2.
「トリック・オア・トリート!」
「ッ!! ……なんだ牧か、脅かすなよ」
今日さんざん聞いたセリフだったが、帰りの道端でいきなり言われたらそりゃ驚くよな。ここは街灯があってまだ明るいけど、暗がりでもし人違いしたら不審者じゃねえか。
「お前、家で待ってんじゃなかったのかよ?」
思いきりびびっちまった恥ずかしさを紛らわすように、目の前に現れた見知った顔を睨みつけて、そのままじっと見つめてしまった。
ありていに言えば、よくあるヴァンパイアのコスプレだ。襟の立ったマントに、中世ヨーロッパって感じのジャケットとスラックスにひらひらのブラウス。ちょうどいいサイズなせいか老け顔のせいか、コスプレの割に安っぽく見えなくてすげー本物っぽい。髪はオールバックにしてて、尖った耳をつけて、目にカラコンまで入れてる。明るい茶色っつうか、黄色っつうか、金色か? あんまり言わないが、牧って老け顔なだけで正直顔はいいと思う。色素の薄い、鋭い印象の目の色はよく似合ってて、見つめられるとドキッとしてしまう。今年は妙に気合い入ってんな。しかし、似合うは似合うんだが、ヴァンパイアって太陽が苦手なはずなのに色黒なのがウケるな。
「お菓子は持ってないのか?」
「あ? だから、お前が買っといて家で待ってるって話だったじゃねえか」
確かそういう話だったはずだが、牧はお菓子を用意せずにコスプレしてここでオレをまちぶせてた。普通に帰り道だからまちぶせ自体はできるだろうが……テレビ見てたか、ぼうっとしててちゃんと話聞いてなかったのか? まあ、オレは別にいい。どっちかっていうと、行事の形式にこだわるのは牧のほうだったはずだ。
牧は顔を近づけて、オレの口もとで高い鼻をフンフンさせた。
「甘いにおいがする」
よく見ると犬歯にキバが付いてる。ドラキュラの仮装のキバって、もっと不自然に前歯全体が浮いてる感じのイメージだったが、最近のはよくできてるんだな。
「学校でお菓子配ってるやつらがいたからな。別に大したもんは食ってねえけど……あ」
そのときの残りがあったと思いだして、ジャンパーのポケットに手を突っ込む。すげえ寒いってわけでもないが、最近はこの薄手のジャンパーを前開けっぱなしで雑に羽織ってる。
オレはひとくちサイズの個包装のチョコを取り出して牧に渡した。
「ほい。ハッピーハロウィン」
「おぉ……! いただこう!」
牧は妙に嬉しそうにそれを受け取ると、やっぱり嬉しそうに頬張った。
「……?」
いや、ノリの悪いやつじゃねえから、オレから受け取ったチョコを不味そうには食わないだろうが、それにしてもなんとなく不思議なんだよな。役作りだろうか。牧はコスチュームプレイのとき、AVみたいな設定とか寸劇入れるのが好きだから。
「オレも食おうっと」
ポケットには同じのがいくつか入ってるから、オレもチョコを取り出して口の中に放った。
牧は口をむぐむぐ動かしてたが、食い終わったのか唇をぺろりと舐めてこっちをじっと見てくる。
「あに、足りないって?」
まだポケットに残ってた、たぶん同じチョコを渡す。
追加のチョコを頬張ると、牧は鼻で深く呼吸をした。大きく……荒く? 荒い呼吸を、鎮めようとしてるみたいにも聞こえた。
「……チョコは媚薬だ」
「あ?」
バレンタインのころにそんな話題を見かけた気もしたが、そんなんだったらいろんなとこで発情してることになるよなって、ただの宣伝のネタだと思って真面目に考えてはなかった。だけど牧はぐっと体を寄せて、片腕で力強くオレの体を抱いて
「っ……!!」
唇を奪うって感じでキスをした。香水だろうか、チョコだけじゃない、もっと深い甘いにおいがしてるようで、強く吸われる息苦しさと相まってくらくらする。厚い唇に食われてる感じにはいつも興奮するが、鼻先の冷たさにハッとして胸を押し返す。
「お前、なにっ……!」
「いいじゃないか、今日はハロウィンだ」
大真面目に、当然みたいにそう言った。暗くて表情ははっきり見えないが、声の調子からわかる。それからオレは、ちょっとズレてるこの男の言いたいことを適当に解釈して呑み込む能力も身につけていた。
(ハロウィンの夜だから、仮装してキスしてるカップルがいたって誰も気にしねーってことか?)
