不貞腐れた顔のドラコを見上げ、にこりと笑う。ジッパーを下ろし、重量感のある男根を引き出して、感嘆の息を吐いた。
「すごい……」
 長さも太さも、ディルドーでしか見たことのないような、極上の巨根。大柄なドラコの体躯に対してもなお立派で、形も良い。
 同じ男としての単純な驚きもあるが、それだけではない。
 元気よく起立し、みちみちと血管を隆起させて──意地悪な言葉を吐きながら、自分の猥褻画像でこんなにも興奮していたのかと考えたら、ドラコのことが無性に愛しくなってしまった。
 細い指先を絡め、撫でさする。
「ドラコさん……」
「っ……」
 酔ったような目でそれを愛撫する蒼月に、ドラコは顔を顰めた。
「おまえ、やっぱバイってよりゲイだろ」
「どちらでもいいじゃないですか。私のエロ画像はお気に召したのでしょう?」
 先程までの可愛らしい焦燥はすっかり潰えたらしい。挑発的な視線と艶を帯びた声に煽られるものは、既に苛立ちだけではなかった。
「クソガキが」
 目の前のものだけが真実だと思えば、乱暴な言葉も寧ろいじらしい。蒼月は妖艶に笑う。
「私のせいでこうなったのですから、最後までお付き合いしないと、ね」
 上目遣いで言って、立派な竿の根元に恭しく口付けた。太い血管を浮かせる黒ずんだ男根に綺麗な薄紅の唇を寄せ、その形を舌に刻むかのようにじっくりと舐め上げる。
「よくもまあ……」
 気怠そうにそれだけ言って、ドラコは深く息を吐いた。
「んむっ」
 大きく口を開けて先端を銜え込むと、雄の匂いと零れ落ちそうな質量にただ圧倒され、一気に身体が、特にその中心部が熱くなった。
 張り出した雁首に丁寧に舌を這わせ、唾液で潤し、喉の奥までも導いていく。
「ん、んぐ、ん……」
 頭を動かし、唇と舌で奉仕しながら、口腔内を犯される感覚に陶酔する。
「あー……」
 ドラコは低い唸りと共に煙を吐いた。同じ男であるゆえ、というべきなのだろうか。蒼月の施しは実に的確で、一切のストレスもなく、ただひたすらに愉悦を与えてくる。
 煙を口に含み、吹いて、目を細める。
 実に心地よい。
 しかし、と遠くを見つめながら思う。
(……なんだろうな、これ)
 薄汚れた事務室でヤクザの股座に顔を埋めるろくでなしの美形は、当店自慢のマダムキラー。綺麗な顔をしてはいるがれっきとした男で、目の前のモニターには彼の猥褻画像が表示されている。
(ま、どうでもいいか)
「ふーっ……」
 快楽の波に抗わず、勢い良く煙を吐き出す。
「ん、む……」
 時折呻くような声が聞こえたが、顔を覗けば飽くまで乗り気なようだった。なだらかな頬を薄紅に染め、吊り気味な目はとろんとしている。
(造りはいいんだから、こういう顔してりゃかわいいんだよな、無表情だとこえーけど)
 髪に触れてみると、驚いた様子でこちらを見上げてきた。
「興奮してんのか?」
 薄い唇が、ぬめる亀頭との間にねっとりと粘液の糸をひいた。そうして照れたように微笑するさまはひどく淫猥だ。
「だって、ドラコさんの、すごい……ヤバイです」
 ドラコは思わず吹き出してしまう。
「おいホスト」
「だってこんな……こんな状態で、うまいセリフなんて思いつきません」
 蒼月はそわそわとして落ち着かない様子だ。
「ふん、若いねえ……」
 ドラコは唇の端を歪めた。ヤリ手のホストだろうが、所詮は若造。可愛いものだ。
「ヤるか?」
「……!」
 迷いなく頷いた蒼月に苦笑しつつ、デスクの引き出しを開ける。
「ローションとかあるよ」
 今度は蒼月が狼狽える番だった。
「な、なぜそんなものが常備されてるんです……」
「こういうの扱ってる会社。知らなかったっけ?」
「アメニティグッズを扱っていると」
「ホテルにあるやつだろ、アメニティって。大体合ってるから問題ねえよ」
「雑ですねぇ」
「使わねえのか?」
 小袋に入った使い切りサイズのローションを、二つの指の間に挟んでペラペラさせる。蒼月はサッとそれを奪い取り、口元に笑みを浮かべた。
「ありがたく使わせていただきます。少しだけお待ちくださいね」
「だーめ」
 立ち上がり、立ち去ろうとした蒼月の細い腰をがしりと捕まえ、正面からベルトを外しに掛かる。
「蒼月クンがケツの穴に指突っ込んでローション塗るとこ見てぇなー」
