プラン

2.

「久しぶりだな、藤真」
「一週間ぶりだろ?」
 待ち合わせの改札の前で、穏やかな表情の牧にそう返したものの、今日のことを待ちわびていたのは藤真も同じだった。もはや単なる他校の知人ではないのだ。
 まだあまり知らない駅の周辺を見回していると、腕をつつかれ進行方向を示された。どことなくぎこちない動作をいじらしく感じたが、部活の仲間にするようにふざけて腕にしがみつくことはできなかった。遠慮か緊張か、あるいは今の二人の関係への過剰な意識なのかもしれなかった。
「月曜に電話したきりだ」
 駅の周辺はそれなりに店が出て賑わっている。藤真の興味を惹くものがあるかはわからないが『その辺ぶらぶらして食事して』という予定の通りに歩くことにする。
「そうだな。日曜なんてあのあと帰ってから電話したのに。どうしたんだよ、全然電話してこなくなって」
「どうしたというか、月曜に今日の予定を決めてから、連絡する用事がなかった」
 藤真は声を上げて笑った。
「そうそう、電話してきやすいようにと思って予定決めないで帰ったのにさ、月曜に即電話して時間まで決めてんのウケる」
「早く決めてしまったほうがいいと思ったんだが、わざとだったのか」
「まー用事なんてなくても電話してきても別にいいんだけど。姉がうざいんだよな。とっとと家出て行かねーかな」
「仲悪いのか?」
「仲は普通だと思うけど、あいつも夜電話使いたがるからさ。日曜途中で邪魔入ったのもそうだし」
「だからって出て行けとは」
「そういう話があったんだよ。男と同棲するとかしないとか、言ってること変わるから、どっちなんだよって多分親も思ってる。それに電話がオレのになったらいくらでもスケベ電話ができるぜ」
「スケベ電話」
「どんな格好してるの? パンツに手入れてみてどうなってるか教えて? とかそういうやつ。お前絶対好きだろ」
「!! 絶対って判断は一体どこからきたんだ……」
「日曜ちょっとそんな感じだったじゃん。面白そうだけど今の環境じゃキケンなんだよなー。おっ、この店入っていい?」
 狼狽える牧は藤真に腕を引かれるまま、通りに見つけた靴屋へ連れられて行った。

 しばらく散策し、のんびりと食事を摂って、牧のマンションへと赴く。
「この辺てそんなに海南近くなくねえ? お前のために部屋借りたわけじゃないのか?」
「電車ですぐだぞ」
「それはわかるけど」
 電車が必要ない距離に住んだほうが楽だったのではないかと言いたかった。
「気分転換に歩いたりもする」
「歩く距離じゃなくね?」
「走るときもある」
「……もういいや」
「会話を諦めないでくれ。あんまり学校近すぎても溜まり場にされて落ち着かないぞって」
「親御さんが?」
「……誰だったかな。絡みが多いのはあと伯父だが」
「なんかお前の親類の人って、考え方がエロいな」
「別にそんなことはないと思うぞ。……多分」
 部屋に入ると、先週と同じくソファを勧められて腰を下ろした。丁寧にもローテーブルの上には適当につまめるような菓子が用意されている。
 特に見たいわけでもないがテレビをつけ、道中で買った飲み物を口にして、それでも落ち着かずに部屋の中をぐるりと見回す。
「どうした?」
「ううん。……シャワー借りようかな」
「シャワーか。いいぞ!」
「一人で入りたい」
「そ、そうか……」
 牧が明らかに消沈したので、つい吹き出してしまった。
「二人だと時間食うし。すぐ済ませるからさ」
 そそくさとシャワーを浴びて、腰にバスタオルを巻いた格好で居室に戻ると、ソファに座っていた牧が跳ねるように立ち上がり、入れ替わりに部屋から出て行こうとする。
「牧?」
「俺もシャワーを浴びてくる」
「ええ? 別にいらないだろ」
 事情も違うし、オレは牧の体べろべろ舐めないし、とは言わずに擦れ違う牧の手首を掴んだ。