オレは牧の顔を見返して、それからその横に大袈裟に広がって立ってるマントの襟を見た。確かに、牧に覆い隠される体勢でいちゃついてるぶんは、通りすがりには男同士かどうかもわかんないかもしれないな。……オレが騒ぎさえしなければ。
そうこうしてる間にも牧はオレの脇腹やら腰やら尻やら触ってきて、もう一度キスしようとしてくる。
「やめいっ!」
思いきり顔を背けて抵抗と拒絶をアピールしたオレの目に、寄り添いながらふらふらとそこの公園に入っていくカップルの姿が見えた。酔っ払ってるのかもしれない。牧は不思議そうにそれを見てる。
「あっちにはなにがあるんだ?」
「公園」
子供が遊ぶ公園じゃなくて、昼間は大人がくつろいでたり、ちょっとしたデートスポットにもなってるような広い公園だ。この辺はラブホがないから、夜中になればそういうことしてるやつもいるっていう──
「楽しそうだな! 人間って、公園でデートするんだろう」
「う、うん……?」
ハロウィンに紛れて人間界に出てきたヴァンパイア、って設定かな。手首をぐいぐい引っ張られて連れてかれると、なんとなく『まあいいか』って気分になって公園に来てしまった。公園デートってのもひさびさっつうか。高校のとき、偶然を装ってそんな風にしたこともあったけど、一緒に住んでからはないかもしれない。牧って金持ってるから、休みの日はなんか食いに行こうとかちょっと遠く行こうとかなりがちで、バスケットゴールもない公園でのんびりってのはあんまりない。
ベンチに座ってるカップルの後ろを通りすぎながら、女のほうが頭にでっかいリボンを乗っけてるのを見て思いだす。
「そういや、オレまだコスプレしてないけど」
「そのままでいい。すごくかわいい」
「!?」
なんで? って思ったのと同時に、不覚にもときめいてしまった。別に、かわいいとか言われたいわけじゃねえけど、顔を合わせるのが日常になってから、あらためてそう言われると照れるっつうか。
そのまま公園の中を歩いてくと、枝を広げる木の横に、空いてるベンチがぽつんとひとつある。
「ちょうどいいな」
(なにに!?)
思いつつも、促されるままふたりでベンチに座った。ちょっと離れたところに街灯があって、濃い影の落ちる牧の横顔は、コスプレのせいもあってなんだかミステリアスで、いつもとは別人みたいに見えた。こいつはそうなんだ、日ごろ思ってる以上に堀りが深いから、結構いろんなふうに見える。
牧の大きな手がオレの手の甲を包むように握る。大人びた笑みを浮かべた顔が近づいてきて──唇を塞いだ。
「……!」
夜で近くに人気はないつっても、ここは公園だ。公衆の場所だし、壁で遮られてるわけでもない外の空間だ。〝やばい〟って、心臓がドクドクいったが、しかしオレは抵抗しなかった。たぶん大丈夫、こんなの学生カップルにはよくあることで、騒ぎなんて起こらない。よくわかんないけどそんな気がした。初めてのあぶない体験への興味もあっただろう。
あぶないっつえば、オレたちは高校生のときから付き合ってたから、バレたらいろいろやばかったと思う。どっちかっていうと立場的にはオレのほうだな。互いにそう思ってたから、参考に読んだBLみたいに体育倉庫や更衣室なんかではやらなくて、牧の部屋やラブホで慎ましくやってた。
だが今は大学生だし、過去の立場なんてもう関係ないんじゃねえか? ここは学校とかでもないし、合意でイチャイチャするくらい別にいいはずだ。牧もそう思ってるんだろう。
「んぅっ」
舌の先に牧のキバが触れるのに、なんだか感じてしまった。牧は機嫌をよくしたのか、オレの舌を吸っては弱く歯を立てて撫でるってことを繰り返してる。
「ん、ん……♡」
オレはまんまと感じて、パンツの中で股間を硬くしていた。こう、牧から迫ってくるほうが多いかもしれないが、結局はオレもいいって思って受け容れてるわけで、お互いさまなんだよな。
