ポラロイド遊戯

【R18】高二のバレンタインとホワイトデーなどの話。全4話 [ 3話目:8,676文字/2020-10-15 ]

3.

「仰向けに寝てくれ」
「あいよ」
 藤真が彼シャツに下着姿のままベッドに仰向けになると、牧はサイドテーブルの上に置かれた袋から何かを取り出した。ピンクの豹柄のファーでできた、リング状のものが二つ。女性が髪を纏めるシュシュのようにも見える。
「なにそれ」
「手錠だ。ふかふかで痛くないぞ」
 よく見るとファーから金属のパーツが飛び出していて、互いに鎖で繋がっている。手首に当たる部分をファーで覆った手錠だった。
「ダッッセ」
 藤真はわざとらしく顔を顰める。男性用のセクシー下着の話題が出たときは唐突に感じたが、つまりはこういったアイテムを扱う店に買い物に行ったのだろう。今日のために。
「そうか? かわいいじゃないか、ぬいぐるみみたいで」
「お前さぁ、『かわいいといえばピンク』っておっさんの発想らしいぜ?」
「いいだろう別に、俺のための写真に写すんだ」
「そりゃそうだけど……てかお前はこれで萌えるのかよ」
 ぶつぶつ言いながらも抵抗はしない。藤真の両手首は褐色の大きな手に包まれると頭上に纏められ、ベッドのヘッドボードのパイプに手錠で固定されてしまう。牧は満足げに目を細める。
「ああ、よく似合ってる。お遊び感がいいな。嬉し恥ずかしってやつだ。あんまりハードなやつだと女優が気の毒になって抜けなくないか?」
「……健全な十七歳にAVへの意見を求めんなよ」
 実際にハードなものを借りるなりして見たことがあるのだろうか。確かに、牧ならば外見で年齢指定に引っ掛かることはないだろう。
「十七か……まだ十七なのに、こんないけないこと覚えて……」
 眉根を寄せつつ口もとは緩んでいるという複雑な表情を浮かべながら、牧は藤真のシャツのボタンを外していく。シャツの中から少しずつ現われていく白い肌に目を引かれ、欲情を煽られて仕方がない。今初めての感覚でもなかったが、バスケットの練習や試合中にはほとんど意識しない分だけ不思議だった。
「お前だって一緒だろっ!」
「写真じゃなくて、ビデオ回してインタビューから撮りたかったな」
 牧が言わんとすることを、あまりわかりたくないと思いながらも、藤真は会話の流れから察してしまう。
「AVの最初のインタ? あのいらねー時間?」
 インタビューやドキュメンタリー風映像など、出演者の設定などを明らかにしていくパートだ。アダルトビデオは友人から回ってきたものを何度か見たことがあるが、前置きの映像についてはビデオの収録時間に対する嵩増しのようにしか感じなかった。
「いらなくないだろう、お前、いきなりエロシーンだけ見て感情移入できるのか?」
「いやAVに感情移入する必要あるか!?」
「俺は好きになった相手としかセックスしないぞ」
 真顔でそう返されて、黙ってしまった。現実ではそうだとして、アダルトビデオにまで適用するのかという話なのだが、おそらく平行線だろう。
「ああ……いいな……」
 腕を縛り上げられ、シャツの前を開いて胸を露わにした藤真の姿に、牧は感嘆の息を漏らす。窮地といえる状況にありながら、視線はどこか反抗的なのがまた堪らない。
 頬を撫で、背けられた顎を捕まえて、半ば強引にキスをした。噛みつくように、そこから深く穿つように。
「んっむ…ッ」
 長いキスから逃れるように、藤真は強くかぶりを振って顔を横に向けた。
「写真」
「ああ、そうだったな」