「……」
 藤真の体から、よく知った石鹸のにおいがした。顧みると視線が交わり、ぐらりと世界が歪む。目眩に似た衝動でキスをすると、薄い唇はミントの味で、牧は弾かれるように顔を離した。
「だめだだめだ、そんなの」
 重い鎖を引き千切るかのように手首を取り戻し、浴室へ向かう。
(歯も磨いてたのか。いつの間に)
 シャワーを浴びていると思っていた間なのだろうが、涼しい顔をしていろいろと準備しているものだ──そう考えると、体に熱いものが奔った。ごく普通の友人同士のように靴屋やCDショップを回っている間、または食事のとき、藤真もまた自分と同じように、これからのことを考えていたのだろうか。股間が痛い。早くシャワーを浴びてしまおう。

「うーーん……」
 藤真は仕方なさそうに呻きながら一人ベッドに潜り込んだ。シャワーを浴びているうちに密かにテンションが上がっていたから、そのまま雪崩れ込みたかったのだが、気勢を削がれた形だ。
 テレビを眺めていると、ほどなくして牧が戻ってきた。腰に巻いたバスタオルの下で主張する、男の象徴の存在感があまりに強烈で、藤真は顔を赤くして寝返りを打つ。
 すっかり灯った火は、そんな仕草にも簡単に煽られる。牧は藤真の隣に体を滑り込ませた。
「藤真、こっち向いてくれ」
 向こうを向いたままの顔を、上から覗き込みながら言った。
「ヤダ」
「どうして?」
「どうしても」
 理由などなかった。ただ言葉遊びをしているだけだ。
「顔が見たい」
「やっぱり顔?」
「いや、全部好きだ。全部見たい」
 藤真は案外と素直に仰向けになって顔を見せた。整った無表情の中に、こちらを試すような、疑うような気配が見える。外で見るときの快活な印象とは違う、そんな顔も魅力的だと思う。
「全部? まだあんまり知らないのに、全部好きなんて言えるのか?」
 枕の下端に腕を沿わせて腕枕を試みると、藤真は素直に頭を上げて、そして牧の腕の上に下ろした。つれない言葉と裏腹の態度に心臓と下腹部とを刺激されながら、牧は自信ありげに唇の端を釣り上げた。
「言えるさ。今よりもっとお前のこと知らなかったときから、俺はお前のことが好きだった」
「どういう意味?」
 わからないわけではなかった。むしろ理解できるからこそ、もっと聞きたかった。
「俺たちがこうなったのは先週の日曜からだ。当然新鮮なもんもあるが、世界がガラッと変わった感じでもない。お前について知ってることと感じるものの範囲が広がっただけで、ずっと同じだったような気がする。だからこの先だってきっと同じだ」
 藤真のことが気になるのは、ライバルであることに加え、共に強豪校で一年からレギュラーを獲り、揃って双璧と呼ばれることへの親近感からだと思っていた。それも間違いではないだろうが、それだけではなかったということだ。
 牧の頬に、肩口に、額や鼻先を寄せて戯れながら、藤真は目を細めた。
(本当に? 牧。もしオレがあんまりコートに立てなくなっても、お前は今までと変わんないみたいにオレを見てるかな)
 試合に出る機会が減れば、牧に追いつくことは一層難しくなる。彼の目に適うプレイヤーでいられなくなれば、彼の視界から自分は簡単に消えるだろう──二人の関係が、コート上だけのものであったなら。
 ゆっくり降りる目蓋と長い睫毛に誘われるように、牧は藤真に鼻先を寄せ、顔を傾けて唇を重ねた。初めは慈しむようにそっと触れ、徐々に交わりを深くして粘膜を合わせ、舌を突き挿れる。
(でも、もうこうなっちゃったから、関係ないかもしれないな)
 舌先で応えるように牧の舌を撫でる。牧は鼻から熱い息を漏らしながらそれを絡め取る。互いに互いを食んでいると感じると、こそばゆい嬉しさとともに体の中心が疼いた。
「んんっ…」
