恋人カレはミス翔陽

2.

 その一角は、すでに〝夜〟の色を帯びていた。
 夏場ならまだ部活動中の時間だったし、そうでなくとも選手兼監督として優等生でいなければならなかった藤真が立ち寄るような場所ではない。今だとて、実質引退状態だから羽目を外してよい、と思っているわけでもなかった。
(けど、翔陽バスケ部の藤真健司は男子高校生だろ?)
 オーバーサイズのニットを着て制服風のプリーツスカートを短く見せ、栗色のミディアムヘアをなびかせて歩く藤真の姿は、誰がどう見ても女子高校生だ。自覚は薄かったが、身長が縮み、体型も華奢になったことで、いっそう自然な女子の姿になっていた。
 今の藤真は服装だけでなく、肉体も完全に女になっている。つまり、藤真健司とは顔が似ているだけの別の存在ということだ。無論、積極的に問題を起こす気はないが、もし何かあったとしても、他人のそら似として逃れられるはずだ。たとえ家族だとて──むしろ家族だからこそ、この体を見て『うちの息子だ』とは言えないだろう。
 援助交際について、よろしくないとされていることは知っている。しかし、所詮高校生の藤真個人の感覚としては『同意してれば別にいんじゃね?』という程度のものだった。
「こんばんは」
「へいっ!?」
 背後から男に声をかけられ、驚いて妙な返事をしてしまった。カッと顔が赤くなる。
(ファンとか観客はぜんぜん平気なんだが……)
 振り向くと、きっちりとしたスーツ姿の中年の男だった。三十代後半から四十代だろうか。顔は普通で、体型は崩れておらずスマートに見える。
 藤真が男を眺めているとき、男もまた藤真の姿を観察していた。舐めるような、と相手に悟られない程度の視線で、しかし確実に吟味する。
 化粧はほとんどしておらず、顔だちそのものがバランスよく整っている。長いまつ毛の烟る大きな瞳はウサギのような印象で、美しいというよりはまだ可愛らしいと感じさせた。色素は淡く、はっきりした目鼻だちだが堀りは深くなく、日本人の感覚で素直に好ましいと感じられる容貌だ。
「お綺麗ですね」
「あ、ありがとうございます」
「その花も、かわいいですね」
「あ、はい! そうなんです。これ……」
 男の視線の先にある、バッグの持ち手に付けたひまわりをアピールするように指でいじる。花の飾りは援助交際の目印だと聞いている。だから藤真はこれを付けてきたし、男もそれに触れたのだろう。
(こっからどう話を持ってけばいいんだよ!)
 上目でちらりと覗き見たつもりが、思いきり目が合ってしまった。男の唇が弧を描く。
「お食事でも、いかがですか?」
「は、はい! ええと……」
(きたーっ! って思わず返事しちまったけど、本当にこの人でいいのか? まあいいか、いいよな? 汚くないし、貧乏にも見えないし)
 見ず知らずの人間との取引だ。詳しいわけではないが、約束を反故にして金を払わない、暴力を振るうなどの話も聞かないわけではない。藤真は女のセックスを体験したいだけで、金は目的ではないのだが、トラブルを避けるためには信用できそうな人物のほうがいいだろう。
「ご希望は?」
 男は自らの体に隠すようにして、胸の高さで親指と人差し指で金を表すジェスチャーをした。希望の金額ということだろう。そこに、二人のどちらのものでもない声がかかった。
「藤真?」
 ごく近くに同姓の別人が居合わせるような、ありふれた苗字ではない。声に聞き覚えがあったせいもあり、思わずそちらに顔を向ける。
「牧!? あっ」
 藤真健司とはよく似た別人として振る舞おうと、少し前に考えていたことをすっかり忘れ、相手の名前まで呼んでしまった。しらばっくれることはできないだろう。
(こいつがめっちゃわかりやすい見た目してるのが悪い!)
 ジャケットを羽織った大人びた──実年齢相応ではないが、彼の容貌には似合ってしまう──私服姿だったが、体格も肌の色も顔の特徴も、服装が変わった程度では見間違いようのない容姿だと思う。
「藤真、やっぱり藤真じゃないか。なにしてんだ、こんなところで。その人は? 知り合いか?」
 間髪入れずに問いを続ける牧からは、怒りとも違うだろうが、張り詰めたものを感じる。試合外では穏やかな人間だとばかり思っていたので、藤真は意外なものを見た気分だった。
「お友達のようですね。私、こういう者です。ご興味持たれましたらこちらにご連絡ください」
 男はふところから名刺を取り出して藤真に渡すと、牧を一瞥して立ち去ってしまった。
「あ……」
 男の行った方向へ踏み出そうとした藤真を咎めるように、牧が前に立ちはだかる。
「それ、持っててくれたんだな」
 牧の視線の先は、藤真のバッグに付けたひまわりだった。
「あ〜。別に、かさばるもんじゃねえからな」
 面倒なやつに遭遇してしまった、あからさまにそんな態度をとっているつもりだが、牧には伝わらないかもしれない。自分に都合のいいことしか察しないタイプの男だとは、前々から思っていた。
「名刺にはなんて?」
 声に不信感を隠さない牧に(なんだこいつ)と思いながら、藤真は名刺に視線を落とす。
「ぅおっ、モデル事務所だって。やべえ、女のオレってやっぱりイケてるんだな!」
 身長があるため、女装の際に『モデルみたい』とは言われ慣れている。藤真は納得の表情で笑ったが、牧に名刺を取り上げられてしまった。
「名刺に書いてることが、全部本当だと思うか?」
 牧は街の明かりに透かすかのように名刺を掲げ、訝しげな顔をする。
「あ?」
「本当だとしてもなんのモデルだ? いかがわしいやつかもしれないぞ」
「別にどうだっていいだろ、モデルなんてなる気ねえし」
 言葉は事実で、藤真は女体化した自分への評価に満足していただけだった。興をそがれたと感じ、牧から顔を背ける。名刺を返そうとせずポケットにしまったことが横目に見えて、意外な気持ちになっていた。コートの上ではときに傲慢で貪欲だが、コートの外ではいたって紳士的な男だと思っていたのだ。
(牧ってこういうやつだっけ? まあ、実はあんまり知らないもんな)
「ところでお前、普段からそういう格好をしてるのか?」
 近づいて顔を見れば藤真だが、遠目には女子高生にしか見えず、体つきも常とは違う今の彼(彼女)を、通りすがりに「藤真だ」と判断できる友人知人は基本的にはいないはずだった。しかし牧はつい昨日、ミス翔陽に輝いた藤真の姿を見たばかりだ。牧が一年のときから翔陽祭を見に来ているらしいことは藤真も知っていた。
「してるわけねえだろ」
「じゃあ、なんで今はしてるんだ」
「別にいいだろ、早くどっか行けよ」
「俺がここに居たら困るのか?」
「困るに決まってんだろ!」
「どうして」
 援助交際など言えるわけがない、と思っていたのだが
(オレがなにしてようが、牧に怒られる筋合いはなくね?)