 悪い笑みからは、性的興味というよりも、単なる嫌がらせの空気を感じる。蒼月はされるままになりながら、伏せた視線を横に反らした。そんな仕草が男の嗜虐心を煽るのだとは気付かない。
「大して見たくもないでしょうに……」
「見たいから言ってんだろーが」
 下着をずり下ろすと、蒼月の性器がぴょこんと頭を擡げた。それを凝視して、一瞬沈黙する。
 若いせいなのかあまり使っていないのか、妙に小綺麗ではあるが確かにそれは男の性器だ。相手の顔と股間とをまじまじと見比べ、不意にそれを爪弾きする。
「いた、痛いですっ!」
「なんかやっぱり、ヘンな感じだな」
「一体、何が」
「いいからそこに手ェついて尻出す。俺はおまえのエロ画像の恩人なんだからな」
「そ、それを言われますと……」
「上着、邪魔じゃねえ?」
 蒼月は言われるままにジャケットを脱いで机に手を付き、ドラコに向かって尻を突き出した。白い双丘の間の窄まりまでもが晒されているのがわかる。
「こんな格好、恥ずかしいです」
「今更だっつーの」
 ドラコは据わった目でモニターを眺めつつ、小さく引き締まった尻を軽く叩いた。
「意外と鍛えてんのな」
「体型維持のためもありますし、体力勝負ですからね」
「ババアと体力勝負?」
「枕営業はしませんよ……あふっ、あぁっ……」
 大きな手で尻を包み込むように撫で、揉みしだかれると、思わず声が出てしまう。
「ブチ込むよりブチ込まれるほうが好きだからだろ? このやらしいケツの穴によ」
「や、やめっ……」
 尻の肉を左右に開き、内部を晒す。そこに特別性的な執着を抱いたことはない。ただ蒼月の反応が面白いだけだった。
「おら、はやく」
 蒼月は顔を赤くしながら、ローションを絡みつかせた指を晒された秘部に滑り込ませる。入り口付近を解すように撫でてから、一本、二本。さほどの抵抗もなく挿入した。
「んっ……」
「ちゃんと慣らさねえと」
 ぐるりと内部を探りながら粘液を塗り込み、一旦指を抜く。再びローションを纏わせて、今度は三本を挿入する。
「あっ……はっ……」
 いつもは手早く済ませるだけの作業だが、見られていると思うとひどく興奮してしまう。蒼月は羞恥と後ろめたい快感とに震えながら、陰部を解していった。
 小さな莟は収縮し、出入りする細い指に纏わりつき、いやらしい水音を立てる。そのたび男の腰はうねり、色を帯びた声が漏れる。それはもはや自慰行為だ。
「ん、んっ……」
 非常識な美貌の男の下品な行為を、もう少し眺めていたい気もした。しかし、中途半端に放り出されたままの衝動を無視することもできない。
「痴女のホモバージョンって、なんて言うんだろうね」
 ドラコは葉巻を灰皿に置いて立ち上がり、蒼月の背後から尻を撫でた。
「んっ……」
「もう、いいんじゃねえ?」
 返事を待つつもりはなかった。細い手首を掴んで指を抜かせ、小さく口を開けたままのそこに怒張を擦り付ける。男の性器やら玩具やらを挿入している画像は見たものの、それが不思議になるくらいに、蒼月の体はほっそりとしている。自分と見比べてしまうせいもあるだろう。
 行為に慣れている自覚はあるが、それでも威圧的な感触に、蒼月は身を竦めた。
「は、い……あぁ、ぁっ!」
 大きく張り出した亀頭部が強引に捩じ込まれる。
 入り口こそ抵抗感が強かったものの、先端が入った後は、自ら呑み込んでいくかのようだった。
「あっ、ああっ……あ……」
(こりゃあ……)
 ドラコは嘆息し、密かに唾を飲んだ。窮屈に縛り上げるみっしりとした肉の感触は、女とは全く違う。これまで得たことのないであろう快楽の予感がする。
「すごい、です……奥……」
 蒼月もまた、深く深く身体を穿たれる、初めてに近い感触に打ち震えていた。
 熱い。熱くて硬くて柔らかい、男の感触。口でしていたときから、これが自らの身に挿入されたら、と良からぬ想いを抱いていた。ろくに知りもしない相手だというのに、不思議なものだと思う。
「何?」
 更にグッと押し込むように、腰を密着させる。
「ん、私、こんな……あ、あぁぁっ……」
 身体を満たしていたものが、粘膜を擦りながら、ずるずると抜けていく。
「なんだよ、ちゃんと言え、オラッ」