牧のでかい手のひらがシャツ越しに胸を触る。脈が早いってバレそうで恥ずかしいが、妙に落ち着く感触でもあった。それからその手でシャツのボタンをいくつか開ける。スゥと冷たい外気に触れた首筋は、すぐに牧の厚い唇と舌で撫で回された。
「っ、ぁ…」
口以外の体にキスするのも舐めるのも、そこまで珍しいことじゃないが、なんだか今日は執拗だ。……いや、うん、ピンときた。
「やたら首舐めてくるのって、ヴァンパイアだから?」
確かヴァンパイアは首筋を噛むもんな。普段着のオレに妙に萌えてるのもその設定のせいかもしれない。ヴァンパイア×非力な人間。
「……! ああ、そうだな……」
「オレのこと噛みたい?」
「それは……! それはダメだ」
「噛まれたら、ヴァンパイアになるんだっけ?」
ヴァンパイアとかドラキュラの話って、なんとなく知ってるようでいて実は正しいこと知らない。牧はちゃんと知ってるんだろうか。
「ヴァンパイアのしもべになる。しもべは自分の意思を失い、全く別の存在になる。……俺が好きになった人間は、俺のものになるのと同時にいなくなる」
牧はしみじみと、さも悲しそうに言った。元ネタは映画だか漫画だか知らねえが、やたら感情移入してるようだ。
「ヴァンパイアって、なんか破綻してる生き物なんだな。じゃあ、オレを噛みたくても我慢しないとな」
「それはもちろん……」
牧はオレの首筋に頭を擦り寄せながら、シャツ越しに腹を撫でて、オレのズボンの前をいじる。
「で、エロいことして気を紛らわすって?」
「ああ、そのとおりだ」
ズボンの前を開けて、パンツの上からオレのモノを掴んでスルスル撫でる。オレの体もすっかりその気で、パンツに手を突っ込まれても抵抗できない。
「んっ」
席を立ってオレの前に来た牧は、ひざの間に体を割り込ませてしゃがむと、オレのズボンとパンツをずり下ろして、硬くなったちんぽを咥え込んだ。
「ぁ……!」
オレは喉の奥でごく小さく叫んだだけで、口をつぐんで身を強張らせる。手は牧のマントの肩部分を掴んでるが、抵抗ってほどの力は入ってなかった。
「っ、ンッ…」
ちゅぱ、じゅぱ、やらしい音を立ててしゃぶられながら、オレはベンチの背もたれにのけぞって上を見る。黒い木の葉っぱの間に藍色の空と星が見えて、ほんとに外でされてるんだって実感する。誰か来たらどうしよう、いや誰もこないって。でももし誰かに見られたら……?
「はぁッ♡」
フェラが気持ちいいのはあるが、この状況にもすげー興奮してると思う。こんな願望、抱いたことなかったと思うけど……。そのうち牧はオレの右脚を持ち上げ、右だけ靴とズボンとパンツを脱がせてベンチの上に載せさせた。左脚は膝あたりにズボンやらが溜まってる状態だ。脱がされた脚と、なによりケツやら股が寒かったが、それもすぐに意識の外に追いやられる。
「ぁっ」
牧はちんぽを握りながら太ももの内側にキスしたり、にゅるにゅる舌を這わせたりしてたが
「ッッ!!!」
じきオレの尻の割れ目を、穴をべろりと舐め上げた。上の口と下の口でキスして、そこをこじ開けるように舌をびちびち蠢かせながら埋め込んでいく。
「あぁっ、ぁ…♡」
まじかよ! って思ってるはずなのに、思わず浮ついた声を漏らしてた。穴を舐められるのは、普通に家とかでされるのも恥ずかしい。もちろん、特に牧と一緒に住んでからはいつも綺麗にしてるつもりだが、それにしたってやっぱりイメージはある。だけどもう、ただの排泄器官じゃなくてセックスのための場所になってるのも事実で──ちんぽを扱かれながら穴を、中を舐められてるのがたまらなく気持ちよくて、体の奥がきゅんと疼いた。
「んくッ♡ あっ、あぁっ、アッ…♡♡♡」
よだれとローションかなんかですっかり濡らされて、そこは牧の指に掻き回されてヌチュクチュやらしい音をさせてる。硬い節を感じさせる牧の指が擦れるのは気持ちいいが、もっと気持ちいいものも知ってる。
「牧、たぶん、もう……」
自分でも可笑しいくらい辿々しく言うと、カッと顔が熱くなった。一応、恥じらいなんだろう、たぶん。だってこれで、完全にオレも同意したことになったわけだし。
