夜明けの記憶

R18 認知の檻後半ではしょってるシーンを書いたもの。 [ 4,020文字/2016-10-16 ]

「……泊まっていくだろ」
「モルガナは?」
「今日も帰らない。……祐介から、連絡貰ってたから」
「なんだ、準備万端じゃないか」
 俄かに呆れたように笑った祐介に背を向け、暁は屋根裏へ続く階段へと歩いた。
 こんな展開を予想していたわけではない。それどころか気持ちさえ自覚していなかったはずなのに。
「時に暁」
「な、なんだ?」
 後ろから掛かった声に、びくりと肩が跳ね上がってしまった。
「ローションというか、潤滑剤として使えそうなものはあるか?」
「っ!! あ、あー、そうだな、あれが使えるかもしれないな」
 声が上ずる。恥ずかしいくらいに狼狽えている、自覚はある。
 ここ数日散々想像してきたことだ、嫌なわけがない。しかし、いざ現実となると心の準備は殆どできていなかった。
「珍しいな? 肝の据わったお前が緊張しているとは」
「……」
(誰のせいだと思ってるんだ)

 屋根裏部屋に上がると、暁は目星をつけた薬のチューブを祐介に渡した。
「これとか」
「リラックスゲル、とな」
 武見内科医院で購入していた薬だ。もちろん本来はそういった用途ではない。
 祐介はゲルを少量押し出して指に取り、すぅと目を細めた。
「ふむ、使えそうだ」
 ゲルの付着した親指と人差し指をくっつけて離すと、綺麗な指の間にとろりと銀色の糸が伸びた。
 ごくり、と暁は自分の喉の鳴る音を聞く。
 付けて離す、付けて離す、暁の眼前で同じ動作が繰り返される。
「な、何?」
 また同じことをすると見せ掛けながら祐介は、今度は親指に中指と薬指を付け、残る二本をピンと立てた格好で暁の鼻の前に突き出した。
「キツネ」
「……?」
「さて、脱ごうか」
 祐介は最後まで真顔のままで言ってシャツのボタンを外していく。
「……」
 平常運転の祐介を見ていたら緊張が解れてきた。暁も自分のシャツに手を掛ける。

 脱いだものを椅子に置いてベッドに向かうとき、既に布団の中にいる祐介から熱い視線を感じた。特に、下半身に対して。
 興奮と期待によって、それは当然常時とは形を変えている。
「そんなに見ないでくれ」
 言いながら布団に入った。窮屈なシングルベッドの上で二人の肌が触れ合う。
「心配するな。俺も一緒だ」
 暁は布団の下で、おずおずと祐介の股間に手を伸ばした。
「…ほんとだ」
 手の中の感触に、同じであるという安心感と、奇妙なまでのときめきが生まれる。
「それでは暁」
 祐介は囁くように言って、その身を少し屈め上目で暁を覗き込んだ。そうされると長い下睫毛が際立って、耽美で退廃的な印象だ。
「二人の秘密を始めようか」
 剣呑な言葉を載せた艶やかな微笑に目眩がする。
 予想外の行動で混乱させたかと思うと真っ直ぐに心を射抜いて惑わせる、なんと捉えどころのない男だろうか。
「ああ」
 吐息は互いの唇に呑み込まれる。
 祐介の薄い唇の感触が儚く危うげに思え、暁は深く口づけて舌を押し込んだ。
「ん、むぅ…」
 口腔内をぐるりと探り、舌を絡める。応えるような舌先の動きも背中に回される腕も確かに愛おしいのに、弱々しく溢れる呻きには攻撃的な衝動を煽られて仕方がない。
 甘く噛んで、吸って、解放した唇には薄ら血の色が昇っていた。
(ひどくしてやりたい…)
 白く細い首筋に舌を這わせると、祐介の体がびくりと震えた。
「んっ……!」
 びちびちと触手が蠢めくかのように舐め回し、喉元に噛み付く。柔らかな皮膚に歯の沈んでいく感触は、背徳的で甘美だ。
「暁? あぁっ…」
 舌は胸元に下降し、ツンと上を向いた小突起を捉えた。
 相手の興奮を直接的に伝える体の変化に、暁は一層興奮する。
 感触を愉しむようにしきりに舌で転がし、吸い付き、緩く歯を立てる。
「あ、ンッ……あ、あぁっ……」
 堪らないと訴えるように、華奢な体がもぞもぞ蠢めく。
「乳首、そんなに感じるんだ?」
 意地の悪い、嗜虐的とも言える笑みが暁の口元に現れる。
 手はなだらかな腹を撫でて下腹部に至り、首を擡げる祐介の性器を緩く握った。
「祐介…すごい出てる」
 先端から滴る雫を指に絡め取り、拡げるように愛撫する。正直に反応して、手の中で脈打つそれが愛しい。頭を垂れ、口に含もうとすると、咎めるように髪に指が絡みつく。
「暁」
「何? 嫌?」
 この状態でそんなわけがないだろうと、暁は声に不満を隠さず訊いた。
「いや。舐めっこしよう」
 祐介は薄ら笑って身体を起こし、暁の足側に頭を向けるように身体を回転させた。暁を跨いで四つん這いになり、熱り立つ性器に指を絡める。
「悪いキツネ…」
 暁は面食らいながらも、眼前に突きつけられた昂りを口内へ導いた。
「あ…」
 祐介は暁の性器を手の内に捕らえ、陶然とした面持ちで頬を寄せた。
(暁。暁の……)
 欲望を吐き出す汚れた肉塊としか思えなかったそれを、これほど愛しく感じ、欲することになるとは思わなかった。
 下から上へ、舌に形を描くようにじっとり舐め上げる。雁首をなぞり、零れる先走りを啜り、喉の奥まで咥え込む。
「ん、んむっ……んぐ…」
 与えられる快感に身を捩りながら、応えるように奉仕する。唾液と暁の体液とで滑る口内からじゅぷじゅぷと水音が漏れる。口腔を犯される感覚に淫らな欲求が膨らみ、体の奥底が疼いた。
 暁は緩慢に舌を動かしながら小ぶりの双丘を揉みしだく。じき、その狭間の窄まりに指を捻じ込んだ。
「あふっ!」
 祐介は大きく身体を震わせる。反動で口から出してしまった暁の陰茎が、ねっとりと頬を撫でた。はー、と深く呼吸をして、暁の顔の上から退く。
 体の向きを正し、祐介は今度は暁の腰を跨いだ。その手にはゲルのチューブがある。
「…だな」
 祐介はゲルを掬った指を後ろに遣ると、身体を前に倒して暁にキスをした。
「ん…」
 唇を食みながら、粘液を纏った指を陰部に含ませる。
 それだけで中で感じそうになる、初めての感覚に戸惑いつつ身体を解していった。
「目隠しのつもりか?」
「プロセスは手早く済ませたい。早くお前と繋がりたいからな」
 耳元に低く囁かれ、耳の穴に舌を入れられる。股間が痛い。
「…エロギツネ」
 祐介は暁の男根にゲルを纏わせその身に充てがった。見た目には到底入りそうにないその上に、ゆっくり腰を落としていく。
「あ、あぁ……」
 粘膜を押し開き、太く硬い肉杭に穿たれる感触に身悶えしながら、祐介の身体は暁の欲望を咥え込んでいく。
「暁…」
 彼の身体の一部が自分と繋がり、いや蝕むように入り込んでいる。その事実が堪らなく刺激的で、軽く意識が飛びそうになる。鈍い痛みも今は愛しい。
 その形、その存在を身の内に刻むように、祐介は腰を動かした。
「っく、暁、あきら、ぁ……」
「あぁ……」
 暁は息を荒げ低く呻いた。
 みっしりとした肉質な感触は、今まで感じたことのないものだった。祐介が動くたび締め上げられ、足の爪先から頭の天辺にまで突き抜けるような、強烈な快感が走った。くらくらする。
 細い腰に男の性器をずっぽり咥え込み、行為に耽る祐介の顔は快楽に歪んでいる。
(ヨさそうにして…)
 暁は祐介の膝を押さえ、ベッドのスプリングを使って腰を動かしだした。
「っく…!」
 下から激しく突かれ、祐介は仰け反り、或いはくずおれそうになりながらも調子を合わせ身体を揺らした。強く暁を感じるように。暁がもっと感じるように。
「あ、あき…暁、あぁ…」
 獣のように荒く呼吸しながら、暁は辛そうに言った。
「祐介…イッていい?」
「ん、んんっ…いい、来い、暁…っ」
 最後まで言わないうちに、ピストンの速度が上がる。
「お、おぉ…あァァァ…!」
 大きな圧力と共に勢いよく注ぎ込まれるものを感じ、祐介は目を細め天を仰いだ。
(いとしい、とでもいうのだろうか…)
 暖かい。興奮で上がった熱のせいではない。もっともっと穏やかな波のように、止め処なく暖かな感情が押し寄せて身体を包む。
「…祐介?」
「すまない。気持ち良すぎておかしくなってしまったようだ」
 照れ笑いの表情は晴れ晴れとしていた。
 暁はそれを意外なものと捉える。祐介はいつもどこか憂いを帯びた表情をしている印象だったから。
「そんな顔も、するんだな」
「俺はそんなにおかしな顔をしていたか?」
「いや…」
 祐介は自覚なく体液を吐き出すままにしていた自分の性器に苦笑しながら、重い腰を上げた。熱い感触がずるりと抜けると、開いたままの口から精液がどろりと太腿を伝う。
「可愛い顔だった」
 暁は祐介の腰をがしりと捕まえ、二人の身体を反転させて祐介を組み敷く。
「暁?」
「もっと見たい」
 ちゅ、と音を立ててキスをする。返事を待たないまま、細い脚を抱え上げて再び祐介の中に身体を進めていた。
「っ……!」
「いいか?」
「挿れてから聞くな! まったく、俺がエロギツネならお前はなんだ? 黒い羊は肉食の羊か?」
「そうかも」
 話をするより行為のことで頭が一杯のようだ。それも不思議と愉快に思えて、祐介は暁の首に腕を絡めて笑った。
「いいぞ。俺を喰らえ、暁…」
 身体は怠いが、求められれば馬鹿みたいに嬉しい。暁は自分の知らなかった感触を、既にいくつも与えてくれた。
(人ならぬ魅力を持った……案外、悪魔かもしれないな)
 羊のような捩れた角の生えた、黒い山羊の悪魔を想像する。
 夜を翼にして人の心を盗む、優しい悪魔だ。

***

 随分と前から静寂に包まれた青黒い空間で、祐介はただ目を開いていた。
 頬に触れる癖毛や、暖かな息や、常とは違う寝室の匂いを、いつまでも感じていたい。
 行為の後にこれほど穏やかな気持ちで時間を惜しむのは初めてかもしれない。
(これは幸福の感触だったろうか)
 知らないものではないはずだ。
 優しい女の腕と節くれ立った男の手を思い出す。
 傍らの体温と鼓動がなぜか懐かしくて、目許が熱くなる。
(他人がどう見ようが、自分が不幸だったとは思わない)

 夜はとうに越えた。
 四角い格子の外は鈍色から白に明るんでいく。
 世界はこれからどんな色に変わるのだろう。

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