「あ、はっ……」
 そしてまた、ゆっくりと入ってくる。堪らない。自分はこれほど淫乱だったろうか。よくわからないくらい、気持ちがいい。
「あんっ、あ……」
「オラッ」
「ん、くっ……」
 抽送はすぐに速度と激しさを増し、一定の調子で身体を打ち付ける音を狭い室内に響かせた。
「あ、あ、あんっ…」
 大きな手が細い腰を鷲掴み、極太の男根は細い身体を容赦なく貫き突き上げる。
 手を突っ張って体重を掛けているデスクがギシギシと頼りなく軋む。
 暴力的にさえ思える行為に、しかし青年の痩躯は歓喜に震えていた。
「あん、あは、あぁっ」
 上体を反らせて喘ぎ、自ら求めるように尻を突き出す。
 ドラコは蒼月の細い顎を捕まえ、耳元に低く呟く。
「なーあ? 今のおまえ、さっきのエロ画像なんてどってことないくらい下品だぜ?」
 自分でもそうは思う。しかし、我慢ができないのだ。
「ん、だっ…て……すご、奥、まで……あはぁっ……ああんっ……」
 動作を止めてぐちぐちと掻き回すと、淫靡な粘膜はひくひくと震え、求めるように絡み付いてくる。
「そんなにイイのか?」
「ん、い、イイ、です……きもち、いい……」
 波打つ肉体に唇を歪める。
「腰、動いてる」
 意地悪く言いながら、蒼月の性器に手を伸ばす。先端から滴った雫が、若々しく反り返った竿をぐっしょりと濡らしていた。
「あっ、や!」
「ケツだけでこうなるのかよ、ド変態じゃねえか」
「嫌、っ……あん、あぁっ……」
 緩く拳を握って扱くと、蒼月の身体はしきりにびくびくと震え、そのたびに内包するドラコを戒めるように締め付けた。
「ッ……嫌なわけがねえだろ」
 蒼月の性器を弄りながら、ドラコは再び腰を動かしだした。
「あぁ、んふっ……くっ……」
 抉られた身体の内側から沸き起こる快楽。外部から与えられる、痺れるような感触。二つの別種の快感に襲われながら、そう長く辛抱することはできなかった。
「や、ぁ……イク、イ、きます……っ」
「早えーよ。我慢しろ」
「できな、あぁっ、はぁっ……!」
 蒼月は情けなく声を上げ、ビュクビュクと吐精した。震える脚にはろくに力が入っておらず、ドラコの腕と結合部に支えられているような状態だ。
「あ、あ……は……」
 肉杭を引き抜かれ、蒼月はがくりと床に膝をつく。快楽の余韻に身体を震わせながら、深い呼吸を繰り返していた。
「おい」
 振り返り見上げると、未だ欲求不満な巨根が威圧的な風貌でそそり立っていた。蒼月は恥じらうように視線を伏せる。
「最後までお付き合いしてくれるんだろ?」
「勿論……です」
 差し伸ばした手は、しかし無下に払われてしまう。
「?」
 不思議そうに見上げる蒼月を見返して、ドラコは言った。
「騎乗位が好き」

(あー、本当になんなんだろうな、これ……)
 ろくにシーツを替えていない湿っぽい仮眠用ベッドに身体を伸ばし、ドラコは葉巻を吹かしていた。
 傍らには、美しい青年の裸体。
 手入れの行き届いた身体は、下手な女より綺麗かもしれなかった。そこに嫌悪感は生まれず、衝動に流されるままに行為を愉しんだ、最中はそれで良かった。
 しかし、終わってしまった今は、ただ空しい。自分の行動が理解できなかった。
「ドラコさん……後悔してます?」
 腕の中から、猫のような瞳が見上げてくる。なぜだか無性に腹が立ったがどうすることもできず、ただ舌打ちをした。
「なんで」
「なんとなく」
「別に、俺が損することなんてねえだろ。寧ろおまえが後悔しろよ」
「どうしてです?」
「馬鹿なのか? 身体売ったオッサンにエロ画像握られて脅迫されたってのに、今はヤクザと寝てるんだぞ? ちっとは身の振り方を考えろ」
 蒼月の綺麗な瞳が──本性がどうであれ、外見は綺麗なのだ──真っ直ぐに、じっとこちらを見つめている。澄んだ湖水のように、ただ静かに。
「な、なんだよ」
「あの方とのことは、ドラコさんが解決して下さいました。今こうしていることに後悔なんてありません。私は自分の判断を正しいと思っています」
 吸い込まれそうな瞳に、魔性などという言葉が脳裏を過り、ドラコはふいと目を逸らす。
(下らねえ)
 しかしこの男は今までもこうして金や力のある人間に取り入ってきたに違いない。漠然とそう感じた。
