ダラテン

【R18】高二のクリスマス近辺の話。全3話 [ 1話目:6,249文字/2019-11-25 ]

1.

 十二月二十四日、クリスマス・イブの夜。聖歌隊の透明な歌声の響く広場に、吹き抜ける風は身を切るように冷たかった。クリスマスの本来の意味がなんであろうが、広場の男女たちと、独りそこを通り掛かった牧にとっては、その前夜は恋人同士が愛を語らう夜でしかない。聖なる歌は恋人たちへの祝福だ。
(恋人……か)
 自ら頭に浮かべた言葉に照れてしまった。藤真は嫌がるだろうか。
 外で手を繋いだり過剰に寄り添うことを、無理に求める気はない。ただ横に並んで一緒に歩くだけだって充分に楽しい気分になると思うのだが、ウインターカップ只中の今、残念ながらそれは叶わない。
(会いたいな……)
 練習中は自然とバスケットが最上位に浮上していて、邪念などは浮かばない。何かの拍子に女子に言い寄られたとしても、迷わず拒絶する程度に、現在の牧にとってそれは絶対的なものだった。健康な高校二年の男子だ、性的な興味や欲求がないわけではない。しかし価値観の異なる相手との交際は部活動の妨げにしかならないと、過去に実感したのだ。その点で藤真は都合がよかった。
(都合、というか……)
 あまりに割り切った単語に、それは違うと頭を掻いた。事実ではあるが、単なる結果だ。交際を決めた理由ではない。
 とはいえ、まだ交際開始から二ヶ月弱ではあるが、決して暇の多くない中でも関係を負担に感じていないのは、やはりそれもあるだろうと思う。それもあって──二人の総意だと思っているから、バスケットに触れているときには藤真のことは対戦相手としてしか考えないようにしている。
 しかし、一日の務めを終えたあととなれば話は別だ。まして今日はクリスマス・イブなのだ。

 駅近くの雑貨屋の店先には、まだクリスマスグッズが並んでいた。仕舞い込まれるのは明日の夜だろうか。
(そういえば、クリスマスプレゼント……)
 ウインターカップの全日程が終わったあと、十二月二十九日に藤真と会う約束をしている。〝年末デート〟というのも何か変なので、少し遅いが一応クリスマスデートという名目だ。ならばプレゼントを用意したいところだが、ここに並ぶいかにもクリスマスめいた雑貨を、クリスマスから四日もあとに贈るセンスはさすがにない。この店にはさほど高価なものはないだろうが、最初のプレゼントは高価すぎるとあまり喜ばれないと聞いたこともあり、なんとも悩ましいところだ。
 ふと、一枚のポストカードに目を惹かれた。ヨーロッパの絵画にあるような、精緻なタッチの油絵だ。少年にも少女にも思える顔立ちの天使が頬杖をつき、意味ありげな微笑を浮かべてこちらを見つめている。試すような、見透かすような微笑が藤真に似ている──そう感じてしまったら、もうその天使が藤真にしか見えなくなった。髪は癖毛で、顔もそう細部が似ているわけでもない。単なるイメージの暴走だ。
(もし藤真が天使の生まれ変わりだったら……)
 そんな妄想が頭を過ると、もう堪えられなかった。衝動的にポストカードを手にして店に入り、会計を済ませて出てきたときには、クリスマスプレゼントのことはすっかり忘れ去っていた。

 家に帰り着き、玄関のドアを開けるや否や、電話の呼び出し音が聞こえた。
「藤真?」
 部活関係の連絡も充分ありえたろうが、つい先ほどの思考を引き摺ったまま、慌てて靴を脱いで部屋に駆け上がり、勢いよく電話を取った。

