幻日

4.

 〝高校時代の神奈川バスケ繋がり〟というファジーな飲み会に牧が参加する気になったのは、花形も参加すると藤真から聞いたためだった。
 会の半ば、トイレに立った花形が出てくるのを待ち構えて店の外へと誘った。話があるとだけ言えば、花形は素直に付いてきた。
「変なことを訊くようだが……高校のとき、藤真のことをどう思ってたんだ?」
 花形は動じる様子もなく、すげなく言った。
「どうと言われても。藤真は俺たちの監督でキャプテンだった。信頼していたさ」
 牧は花形について、藤真の口から聞いてごく個人的な情報まで知っていたが、当の本人とはあまり接したことがなかった。そして残念ながら花形は人との距離感を測るタイプのようで、求めるものに辿り着くにはこちらから切り込むしかなさそうだ。
「藤真から、えらく親しくしてると聞いてた」
「副主将だったからな。クラスも三年間一緒だったし、家も比較的行き来しやすいところにあった」
「俺と藤真が一緒に住んでることについて、藤真からなんて聞いてるんだ」
 花形は疎ましげに眉をぴくりと動かし、牧は内心ほくそえむ。彼に嫌われたところでどうということもない。あまりない機会だろうから、引っ掛かっている点をなだらかにしてしまいたかった。
「ルームシェアの皮を被った同棲だと聞いている」
 藤真がストレートに打ち明けていたことへの驚きはあるものの、それきり口を噤んだ花形の言葉には物足りなさを感じた。聞かれたことに答えるだけの態度はおそらく話したくない意思表示で、柔のセンターと呼ばれてはいたが、今纏う雰囲気は柔らかいとは言えない。藤真の話に登場する限りはお人好しで優しい男のはずだったが、相手によるのだろう。
「それについて、なんか思ったりしないのか。藤真のことが心配とか」
「藤真が決めたことだ。俺が介入するところじゃない」
 花形がちらりと腕時計を見た。いつまで話を続けるのかと暗に言われているが無視する。
「藤真の意思がすべて?」
「そうだ。だからもしあいつが俺に助けを求めることがあれば、俺は喜んで受け入れる。お前と暮らしていようが関係ない。あいつの望むままに応じるつもりだ」
「助け?」
 牧は思い掛けず怪訝な顔になる。
「別にお前を悪いものだと思ってるわけじゃない。藤真は気難しいから、なにかの拍子に機嫌を悪くすることもあるかもしれない」
 それはその通りだと、牧も納得して頷く。
「……だからせいぜい、そうならないようにしてやってくれ。あいつは繊細そうに見えて図太いようでいて、結局繊細なんだ。強がりを言いながら誰より責任を感じてるような真面目なやつだ。言葉はあいつの武装で、口数が多いときほど弱ってる。……高校のときみたいに参るようなことは、もう起こらなければいいと思ってるが」
 口調こそ落ち着いているものの、花形の言葉に熱がこもったと感じた。彼が藤真の内面を語ることに対して嫉妬は生まれなかった。むしろ牧は安堵していた。
(愛されてたんだな、藤真……)
 大切なものが大切に守られてきたことを、純粋に嬉しく感じている。なぜだかじっとしていられないような気分で、花形に礼を述べたいくらいだったが、さすがにおかしいだろうから控える。
「お前ら、なにコソコソやってんだよ」
「藤真」
 花形は声色を柔らかくして闖入者の名を呼び、
「めざといな」
 牧はそれを敏感に察知しながら軽口を叩く。
「視野が広いって言ってくれ。で、二人でなにを」
「少し酔ったから涼んでた」
 花形は充分に涼しげな顔で言った。
「牧と二人で?」
「偶然会ったんだ。もう戻ろうと思ってた」
 そして牧と藤真を残し、そそくさと店の入り口に向かってしまう。
「おい、探しに来てやったオレを置いて行くな」
 藤真は花形のあとを追おうとするが、思い切り腕を引かれ、牧の胸に抱き込まれていた。いかにも不満を示すように眉を顰める。
「牧、そんなのは帰ってからにしろ」
 花形にこそ明かしているものの、牧との関係を他の者にみだりに話す気はないのだ。こんなところで堂々とくっつかれては困る。
「帰ったらお前、酔っ払ってるんじゃないか?」
「たまの機会なんだから、少しくらい酔ったっていいだろ」
「少しならな。やっぱり懐かしいやつらと会えたのは嬉しいか?」
 牧の行動と言葉とを突き合わせ、藤真は煙たそうな顔をする。
「お前さ、もしかしてまためんどくせーこと考えてる? 誰かとやってるかもとか」
 牧と花形という取り合わせには覚えがあった。そう昔の話でもない。しかし牧は首を横に振る。
「もうそんなことは思わない。今一番お前と一緒にいるのは俺だ。これからは俺が誰よりお前を愛していくんだ」
「……!?」
 藤真は一瞬言葉を忘れ、顔を真っ赤にして俯き、牧の肩口に額を押し付けた。
「お前こそ酔ってんだろ、いきなりうさんくさい言葉吐いて」
「うさんくさいか? まあ、そのうち信じてもらえたらいい」
 ちらりと盗み見た牧の表情は包み込むように優しい。聞き慣れない言葉が現れたきっかけも理由もわからないまま、感情だけが暴走して心臓を蹴飛ばしている。
「そのうちじゃねーだろ。どうにかしてすぐ信じさせろ」
 怒ったような口調で言いながら、ぎゅうぎゅう抱きついてはちらちら見上げてくるのが堪らなく愛らしくて、誰も来ないだろうとキスしてしまった。
「──なんか、戻る気しなくなったな。このままばっくれるか」
 少し前には久々の仲間との再会を喜んでいたはずなのに、すでにどうでもよくなったように言うものだから、牧は思わず笑ってしまった。
「ひどいやつだな」
「うるせー。待っててやるからこっから二人分の会費払ってきて、とっととお持ち帰りしやがれ」
 言いながら、自分の財布を牧に押し付ける。
「ああ、ちゃんと待ってろよ」
 店に戻って行く牧の後ろ姿を眺め、建物の壁に背中を向けて、ゆっくりその場にしゃがみ込む。
(引き止められて長引かなきゃいいけど)
 黙って待っているのは苦手だと昔から思っていた。
 大学に進み、環境が変わって、それは以前より緩和されたと思う。やはりあまり得意ではないし、時間の経過に対する感覚が鈍化したのだとすれば、喜ばしいとは思えなかったけれど。
「……」
 意外と星が見えるなと空を見上げたところで、すぐに黒い人影に遮られてしまった。
「お待たせ、帰ろうか」
 差し出された手を躊躇なく掴んで立ち上がる。
 道しるべは必要なかった。
 二人の日々は終わらない。

<了>

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