 赤く潤んだ唇も、気怠げな視線も──堪らないと何度思えば気が済むのだろう。藤真に促されるようにカメラを手にし、顔のアップか、いや拘束されているとわかるように腕も入れよう、それから肌の覗く胸もとも。素人なりに狙いを定めてシャッターを切った。
 排出された写真をろくに見もせずサイドテーブルに置くと、ベッドの上に膝をつき、藤真の体を跨いで乗り上げる。長い睫毛が影を落とす、色素の薄い瞳がまっすぐこちらを見つめる。表情は読めない。
 喉もとをくすぐり、鼓動を確かめるように胸の中心に置いた手のひらを、ゆっくりと腹部へ下降させていく。白く滑らかな肌の上に褐色の無骨な手が這うさまは、いつ見ても背徳的でそそられるものだったが、あいにく片手でカメラを扱えそうにはなく、撮影することは叶わなかった。
 迷うような、焦れたような手つきで下着を取り去ると、性器は緩慢に頭を擡げはじめた半勃ちの状態だった。そこにじっと注がれていた視線が、再び藤真の顔まで戻る。
「……撮って、いいんだよな?」
 いかにもお伺いを立てるといった様子の牧を、藤真は軽く笑い飛ばす。
「ああ。約束したからな」
 牧はコートの上では強引だが、根は優しく紳士的な、性善説の体現者のような男だ。しかしというか、だからというか、藤真は彼を掻き立てたくなってしまう。頭の上で、チャリ、と手錠を鳴らした。
「なんだっていいぜ。これからなにをされたって、オレはお前に抵抗できないんだ」
 牧の喉が鳴る。体を起こすとカメラを構え、ゆっくりとした動作で写真を二枚撮った。きっと今度は下半身までも写されてしまっただろう、そう思うと無性に興奮した。
(オレって、実は露出狂なんだろうか……)
 片膝を立てて体の外側に傾けると、面白いように牧の視線がそこに向いた。手が太腿に伸びると見ると、動作を咎めるかのように言う。
「手錠だけじゃないんだろ、買ってきたもん」
 そして煽るように笑った。
「ああ、そうだな……」
 物理的な形勢など意味を成さないかのような藤真の調子に、意思を絡め取られる錯覚とともに、ズボンの中で張り詰めた股間が痛いくらいに疼く。今の藤真は少し、試合中の彼と似ているのかもしれなかった。その意のままにと、牧はサイドテーブルの袋に手を伸ばす。
 取り出したものは、ピンク色の卵形のローターだった。プラスチックのつるんとした本体から、細いコードが伸びてコントローラー部分に繋がっている。卑猥な本や映像でよく見かけるタイプのものだ。
「こういうの、使ったことあるか?」
「にゃい」
「俺もない」
「ねえのかよ!」
 牧の様子がいかにも余裕ありげだったものだから、思わず突っ込まずにはいられなかった。
「初体験だ」
 牧はにやりといやらしい笑みを浮かべ、コントローラーのダイヤルを回す。卵形の本体が小刻みに振動し、想像よりずっと大きなモーター音が場を満たした。
(体験するのはオレだけどな)
 いかにも愉しげに頬にローターを撫でつけると、虫が這うかのようにじりじり下降させていき、乳首の先に当てる。
「ふぁっ! ん、んンっ…!」
「藤真、乳首感じるもんな」
 横から、上から、嬉々としてローターを押しつけたり離したりしながら、いじらしく身を捩る藤真の反応を愉しむ。
 薄紅の乳首は白い肌の上で、小さいながらにその存在を強く主張している。誘われるように、牧はもう一方の乳首に厚い唇を寄せた。音を立てて吸われ、舌先と歯を使って執拗にねぶられ転がされると、藤真も堪らず体を跳ねさせる。
「ひゃっ! あっあっ…! ぁんっ…」
 名残惜しい様子でちゅっちゅと何度も乳首に吸いつきながらも、牧は顔を上げた。乳房は大きいほうがセクシーだとずっと思っていたが、平らで敏感な胸というのも愛らしくていいものだ。
 再び肌の上にローターを這わせる。メリハリの少ない平坦な肉体に、愛らしい臍、細い腰。薄い茂みの下で、天を仰いだ性器は先端に淫靡な肉の色を覗かせている。牧は迷わずそこにローターを当てた。
「あ゛ぁっ!!」
 ぴくりと腰が跳ね、その拍子に動いた性器が責めから逃れる形になってしまう。そうはさせまいと、大きな右手の中に亀頭部とローターとを一緒に包むように握り込んだ。
「イっ、あっ、あぁあッ!」
 敏感な先端部に対し、初めは痛いくらいだったローターの振動も、じき体液が滲み出てくると、簡単に快感に変わった。単純かつ機械的に与えられ続ける刺激に、恥ずかしいくらいにびくびくと腰が跳ねてしまう。
 牧は右手をそのままにしながら、左手で藤真の右の太腿を持ち上げ、白い尻肉の間に露わになった窄まりに舌を這わせる。入り口を舌先でなぞり回し、肉輪にキスをするように唇を合わせ、唾液とともに舌を押し込む。
「あぅっ、あっ、やめっ…んぅっ、ううっ…」
 くちづけられた箇所が熱い。高い鼻が股ぐらを撫でている。前への刺激に比べればささやかな感触だったが、あらぬところを舐められているという事実が、藤真の中にまだ残った理性を撹乱し興奮させる。
「あ゛っ、あぁっあ! 出ちゃっ…!」
 自らの意志とは無関係に射精に導かれそうになる危機感からわずかでも逃れるよう、藤真は腰を引いて胸を反らせる。もうじき達しようかというところで、牧は藤真の性器を解放した。
「っふっ…!」
「お前は普通に出すんじゃ満足しないもんな」
 赤い顔をして、潤んだ瞳で睨みつけられたところで痛快でしかない。あらためて脚を持ち上げ腰を抱え、振動するローターを濡れた陰部に当てがう。
「うあっ、ぁ──っ!」
 唾液を垂らして少し押し込むと、それはつるりと内部に吸い込まれてしまった。ローターを含んで口を開けていた肉の輪は徐々に窄まり、やがてほとんど閉じてピンク色の細いコードを垂らすだけになる。
「すごいな、自分から呑み込んでったぞ」
「う、うぅ……」
 恥じらって脚を閉じようとするのを押さえつけ、筋を浮き立たせて反り返る竿に、音を立てて何度もキスをする。脚の間からは、しきりにくぐもった音がしていた。
「そうだ、写真だな」
 行為に夢中になるあまり、本来の目的を忘れるところだった。牧は藤真の膝を立てて脚をM字に開かせると、初めの遠慮など忘れ去ったかのようにカメラを向けた。玩具を呑み込んだ陰部、勃起した性器、その向こうに藤真の顔が覗くようにフレームに収めてシャッターを切る。
(これあれだ、恥ずかしい写真撮られて『誰かに言ったらバラ撒くからな』って脅迫されて泥沼になるやつ……ほんとにあるんだ……)
 不健全な漫画で読んだ覚えのある展開を思いだしながら、しかし藤真は脚を閉じることもなく、されるままになっていた。牧が非道なことをする人間ではないと知っているせいもあるだろうし、それに何より
(ドキドキするんだ)
 到底人には言えない、おそらくあまり普通ではないこと。しかし確かに自分がその中に身を置いているという実感。それは藤真に多大な興奮と愉悦をもたらしていた。
(たぶん学校の誰も、オレがこんなことになってるなんて思わない)
 今日ほどのことでなくとも、牧との夜のデートはいつも──いや、突き詰めれば牧と付き合っていること自体がそうなのだと思う。
(たぶん、だから、お前じゃなきゃいけなかった)
「う、んぅ……」
 気分は高まっていたが、一点に据えられた単調な振動は、藤真の体を悦ばせるには足りなくなっていた。
「まだあるぞ」
 牧は再びサイドテーブルの袋に手を伸ばす。取り出したものは、やはりピンク色の、ぽこぽことした玉が細長く連なった形状のバイブだった。
「…!」
 牧が持ち手部分のスイッチを入れると、シリコン製の上部がうねうねと波打ちながら回転する。いかにも卑猥な形状と動作とに、藤真は息を呑んだ。
「今度はこれを挿れてやるからな」
「っ…!!」
 ローターを含んだままの内部が一瞬でぎゅんと窄まって、思わず達しそうになってしまった。ドクドク心臓が跳ねて、いっそう体が反応しているのが自分でもわかる。羞恥心や抵抗感もあるが、快楽への興味と期待のほうが遥かに上回っていた。
 牧は藤真の股ぐらを覗き込み、ローターのコードを引く。
「すげえ奥まで入ってないか?」
 しっかりと咥え込まれているようで、軽く引いた程度では出てこない。
「お前が挿れたんだろっ」
「勝手に入ったんだ。……取れなくなったらどうする?」
「ぶっころす」
「威勢がいいな。力抜いとけ」
「うぅっ……ぁっ!」
 コードを思いきり引かれると、食いついていた粘膜が引き剥がされ、熱い感触が一気に体外に抜けていった。
「おお、産まれた」
 秘所が一瞬大きく拡がり、卵が産まれるかのようにローターが飛び出したのが面白く、牧はもう一度それを中に戻そうと、ヒクつく入り口に押しつける。
「おいっ、こらっ!」
「ん、やっぱりこっちがいいのか。待ってろ」
 藤真に軽く蹴りを入れられると大人しく引き下がり、物欲しげなそこを露わに上に向けるよう腰を抱え直す。アナル用のローションを注ぎながら、スイッチを入れたバイブを窄まりに押しつけ、その回転で淫肉の門を掘り進めるように挿入していく。
「ふぁっあんっ、あァッ…!」
 小ぶりで愛らしい尻の狭間に、まるで自ら望むかのように、ピンクの球状の隆起をひとつ、またひとつと呑み込んでいく、粘膜の淫猥な収縮から目が離せない。藤真も牧も、もはやそこを排泄器官ではなく性器として認識していた。
「入ったぞ」
「ん、ぅう…」
「写真だな」
 締めつけがきついのか、バイブから手を離すと持ち手の部分がぐりぐりと回転してしまう。滑稽だが、ひどくいやらしくも見えた。牧はそのままの状態を写真に撮り、意地悪いつもりで笑う。
「お前がこんなことになってるなんて、誰も思わないだろうな」
「んぅ、ふっ…」
 藤真は恥じらうように身を捩ったが、少し笑ったようにも見えた。
 バイブを途中まで引き出し、凹凸を咥え込ませた状態も一枚写真に収めておく。シャッターの音に感じたかのように、大きく体が波打った。
「んぅん、あぁっ…」
「いいのか?」
 カメラを置き、藤真の尻から生えてのたうつバイブの持ち手を捕まえて、ゆっくりと押し込んでやる。
「はあっ、あぁっあ♡」
 指では届かない、腹の奥深くをぐるぐると掻き回される、未知の感覚に頭の中まで掻き混ぜられるようだった。
「ぅあっ、アッ、あぁあンッ…!」
 目いっぱいまで挿入され、引き抜かれる、ゆっくりとした抽送の動作のたび、ぽこぽことした表面が内壁を擦る。雄としてのセックスでは知り得なかった、底知れぬ快楽に襲われながら、藤真は堪らず高い声を漏らす。
「っあ、あァっ、やぁっ…♡」
 戯れ合う言葉も捨て、甘えるように悶える藤真は堪らなく愛らしくて愛しい。牧は抜き挿しの動作を早めたり緩めたりしながら、しばしその反応を愉しんだ。
「ふむ……」
 思いだしたように、ローターを手にしてスイッチを入れると性器の根元に当てる。先端から滴り伝った体液が、豊潤にそこを濡らしていた。
「はっ…」
 張り出した裏筋に沿わせるように、徐々にローターを上に──先端部に近づけていく。
「アッ、あ、無理、むっ、あぁァ〜ッ!!」
 初めにしたように雁首にローターを押しつけて握り込み、もう一方の手はバイブをピストンさせる。藤真は悲鳴に近い声を上げ、思いきり仰け反った。手錠を繋いだベッドのフレームから、ガチガチと鋭い金属音がする。
「ひゃあっんっ! それ、はぁっ…♡ アッ、んあ゛ぁッ♡」
 世界が裏返る。セックスとはどういうことだろう。男とはなんなのだろう。体の外側と内側の敏感なところを同時に弄り回され続け、体が、頭がおかしくなりそうだった。
「ア──ッ……!」
 達した、と思った。しかしそれは訪れていなかった。
 性器は絶頂寸前でローターの責めから解放され、体内を掻き回していたバイブもスイッチを切られ、抜き取られてしまう。
「う、んっ…、まき……?」
 快楽の余韻に震える体を持て余す、藤真の蕩ける視界の中で、牧は手早く服を脱ぎ捨てた。腰に聳える立派な男根を認めると、皮膚から一気に汗が噴出し、体の奥がきゅうと切なく疼く。
 急くような手つきでローションを撫でつけられ、ぬらりと貪欲な光を帯びた肉棒が、もの寂しそうにしていた下の口に押しつけられる。
「あっ♡ あ゛ぁッ!」
 執拗に弄ばれ、充分にほぐれていたつもりだったが、そこに挿入するために作られた玩具と、牧の男性の質量とはまったく異なるものだった。
(来るっ…!)
 粘膜の狭間を拡げながら押し込まれる感触に、内臓を押し上げられる苦しさとともに、えも言われぬ興奮が沸き起こる。傲慢に内奥へ進む怒張に敏感な箇所を擦られ、藤真は歓喜に仰け反った。
「んひぃっ…♡」
「なんだ、いいのか?」
 熱くうねり吸いつく感触に、牧はすっかり藤真に求められている気になって、容赦なく腰を動かす。肌のぶつかる音は、ねっとりとした粘性を帯びていた。
「っは、あぁっ、んうぅっ…!」
 牧の本能を集約した、がちがちの巨根が的確に前立腺を突いてくる。藤真が音を上げるのはすぐだった。
「ふぁっ、あぁっ、ひあぁあぁッ…!!」
 高く細い声を上げ、白い体がベッドの上に弓形に反る。いじらしく天を仰ぐ性器が大きく震え、小さな口からビュッと少量の白濁を噴き出す。牧の突き上げる動作に押し出されるように、藤真は何度か断続的に射精した。
「いあぁっ、あ……」
 出るものがなくなっても達しきった感覚は訪れず、ただ自らの内に埋まった男の感触が愛しくて堪らない。
「まだいけるだろう?」
 奥を撫でるように腰を押しつけると、藤真が何か言いたげに唇を動かした。
「ん……」
「ん?」
「写真。撮って、オレにもちょうだい」
「ああ……」
 牧は深くため息をつき、微かに苦味を帯びて笑むと、体を繋げたまま、精液に汚れた藤真の姿、密着するふたりの腹部、少し体を引いてあられもない結合部などを写真に収める。元は牧が希望した写真撮影だったが、もはや行為のほうが魅力的で、藤真に焦らされているかのような心地だった。一方の藤真は機嫌よさそうに目を細めている。
「もういいか?」
「いいよ」
 なぜか藤真の許しを得てからカメラをサイドテーブルに置くと、両の腕で細い腰を抱え、抽送の動作を再開した。
「はぁっ、あぁんっ…」
 しかし牧はさほど経たないうちに動きを止めてしまう。無言のまま、藤真の手首を拘束する手錠を外した。
「ん、なんで?」
「いいじゃないか、もう充分だ」
 玩具で遊んでいたときは確かに楽しかったのだが、藤真の自由を奪った状態でのセックスは一方的すぎると感じてしまった。できるだけ卑猥な写真を撮りたくてアダルトビデオの真似ごとを思いついただけで、牧は本来嗜虐的な性向は持ち合わせていないのだ。
