1.在るべきところ
夕暮れ、巣へ帰る群鴉、地面に長く伸びた大小の影。珍しくもない光景が、今はひどく不吉な想像を煽る。幼いエミルは小さな影を引き摺りながら、大きな瞳を不安に揺らし、傍らの並外れた長身を見上げた。
「ネッド……」
ベルシク・ネッド、彼の名前だ。全身を夜色のローブに纏ったその姿は地面に落ちる影がそのまま上に伸長したかのようで、エミルの頭頂部は彼の腰骨の高さにも届くかどうかといったところだ。白く小さな手は震えながら、縋るようにローブの端を掴む。
「大丈夫、もうすぐです。ほら、あそこに塔が見えてるでしょう」
抑揚の少ない声も、フードの陰から覗く痩けて血の気のない頬もいつもの通りだ。優しい言葉は、常とは異なるかもしれなかった。城の尖塔の臨く景色は見慣れたものだったが、しかしエミルの中に安堵感は生まれない。濃密な血の匂いが鼻腔に纏わり付いて、気が遠くなるようだった。
「若!」
遠くから若い男の声が聞こえた。視線を向けると薄緑色のゆったりとした衣服を纏った男女が駆け寄ってくる。金髪長髪の生真面目そうな男とふわりとした水色の髪の女は、エミルの世話係の印術師たちだった。
「もうっ、若、なかなか戻らないからすごく心配して……ひっ!?」
にわかに安堵の笑みを浮かべた女の顔は、ネッドに寄り添うエミルの半身を見るや一変して引き攣る。エミルの衣服には多量の血がべったりと付着していた。自らの足で歩いてきたことを思えば見た目ほどの傷ではないのかもしれない。しかしいつも愛らしく笑う顔貌が不安に怯えきっていることも相まって、穏やかな気持ちでなどいられなかった。
「おい、メディックを呼べ! 若が怪我してる!」
いち早く駆けつけた二人も、後に続く他の者もメディックも、誰もがエミルをしか見ていなかった。ネッドはそれに安堵しながら、視界が白ずんでいくと自覚する。
「ちがう……」
青い顔をして唇を震わせるエミルを安心させるように、女は傍らにしゃがみ込み微笑を作る。傷の程度がわからない以上、抱き寄せることはできない。
「安心して、もう怖いことはありませんよ。さ、手当てを」
「違う! 僕じゃなくて」
声が遠退く。意識が揺らぎ、身体が軽くなっていく。ばさりとローブがたなびく音がまるで他人事のように耳を伝う。
体に伝わる衝撃と冷たい石の地面の感触はあったが、不思議と痛みはなかった。
「ネッド!! ネッド……!」
長い夢を見ていた。
いや、一瞬だったのかもしれない。長い生の中の刹那の、やわらかな蜉蝣のような。エミルに出逢い、彼と共に過ごした時間はそのようなものだったと思う。
呪いに蝕まれた身体を抱え、物心ついたときから死を身近に感じていた。それに対して死にたくないと願ったこともなかったが、自ら死のうと思うほどの意欲もなく、ただ無為に生きてきた。
よもや子供を庇って光射す場所で息絶えようとは、想像だにしなかった幕切れだが、悪くはないと思える。果たしてこれも、かの小さな主のせいなのだろう。
頭が軽くなる。身体が冷めていく。これで全てが終わる。
◇
人里離れた深い森を越えた先に、精霊族の里はひっそりと存在している。神が為したと云われる障壁に護られ、他種族の目に映ることはなく、里の所在はおろか彼ら一族が実在することさえも事実として知られてはいない。
精霊族の大半は、城と呼ばれる族長の屋敷を中心として、その周辺に小さな集落を作って暮らしている。人間にはない能力を持つこと、人間より長い時間を生きることなど差異はあるものの、外見だけならそう大差はない。たとえ人間の冒険者がこの場所に迷い込んだとしても、異種族の住み処とは到底思わないだろう。
集落を離れて暮らす者も少数ながら存在する。ベルシク・ネッドもその一人だ。