 開き直りに辿りついてしまった。
「ナンパ待ちしてんだよ」
「なっ……!?」
「男と一緒にいて声かけてくる男なんて普通いねえだろ、さっきのお前くらいしか」
 牧は声を潜める。
「まさか、援助交際か?」
「……なんだ、そんな言葉知ってるんだな。そうだよ」
「金に困ってるなら貸せるが?」
「金じゃねえよ。オジサンとデートしたいんだよ」
 牧は「フーッ」と音が聞こえるくらい強く息を吐いた。そして額に指を当て、眉間に皺を寄せて硬直してしまう。どうやらうろたえているようだ。これはなかなか面白い。藤真はにわかに愉快な気分になる。
「お前、そういう……なんだ、性癖は人それぞれだな。ああ、それは否定しない。だが援助交際なんて絶対だめだ」
「いいじゃねえか別に、利害一致してんだから」
「いいわけないだろう、店みたいに誰か守ってくれるわけじゃないんだぞ。騙されたり、変な薬を使われたり、殺されたりするかもしれない」
「んな大袈裟な。そしてお前はいったい何者なんだよ……」
 店とは風俗店のことなのだろう。真面目なイメージの牧が、援助交際を止めようとすること自体は意外ではないのだが、高校生の諭しかたには思えなかった。見た目に反して、中身は案外と普通で善良な高校生だと思っていたのだが、思い違いだったかもしれない。
「大袈裟じゃないぞ。女のふりしてデートして、お前は相手を騙そうとしてるじゃないか。騙されたって気づいたら、相手は怒るに決まってる」
「大丈夫だって、バレねえから」
 今は肉体まで完全に女性になっている。ばれようがないのだが、しかし牧はそれを知らない。
(ふむ……)
 簡単に牧を追い払えそうにないと思うと、花形に拒否されてから失せていた欲求が蘇ってきた。自分の体が女になっているということ、この嘘のような事実と秘密を誰かに知らせたい。男の身で男と援助交際をしようとしていると思い込まれ続けるのも癪だった。
「確かに見た目じゃわからんが、脱がせば一発で──なっ!?」
 藤真は牧の手首を掴み、自らの胸に押しつける。そこにある柔らかな感触に、牧は言葉を失う。
「バレようがねえんだよ。今のオレは女体化してっから」
「にょたいか?」
「女子のカラダになってるってこと。手の下にあるものはなんでしょう?」
 戸惑うようなぎこちない動作で、乳房を包むように握ってくるのがおかしくて、そして少しばかり興奮も覚える。
「……よくできた詰めものだな」
「オレ、声高くなってない?」
「思ってた。裏声か? 器用だな」
「背が縮んでると思わない?」
「……」
 日々顔を合わせるわけではなくとも、違和感は感じていた。藤真の目線はこんなに下だったろうか。女装であればヒールで身長が高くなることはあるだろうが、普段より低くなることはありえない。いつもと場所柄も服装も違うせいで、そう感じられるのだろうと思っていたが──
「気のせいだ」
「ならいいや」
「待て」
 立ち去ろうとする藤真の細い手首を、牧の大きな手がしっかりと捕まえる。簡単に振りほどけるものでないことを、藤真はよく知っていた。
「本当なのか?」
 信じがたいことではあるが、援助交際で女装が暴かれる可能性を、藤真が危惧しないとも思えない。女装少年が好きな相手と待ち合わせているのだというのなら、納得するしかなかったのだが。
「本当だよ」
 藤真は胸に当てていた牧の手を掴み、股間に持っていく。
「おいっ?」
 手のひらの撫でた、スカート越しの股ぐらはなだらかだった。脚の間に隠していることもなくはないだろうが、この場で指を差し込む気になるほど放胆ではない。
「見たい?」
 愛らしい肉食獣を彷彿とさせる、煽るような、強い自信に満ちた表情は少女というより少年で、確かに藤真のものだ。まだ初対面に近いくらいのとき、強烈に印象に残ったことを覚えている。プレイに惹かれたのか、彼という人間自身に惹かれたのか、今となっては非常に曖昧だ。
「……晩メシ、まだだろう。なんか食いに行かないか?」
「なにそれ、援助交際みたいじゃん」
 援助交際を咎めたときとは打って変わって勢いをなくした口調に、藤真は至極愉快な気分になって、声を上げて笑った。

 牧から高級焼肉だの回らない寿司だのを提案されるのを退けて、二人はファミリーレストランのボックス席で食事をしていた。
 きつね色のとんかつを齧って嬉しそうな顔をした、藤真の口もとから軽やかな音がする。
「揚げたてうめえ〜〜……なに、もっと女らしいもん食えって?」
「いや。お前がもの食ってるとこ珍しいなと思って」
「そうかぁ?」
 言われてみれば、その存在を強く意識してきた割に、面と向かって食事をしたことはなかったかもしれない。部活動繋がりというだけの他校生なのだから、当然といえば当然だった。
 食事をしながら、翔陽の科学部員にキャンディを貰ったこと、一晩眠れば男の体に戻ることを説明した。
「一夜限り、って、シンデレラみたいだな」
「ぶっ!」
