ノブくんの冒険

2.

「はっ? 牧さんが藤真さんとルームシェア!? 藤真さんて青学じゃないっすか!」
 大袈裟な反応はなんともなしに予想していたものだったが、そこに付随した意外な情報に、神はぱちぱちと目を瞬いて清田を見返した。
「藤真さんの進路なんて知ってたんだ」
「有名ドコのことは意外と話題流れてきますよ。基本いちいち覚えてませんけど〝青学の藤真〟ってのだけなんかしっくりきすぎて、むかついて覚えてました」
 一体どこから突っ込めばいいのだろうか。いや、本題だけに絞ろう。
「問題。青学ってどこにあるんでしょう?」
「若者の街・シブヤ!」
「深体大の最寄駅と直通の路線があって近いんだって。だから一緒に住むのが都合がいいって」
 牧の進路は海南大ではなく、名門・深沢体育大学だ。附属高校の海南には他校に見られる受験ムードそのものが存在しないが、牧のようにスポーツ推薦を受ける者にはあまり関係のないことだった。
「都合? そんなことして牧さんになんの得があるんすか! 牧さんいいひとだから気づいてないだけで、あいつにたかられてるんすよ! ルームシェアとかいって、きっと家賃全部牧さん持ちに違いないんです!」
 国体の神奈川県代表混成チームに召集されてから、清田も藤真のことを呼び捨てにはしなくなっていた。チームのメンバーとしてはなんら問題なくコミュニケーションをとっていたし、唸るような連携も数多く見えたのだが、個人的に親しくなったのかというとまた別らしい。
 試合の外では藤真は牧や監督と一緒に忙しそうにしていたし、清田は流川らとしきりに張り合っていた。神の目にも、清田と藤真が特に打ち解けるタイミングはなかったように見えた。
(その割り切り具合、ある意味プロっぽいのかも、なんて)
 心証がよくなるイベントが発生しなかった以前に、なぜ清田が藤真を敵視するのかというと、その容姿から他校の女子生徒にファンクラブが結成されていることと、憧れの先輩である牧がなぜか妙に(事情を知る者には妙ではないのだが)藤真と親しくすることが面白くないせいだった。
「なんで藤真さんが牧さんにたかる必要がある?」
「牧さんが金持ってていいひとだからっす。顔のいい男ってのは甘やかされるのに慣れてるから、平気でひとを利用するんです。牧さんはそれがわかってない」
 さも知った風に言うが、きっとテレビか何かの受け売りだろう。
「正直俺だって牧さんに叙々苑連れてってほしいですよ!」
「ああ、それねえ……」
 神は言葉を濁した。高級焼肉店から出てくる牧と藤真の姿は、サラリーマンと男子高校生の援助交際のようだった、とは別の二年の部員の談だ。
「ノブを連れてくならほかの部員も連れてかなきゃいけないし、そしたらすごい人数になっちゃうからね、さすがにちょっと」
 牧の財力というよりは、部としてどうなのかという話だ。
 神は小さく息を吐いた。藤真と親しいわけでも義理があるわけでもないが、さすがにたかり扱いはまずいと思う。牧の前で余計なことを言う前に正すべきだろう。
「牧さんはたかられて気づかないような間抜けじゃないと思うよ」
 ここで頷いてほしいところだったが、清田は訝しげな顔をした。
「……そうっすか?」
 間抜けとはいわないが、コートの外ではのんびりしたところがあるからと、清田なりに心配しているのだ。
「そうなんだよ! 牧さんだって、思うところがあって藤真さんと仲よくしてるんだ」
「……? ……!!!」
 清田は無言で考え込み、そして何やら閃いた様子でカッと目を見開いた。漫画ならば黒ベタの背景に白い稲妻が走っているところだ。
「なんだ、そういうことだったのか、牧さん……」
 ようやく気づいたのだろうか。神は穏やかな心境で深く頷いた。
「一緒に住めば藤真さんの家は牧さんの家だから、藤真さんが青学女子を二人くらいお持ち帰りしてくれば牧さんもあやかれる!! なんという策士!」
(ええー……)
「金と顔が揃って落ちない女はいねえ。双璧やべえな、俺も大学行ったら一緒に住みたい……」
 夢見がちな少年に、神は一切の配慮をせず事実を投げつける。
「ノブを家に置くことで、ふたりに一体なんの利点があるっていうんだい」
「……フ、フレッシュさ……?」
 自分で言って悲しくなってしまった。顔はそう悪くないと思うが藤真のようなファンはまだついていないし、食うに困ったことはないが牧家のような富豪でもない。
「もう、ふたりのことはそっとしておきなよ……」
 神の言葉の最後とちょうど同時に、牧が部室に入ってきた。
「牧さん! チューッス!」
「おう、おつかれ」
 部室の奥に歩いてロッカーを開けた牧に、清田はジリジリと擦り寄って肘で二の腕を小突き、にやりと笑う。
「聞きましたよ牧さん、藤真さんと同居するんすね! やりますねえ!」
「ん、ま、まぁな……」
 牧が照れていることは察しつつも、その矛先がまだ見ぬ青学女子だと信じて疑わない清田は朗らかに言い放った。
「今度俺にも藤真さん紹介してくださいよ!」
 穏やかだった牧の表情がみるみるうちに引き攣り凍りつく。
「なんだそりゃあ、お前は一体なにを言っているんだ……?」
「え、俺だって藤真さんと仲よくなってあやかりたいっすよ。そんで多人数プ…」
 言葉の途中でドンっと思いきり背中を叩かれ、清田は思わず咳き込んだ。
「オェッ! ゲホッゴホッ!!」
「おい、無駄話してないでとっとと練習行くぞ!」
(高砂さん……! いい仕事する……!)
 清田の言動に肝を冷やしていたのは神だけではなかったのだ。
「ハッ、ハイ!」
 清田の鋭い返事をきっかけに、神も、ほかに部室に残っていた部員一同も、わやわやと体育館に移動していく。ひとり残された牧は、清田の言葉を何度も頭の中で繰り返していた。
(紹介……藤真と仲よく……?)
 牧だとて気になったプレイヤーと話してみたいと思うことは多々ある。それ自体はおかしいことではないだろう。しかし非常に落ち着かない。
(最後、なんて言ったんだ? 他人ず……?)
 清田への疑惑を消せないまま、しかし決定的な言葉には辿り着かなかったため、この日の練習はひとまずことなきを得た。

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