「お、牧? メリクリ〜」
『藤真! メリークリスマス!』
「なに、気合い入ってんじゃん」
 気合というべきか、勢いというべきか。そう嬉しそうにしてもらえると、電話を掛けた甲斐もあるというものだ。
『お前のこと考えてたら電話がきたんだ』
「本当かよ? 帰るの遅いから、寂しくて風俗でも行ったのかと思ってた」
『俺はれっきとした高二だぞ。そんなの発想すらなかった。まあ、イブだから、寂しいのは確かにあったが』
 藤真は目を瞬き、純粋で朗らかな子供のような笑顔を浮かべた。
「まじで! かわいいこと言うんだな。今日さ、姉が家いないから電話占領できるんだ。今、時間大丈夫か?」
 姉の長電話に慣れきっている親だから、藤真が長く電話を使ったところで気に留めないだろうとは思ったが、一応夜に電話を使わないことも確認済みだ。
『ああ、もう用事も済んでる』
「じゃあ、テレホンセックスしようぜ!」
 日曜の夕方のアニメで「野球しようぜ!」と遊びに誘うくらいの軽さで言うと、電話の向こうから『んむっ!?』だの『おぉっ……』だの、戸惑うような喜ぶような声が聞こえた。いい反応だ。藤真は笑みを噛み殺す。
「なに、しないの?」
『する! 是非しよう!』
 疲れているだろうに、迷う素振りもないのだから愉快で堪らない。
(まあセックスってもオナニーだし、そんな疲れるもんじゃねーよな)
「もうできる? 準備必要?」
『ちょっと待ってくれ……ああ、準備オーケーだ』
「はやっ!」
 とは言ったものの、大した準備もないだろう。藤真のほうも、そのつもりで電話をしたから準備はできている。電話機を自分の部屋に引き入れ、ハンズフリーモードにして、バスタオルを敷いてベッドに仰向けになったくらいのものだ。
「オレも」
『今、どんな格好してるんだ?』
 切り替えの早い牧に、口元の歪みを抑えることができない。面白がって笑っては台無しだろうから、声には出ないようにしたいものだ。
「部屋着のスウェット上下。脱いどいたほうがよかったかな」
『いや、自然でいい。……じ、じゃあまず、上を捲ろうか。胸の上くらいまで』
 行為の際、牧が口籠ったり、躊躇ったりする様子を見た記憶はなかった。その状況では欲求のほうが遥かに優っていて、迷いなど生まれないのかもしれない。
 言われた通り、インナーもろともトレーナーを捲り上げた。
「捲ったよ。胸の上まで出てる」
『乳首を、触ってみてくれ……』
 荒い呼吸が電話越しに強調されて聞こえる。余裕のない様子の牧に、藤真は興奮するよりも愉快な気分になりながら、自らの乳首に指で触れた。
「触ってるよ」
『どうなってる? 硬いとか、勃ってるとか』
「柔らかい」
『そうか……じゃあその、柔らかな乳首を……指で弄ってみてくれ……』
 言葉の合間に聞こえる息遣いから、牧も行為を始めていることが想像でき、俄然興奮してきた。
「どういう風に?」
『こう……』
「見えねーから、わかんねーからっ!」
 電話の向こうでは、牧が乳首を弄る手振りをしているのだろうか。想像すると面白いのだが、気分が乗ってきたところで正気に戻すのはやめてほしい。
『指で摘んで、捏ねたり……潰したり……』
「う、ん……」
 言われた通りにして小刻みに指を動かすと、気持ちいいと思い込めば気持ちいいような、しかしそれよりもどかしさや恥ずかしさのほうが勝るような感触が起こる。
『ちょっと爪を立てたり……』
「あっ…」
『気持ちいいのか? 乳首はどうなってる?』
「硬くなって、ちょっとだけ大きくなって、形がはっきりしてきた」
 照れくさいながら、それでも比較的落ち着いた気分でレポートしてやると、牧が唾を飲む音が聞こえて嬉しくなってしまった。テレフォンセックスは初めてだが、牧に卑猥な言葉を望むよりは、こちらから投げ掛けてその反応を愉しむほうがいいのかもしれない。
 フー、フー、と牧の強い息遣いが聞こえる。
「でも、自分で触ってもあんまり気持ちよくないな。やっぱ牧に触られたり、しゃぶられたりしないと……」
 不意に『ガサッ』とも『ブバッ』とも形容しがたい大きな音がした。受話器の至近距離で思い切り息を吹いてしまったのだろう。藤真は笑いをこらえるのに必死だ。
『ッ! そ、そうか……!』
「ふっ…まきっ…受話器近い…っ」
『やっぱり、今からでもそっちに行こうか?』
「ダメだってば。今からじゃ遅くなるし、それにお前、今すぐ出られるなんて状態じゃねーだろ?」
『ぐっ…』
「お前の股間のモノは、今どうなってんだよ?」
 想像はついていたが、敢えて問うてみる。瞳は妖艶に細まり、唇には意地の悪い笑みが浮かんでいたが、残念ながら牧がその表情を見ることはできない。
『……興奮して、でっかくなってるぞ』
 想像して、思わず喉が鳴ってしまった。牧のことを笑っている場合ではない。付き合おうと言われる前の一番最初の行為のときから、牧が自分を欲している事実にこそ藤真は悦びを感じ、そこから今に至っているのだ。
「オレの声聞いてるから?」
『ああ……普通に自分でするより、汁が垂れるくらい出てる』
 牧の声に苦笑が滲んでいる気がする。どれほどの状態なのか、直接見られないことが残念だ。
「ローション使ってないんだ?」
『今日はまだ使ってないな。お前はどうなんだ?』
 さすがに漠然としすぎだと思った。素直に問い返す。
「……なにが?」
『勃ってるのか?』
「うん……てか、お前がちゃんと指示しないからまだパンツの中なんだけど」
『! そうだったか。……そうだよな。じゃあ、下脱ぐか』
 言われた通り、ひと思いにズボンと下着を取り去って、下半身を裸にしてしまう。下着の中で窮屈にしていた性器が、のびのびと首をもたげた。
「脱いだ」
『触ってみて、どうなってる?』
「硬くなって、筋が浮いて、先っぽがちょっと濡れてる」
『そうか……! ローションはあるか?』
「ないけど、オイルがあるよ。マッサージ用のやつ」
『それを使おう。あと、そうだな、バナナとか、キュウリとか、ナスとか……』
「それはない」
『ないのか?』
「あっても使わねーし! 食べ物を粗末にすんな!」
 それらの形状から用途に簡単に想像がついたので、ありえないことだと全否定しておく。
『じゃあディルドとか、バイブとか』
「もっとねーからっ!」
『お前、指なんかで満足できるのか?』
「うるせー、いいんだよ別に」
 牧はテレフォンセックスとして煽る調子ではなく、純粋に疑問な様子だ。
 多少慣れたとはいっても、自然のままで異物を挿入できる箇所ではない。二人でのセックスだから受け容れられるだけで、自分で自分のそこをほぐす虚しさを思えば、指だって毎度入れるわけでもないのだが、具体的に説明する気はしなかった。
「もうお前ダメだから、オレが勝手にやるわ。まずオイルをたっぷり手に取ってぇ、おちんちんをマッサージしまぁす」
 ふざけた調子で受話器に言うと、実際にオイルで濡らした左手で陰茎を掴み、上下にゆっくりと愛撫する。オイルが性器と手指の肌の密着度を高めながら、摩擦の痛みを失くして、常時の自慰よりも遥かに強い快感を伴った。
「っ…、あっ…んんっ!」
 普段は前を触っても声など出さないが、想像以上の感触と、牧が聞いていると思うと自然と声が出てしまった。
『藤真っ…、気持ちいいのか?』
「うん、ぬるぬるして、きもちい……」
 性器の上にボトルから直接オイルを垂らし、たっぷりと潤ったそこに受話器を近づけて大袈裟に扱く。皮膚の擦れる音と、ねっとりとした水音が派手に響いた。
「聞こえる? んっ、あぁっ、あっ…」
『っ!! ふじまっ、…そんな、やらしい音立ててっ…』
 受話器を顔の横に置くと、切羽詰まった様子の牧の声と息に煽られるように、右手を脚の間へ持っていき、伝い落ちたオイルで濡れた窄まりを揉みほぐすように撫でた。
「あっ…!」
『どうした?』
「指入っちゃった。ぅんっ、あぁ…」
『な、中は、どんな感じなんだっ…!?』
「入り口はっ…きついけど、オイルで滑るからっ、んっ、ぁんっ」
 あまり深くは入れず、入り口付近で軽く指をピストンする。触覚での単純な快感もあるが、更なる刺激を求めて体が疼くようで、非常に気分が高揚していた。
『藤真、イイのか?』
「ぅん……いいよ、牧……」
 仰向けから横向きの体勢になって体を丸め、挿入した指を曲げて、体の前方へ向けて刺激する。何度か繰り返すうち、明確な快感が迸ってびくりと体が跳ねた。
「゛あっ! んぅっ、あぁっ…」
『ふじまっ…』
「っ…ん、前立腺みっけた。ね、牧のシコってる音聞かせて」
 もはや演じなくとも自然と甘えたような声になってしまう。その調子は牧にもストレートに伝わっていた。
『聞こえるか? ……』
 受話器越しに馴染みのある、しかし荒々しさも感じる音を聞いて、藤真は思わず歓喜に喘ぐ。
「あぁっ…すっげ、エロい音っ…まき、オレのこと考えてシコってるの…」
『当たり前だろうっ…ほんとはこれで、お前の中を掻き回してやりたいんだ…ッ!』
 もはや羞恥などなく、一旦取り戻した右手の指に落ち着かない動作でオイルを垂らし、再び脚の間へ持っていく。二本の指が、ぬるりと狭間に呑み込まれた。
「んっ、オレも…はぁっ、ほんとは、牧の…あぁっ、あぁぁっ…!」
 ぐちゅぐちゅと音を立てて自らの指で中を掻き回しながら、興奮しきった陰茎を撫でると、耐えられず声が上がった。
『藤真っ…、今、どうなってる…?』
「指二本、入っててっ…ちんぽ触ったら穴がぎゅって締まってっ…」
『指を曲げると?』
「我慢できなくなる…」
 声は無様に泣きそうに歪む。受話器の向こうから、感じ入ったような牧の息が聞こえた。
『我慢なんてしないで…、俺にやられてると思って、エロい声聞かせてくれ…』
 藤真は許しを得たかのように、差し込んだ指を蠢かせながら、もはやオイルよりも体液で濡れそぼった陰茎を夢中で扱いた。
「あ、あぁっ、牧…! んぅっ、あぁっ、あぁぁっ…!」
 受話器から聞こえる低い声と呼吸が、こちらの動作とリンクしているように思えたが、まともな感覚はとうに失っているから、ただの思い込みかもしれない。それでも確かに牧の存在を感じながら、感じるたびに自らの指を締め付ける、淫らな体に自分自身で興奮していた。
「まきっ、オレ、もう、いきそぉ…っ」
『ああ…俺もだ…』
「じゃ、一緒にいこっ」
 今度は明確に息を合わせ、手淫の速度を上げて一番弱いところを重点的に刺激していく。
『ああ、藤真ッ……いくぞ、出すぞ……!』
「んっ、牧ぃっ…! あっ、あぁっ、あぁああッ……!!」
 射精とともに白く弾けた強烈な快感の中で、自分の声をうるさいと感じながら、牧の達した低い声も確かに聞いた気がしていた。体をぐったりとさせながら、開放感のような、幸福感のような、快楽の余韻に藤真が浸っていられるのは、しかし僅かな時間のことだ。
『っ、ふじまっ……もう一回しよう!』
 電話の向こうからはまだ興奮冷めやらぬ牧の声が聞こえるが、藤真は例のごとく急激に冷めてしまっていて、早く身の回りを片付けたくて仕方がなかった。近くにいて迫ってこられればまた別だろうが、電話越しではそこまで盛り上がることはできない。
「はぁ? やだよ、また二十九日にな。バイバイ」
『ふじ』
 ガチャッ!
 乱暴に電話を切り、深い深い溜め息をついてティッシュで股を拭った。オイルのおかげでするすると拭き取ることができたが、そもそも性的な用途のためのオイルではないと思い出すと、心の底から情けない気分になった。
(アナルとかマッサージしてごめんなさいって気持ち……)
 電話の受話器を改めて持ち上げて入念に拭き、ハンズフリーもオフにする。
(やっぱり、ちゃんと会いたいよなぁ)
 断片的な接触など、余計に相手が恋しくなるだけだというのに、忙しい牧をわざわざ捕まえて、なんて下らないことをしてしまったのだろう。
 落ち着きを遥かに通り越した憂鬱な気分で、くず箱に使用済みティッシュの山を作り、パンツとズボンを穿いて、電話機を元の位置に戻しに行った。

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