 大真面目な顔でしみじみと呟いた牧に、思わず吹き出してしまった。
「どうした?」
「いや。よくわかんねーノリのやつだと思って」
「? それにしても、寝れば元に戻るってのも不思議なもんだな」
「そうか? 寝ればいろいろリセットされるんじゃん?」
「……それもそうか。寝ればリセットされるもんな」
 牧も藤真も地頭は悪くないのだが、いかんせん体育会系だった。ぐっすり眠れば体は休まるものなのである。藤真は近所のコンビニに行ってくる程度の、軽い口調で続ける。
「んで、せっかく女子になったんだから、この機会に女のセックスを体験しとこうと思って」
「お前、自分の体をそんな軽いノリで」
「牧って童貞じゃねえだろ?」
 今まで牧とこういった話題をしたことはなかったが、ここに来るまでのやり取りからそう思えた。
「まあ、そうだが」
「相手はどうなったんだよ」
「どういう意味だ?」
「そのときだけやるだけやって、今は付き合ってないだろ。オレとなにが違うっていうんだよ」
 牧は眉を顰める。
「結果的に続かなかったのと、最初から誰でもいいのは全然違うだろう」
「そうかな。なんにせよオレはすぐ男に戻るんだし、一発限りで切れるほうが都合いいだろ。むしろそうじゃないと困るっつうか」
 牧の大人びたまなざしが、まじまじとこちらを見つめてくる。一見落ち着いているようでいて、どこか浮ついた表情の真意を、藤真ははかりかねる。言葉をたぐるように、厚い唇が動いた。
「……誰でもいいんなら、俺でもいいんじゃないか?」
「あ?」
 純日本人らしからぬ起伏のある、眉の奥のまぶたの下で、牧の視線が泳いでいる。
(えーっ、と……)
 藤真もまた、牧の発言を即座に呑み込めずにいた。
「友達が危ないことをしようとしてるのを、見ないふりはできない。……俺が相手になろう」
(牧とオレって、友達だったのか)
 それは素直に予想外だったが、本題はそちらではないこともわかっている。途端、体じゅうから汗が噴き出すと感じた。
「ええ? お前、なに言ってんだよ……」
 そうは言ったが、では自分はどういうつもりでここにいるのだろう。自らの肉体に起こったことを、自分だけの秘密にしてはいられず、牧に見せようと思った。見せるだけで終わらせるつもりだったか? 花形とはその先まで進もうと試みたが、しかし牧に対して花形と同等の気安さはない。
「誰でもいいんだろう?」
(確かに、誰でもいいんだったら牧でもいいってことになるけど。こいつには『知り合いだから気まずい』って感覚はねえのかな……)
 藤真は牧を凝視したまま固まってしまった。少し前まで、牧のほうがためらいを見せていたのだが、なぜだか状況が逆転している。
(……ないか。こいつ細かいこと気にしないっぽいし。牧もしばらく女とやってなくて、すぐ元に戻るオレとなら後腐れなくてちょうどいいって思ったんだろうな)
 相手を探していた街中で牧が言った、薬物だの殺しだのは大袈裟だと思ったものの、何ごともないとは言い切れない。藤真としても、リスクは少ないほうがよかった。
「金なら払える。俺は困ってないから、気にしなくていい」
「……ご飯とホテル代だけでいいよ、さすがに同級生だし、もともと金目当てでもねえし」
 目を伏せて、了承を明確に伝えないながらに言葉を探す藤真に、牧の返答は素早い。
「制服でラブホは入れないんじゃないか?」
「そうなのか。まあ、これ本物の制服じゃねえけど……」
 援助交際といえば制服姿のイメージだったので疑問に思わなかったが、では他の少女たちはいったいどうしているのだろう。藤真が疑問を口にする前に、牧が言った。
「少し遠いが、うちにしよう」
「一人暮らしだっけ」
「ああ」
「なんだよ高校生で一人暮らしって、マンガかよ」
 牧は高校から一人暮らしをしていて、実家は東京の裕福な家だと噂に聞いたことはあった。しかし、それだけだ。食事する姿を珍しいと感じ、友人の自覚がなかった程度に、互いの個人的な情報は知らない。三年間、その存在を強烈に意識してきたつもりだったから、意外な気分だ。
「高校生で監督やってたやつに言われたくはないな」

(サクッとお持ち帰りされてしまった。こいつ、実は夜の帝王なんじゃね)
 牧の斜め後ろについて知らない道を歩きながら、忘れていた疑問を思いだす。
「そういや、牧はなんであんなとこにいたんだよ?」
「身内のやってる店に行く途中だった」
「ふーん……」
(大人みたいな格好して、酒でも飲む気だったのかな。まあ、オレは牧のことなんて口うるさく言わねえけど)
 どことなく育ちのよさを感じさせる牧の風情と、彼と出会った飲み屋街のイメージは噛み合わなかったが、中にはそういった事業をやっている親族もいるということなのだろう。
 自らの隣、半歩ほど前を歩く牧を見やる。暗がりの街灯に照らされ浮かび上がる横顔は、精悍で落ち着いていて──顔のつくりだけでなく雰囲気まで大人のようで、藤真の中にあるイメージとは違うものに見える。