 ふー、と長く煙を吐く。
「おいしいんですか?」
「あ?」
「私にも味見させてください」
 蒼月の視線の先にあるのは、ドラコが咥える葉巻だ。
(めんどくせーな)
 しかし無視をすればそれはそれで面倒なことになるのだろう。蒼月の口元に自分の吸っていた葉巻を近づけた。蒼月は微笑する。
「んむっ……!?」
 微笑して、差し出された葉巻をすり抜け、ドラコの厚ぼったい唇を塞いでいた。
 ぬるりと舌が侵入してくると、ドラコはいよいよ力任せに蒼月を引き剥がす。
「テメェ、ふざけやがって」
「ちょっと苦いですね」
 軽薄に笑い、自らの薄い唇をぺろりと舌でなぞる。
「ねえ、ドラコさん」
「ウゼエよ。とっとと帰れ」
 猫にでもするように、シッシと手で払う仕草をして蒼月に背を向け壁を見る。
「怒られてしまいました」
 男の体温が離れていく。
 壁を眺めて煙を喫んでいると、じきにシャワーの水音が聞こえてきた。

「あ゛……?」
 ドラコはベッドの中で気怠げに呻き、腕時計で時間を確認する。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 すぐに動く気もせず、ぼんやりと室内を眺める。仮眠室の外──パソコンを弄っていた事務室から、明かりが漏れているのが目に止まった。夕方、自分が居たときには電気を点けていなかったような気がする。
「なんだ、まだ居たのか」
 事務室には蒼月が居た。パソコンを触っていたようだ。
「あ、ドラコさん。もう帰りますよ」
「何してたんだ」
 蒼月は晴れやかな顔で微笑した。猥褻画像とも先程の情事ともおおよそ無縁に見える、清涼感のある美貌だった。
「ハードディスクから、私の画像を消去しました。他の従業員の方に見られたり、間違って漏洩したら困りますからね」
「勝手な事を……」
「その代わり」
 蒼月は小さなUSBメモリを差し出した。
「なにこれ」
「パソコンから消去した画像と動画が入っていますので、お好きになさってください」
「要らねえよ!」
「要らなかったら捨てていいです」
 言いながら、ドラコのジャケットのポケットにそれを滑り込ませる。
「あー、そうだ、これでおまえを脅迫しようかな」
 ドラコはポケットを握って意地悪く笑う。
 それを見て蒼月も笑った。躊躇いも戸惑いもなく、艶やかに。
「どうぞ、ご自由に」
(チッ、かわいくねーやつ)
「それでは、いい加減に失礼しますね」
「おう、帰れ帰れ。……真っ直ぐ帰れよ」
「心配して下さるんですか?」
「店のことをな」
「つれないですね。では、失礼します」
 早く帰れといわんばかりに、手で追い払う仕草をする。
「……はぁ〜あ」
 フロアのドアの閉まる音までを聞いて、ドラコは深く溜め息を吐いた。どかりとパソコン椅子に腰掛け、背凭れを軋ませながら伸びをする。
(画像取り上げるまでは大したことなかったが、その後が妙に疲れた気がするぜ……)
 と、メールの着信音が鳴った。携帯電話を取り出す。差出人は──風間蒼月。
(なんなんだよ、まだなんかあるのかよ)
 あまり良い予感がしないが、無視するわけにもいかないだろう。
 メールを開いた途端、目に飛び込んで来た画像に、ドラコは絶句した。
(あんのクソガキャ……!)
 本文を読み終わるや鬼のような形相になり、
 ──ブンッ!
 大きく振りかぶりありったけの力を込めて、応接用ソファに向かって携帯電話を投げ付けた。

 鈍い音を立ててソファに刺さった携帯電話の中では、眠るドラコに微笑を浮かべる蒼月が寄り添っていた。裸の男二人が一つのシーツの中で仲良さげに身を寄せ合うその絵面は、誰がどう見ても情事の後だ。
『今日はいろいろとありがとうございました。
 ドラコさんの寝顔がかわいかったので、つい写メってしまいました☆
 こんな画像誰かに見られたら、ドラコさんも困ってしまいますよね?
 そういうわけなので、これからも仲良くしましょうネ。

 P.S.騎乗位がヘタと言われてしまいましたが、今は練習する相手がいません。
 今度じっくり教えてください♥』

<了>

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