 思わず声が漏れるほど強い力で抱き締められ、肌が隙間なく密着すると、牧の熱い体温が移ってくるようだった。互いの腹に押し付け合った硬い感触が堪らない、と感じたのは藤真だけではないようで、牧の大きな手が二人分の昂りを掴まえて緩慢に撫でた。
「っ……牧ってやっぱエロいよな」
 与えられる感触に息を乱しながら、優しげな形をした目の中の獰猛な光に心臓を震わせる。微かに笑んで見える少し厚い唇も、目の下のほくろも、大人びて色っぽいと思う。
「お前に言われたくないな」
「ええ? オレは清いだろ。ローションなんて使ったことなかったし。てかなんであんなの常備してんだよ」
 前回も気になったところだった。あの日急に家に押し掛けられて、事前に準備などできなかったはずだ。
 牧はナイトテーブルの引き出しからローションの小さなボトルを取り出し、二人の体を覆う布団を半ば投げるように向こうへ折り返した。体を露わにされた藤真は、局部を陰にするよう膝を立ててごく小さな抵抗を示す。
 傾けられたボトルの口から、色黒の手のひらの上に強い粘性の液体がゆっくり、ねっとりと流れ出る。牧は藤真の膝を外側に開き、その手で藤真の昂りを掴まえた。
「ンッ…!?」
 ぬめり纏わりつくローションの感触は先走りとは全く異なって、ひどく卑猥なものだった。握った拳の中を滑って逃げる男根の凹凸を牧が愛おしむたび、藤真の体は強烈な快感に跳ねる。
「ぅあっ、ぁんっ…!」
 周囲が言うほど、牧は藤真のことを女のようだとは思わない。女より男の体が好きだと思ったこともない。しかしもはや手の中のものが愛しくて堪らず、しきりに上下に扱いて刺激する。
「あっ、あぁっ、あっ…! んっ、牧、やめっ…」
 体を折って手首にしがみつく、愛らしい動作に行為を止めた。頬は薄紅に染まり、俯けた前髪の隙間から長い睫毛と上目の瞳が様子を伺うように覗く。やめろと言うなら誘うような顔はしないでほしい。
「これやばい。すぐイキそ…」
「ああ。自分でするときすぐ終わるように使ってる」
「なんで? すぐ終わったらもったいないじゃん」
 藤真は股間から牧の手を剥がし、体を起こしながら問う。
「一人で時間掛けてると飽きてこないか?」
「どんだけ掛かるんだよ! 手コキが下手か、持久力があるか、オカズの選別が下手か……?」
 言いながら、持久力はありそうだと思ってしまった。
「別にいつもじゃない。そういうときもあるってだけだ。お前とならいつまででもやってられそうな気がするが」
「やめてオレ死んじゃう」
 藤真はローションのボトルを手にして牧の昂りの上に直接傾けた。ボトルの口から性器の先端部へと、透明な太い糸がゆっくり伸びる。自分でしたことに対して「ヤラシイ」と呟きながら、逞しい男根を掴まえて全体に粘液を広げていく。
「すげーヌルヌル」
「あぁ…」
 手のひらをくすぐり抉る感触と、濡れて光沢を帯び、ディテールを強調したそれが白い手の中を出入りする光景と、漏れ聞こえる牧の低い呻きとに、藤真もまた淫らな気分を煽られる。
「気持ちいい?」
「ああ。もっとこっちに来てくれ」
 牧は藤真と向き合い、座ったまま腰を擦り寄せようとする。
「……こうか!」
 藤真は牧の腰に脚を回し、性器を密着させるようにして抱きついた。牧の指が藤真の昂りをなぞると、藤真も負けじと同じようにしながらキスを仕掛ける。
「ん、むっ…」
 唇を舐め、誘い出した舌を尖らせた舌先で突き、あるいはキャンディのように舐め合いながら、下腹部では寄り添わせた二人の陰茎を藤真が握り、牧の手が更にそれを包んで、忙しなく上下させていた。
「ぅんっ、あっ、あぁっ…ぁ…!」
 濡れそぼった性器を扱く手の中が、じゅぷじゅぷと派手な音を立て始める。それは切羽詰まるように間隔を狭め激しくなっていき、うまく舌を動かせなくなったキスの隙間から唾液が溢れた。