(知ってるけど知らない人、て感じ……)
「どうした?」
「ううん。練習終わるの早くね? 今日海南は普通に授業だろ」
「月曜はこんなもんだ。自主練やってるやつらもいるが」
「あー。昨日も学校だったから曜日の感覚なくなってた。牧はあんまり自主練しない派か」
 海南と牧の練習内容について、あまり詳しく聞いたことはなかった。特に監督を兼任するようになってからは、影響を受けたくない思いもあった。
「大会が近くなればみっちりやる。そのために今のうちに用事を済ませておこうと思ってな」
 用事とはつまり、身内の店に行くことだったはずだ。その途中だったと聞いたばかりだ。
「用事、済んでねえじゃん」
「また今度でいい。お前の援助交際を止めることのほうが大事だ」
「別に、ほっといてくれてよかったんだけど」
「いいわけないだろう」
 途中、飲みものを買おうと言ってコンビニに寄った。藤真は店内に入ってすぐ、牧の目が泳いでいると気づく。
「藤真、飲みものとか、食いたいもんとかあったら持ってきていいぞ。一緒に買う」
「お前は? いったいなにを探してんだよ」
「なにって、そりゃあ……」
 意地の悪い笑みを堪えた藤真の視線と、居心地の悪そうな牧の視線が、揃ってコンビニの棚の一角を示す。綿棒や絆創膏などの並びに、コンドームの箱が見える。
 藤真は口の横に手を添えて、いかにも耳打ちするように背伸びする。牧はそちらに顔を傾けた。
「ナマでやっていいぜ」
「いや、それはだめだろう!」
「声でけえよ。言ったろ、寝て起きたら男に戻ってるって。つまり妊娠しねえんだから、そのままでOKってことだ。まぁ、ゴムつけてやるのが好きっていうなら止めねえけど」
「好きというか、普通つけるだろう? だが、そうだな、まだ家にあったような気も……」
「いいわけしなくていいのに」
 藤真だとて、さほど多くない経験の中で避妊をしなかったことはない。しかし〝ナマでやると気持ちいい〟という噂はよく聞くもので、この機会に試さない手はないと思ったのだ。それは牧も同じで、必要ないのなら頑なにこだわろうとは思わなかった。

 買いものを済ませてしばらく歩くと、牧の暮らすというマンションに着いた。大きな建物ではないが、比較的新しく綺麗に見える。
「お邪魔しま〜す。へえ、ここが牧くんのおうちなのね!」
 言いながら、キョロキョロとわざとらしくあたりを見回す。間取りとしては1Kまたは1DKとされるものだろう。玄関からキッチンにかけてはあまり物がなく、さほど広くはないものの、がらんとした印象だ。
「なんだ、その口調は」
「女っぽくして盛り上げてやろうと思って」
「そんなことされたって、見た目が藤真なんだから違和感しかないぞ」
「そういうもんか」
 体が女になっても藤真だと、花形も似たようなことを言っていたかと思いだす。
「まあ、入ってくれ。急なことでなんも用意してないが」
 牧に続いて居室に入ると、大きなベッド、テレビ、バスケットボール雑誌などが目に入ったが、割に整然とした印象だった。
「片づいてんな」
「散らかる要素がなくないか? 飯食って、時間あればテレビ見て、あと寝るってくらいで」
「そっか」
「……」
 それきりふたりとも黙ってしまった。緊張感や気まずさは自然と伝わってしまうものだ。人の感情の機微に敏感な藤真となればなおさらである。
(お前が連れてきたんだからリードしろよ、帝王!)
 仕方ねえなと、藤真は一つ息を吐く。
「シャワー借りていい?」
 ことを進めたいというアピールでもあったが、女の身で体を触らせると思うと、そこまで汗をかいていなくても体を洗っておきたい気がした。
「あ、ああ。こっちだ。──タオルとかは用意しておくから、入っててくれ」
「はいよ」
 居室を出てすぐにある洗面脱衣所まで律儀に藤真を案内すると、牧は背中を向けて立ち去ってしまった。
(あいつ、自分から相手になるって言いだしたくせに恥ずかしがってんのか)
 大人びた風貌には不似合いな反応に思えたが、試合外の彼を思えば理性を失って襲ってくるようにも思えない。
(それでどうやって中学のとき彼女ができたんだ? めちゃくちゃ積極的な女だったのかな。まあ、どうでもいいけど……)
 気になるような、知りたくないような、微妙な心境になりつつ服を脱ぐ。ウィッグは着け直すのが面倒なのでそのままにした。
 浴室に入り体を洗い始めると、緊張なのか興奮しているのか乳首が立っていて、自分の手指で掠めるだけでもいくらか感じた。
(なんで……?)
 入念に洗わなければと股間に手を持っていくと、ぬるりと滑るゼリーのような感触があった。
(あれっ、ずっと濡れてる? やる前だから濡れてきた? ……牧で? オレが?)
 信じがたい気持ちで、泡を載せた指を沿わせてそこを洗う。洗っても洗っても体液が滲み出て、じき腹の底がもやもやとして、自らの指での刺激も無視できなくなってくる。
「っ、はっ…♡」
(いつまで洗えばいいんだよ!)
