5.
幕切れは呆気ないものだった。
「公園でシュート練習してるうちに思いだしたんだ。今のは違う、もうちょっとこう……とかやってるうちに、あれ? 思い出してるじゃん! って」
高校に入ってからはバスケットボール漬けの生活を送っていた。それが彼らの日常だったし、藤真も含む一部の部員にとっては勉強以上のウェイトを占めるものになっていた。
藤真が記憶を取り戻すために必要なのはバスケットボールなのではないかと、誰もが想像しただろうし、自身でも察しはついていた。だから逃げた。そして花形も牧も、おそらく仙道もそれを許した。優しく閉じた世界での、ひとときの休息だった。
部員たちが練習に出て行き二人だけが残った部室の中で、花形は躊躇しつつも切り出した。
「事故の日、なんであんなところにいたんだ?」
「あんなとこって?」
「事故に遭ったところ。お前の家から遠くはないが、まっすぐ帰ったら通らない道だ」
冬休みに入り、部活動の時間が長くなると、藤真はときおりひどく疲れた様子を見せた。監督とはいうものの自らもきっちりとトレーニングメニューをこなしていたし、空き時間には指導関係の本を読んでいた。気丈な風にしていても、心労もあったと思う。
あの日も藤真は調子がよくない様子だった。練習が終わったあと、後片付けや日誌の記入を請け負って藤真を一人先に帰らせたのは花形の提案だった。そして藤真は事故に遭った。花形は自らの判断を呪った。藤真が戻るまでずっと、自責の念に駆られていた。
「内緒の話」
藤真は唇の前に人差し指を立てる。愛らしい仕草だが、花形にとっては見慣れたものでもある。
「ああ」
「あそこの近くの公園って、バスケのゴールがあって、よく小学生の、低学年くらいの子供たちが遊んでるんだ。ルールとかめちゃくちゃなんだけど、楽しそうにさ。それ見てると、あーバスケって楽しいんだよなって、思い出すっていうか、元気が出るっていうか」
花形は続きを促すように、黙って頷いた。
「たまにしんどいときとか、眺めに行ってて。家が近いんだろうけど、結構夜まで遊んでるんだよな。……ま、あの日はちょっとだけ早めだったけど」
寒かろうが暗かろうが遊びに夢中の子供たちには関係ないようで、その日も地面にボールをつく音と、賑やかな声が聞こえていた。
「多分さ、好きなもんでも毎日全部の料理に入ってたら嫌いになるみたいな、そのくらいのことだったと思うんだ」
疲れていた。一生徒の分際でベストを尽くせたとして、果たして報われるのかと疑問が湧いた。そも報いとはなにか、自分はどこへ行きたいのか、よくわからなくなっていた。
「で公園の近くまできたら、いきなり車が出てきて。避けようとしたのは覚えてるんだけど、多分それで電柱か塀かなんかに頭ぶつけたんだろうな」
「そこはお前に過失はないわけだな」
「ない! もうさ、今度まじでお祓い行こうぜ、夏からちょっとおかしいから」
「俺もか?」
「だって、お前が帰れって言わなかったらオレは事故に遭わなかった」
堂々とそう言い放たれると、花形には返す言葉がなかった。うなだれたところで思い切り背中を叩かれ、思わず噎せる。
「ウソウソ、お前には感謝してるって! んじゃ行くか」
少し長くなった冬休みを終えて、新学期とともに翔陽バスケ部にもようやく日常が戻る。「打倒・海南!!」ランニングの列に、次期部長兼監督の掛け声が加わった。
◇
夜の街の人工の光が、あどけなさの残る頬のなだらかな曲線をなぞる。大人びた鼻先は暖を求めるように擦り寄って、乾いた二つの唇の間に湿度を生んだ。
些細な物音に弾かれたように顔を離したが、寒さを理由にして再び寄り添い指を絡めた。
密やかな逢瀬に青い衝動をひそめて、新しい二人の日常がはじまる。
〈了〉