「じゃあ、今度はオレが撮ってやろっか」
 サイドテーブルに伸びた藤真の手は、カメラに届く前に牧の大きな手のひらに捕らえられ、逞しい首の後ろに巻きつけられてしまった。もう一方の手も同様だ。
「っふ……」
 思わず笑ってしまいながら、牧の首にぎゅうとしがみつく。「ああ……」と牧が小さく呻いた。
 繋げた局部だけではない、密着させた肌全体で相手の体温を感じると、駆り立てる興奮だけではない、熱く心地よい波に包まれるようだった。
 目眩がする。
 玩具を使った行為は過激で不道徳的で愉しいものだった。しかしこうして他人の肉や温度や体液、あるいは呼気に身を浸しているほうが、いっそう業が深いような気もする。

 事後、藤真はベッドの中で気怠げに天井を眺め、牧は体を起こしてサイドテーブルの上の写真の束をぼんやりと見ていた。
 藤真は牧の広い背中にしなだれるように抱きつき、猫撫で声を上げる。
「なーあ?」
「ん、な、なんだ?」
 行為を終えてすぐのタイミングで藤真から甘えてくるのは珍しいことだった。牧はつい身構えてしまう。
「お前、近いうちに変な死にかたすんなよ」
「な、なんだそりゃあ?」
 牧は狼狽えた。藤真の言っている意味がわからない。今日のことについて実は怒っていて、これは遠回しな殺害予告なのだろうか。
「お前がなんかで死んで家宅捜索されたとき、その写真が出てきたらオレがやべーじゃん」
「ああ……まあ、当分死ぬ予定はないから大丈夫だと思うが……すげえことを心配するんだな」
 心配してもらえているのなら喜ぶべきなのだろうか。藤真は少し気難しいところがあるとは思っていたが、こう突飛なことを言いだすタイプだとは思わなかった。
「でさ、将来お前がオレにむかつくことがあったら、その写真で脅迫とかするといい」
 牧が顧みた、藤真はにこやかに笑っていた。作り笑いだろう。しかし発言の意図はわからない。牧は眉を顰めた。
「そんなことしない」
「お前はいつまでもオレより上だからって?」
「そうは言ってない。ただ、脅迫なんてするわけない。そういうつもりで写真が欲しかったわけじゃない」
「どうかな……」
 不思議そうな牧の顔から目を逸らし、藤真は広い背中に頭を擦りつけるように寄り掛かった。
「信じられないか?」
 藤真は沈黙したのち、言葉を、自らの意図をも探すようにゆっくりと唇を動かす。
「別に、信じたいなんて思ってない……と、思う」
「なんだって?」
「例えばもしかしてお前が悪人だとしたって、オレは構わないんだ」
 おそらくそんなことはないのだろうけれど、と感情が言葉を否定する。しかし事実として、藤真はまだ牧のことをそれほど知らない。ふたりが一緒にいた時間など、互いのチームメイトとは比べるまでもなく短い。
 牧は体ごと藤真のほうを向いて訝しげな顔をした。藤真はそれを受け流すように、曖昧な微笑に似た表情をする。
「性格いいヤツだなって思ったくらいで、男とセックスなんてするかよ」
「じゃあ、なんで」
「ドキドキしたから」
 そう言って、はにかむように笑った表情がひどく幼く愛しくて、唇をついばむようにキスをしていた。
「ああ……」
 興味を抱き、親しくなったきっかけも理由もいくらでも探せるが、あの日、あのとき、ふたりを突き動かしたものは、それだけだったのかもしれない。

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