 戸惑いつつも気が済むまで体を洗って浴室から出ると、かたわらのワゴンにバスタオルとバスローブが用意してあった。
(バスローブ使ってる高校生なんているんだ。さすが金持ち)
 体を拭き、せっかくなのでバスローブを着て部屋に戻ると、牧の視線が胸もとにいくのがわかった。谷間が覗くほどのボリュームではないが、膨らみはわかるはずだ。牧が大股でこちらに近づいてくる──が、通り過ぎてしまった。
「俺もシャワー」
 それだけつぶやいて部屋を出て行く。
(別にいいのに)
 牧のベッドに潜り込み、壁のほうへ体を向けてしばらく待つ。さほど経たずに浴室のドアの音が聞こえて、牧が上がったことがわかった。部屋に戻ってきたとわかっても、なんとなくそのまま壁を見ていた。ぎしりと、ベッドが大きく軋み、藤真の目線の下に牧の褐色の腕が現れる。牧はバスローブは着ていないようだ。
「本当に、いいんだな」
「当たり前だろ。なんのためにここまできたと思ってっ……!」
 言いきる前に、覆いかぶさるように抱きすくめられていた。逞しい腕と厚い胸に体をがっしりと縛られる。熱い体温とともに漂う石鹸の香りを体臭のように感じて、引きずられるように自らの体温も上昇するのがわかった。
 牧の手が頬から顎をすっぽりと包み込む。大きな手だとは思っていたが、実際に触れられると想像以上だ──呑気な感想を抱いていると、ぐいと斜め上を向かされ、唇を塞がれていた。
「んむぅっ!」
 厚い唇に食まれるように吸われ、舌を押し込まれる。ざらつく粘膜の凹凸を擦りつけられる、些細な感触に、足のつま先から痺れが走り、見知らぬ子宮が疼くと感じた。
「っっ…」
 強引で柔らかな感触が絡みつき、全身の血が沸騰する。呼吸を奪う深いキスに、目眩がした。背後に硬いものが当たっていると気づくと、戸惑いと怖気と、胸騒ぎのようなものを感じてしまった。
 少しの間されるままになっていたが、ふと我にかえり、厚い胸を力いっぱい押し返す。
「ぷはっ……! おいっ、なにキスしてんだよ!」
「なにって、お前はやるときにキスしないのか?」
「そりゃするけど」
「じゃあ、いいじゃないか」
「んむっ!」
(こいつ、気まずいとかほんとにねえんだな!)
 体ごと牧のほうを向かされ、ふたたび唇を塞がれながら、人間このくらいの無神経さが必要なのかもしれないと、変に感心してしまった。
 唇を重ねては離し、また重ねながら、大きな手がバスローブ越しに胸をまさぐっていたが、面倒になったのか、バスローブの合わせを思いきり両手ではだいた。強引な所作に藤真は身をすくめ、牧の目はあらわになった胸に釘づけになる。そこにはやや控えめではあるが形のよい、ふっくらとしたふたつの半球体が存在し、頂きの桜色が特に牧の目を引いた。
「本当に、女になってるんだな」
「おう、見て驚け!」
 藤真は体を起こして膝立ちになると、脱げかけたバスローブをひと思いに脱ぎ捨て、牧の眼前に裸の女体を晒した。
 真っ先に目がいってしまった、栗色の陰毛の薄く茂る恥丘の下に、男の象徴はない。
 白くきめ細かな肌は元からの印象通りだが、華奢ながらしっかりとメリハリのある曲線で構成された肉体は女性そのものだった。部活動や試合中の薄着の姿を見たことがあれば、その変化は明白だ。
「……きれいな体だな」
 飾らない感嘆の声に、藤真は素直に得意げな笑みを浮かべる。
「だろ? まったく、花形のやつ」
「は、花形にも見せたのか!?」
「おう。でもあいつ、ブス専だからオレに興味ないって」
「そ、そうだったのか。どうりで……」
「さ、あんなヤツのことなんて忘れてヤろうぜ」
 藤真はふたたびベッドに寝ると、牧の両手を引いて自らの胸の上に置く。牧は低く唸るような声を上げた。
「おお……柔らかい……」
 筋ばった褐色の手が、白い乳房をそっと包み、マシュマロのような柔らかな感触を愉しむ。少し硬い指先が、乳頭を押し潰し、転がすように愛撫した。
「ぁっ…」
(やばっ、やっぱ他のやつに触られると感じる……)
 感触ももちろんあるが、牧の褐色の肌色と自分の白い胸との対比が視覚的にいやらしいと感じる。
(AV男優みたい……)
「んっ、あんっ」
 硬く立ち上がり、ふっくらとした丸い輪郭をあらわにした乳首に、牧は衝動のまま吸いつく。
「ひゃっ!」
 ちゅぱ、じゅぱと音を立てて吸われると、快感と恥ずかしさとで股が熱くなった。
(牧がおっぱい吸ってるっ……!)
 戸惑いと興味が入り混じりながら観察していると、牧の視線がこちらを向いたので、慌てて目を逸らした。
「な、なに見てんだよ!」
「どういう反応してるかって、相手の顔は見たいだろう。お前だって俺を見てたじゃないか」
「そりゃ、そうだけどっ」
「嫌なら目をつぶってろ」
(そうだよな、目をつぶっちまえば、知らないおっさんと同じ……)
 ぎゅっと目を閉じると、乳首に吸いつく柔らかで厚みのある感触に、牧の唇のイメージが重なる。胸の間に当たる鼻先にも、やはり彼の高い鼻を想起した。
(目つぶってもめっちゃ牧!!)
 意識が触感に集中してしまう危うさから、すぐに目を開いて顔を横に背けた。
 乳房を揉み、乳頭に歯を立て舌でねぶっていたかと思うと、胸と胸の間に顔を押しつけて挟み、においを嗅ぐように深く息を吸う。女としての行為を体験したいとは言ったものの、自我は男のままで、しかも相手は牧だ。非常にいたたまれなく恥ずかしいのだが、拒絶する気もしなかった。
 桜色だった乳首が、吸われて赤く充血している。その向こうに、満足げに瞳を細める牧の顔が見える。
「かわいい胸だ」
「もっとでかいのがよかった」
「ちょうどいいんじゃないか? 似合ってる」
「なんかむかつくわ」
 牧はくびれたウエスト、その少し下に位置するへそ、下腹部へと軽いキスを落とし、柔らかな茂みを撫でる。
「あっ、んっ」
 そこは想像以上に敏感なようで、それだけで腹が跳ねてしまって恥ずかしい。注視されていることがわかるのでなおさらだ。
「ガン見かよ」
「お前だって、同じ状況なら見るだろう?」
 藤真の両の膝を持ち上げて立てさせ、外側に開かせると白桃のような秘裂が割れて、淡いピンク色の花唇が愛らしく覗く。小ぶりだがふっくらとした大陰唇に指の腹で触れると、肉というよりゼリーのような柔らかさで、左右に割り開くとみずみずしく潤んだ肉色の粘膜があらわになった。上方には、若い肉芽がぷくりと頭を出している。牧の目にそれは芳醇な果実のように映り、思わず舌なめずりをしたが、顔を背けている藤真がそれを認めることはなかった。
(あ゛〜〜! オレ、牧にマンコ見られてる……オレのじゃないけどやっぱりオレのだから恥ずかしい……!)
