ハニー・バニー

R15くらい。付き合ってない大学生設定。藤真が友人の代理でバイトに入った店に牧が現れて!? 名前付きモブが出てきますがカプには絡みません。全4話 [ 4話目:3,665文字/2019-09-23 ]

4.

 あれからしばらくして、オレは再び牧と会っていた。場所は二人ともアクセスしやすいからってまた新宿。店はファミレスだし外もまだ明るくて、前回みたいじゃない健全な雰囲気だ。
 理由は前回のデート詐欺になったお金を返したいためだったけど、牧はその分が入った茶封筒を受け取らず、テーブルの上を滑らせてオレの方へ返して来た。
「別にいいんだ。生活の足しにしてくれ」
 やばい、オレ貧乏キャラだと思われてる。
「いや、金に困ってるわけじゃないんだ。バイトに入ったのは人助けっていうか……」
 そりゃバイトで臨時収入があったら嬉しいくらいは思ったけど、騙し取ろうなんて思ってなかったし。もう一度牧の方に封筒をやったけど、やっぱりこっちに返されてしまった。まあ、牧からしたらどうでもいいくらいの額なんだろうしな。オレ的には額面の問題じゃないんだけど。
「今後困ることがあったら、あんなとこでバイトするより俺に相談してくれ」
「いや、ほんと大丈夫だからな?」
 なんかすげー心配されてる。この調子じゃオレが身体売ってると思い込んだときも、さぞかしいろんな妄想をしたんだろう。身体売ってなくてよかったってのは、その辺もあるのかもしれない。
「あのさ、もしかして、昔好きだった子に金を貸すシチュとかで興奮してない?」
「少ししてる。が、お前のことは『昔好きだった』わけじゃないぞ」
 オレは自分の顔がぶす〜っとしていくのを実感してた。わざとじゃない。自然にそうなってくのがわかる。
「お前性癖歪んでるよ。身体売ったと思って萌えたってのもよく考えたら変態な気がするし」
「萌えとかじゃない。お前の性的なことを想像してしまったというか……」
 牧は照れたみたいに目線を落として逸らした。きっと今もヘンなこと考えてるんだろう。
「まあとにかく、もうあの店のバイトはしないから」
 キャストはいい人だったし仕事内容も牧たちの件以外はラクで、割りのいいバイトって感じではあったけど、地味に顔を知られてるとこのあるオレはやっぱりやめといたほうがいいんだろうって実感した。
「そうか。それがいいな。……チェキ撮りたかったな」
「は???」
「ウサギの耳、よく似合ってた。昔お前のことウサギに似てるって思ったんだ」
 ちょっといいやつ風なこと言ってから頭おかしいこと言い出すのはやめたほうがいいと思った。しかもすごい優しい顔で笑って。いや似合うのは自分でも思ったけど、もうちょっと下心を隠せっていうか。
「……やっぱまたバイトしに行こうかな」
「それはやめてくれ。いかがわしいサービスがなくたってやっぱり心配だ」
「心配、なあ」
 なんで牧がオレのこと心配するっていうんだろう。理由はわかってるような、わかりたくないような。なんとなく会話が途切れて、ドリンクの氷の音なんかがしてたのはそう長い時間じゃなかったと思う。
「藤真。お前の気持ちが聞きたい」
「え……なに、気持ちって」
 牧は真剣な顔でこっちを見てる。もうこのままドリンク飲みきって解散したかったって思ってた程度に、牧が言いたいことに察しがつかないわけじゃなかった。牧の手が動く気配があったから、オレはテーブルの上に載せてた手を慌てて自分の膝に持っていった。
「昔のことじゃない。俺はお前のことが好きだ。この前帰った後もずっと考えてた。でも気持ちは変わらなかった。ただの衝動じゃなかった」
 こわいくらいの牧の目から視線を外して首あたりを見てた。それって、答えを出さなきゃいけないことなんだろうか。
「……わかんない。ちょっと考えさせて」
「どのくらい待てばいい?」
「え」
「どうして答えたくないんだ?」
 そうだね、そう。前回ラブホで無理やりされそうになったし、帰り際にキスまでされて、なのにオレから呼び出したりしてるんだから、そりゃあ当然脈アリだって思うだろう。嫌なら嫌って言えばいいだけだ。
「わかんない。嫌いじゃないよ……」
 ああ、お前が好きになったオレって多分こんなじゃなかったと思う。テーブルの上に牧の拳が握られてる。顔を見ることはやっぱりできなかった。怖いんだろう。見透かされるみたいで。
「そんな急に言われたって。考えたことなかったし」
 嘘だった。
 身体売ってるとかのやりとりで泣いてしまったのはなんでだろうって、まず考えた。落ち着いてしまえば簡単なことで、あいつに対しては『なに言われても、どう思われてもどうでもいい』なんて思えなかったからだ。
 昔接してた時間はそう長くなかったけど、きっとシンパシーみたいなもの感じてたし、オレは自覚以上にあの状況に──牧と並んで称されることに歓びを感じてたのかもしれない。追い越したかったのが本当だけど。結局、変な意味でなく、好きだったんだろう。
 認められたいと思ってたのに、嫌な奴らと同じ目で見られてたのかと思ったら、惨めな気持ちにもなる。
「じゃあ、考えておいてくれ。すぐじゃなくていい。また今度会う時に教えてほしい」
「うん……」
 牧が少し寂しそうな顔したような気がしたけど、オレは曖昧に頷くしかできなかった。
 会計は茶封筒の中から払ったものの、結局牧は残りも受け取らなかったからオレのものになってしまった。まあ、デートしたのはしたんだから別にいい……んだろうか。