二メートル近い長身に常に暗い色のローブを纏ってフードを目深に被り、その隙間から覗く顔も手首も不健康に痩せこけた銀髪の男。外見年齢は青年というべきだろうか、老いてはいないが生命力に乏しく、年齢不詳であった。容貌から誰もが想像する通りの呪術師である。
障壁の端、滅多に人の立ち寄らない黒い森の中の塔に、彼は独りで暮らしていた。
厭世的、人嫌い、陰気。そんな性質が呪いを呼んだのか、あるいは呪いによってそうなったのか、既に覚えてはいないが、あるときから呪術の研究にしか興味を抱けなくなって、古の呪術師が住居にしていたというこの塔に住み着いたものだ。
誰とも関わらずに探究にだけ耽っているのが理想だったが、あいにく一族の統治者はそれを良しとしなかった。「日頃の探究の成果を報告せよ」と、ネッドに城への定期的な訪問を義務付けたのだ。ときには呪われた品物の解呪や、薬草についての知識を求められることもあった。
成果などそう簡単に出せるものではない。単に監視したいだけであろうとネッドは理解した。少数種族の暮らす、安全であるべき里に、得体の知れないものは置いておけないということだ。
無視を決め込むつもりだったが、連日のように城から遣いが寄越されて、落ち着いて研究などできたものではない。相手も仕事としてネッドのもとを訪れているに過ぎないから、拒否したところで言い争いにすらならず、毎日同じ言葉を並べるばかりだ。それを哀れに感じたわけでもなかったろうが、結果的にネッドが折れた形だった。
「ふぅ……」
族長の城にて半年ぶりの報告を終え、ネッドは誰にともなく深いため息を吐く。常にある喉や肺に閊える感覚は全くなく、思えば咳も出ない。
城を訪れるたびに感じることだが、自分の暮らす塔とこの場所とでは空気の質が違うように思える。空気という言葉が適切なのかもわからない、漠然としたものではある。ならばこの場所の居心地が良いかといえば、滞りない呼吸はネッドにとって〝不慣れな感覚〟でしかなく、どことなく落ち着かないものであった。
(私の体の問題というよりも……やはりあの場所自体に呪いが……?)
里の端に位置する森と、ほぼ中心部に位置する城の間には、体力のない者が徒歩で行き来するには厳しい程度の距離があり、通常移動には途中地点にある磁軸での転移が用いられている。
(ある程度外を歩いてみれば、わかるのだろうか……)
それだけを目的に生きているようなものだから、呪いへの探究心は強い。しかし日の当たる場所を歩くのは苦手だ──などと考えながら石造りの廊下を歩いていると、走る子供の足音が背後から聞こえた。族長にひときわ幼い子供がいることは知っていたから、特に不思議には思わなかったが、しかしローブの裾を捲り上げられるなら話は別だ。
「……!?」
それは床に引き摺ろうかというネッドのローブの中に小さな体をすっぽり納めながら、布の端からひょこんと顔を覗かせてこちらを見上げた。さらりと揺れる甘い金髪の下、長い睫毛に縁取られた大きな瞳は、紫水晶の原石のような深い色をしながら、星を孕んで輝いている。
にこりと口角を上げて顔の前に人差し指を立てた「内緒」の仕草は子供っぽいようでいて、薄紅色の瑞々しい唇を注視してしまえば妙に艶かしく、その不均衡がネッドをひどく落ち着かない気分にさせた。
(動揺……している……)
妙に冷静に自己分析をしながら、頭さえもローブの中に隠してしまった少年を追い出せずに固まっていると、若い男女の声が聞こえてくる。
「若〜〜!」
「どこいっちゃったんですかー?」
金髪長髪の男と青白い髪をした女。二人の印術師は〝若〟の──族長の末子の世話係兼遊び相手だったはずで、今ネッドのローブに隠れているのがその若ことエミルなのだろうと想像するのは容易かった。愛らしいという形容だけでは足りない、人を惑わすような強烈な存在感を彼は持っている。それはおそらく長の資質だ。
「あら、ネッドさん」
「お疲れ様です。もうそんな時期なんですね」
ネッドが城を訪れるのは半年に一度程度のことで、それ以外に城勤めの者と顔を合わせることはなかった。
「ああ、君らもお疲れ様だな。族長のご子息とはいえ、子供の相手は……とても、大変そうだ」
エミルに聞こえないと思っているわけではない。むしろ逆だった。ネッドは他人と、特に子供とは関わりたくないと思っている。察してくれれば助かる。
「あはは。若はやんちゃなので疲れますけど、なかなか楽しいもんですよ」
確かにネッドに子供の相手は似合わないと、男は思わず笑ってしまう。見た目通りの取っ付き難い人物で、親しいとは言えないが、人畜無害であることは承知している。顔を合わせれば世間話くらいはするといったところだ。
「それこそ、前回お会いしてから半年があっという間だったと感じるくらい……いけない、若を探さなきゃ」
「そうだな、見つけたらお勉強してもらう約束だからな」
「それではネッドさん、私たちはこれで」
「……ああ。がんばれよ」
二人はゆったりした袖を翻しながら走り、廊下の突き当たりで二手に別れて視界から消えた。少しすると、足元が揺らめいてエミルが姿を表す。
「お勉強から逃げてたんですか。……突き出してやったほうがよかったですかね」
「ちがうよお。かくれんぼしてあそんでるんだよ♪」
正しいのは印術師達に違いないのだが、悪びれる風もなく笑うエミルを咎める気にもなれない。子供は決して好きな方ではないのだが──むしろ子供の教育に興味がないゆえかもしれない。
「きみは……」
「ネッド。ベルシク・ネッドです」
「しってる! 前から気になってたんだ♪」
ローブを掴み前のめりに身を乗り出してくるエミルに、ネッドは戸惑い尚も身体を硬直させる。大人でも見上げるような長身の、顔以外ほぼ全てを深紫のローブで覆った姿は異様で、彼の人となりを知らずとも、こと子供には外見だけで恐れられるものだった。
自分の膝上程度の背丈しかないエミルを奇妙な気持ちで見据える。城の中で大切に育てられているために、恐れの感覚が希薄なのかもしれない。
「……若が気にされるようなもんじゃないですよ。ただの呪術師です」
「じゅじゅちゅし?」
「呪いと恐怖で人の心を操るんです。あまり好まれるものではありませんね」
敢えて大袈裟に言った。呪術だとて万能ではないし、ネッドに人を支配し操ろうという野心などない。ただ、子供に擦り寄られている不自然な状況がそこはかとなくむず痒く、一刻も早く興味を失って欲しかったのだ。しかしエミルは一層瞳を輝かせる。
「なにそれかっこいい! ぼくにもやりかた教えてほしいな♪」
顔に出ないまでも、ネッドは内心ひどく狼狽えていた。腕力勝負の物理職や、属性を扱う部類の術師とも違い、呪術師の力は人の目に見えないからこそ恐れられる。このような反応を示されることは初めてだ。
「そんな一朝一夕に教えられるもんじゃあないですし、若には必要ない力です」
「将来ぼくがエラくなったときのために、人心しょうあく術は必要だろっ!」
ネッドは目を瞬き、駄々を捏ねるようにローブを掴んで揺らす小さな少年を見返す。本気でそう考えて言っているのか、聞き齧りを思い出しているだけなのか。何にせよ、関わらないに越したことはないだろう。
「離してくださいませんか? 私、予定があって早く戻らなければならないんです」
一人研究に耽るだけの日々に予定などない。ただの口実だ。
「じゃあぼくも連れてって♪ ネッドのおうち行きたいな♪」
「はぁ? ええと……」
「黒い森の塔だろ? それも気になってたんだ♪ 街じゃなくて塔に住んでると、どんな楽しいことがあるんだろうな〜って」
エミルは澄んだ瞳を上に向け、楽しげに歌うように首を傾げる。どうやら純粋にそう考えているらしい。これまで触れる機会のなかった子供の発想に新鮮味を感じなくもないが、やはり戸惑いのほうが勝る。
「別に、面白いことなんてないと思いますよ」
「じゃあなんで街に住まないのさ」
「苦手なんですよ、騒がしいの。一人で静かに集中できる環境が好いんです」
「ぼくも一人でいたいときあるよ! 同じだね♪」
飽くまで友好的に両手を広げるエミルを、ネッドは本質的に別種の人間に分類する。もとより義務としてこの場所を訪れているに過ぎないのだからと、素っ気なく言った。
「全然違いますよ」
俄かに呵責のようなものを感じたのはなぜだったのか。踵を返して立ち去ろうとするが、後ろから強くローブの裾を引かれてしまう。
「離してください」
眉根を寄せてあからさまに迷惑そうな顔をするネッドを、大きな二つの眼はじっと見つめて何か考えるように瞬く。小さな両の腕が、ネッドの脚を捕まえるようにぎゅうと抱きついた。
「はぁっ!? な、なんなんですかっ」
エミルを蹴飛ばすわけにもいかず、本格的に身動きが取れない状況にも自らの情けない声にも狼狽え、ごりごりと精神が削られる音が聞こえる。
エミルはむっとしたように唇を引き結び、案外としっかりした眉を寄せてネッドを見上げた。
「ネッド、ぼくのこと嫌いなの?」
「そんなこと、ないですけど……」
反射的にそう口走った自分に戸惑う。子供は基本的に苦手だ。もう少し真面目に答えるなら、好きとか嫌いとか、そういった判断を下すほどエミルのことは知らない。この場を切り抜けたいだけならば嫌いだと言ってしまえばよかったのだ。族長の子に媚びようと思うわけでもあるまいに、しかし発した言葉は違った。
「ネッド」
真剣な声色のせいだろうか、少年の、まだ鈴の音のような愛らしい声に名を呼ばれただけで、脊髄を直接なぞられるような強烈な緊張が走る。
「ぼくはネッドのこと好きだと思うよ」
「はっっ……!?」
頭の中が真っ白だ。これほど理解できない存在など久しく──いや、未だかつて出会ったことがない。整った面は笑うでもなく、ただ真剣にこちらを見つめている。その瞳の宿す強い光に心臓を鷲掴みにされる、そんな幻像が目の前に現れる。動けない。
「あっ若!? こんなところに!」
聞き覚えのある女の声に、呪縛を解かれたかのようにフッと体が軽くなる。見遣ると、つい先ほどエミルを探していた印術師がこちらに駆け寄ってくる。
「ダメじゃないですか、迷惑掛けちゃ!」
「迷惑なんてかけてない! ぼくネッドにお勉強教えてもらうもん!」
エミルはいやいやと首を横に振り、一層強くネッドにしがみついた。しかしネッドはすげなく言い放つ。
「若、迷惑なので離れてください」
「ええっ!? そんな!」
信じられないと言わんばかりのエミルを、印術師は軽くいなすように笑う。
「ほらね若。人の嫌がることをしちゃダメだって、若もわかるでしょ?」
「うう……」
エミルは渋々ネッドを解放する。根は素直な子供だった。再び捕まってしまわないよう、ネッドは素早く身体を遠ざける。
「かたじけない……」
「いえ。いつものことですから」
温和そうな女はにこやかに笑いながら、二度と同じことはさせまいとエミルの背後から両の二の腕をがっしりと捉えている。さすが手馴れていると感心しながら、ネッドは小さく頷いてその場を立ち去った。
◇
数日後、ネッドは持てるだけの身の回りの品を抱え、城のがらんとした一室に立っていた。深い溜め息は手荷物の重さに対してではなく、それらを床に下ろしても気分は到底軽くはならない。
今日からしばらくは、ここがネッドの在りどころになる。
つい先日まで隠遁生活を送っていた呪術師が唐突に宮仕えとは、我がことながら奇妙な話だと思う。期間は申し付けられてはいなかったが、大方エミルが飽きるまでといったところだろう。引越しに際して馬と荷車を貸し出すと言われたが、何しろ初めてのことだ、先に必要なものだけ持ち込んでから考えると伝えた。
「やあ♪」
余計なことを考えるものではなかったかもしれない。どこから聞き付けたのか、元凶である族長の子息が部屋の入り口から顔を覗かせて笑う。何がそんなに楽しいのかと、疲労も相まって忌々しいような気持ちになって、ネッドは心の底から愛想なく言った。
「どうも」
「今日からここに住むことになったんだって?」
「あなたのせいでね」
きわめて感じの悪い口調で言ったつもりだったが、鈍感なのかポジティブなのか──どちらともであろう、エミルは動じないようだ。
「来てくれてうれしいよ。よろしくね♪」
言葉に、そして彼の動作にネッドは面食らう。にこりと笑った幼いプリンスは、その可憐な手のひらを握手の形で差し出していた。主から従者に対する行為だろうかとは思うが、そもネッドの直接の主はエミルではなく彼の父親だ。さすがに無視することもできず、応えるようにおずおずと手を出す。我がことながら無様な動作だとは思う。
「……よろしく、お願いします」
触れ、重なり合うだけだった手をしっかりと握ってきたのもエミルのほうからで、案外と熱くしっとりとした感触を味わうかのように、ネッドは長い指で柔らかな手の甲をさすった。
「?」
無意識だった。自らの行いに慌て、半ば振り払うように手を解くとエミルに背中を向けて荷物に向き直る。
「何か手伝おうか?」
「いえ、壊されては困りますので……」
エミルがいると調子が狂う。
白状してしまうと、決して厭わしいわけではなく、むしろ惹かれているのだろう。末子であろうと生まれながらのプリンスだ、呪術師が人に抱かせる恐怖とは対極のもので人心を捉える、そういった資質があるのだろう。きっと誰しも彼に惹かれるだろうし、それは自分だとて同じことで──ただ今までそんな経験がなかったから、戸惑い、あるいは混乱を感じてどうしようもないのだ。
早く飽きてどこかへ行って欲しいものだが、エミルは飽くまで興味津々といった様子だ。極力気にしないことにして荷物を解き始めると、背後から救いの声がした。
「若、やっぱりここにいた!」
「げっ! マリー!」
つい先日も顔を合わせた、エミルの世話係の印術師だ。
「ほら、邪魔してないで戻りましょ。かくれんぼ見つけたら大人しくお勉強する約束でしたよね?」
「うう……」
エミルは何か言いたげな視線をこちらに寄越しながら、マリーに引き摺られて退散していく。適当な理由をでっち上げて引き止めて欲しかったのだろうかと思い至ったのは、二人の姿がすっかり消えてしまった後だった。
「……」
奇妙なことだ。自分を恐れないどころか友好的に接しようとする子供と、それを受け入れようとする自分と。どちらともにもネッドは戸惑う。
忌み嫌うまではないが、大半の人間がこの偏屈な呪術師に近寄り難さや恐れを抱くこともまた事実で、純粋な好意を向けられることなど、記憶の片隅にすら──そこまで考えて、ネッドはゆるゆると首を横に振る。
誰からも愛されて育ったから誰にでも好意的に接する。それが隠遁者にも等しく与えられているだけのことに過ぎないのだ。
城に住み込みで仕えるようにという要請に際して、現在は直属の呪術師がいないからとか、定期的に森から城へ通うのは大変だろうとか、とってつけたようなことを言われたが、断りきれなかった理由はそんなものではなかった。
あの日から何度忘れようとしても蘇る言葉がある。
『ぼくはネッドのこと好きだと思うよ』
ネッドを城に呼びたいと言い出したのはエミルだったと聞く。
子供の興味本位だ、すぐに飽きるだろう。それまでの間だけ、今日からここが自分の居場所だ。