「ぁっ、ああぁっ…! 出るっ…!」
 一方の手で性器を扱き、もう一方の腕で牧にしがみつきながら、藤真は大きく体を震わせた。鋭い快感が全身を駆け抜け、頭が真っ白になる。勢いよく吐き出された精液が二人の手の中と腹とを汚し、それに反応するかのように牧もまた達した。全て出し尽くすまで動きを止めない手の中で、二人の生温い精液が混ざり合う。
 申し合わせたかのように同じタイミングで深く息を吐き、停止していた頭が戻ってきたと意識すると、濃密な栗の花の匂いが鼻についた。
「うわぁ……」
 藤真は自分が撒いたものに対して、心底嫌そうにしながらティッシュに手を伸ばす。手や腹を拭っていると、牧に太腿を持ち上げられ、思わず後ろに倒れた。
「おいっ、牧?」
 牧は右手に溜まった精液やら体液の入り混じったものを藤真の秘部を濡らすように擦り付け、指を捩じ込んだ。
「ぅあっ…!」
 じっとりと閉ざされた内部を探るように指を動かしていたが引き抜き、ローションを纏わせて再度挿入する。何度か繰り返し、収縮によって粘液が滲み出すまでに満たしていく。
 感触を愉しみながら内部をほぐすうち、小さく声が上がり、もぞもぞと腰が蠢くようになる。
「んっ…そこ…っ」
「いいのか?」
 藤真は恥じらうように視線を揺らしたが、素直に頷いた。
「やっぱりお前こそエロいじゃないか」
 牧は嬉々として一点を集中的に攻撃する。
「あぅっ! あぁんっ…!」
 内奥から襲い来る、まだ慣れない快楽に体が跳ね上がる。藤真は過剰と思える自らの反応と、女のように裏返った声に顔を真っ赤にした。
「なんで、こんなっ…」
「この辺に前立腺ってのがあって」
「あぁっ、あん、やらぁ…!」
 反応が良好すぎて、説明したところで理解できなさそうだ。藤真が我を失ったように善がり喘ぐさまは非常に好いものだが、こちらの顔までだらしなく緩んでくるのが難点だと思う。顔など観察している余裕はなさそうではあるが。
「嫌じゃないだろう?」
「だって! ひぁっ、あんっ…!」
「だって、なに?」
 話を聞いてやろうかと指の動きを止める。藤真は落ち着けた声を取り戻すように何度か深く呼吸をし、牧の視線を捕まえると満足げに瞳を細めた。
「指だけなんて嫌だ。その気持ちいいトコ、牧ので突かれたらサイコーなんだろうなって」
「……!」
 牧の喉仏が大きく動き、獰猛な瞳が近づいてくる。藤真は深く貪るくちづけを従順に受け容れ、脚の間にしきりに昂りを押し付けられながら、満悦と興奮の入り混じった笑みを浮かべた。
 求めてほしい。翻弄されるより、するほうが好きだ。
 無遠慮に舌を押し込まれ、掻き回されるものだから、鼻での呼吸も苦しくなって、思い切り顔を背けた。
「はぁっ…」
 溢れた唾液の筋を、牧の舌がべろりと舐め取り、背けられた横顔の、染まった頬より一層血の色をのぼらせる唇を、舌先で名残り惜しくなぞった。
「藤真……好きだ」
 免罪符のように呟いて藤真の脚を抱え、昂ぶるものを擦り付けて押し込む。
「あぁ、ぁっ…!」
 愛しいものと体を繋げる幸福感に、著しく思考が鈍る。眉を寄せ、閉じた目蓋を震わせながら掠れた叫びを上げる、苦悶の姿さえもはや扇情的で魅力的にしか感じられない。人工の愛液で満たされた内部が、押し込んだ欲望をぎゅうと抱き締め全身を愛撫する。受け容れられ求められている甘く蕩けそうな悦びと、彼を鳴かせ乱れさせたい凶暴な欲求とが、綯い交ぜになってわけがわからない。あまり長くは持たなそうだと感じながら、耳元に囁いた。
「望みどおりにしてやる」
 ねっとりと耳に舌を這わせて顔を離すと、腰を畝らせ内部を貪欲に味わいながら抽送を始める。
「あん、あぁっ、まき…」
「藤真、ふじま…」