 空気に晒された体の内側に、牧の荒い鼻息がかかって少し冷たい。藤真は身をこわばらせるが、抵抗感より期待のほうが遥かに勝っていた。
 牧は膣口から上方へと、線を描くようにゆっくりと指の腹を往復させる。とろりとまとわりつく蜜液が、「もっと奥に」と誘っているようだった。
「あっ、んっ♡」
「すげえ濡れてるぞ、藤真」
「べ、別に普通だろ、これからやるところなんだから」
「そうか? 見られて興奮してるように見えるが。ああ、垂れてきた」
 滴りこぼれ落ちそうになる蜜を、牧はそこに唇を付けてじゅるりと啜る。清涼感のある石鹸の香りから、薄い甘みが口腔内に広がる。
「ひゃっ!?」
 なおも滲み出る愛液を舌の腹ですくい、包み撫でつけるように優しく舐め上げ、突き出た肉芽を舌先で弾く。
「ぁんっ!」
 ペロペロ、ピチャピチャと音を立てて同じ動作を繰り返すうち、藤真は無意識にいっそう大きく脚を開いていた。
「あんっ、あッ、あぁあっ♡」
 たっぷりとした唾液と愛液で濡らされた陰核を上下に小刻みに舐められると、堪らず腰が浮いた。恥ずかしくて堪らないのだが、単純明快な快感を拒絶することができない。
「あぁんっ、やだぁ、ヘンタイッ!」
 ちゅぱ、と音を立てて牧の口が離れる。
「変態とはなんだ。お前だってするだろう?」
 藤真の恋愛事情について具体的に聞いたことはなかったが、これまでの言い草からして未経験とは思えなかった。
「しねえよ。そんなとこ舐めたことない」
「フェラは?」
「好き」
 牧は信じられない気持ちで目を見開く。
「お前、自分がフェラしてもらうくせにクンニはしないのか!? なんて傲慢なやつだ……!」
 わざと藤真を煽るつもりではなく、本心からの反応だった。
「傲慢なんて大袈裟だろ、舐めてほしいって言われたことねえし」
「それが傲慢だっていうんじゃないか。よく濡らさないと痛いらしいし、好きなら舐めたくなるもんじゃないのか? ……まあ、お前のはもう充分濡れてるようだが」
 淡い色も、花弁のような綺麗な肉襞もまだ何も知らないようなのに、裂け目に指を沿わせて少し押し込むと、自ら意志を持っているかのように簡単に呑み込んでしまう。
「あぁっ、ん…♡」
 藤真はもぞりと体を波打たせる。節のある、少し硬い男の指は自分のものとは違って存在感があり、非常に興奮を煽った。
 内部を探るように掻き回しながら、牧はふたたび女陰にくちづける。
「あっ、あ、あんっ、やら、あぁ〜ッ♡」
 舌で弾き扱くような動作から、陰核を吸いながら上下左右に舐める動作にシフトすると、藤真の反応はいっそう大きくなった。しきりに細い声を上げながら、ねだるように腰を浮かせるさまが愛らしくてたまらない。奉仕というよりは自らの欲求に忠実に、牧は執拗に同じ責めを繰り返し、早熟な淫花を貪る。
「あぁっ、だめ、もぉッ──♡♡♡」
 牧の顔に股ぐらを押しつけ、背を弓なりに反らしながら、藤真は声にならない悲鳴を上げてガクガクと腰を震わせた。絶頂を感じながらも、指を含んだままの入り口の奥がきゅうと切なくなるような、不思議な感覚に襲われる。
 牧は指を抜いて体を起こすと、誘うようにひくひくと蠢く柔肉に、張り裂けんばかりになった自らの昂りを押しつけた。
 色素の薄い肌は興奮と刺激によって赤々とした血の色を伺わせていたが、太い血管を浮き立たせた赤黒い剛直に対して、随分と愛らしく幼いものに見えた。
「!!」
 その腰に聳えるものの姿を初めて認め、藤真は固まった。全貌が見えているわけではないが、それは牧の体格相応という以上に太く長く、立派なものに見える。擦り合わされた陰部に、強烈な威圧感があった。
(こいつどこまで完璧なんだよ、帝王ってそういう……?)
「どうした?」
「……地黒なんだね」
 牧の色黒が日焼けによるものならば、下着の中はもっと色白であるはずだ──動揺からか、関心の中心とは異なることを口走っていた。
「よく言われる」
「オ、オレたぶん処女だと思うけど、そんなの入るかな?」
「大丈夫だろう、子供が出てくる場所だぞ」
「それはそうだけど、なんか違わね? ぁんっ」
 牧は腰を動かし、押しつけていた陰茎を誇示するように上下させて擦りつける。柔らかな肉襞は逞しい肉棒に押しのけられて分たれ、豊満な亀頭と背伸びした若芽がキスをする。潤滑のベールがふたりの間でくちゅくちゅと音を立て、いっそう淫らな気分にさせた。
「あっ、あッ♡」
(クリに亀頭が擦れてすげーエロい!!)
「……男同士だったら兜合わせだな」
「変なこと言うなっ、今は女だ」
「あんっ、うぅっ♡」
 すっかり敏感になった淫部はそれだけの刺激にも感じてしまうが、しかしとうてい満足ではなかった。もどかしい、早く次に進んでほしい、そんな思いが通じたかのようだった。
「挿れるぞ」
 藤真の愛液にまみれ、自らもよだれを垂らす獰猛な肉棒が、ゆっくりと、しかし容赦なく押し込まれていく。
「はぁっ、ぅあ、あぁぁっ…!」
 熱い。鈍い痛みと強い圧力とともに、メリメリと肉が引き裂かれていくようで、藤真は思わず苦悶の声を上げる。藤真自身も性器が充分に濡れていることは感じていたし、牧の動作は慎重だったと思う。それでもまだほぼ未開の秘所に収められるには、その質量はあまりに膨大だった。牧がその全てを沈めて下腹部を押しつけると、内臓が押し上げられ、体が潰されると感じた。苦しい。全身から汗が噴き出し、じっとりと濡れている。
「大丈夫か?」
「うん」
 大丈夫かどうかと考えて返事をしたわけではなかった。女としての行為を完遂するにはここは耐えなければならないと思った、ただそれだけだ。牧を相手にしてギブアップするわけにはいかないという思いは、根底にあったかもしれない。
「すげえ締まってる」
 歯を見せて笑った、牧の顔が近づいてきて唇と視界を塞いだ。彼を残酷だと感じたのは初めてではなかったかもしれない。
「ん、うぅっ…」
 串刺しにされたまま、好き勝手に唇を吸われ、乳房を弄ばれる。内壁のジンジンと熱く痛む感覚は鈍り、新たな感触がもやもや渦巻いていく。
 陰核に触れられると、それは明確な快感になった。
「はぁッ♡」
 苦悶とは違う、明らかな嬌声に気をよくして、牧はしきりに陰核を愛撫する。とろみをまとわせ、刺激を与えすぎないようにしながら、指先で弾き扱く。
「あんっ、あぁっ、そこっ、はっ」
 恥じらいながら強がる表情も、それが苦悶と快楽に歪むさまも、初めて見るものだったが、よく知る藤真のものだと思える。
 小さな口を目一杯開いて男の欲望を頬張る淫唇が、陰核亀頭を撫でるたびに食らいついてくる藤真の性器が、高い声とともに跳ねる腰が、いじらしく、愛らしくてたまらない。本来彼には存在しないその器官さえも、確かに藤真の一部であるように牧には感じられていた。
「いぁっ、あんッ、んあっ、あぁ〜ッ♡♡♡」
 陰核への刺激に腰が跳ねるたび、打ち込まれた肉杭に内奥を抉られる。初めは苦痛でしかなかったそれも今や快感を増幅させる要素になって、だらしない声が口からあふれて止まらない。
 陰核の快感は、男性器で感じるそれに似ている。加えて体の内側からも性感を与えられているのだから、耐えられるはずがないと思う。指などとは比べものにならない、傲慢な男の形をその身にいっそう感じるよう、細い腰が辿々しくうねる。
「ふぁっ、あんっ…」
 牧もまた、辛抱の限界だった。
「動くぞ」
「うぅっ♡」
 言葉になってはいなかったが了承と受け取り、牧は抽送を始める。儚げな肉襞の感触を味わうように、長いストロークでゆっくりと動作していたのは少しの間だけで、速度はすぐに上がっていった。
「あはっ、あっあぁっ、ぁっ…♡」
 熱い怒張に突かれ、内臓を揺さぶられる衝撃も、陰核に触れられていると容易に快楽に転化される。
「あぁんっ、だめぇ…!」
 ずちゅ、ぬちゅと卑猥な音を立てる性器と一緒に脳みそまで掻き混ぜられて、頭がおかしくなりそうだ。もうなっているかもしれない。男根を出し入れされるたびに悦んで女の声を上げ、牧の首にしがみつき、腰に脚を絡め、ねだるように自らの腰を揺らす。
「藤真っ、ふじまっ……」
(牧も興奮してる……まきが、オレに……)
 名前を呼ぶ声に、意識の底がくすぐられて胸が詰まる。藤真の体を抱えて懸命に腰を振る、表情は切羽詰まったようで、日ごろの余裕は消えていた。
(お前もそんな顔、することあるんだ)
 互いの呼気の混じった湿った空気に気が遠くなり、ふたたび何も考えられなくなっていく。そこから牧が音を上げるまでに、そう長くはかからなかった。
「ふじまっ、いくぞ、出すぞッ…!」
「あぁっ、あっあぁぁあっ……!!」
 自らの内深くに牧の情欲が爆ぜたと感じると、藤真もまた未知の愉悦の高みに上り詰めていく。

「ふーっ……」
 ふたりして示し合わせたように同時に息を吐いたものだから、思わず笑ってしまった。ぐったりと力なくもたれかかる牧の体の重みが、今は苦しくはなく心地よい。
(男に抱かれるって、あったかいんだな)
 牧も意外と汗をかいていると、遅まきながら気づきながら、ぼんやりと知らない天井を眺める。
 じき、牧が起き上がって腰を引く。深く穿たれていたものがずるりと抜けて、熱い感触だけが残っていた陰部から、生暖かい液体が流れ出る感触があった。見てはいないが、牧の精液だろう。
(オレ、男なのに中出しされちゃった……)
「……もし子供ができたら、責任取るからな」
「できねーっつってんだろ」
 精根尽きた心地で、反論の言葉にも力が入らない。
「藤真、疲れたのか?」
「は? こんなもんで疲れるわけねえだろ」
 明らかに疲れているのだが、定型句のようにそう口にしていた。深い意味はなく、牧に何か言われると一回は否定しておきたくなる性分なのだ。
「そうか。ならよかった」
 牧は藤真の片脚を抱え上げ、硬さを失っていない自らの性器を斜め下の角度から押しつける。濃厚な白濁にぬめりを増したそこは、抵抗するすべなくふたたび牧のものを咥え込まされてしまう。
「ぅああっんッ!」
(こいつっ……!)