 新宿駅東口近辺は今日も人が多すぎる。どっからこんなに湧いてくるんだって思って、オレたちだってここに住んでるわけじゃないんだからこの人混みの原因の一つなんだって答えを見つけてしまった。
 さすがに明るいからこの前みたいに袖は掴まないけど、オレは牧とはぐれないように距離を近く取って歩いてた。
 牧が何も話さないから、オレはつい思い出してしまう。
 会いたかったって言われた。好きだって言われた。
 抱き締められた体の熱さを覚えてる。
 押し付けられた衝動は同じモノを持ってる分だけ難解に感じたけど、後から思えばそう嫌悪感もなくて、すぐ慣れるんじゃないかって思えた。
 オレに何事もなかったって知って、牧は良かったって笑ってた。オレはお前を騙して傷つけるようなひどいことをしたのに、今日もお前はオレを好きだって言った。

 牧。オレもお前のことが好きだよ。

 どうして言えないんだろう。
 お前に投げた言葉とまるで同じことを、自分に対して思ってるからだ。いつからそうだったのか、知るのがこわい。お前に優しくされて嬉しかったのはどうして。お前と対峙したかったのはなんで。自分が一番大事にしてきたものを、自分の手で汚してしまいそうで怯えてる。
 今度会う時って、いつなんだろう。
 駅構内を足早に行く人々を、オレは個々人とは認識できない。失くし物をすれば見つける自信は持てない。
「それじゃ……」
「待て」
 改札前で離れて行こうとする牧の袖を、思わず掴んでいた。
「お前はどこいくんだよ? 電車乗らないのか?」
 この前だってそうだった。改札通らないでどこ行ったんだろうって思った程度に、オレは牧のこと気にしてた。
「俺はJRじゃないから」
「ああ……」
 なんとなくそうかなって見当はつけてたんだった。言うこと言ったって感じで離れていく牧の体。こっちの連絡先も聞かないで、「またね」も言わないままで。
 オレは牧の腕を強く引っ張って胸に頭を寄せた。
「どうした? 具合悪いのか?」
 オレが固まってると、牧はオレの肩を抱えて、通行の邪魔にならないように端っこに連れて行く。例のごとくオレが壁側だ。
「……帰りたくなくなった」
 牧は不思議そうな顔でこっちを見てる。頬が熱い。雑音が多くて小声でおしゃべりできる感じじゃないけど、大声で言えることじゃないから、オレは思い切り牧の首を引き寄せて唇を塞いだ。重ねるだけだけど、結構しっかりめのキスだったと思う。
「っ…! おい、こんな人が多いところで」
「誰も見てないんだろ?」
 牧が狼狽えてるのが気持ちよくて、オレは少し前まで不安だったくせに妙に強気になって、やらしい笑みを浮かべた。
 牧が言い出したことだった。チラ見していくやつがいたって、誰もオレたちのことなんて知らない、ただの少し変わった背景に過ぎない。だから誰も見てないのと同じ。
 それと多分牧の影になって、オレの姿なんて向こうからよく見えてない。こうやって抱き付いたって──応えるみたいに、牧の腕がオレの背中を抱えた。具合悪いわけじゃないのに、ほんとにくらくらしてくる。
「もうすぐ暗くなる」
「え?」
「今日会うの、明るい時間のうちで、明るい店ならいいって言ったのはお前だ。暗いとこで一緒に居るのに心配事があるからだろう」
 そういえばそんなことも言ったっけ。そうだよ。もう一度襲われたら、オレはちゃんとお前のこと拒否れるかわからない。
「大丈夫。……もう、どうなってもいいって思ってる」
 改札とは逆方向に、牧はオレの手を引いて歩き出す。夜の街がありふれた二人のことを口を開けて待ってる。
 オレがウサギに見えるっていうなら、お前は一体なんなんだろうね。

<了>

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