 囁き呻くように何度も名前を呼んで、あるいは譫言のように好きだと唱えながら、衝動のままに求めた。音を立てて打ち付けられる体が上下して、ベッドのスプリングがしきりに軋む。
「あぁっ、んっ、はぁっ、ぁ…」
 快楽に震える長い睫毛の端を、小さな光の粒が飾っている。
 囀る唇に指を差し込むと、甘く噛み付いてくるさまが子猫のようだった。
 頭を振って乱れた髪の隙間から、こめかみの上辺りに赤く色づいた傷跡が覗いていた。色に煽られながらも確かに思い出した痛みに、そっと唇を押し付けて髪を撫で付ける。
「ん、まき…」
 何かを察したのか、あるいはただの偶然か、急かすように名を呼ばれて動作を再開した。胸の先を撫で、局部を手の中に遊ばせ言葉を奪って、白い海に深く沈んで溺れていく。

「次はいつ? 来週か?」
「次なー……てか、そっちはどうなんだよ? もうさ、ここが冬の選抜だろ」
 今日は十一月の初めの日曜だ。藤真は卓上カレンダーをめくり、翌月の下旬を指す。今年のウインターカップは十二月二十二日から二十八日までとなっており、例年通りというのも癪だが、神奈川からは海南が進んでいる。
「休みの日だって遅くまで練習してんだろ」
「待ち合わせがもう少し遅くてもよければ、今月はまだ大丈夫だと思う」
「夜だけって。カラダだけの関係すぎる……」
「やめておくか?」
 藤真は考える余地もないように首を横に振った。
「やめておかない。なんか、ある程度会わないと、お互い忙しいとかいって自然消滅しそう」
「そうだな……」
 明確な理由はないが、牧もそれは感じていた。だから次の予定だって今決めてしまおうとしているのだ。
「特別な場所に行かなくたって、とりあえず会って、ちょっとダラついてヤれればいいわけだし」
 牧は俯き口元を押さえている。
「照れてるのか? 別にいいだろ、オレは今日だってお前とヤることばっかり考えて来たんだ」
「いや、まあ、それはいいんだが。俺は時間さえ許せばもうちょっとちゃんとしたデートだってしたいと思ってるんだぞ」
「えー? 沖縄とか?」
 藤真は電話で言われたことを思い出しながら、あり得ないとでもいうように笑った。
「将来的にはそれもありだな」
「将来ねえ」
 適当な冗談としか捉えずに、さらりと受け流す。褐色の指がカレンダーの下端を指した。
「学校は冬休みだから、選抜が終わったら結構会えるんじゃないか?」
「てかさー、選抜がクリスマスだだかぶりなのなに? これ決めたやつクリスマスに恨みでもあるのかよ?」
 藤真はあからさまに嫌そうな顔を作った。そんな顔さえ魅力的だと思えるのは、彼の顔の造作の良さなのか、あるいは贔屓目なのだろうか。牧は笑ってしまいながら言った。
「冬休みの中で年末年始を避けたって感じじゃないのか? わからんが。……クリスマスも一緒にいてくれるつもりだったのか?」
「はぁ? そんなこと言ってねーし、家族で過ごすんだよ」
「家族で過ごすんなら選抜の日は関係なくないか? 試合を見に来てくれるのか?」
「うるせー!」
 こんな可愛らしい生き物は他にいない、心底からそう思いながら、自分に比べれば随分と細い体を抱き竦めた。なぜ今まで気づかなかったのかといえば、彼の断片しか知らなかったせいだろう。
「牧、苦しい。なんだよ?」
「選抜終わったあと、二十九日でもよければケーキ食べにいこうか」
「それクリスマスっていうか、もう年末じゃん」
 何やらツボに嵌まったらしく、藤真はケタケタ笑い始めた。
「年末にケーキ食べたっていいだろう」
 こじつけだって構わない、ただ二人だけの予定が欲しかった。そしてもっと教えてほしい。もう断片では満足できそうにないのだ。

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