「どうだ? さっきのとどっちがいい?」
 活力に満ちた男根をぐいぐいと奥に押し込みながら、藤真の内からあふれ出た自らの精液を指ですくい、充血した肉芽に塗り込むように愛撫する。
「う゛あっ、あぁっ♡ だからっ、そこはっ♡♡♡」
 雄臭い精液のにおいが鼻をついて頭脳を溶かす。もともと男であるゆえにその臭気に淫猥な気分になるのか、雌として肉体が反応しているのか、判別がつかなかった。

「あ゛〜っ……だりぃ。くそ眠い」
 藤真はベッドにしなだれながら、重く落ちるまぶたを持ち上げる。
「泊まってってくれてもいいんだが、明日も学校だもんな」
「帰るっつの。朝になったら男に戻ってるって言ってんだろ」
 こちらが疲労困憊だというのに、牧はむしろ事前より肌艶がよくなっている──というのはさすがに思い込みだろうが、飄々としているのが忌々しい。
「それは構わないんだが。女子の状態で夜に帰らせるほうが心配だ」
「まだ大した時間じゃねえだろ、今日は帰り早かったんだから」
 しかし、こうしてだらだらしていてはすぐに遅い時間になってしまうだろう。藤真はけだるい体に鞭打つように起き上がる。
「シャワー借りる」
「ああ」
 その後、牧がタクシーを呼ぶというのを意地で拒否して、それでも引き下がらない牧に駅まで送り届けられ、何事もなく家に帰り着いた。

 翌日の夜。「海南の牧さんから」と母親から電話を取り次がれると、藤真は自室に電話の子機を持ち込み、しっかりとドアを閉めた。
「もしもし?」
『藤真か。その声、男に戻ったんだな』
「だから、そうだって言ってたじゃんか」
 内心自分でも安堵していたが、昨日のことがあって牧と話すのが照れくさく、つい無愛想になってしまう。
『よかった』
「よかったって?」
『女のままだったら、一緒にバスケできないからな』
「おっ、ケンカ売られてる? うちの三年はもう試合ないんだが!?」
 藤真は眉を顰めた。牧も気まずくてつい意地の悪いことを言っているのだろうか。それではなぜ電話などしてきたのか。
『大学でもバスケするだろう?』
 それはそのつもりなのだが、牧と対戦することはおそらくないと思う。
「……オレ、東京の大学に行く予定だけど」
『俺もそうだ』
「は? なんで? 海南大じゃねえのかよ?」
『海南大に進むって、話したことあったか?』
「進路の話自体初めてしてると思うけど。じゃあなんで海南大附属高校に入ってんだよ」
 確かに、附属高校だからといって全員が海南大に進むわけではないことは知っているが、ならば牧がわざわざ実家を出て海南に通っている理由がわからない。
『バスケが強くて海の近くだ。俺にとっていい条件しかなかった』
「あっ……そ」
 そんな理由で!? と言いたくなったが、ごくのんびりとしているときの彼の風情を思うと、納得できる気もした。
『藤真。それで、その……キャンディは、まだあるのか?』
 電話の向こうで口ごもる牧の、真面目そうに戸惑った表情を想像して、藤真はにやりとほくそ笑む。
「なに、お前も女になりたくなった? やめといたほうがいんじゃね?」
『ああ、俺もやめといたほうがいいと思ってる』
「じゃあ、またフジ子とやりたくなった?」
『そういうわけじゃないんだが。またお前が援助交際しようとするんじゃないかと思って』
 どうにもいいわけじみて聞こえる牧の言葉に、思わず吹き出した藤真の鼻息が受話器に大きな音を立てた。
「そんなことしないから大丈夫だよ。って言ったらどうすんだよ」
『それは……信用できない……』
「正直に言え。フジ子とやりたいって」
『やりたいことは主目的じゃないんだ。俺は本当にお前が売春なんてするのが嫌で』
 それは牧の本心に迫る発言だったのだが、藤真はあくまで方便としか受け取らない。
「それで? つまり? なんのために電話してきたんだよ?」
『……次の月曜の夜、会えないか? キャンディを使って』
「最初からそう言えよ、ったく。……OK、暇だから相手してやる」
 部活動には干渉しすぎないようにしているし、友人たちは受験勉強だ。そして、牧に対しては思わせぶりなことを言ったが、援助交際が安全なものでないこともわかっている。加えて昨日の行為には非常に興奮したし、女としての快楽を、もっと知りたいと思ってしまった。断る理由はない。
『本当か! よかった。どっか行きたいところはあるか? 食いたいもんとか』
「大した時間ねえだろ? 主目的もあることだし──」
 ああだこうだと言い合いながら、月曜夜の待ち合わせの予定を決めた。
「──ところでオレ、お前に電話番号教えてたっけ?」
『中学の卒業アルバムを持ってる』
「なにそれこわっ」
 こわいと言った割に口調が軽いのは、藤真にとって珍しい経験ではないからだ。翔陽バスケ部に入り、神奈川期待の新人として雑誌に取り上げられたあと、家に直接ファンレターだのが届くようになった理由が、小遣い稼ぎのために中学校の卒業アルバムを売買する輩の存在だった。その年の卒業生の数と同じだけの部数が存在するのだ、何かの拍子に牧が入手することだってあるだろう。
(なんの拍子だよ……てか、誕生日知ってたのもそのせいか)
『うちの番号も教えておくから、なんかあったら電話してくれ』
「別になんもないと思うけど」
 そう言いつつも、一応牧の電話番号をメモしておいた。
 
 
 

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