国体合宿の夜

2.After Party

 部屋まで抱えて運んできた藤真をベッドの上に放り投げ、牧は深い溜め息を吐いた。
「まったく、お前が酒盛りの場に居合わせるとは何事だ」
 仙道にくっついて──半ば抱かれるようになっていた藤真を見て瞬間的に沸いた憤りは、ゆっくりと歩くうちに落ち着いていた。だからもう少し真面目な小言を言っておく。
「そんなの、よくあることじゃねーか」
 良いわけはないが、よくあることと言ってしまえばそれまでの、慣習めいたものではある。
「だからって」
「オレだって学生気分でわいわいしたいやい!」
 まだ酔っているようで、頬は赤く、口調は舌足らずの子供のようだった。しかし酔っ払いの戯言と一蹴することもできず、牧は黙り込む。
 翔陽バスケ部のうちでは、藤真はいち選手としてだけは居られない。そんな彼の、それは密かな願望なのかもしれない。
 藤真とはかなり──体を重ねるほど──親しい自負があるが、その類の言葉は初めて聞いた。むしろ言わないようにしているのだと思う。
 酔って口が軽くなっているのなら、常には聞けない彼の心も探れるのだろうか、そう考えて、自分に対して首を振った。少なくとも自分たちがライバル校に所属しているうちには、それは藤真の望むところではないと思う。
「辛気くせーカオ」
 牧の内心も知らず、藤真は無防備にベッドに仰向けになり、どこかぼんやりとした様子で見上げてくる。
「……楽しかったか?」
「楽しかった」
 花の綻ぶように笑う、とは本の中での表現だと思っていたが実在するのだ。藤真と出会ってから知ったことだ。
「ならよかった」
 ふわふわとした笑みを眺めていると、それだけでいいような気がしてしまう。
 少し前の怒りも忘れて穏やかな気持ちになっていると、藤真が手を掴んで引っ張ってきた。
「なんだ?」
「エッチしよ」
 赤い顔で、いまいち力の入らない様子の身体をベッドの上に投げ出して。ハーフパンツから覗く白い脚が膝を立てたのが、いかにも誘うようだった。ぐらつく理性を押さえて、なんとか絞り出す。
「……酔っ払いとはしない」
「じゃあ酔いを覚ましてくる」
 ベッドを降りてふらふらと掃き出し窓に向かうのを、慌てて後ろから羽交い締めにする。
「おい、風邪引くぞ」
 部屋の中は暖かいため薄着でいるが、外はもう随分と寒いのだ。大して抵抗する力のない相手を抑えるのは簡単で、藤真は再びベッドに放り投げられてしまう。
「お姫様抱っこされたとき、密かにドキドキしてたんだぞ。そんな勿体つけたことして、折角のお泊まりに何もなしだなんてあんまりだ」
 ドキドキしながら仙道に手を振っていたのか? と言いたくなったがやめた。私的な時間に藤真の口から仙道のことをあまり聞きたくはない。
「台無しにしたのはお前だ」
「……」
 藤真が黙ってしまうと、途端、言い過ぎたかと自責の念が湧いてくる。言い負かしたかったわけではないのだ。理不尽でもいいから言い返して欲しい。
 あまりに静かなので、眠ったのかと藤真の顔を覗きに行くと、思い切り目が合ってしまった。ぱちぱちと瞬きをする動作だけで、悔しいが可愛らしい。
「なに? やる気なった?」
「いや、寝たのかと……」
 望む言葉の得られない藤真は、少しだけ苛立って整った眉の付け根を寄せる。
「寝てたらどうするつもりだったんだよ。寝顔にキス?」
「特にどうということもないが」
「牧、怒ってるよな。だから二人きりなのに何もしてこないんだ」
「誰のせいだと」
「オレのせい。おわり。寝る」
 藤真は布団に潜り込み、牧に背中を向けてしまった。完全にバリアを張られてしまった感はあるが、このまま放っておくこともできない。
「すまん。会話の流れというか、ほんとに責めるつもりじゃあなかった」
 少し前と同じだ。藤真は口が達者だから、なにかにつけ言い返してくるイメージがあって油断していた。誰のせいと言われて他人の名前を出すような人間ではないだろう。
「ううん。やっぱり迂闊だったかなって思ってるし」
「藤真」
 後ろ向きで語られる、素直な言葉が不思議と不穏なものに聞こえる。こっちを向いて欲しい。
「オレはまだ少し、いい子でいなきゃ」
「藤真…!」
 余計なことを言わせてしまった。藤真の言葉がまだ続くものだったのか、それで終わりだったのか、待つよりもただ堪らなくなって、強引に藤真の体を仰向けて唇を塞いでいた。
「んっ……!」
 胸を押し返されて唇を離しても体は退かず、布団を剥ぎ取りベッドの上に乗り上げて藤真を組み敷いた。
「オレ、まだ酔ってるけど」
 言われる通り、まだ頬や目の淵に赤みが差して、やや瞼を落とした目つきは気怠げだ。口調が不満げなのは、言葉で突き放してしまったせいだろう。
「ああ……色っぽいな」
 抱き締めて何度もキスをしながら体を撫でるうち、藤真の息も濡れてくる。押し付け合う下腹部が互いに硬さを帯びていた。
「ウソつき」
「何?」
「やらないっていった」
 しっかりと首に腕を回してきていながら、まだ拗ねたようなことを言っているのが堪らなく可愛い。相手が多少酔っていようが合宿中だろうがどうでもいいと思わせるほどに、強烈に魅力的だ。
「そのつもりだったが、したくなった。……やめるか?」
「やだ。して」
 もう駄目だった。堪らず低く呻いて愛らしい唇を貪る。
「ああ。……悪いヤツだ」
「そうかも」
 不敵に笑う藤真のシャツをたくし上げ、白い腹の上に褐色の手を這わせる。まだ彼を汚す前の、この光景の背徳感はいつになっても潰えない。酔いのせいか肌は微かに汗ばんで、乾いた手のひらに吸い付くようだ。
 大きく喉が鳴る。
「いや、共犯だな」
 熱い肌を重ね、粘膜を擦り合わせ、体液を交えて、二人は到底合宿の夜とは呼べないような時を過ごした。

 翌日の早朝、二人連れ立ってシャワーを浴びに行くと見知った姿が見えた。
「宮城、おはよう!」
 藤真が声を掛けたが、聞こえなかったのかそそくさと出て行ってしまった。
「人違い? じゃないと思うけどな」
 首を傾げる藤真に、牧は目を据わらせる
「昨日酔っ払って変なこと言ったんじゃないのか」
 宮城にとってはどちらかといえば牧の行動のほうが問題だったが、本人に自覚はない。
「さあ? 酔ってたからな!」
 それきり忘れたように鼻歌など歌いながらシャワーを浴びる藤真を横目で見ながら、牧は密かに溜息をつく。
 ともあれ、藤真を避けている分はさほどの問題はないのだ。
 彼を抱いて卑猥な言葉を吐いていた男のことを思い出し、眉間に深い皺を刻んで、誰にともなく頭を横に振った。

<了>

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