「あぁ……」
腰を上げた牧がズボンの前をごそごそやる。熱くて硬くてぶっといモノが、オレの尻に押しつけられた。
「ぁ…♡」
思わず間抜けな声が出て、自分でもちょっと引く。だけどもう、それが欲しくてたまんなかった。
「挿れるぞ」
「ああ……」
焦らすように割れ目に擦りつけられるのを、望むところだと首を縦に振る。体に押し込まれるモノの圧に、慌てて手で口を塞いでのけぞった。
「っく、んんン……!」
「あぁ、すごいな……」
静かにつぶやいた牧を見返すと、光の当たりかたでか、いつもより色素の薄い瞳がぎらりと光ったように見えた。野生的っていうんだろうか。もっとベストな言葉もありそうだったが、とにかくそれはすごくセクシーで、オレはもうされるがままだった。直接言ったことはないが、オレって実は牧の老けモード(大人っぽい格好)にかなり燃えるみたいだ。たまにそういう格好でやるとき思う。
「ん、んふっ、ぅっ…♡」
繋がったままキスされて、シャツをはだいて胸や腹を撫で回されて。冷たい空気と夜空の下でやってんのがなんだか愉快になってきて、そのうち自分で右脚を掴んで開いて、がっつり受け容れ体勢になっていた。ヴァンパイア姿の牧にがんがん犯されながらちんぽ扱かれて、気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうだ。
「あ゛ぅ、あっ、あンッ…やばっ、出るッ♡」
「いいぞ……俺もだ……」
「あぅっ、んッ、ンン──!!」
ぶつけられる熱量が強く激しくなって、咄嗟に手の甲を噛んで口を塞いだ。声を抑えても体は止まらなくて、牧のモノに押し出されるみたいに途切れ途切れに射精していた。
「ん゛ぅ、んん、ん……♡」
頭が真っ白で、ふわふわして、くらくらして、あったかくて──牧もほとんど一緒にイッたみたいで、痛いくらいにオレを抱いたまま、首筋に顔を埋めてフーフー粗く息をしてる。正直苦しいけど、好きな時間だ。
ケツの奥が熱くてじゅぐじゅぐしてる。中出しされてる自体にすげえ感じるってわけじゃないが、たまんない満足感がある。軽々しくすることじゃないって思ってるから、特別感があるんだろう。
幸せなのかもしれなかった余韻が引いてくと、空気の冷たさと一緒に急激に現実が戻ってきた。上を見れば木、空。もし誰かいたらと思うと恐ろしくて、辺りを見回す気にはなれない。
「まだ足りないんじゃないか?」
「う、うるせえ!」
硬いまんまの牧のに、中が食らいついてるのがわかる。中出しされたあとの二発目……って思うと惹かれないこともないが、オレにはもう戻ってきた理性があるんだ。
「帰ったらいくらでもできるだろうがっ!」
「そうか……!」
牧はものすごく聞きわけよく腰を引いた。でっかいモノがずるりと抜けていく。そのまま強引にされたらされたで別によかったんだが……とか思いつつ、渡されたハンカチを尻に当てた。なんだか柔らかくて高そうなハンカチだが、中出ししてきたのは牧なんだからしょうがないよな。
尻と股を気が済むまで拭って、パンツとズボンをちゃんと穿いて靴も履く。身じたくできたと見ると、牧は間髪入れずに言った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「……」
こいつは、手前のちんぽでボディブローされることのダメージをわかってねえんだよな。やってる最中は気持ちよさが勝ってるが、事後は正直だいぶダルい。萎縮されても嫌だから、あんまりストレートに言ったことはなかったと思う。
「う〜、ん……」
やってるときの体勢が少しきつかったのもあって、オレは動きたくないのをごまかすみたいに牧に抱きついた。
「疲れたのか?」
「別に……」
牧は急かすでもなくオレを抱き返して、よしよしって感じで背中を撫でた。ちょっと悪いことしたとか思ってんだろうか。なんか、やっぱ好きだな〜ってしみじみしちまって、もう少しの間、そうやってふたりで抱き合っていた。