1.
十月下旬の日曜だった。他校の練習試合とはいえ、バスケットボールの試合会場で牧と藤真が出くわすことは、偶然とは言えない。少なくとも牧は、どこかでそれを期待していた。
「怪我は、もう大丈夫なのか?」
「お前こそ大丈夫か? 記憶失ってる? 選抜予選、一応対戦したんですけど?」
呆れたように笑う顔も相変わらず抜群に綺麗で、安心とでも言おうか、心の隅の引っ掛かりが少しだけほぐれたような気がした。
ウインターカップ予選のあとは国体出場などで忙しくしていたため、牧の実感としてはさほど長い月日は経過していなかったが、インターハイで藤真が負傷退場したのが七月末だったから、彼の反応も当然ではあった。
「藤真、これから忙しいか? よかったらお茶でも」
「大丈夫だけど、話すんなら静かなとこがいいな。……そうだ、お前の家はどうだ?」
藤真の提案には驚いたが、彼が何かと注目を浴びやすいことも知っているので、特に迷わずに了承した。素っ気なくされることのほうが多かったから、思い掛けず懐かれたようで嬉しかったところもあった。このあとの展開のための藤真の思惑だったと気づいたのは後日のことだ。
「試してみるか? 具体的なこと」
「……やっちゃう?」
藤真を自室に招き入れると、告白とは言いがたい曖昧な遣り取りを経て、ごく軽い言葉で体を重ねた。それまで彼に対して抱いたことのなかった欲求と感情が、ごく当然のもののように噴出し、戸惑いより自制心より、遥かに強い衝動に突き動かされて行動していたと思う。
(藤真が好きだ)
もはやコートの上での振る舞いや、ひたむきで少し意地の悪い友人としてだけではない。顔のつくりも表情も、髪の色も肌の色も肉体そのものも、声も言葉も仕草も全部好きだと思った。愛しくて、愛らしくて──彼の柔らかい場所を蹂躙し制圧し、彼の中を自分で充したくて堪らなかった。濃密な時間だったと思う。
想いに反して、交際の約束はごくシンプルなものだった。
「俺と、付き合ってくれ」
「いいよ。……よろしく」
気の利いた言い回しを考えられるほうではないし、藤真も行為の直後で落ち着いてしまっていたためだろう。キスをして、穏やかな気分で抱き合ったり体を撫でたりしているうち、再び催してしまい、もう一度体を繋いだ。気怠げに呻いた藤真の視線が置き時計の時間を確認したのが、妙に印象に残っている。
「次はいつ会える?」
シャワーを浴び、脱衣所で服まで着込んで戻ってきた藤真に、本当は家に帰したくないくらいの気分で問い掛けた。藤真はナイトテーブルの上の卓上カレンダーを眺める。
「来週の日曜かな。っても練習とかあるから会えるの夕方くらいだけど、海南もそんなもんだろ?」
「そうだな。土曜は?」
「土曜はもうちょっと遅くなりそうなんだよな。お前が土曜のほうがいいならそれでもいいけど」
「……それじゃあ、日曜にするか」
両日という選択肢は藤真にはなさそうなので、比較的時間の取りやすそうな日曜にした。それから連絡先を交換し、日々の練習の終わる時間や、家に戻っている時間などを教え合った。練習の拘束時間は海南のほうが長いが、今の藤真は用事が多く、帰宅する時間は大差ないようだ。
「じゃあ帰るな。また」
玄関で靴を履く藤真の隣で、牧もまた自分の靴に足を突っ込む。
「駅まで送っていく」
「え? 方向わかるし大丈夫だと思うけど」
「まあ気にするな」
道中の目印になるものや、少し行ったところにスーパーがあるだの、ドラッグストアがあるだのと説明しながら歩いていると、なぜか笑われてしまった。
「お前ってマメなんだな」
「そりゃあ、また来てほしいからな」
「ああ……そう。そうなるだろうね」
涼しい顔をしていた藤真の頬が微かに染まり、それを認めた牧も途端に照れくさくなってしまった。どこにスイッチがあるか、よくわからないものだと思う。
「駅から電話してくれたら迎えに行くが」
「さすがにこのくらいの道覚えるって」
◇
相手が近くにいると、話すことに意識を遣れる分だけ落ち着くのかもしれなかった。牧と別れたあとは始終頭がふわふわして浮ついた気持ちで、それは家に帰り着いても治まらなかった。
部活動のために予定より帰りが遅くなるのはよくあることだったから、いちいち事情は追求されない。自分の分だけ残してあった夕食を食べ、そそくさと浴室へ向かう。
(オレ、今日何回風呂入るんだろ)
牧のところで体は過剰なくらい洗ったものの、頭までは洗わなかったので、入らないわけにもいかない。服を脱いで浴室に入り、シャワーと鏡を目にすると、途端に牧と一緒にシャワーを浴びたことを思い出した。白い腹に褐色の腕が巻きつき身体中を撫で回す。首の後ろに柔らかい唇と熱い息の感触があって、尻には硬いものが押し付けられていた。
「う……」
下半身に変調が現れたが、触れるのも癪な気がしてとりあえず無視した。明日の部活のことなどを考えながら髪を洗ったが、ボディタオルに泡を立てて体を擦るとやはり駄目だった。熱を抱き妙に敏感になってしまった体は、濡れた泡のするすると流れる感触にすら淫らな気分を煽られる。
(牧がオレのこと好きだっていうから、付き合ってやることにしたってだけで……)
記憶を辿り、言葉を反芻すると胸がざわざわして、脳が甘く痺れるようだった。ぎらついた瞳を思い出すと体の内も外も疼いてどうしようもなくて、昂った性器を左手の中に捉えた。普段自分でするときよりも先端はひどく潤んでいて、すