溺れる魚

 いつもの寝台に、いつもの時間に凭れて。
 いつものように、手を差し出す、褐色の手が恭しく包む。
 いつもと同じ、くちづけはなかった。
「なに?」
「ふと、思うんです。やはりこんな関係は、許されないのではないかと」
 不機嫌に伏せられた長い睫毛の下で、緋色の瞳はただ握られただけの手を見つめている。
「レオン様は幼い頃から、国のための王子であろうと在り続けてきたものと思っています。ならば、お妃を迎え子供を……っ」
 聞きたくない、と、白い指が二本、ゼロの口の中に差し込まれた。
 細くしなやかな指。この命を奪い救った麗しい神の指。
「それはね、自惚れだよ。僕はお前に縛られてなんかない」
 粘膜を掻き乱すように探ってやると、卑怯な舌はすぐに自らの意思を持って絡み付く。さも愛しいとでも叫ぶように。
「これはただの性欲の解消。僕が子供を作るってことの意味は僕が一番良く知ってる。気安く女と寝るわけにはいかないし、男相手でも嫌がらないお前が丁度良かっただけ」
 唇の端から首筋へ、唾液の絡みついた指で線を描く。
「これはお前の仕事。任務と同じこと」
 拒絶はもう許さない。
「脱いで。早く来て」

 その手で指で舌で僕に触れたくて仕方がないくせに息を荒げみっともなく下半身を腫らしてそんなこと言うの恥ずかしくないの手の指も足のつま先だって喜んでしゃぶるくせに僕の唾液も精液の一滴さえ飲み干すくせに今更自分だけ分別あるフリをするのお前はいつもそう僕の本当に欲しいものなんて汲み取らないお前までも僕に理想を押し付けてお前はなんのために僕の傍にいるの僕はなんのためにお前を

「大丈夫、子供は作るから。……もう少し、年を取ったらね」
 嘘を吐かないなんて誓った覚えはないし、今は白々しい誠実さより体温が欲しい。

(お前なんて要らないって思えればよかった)

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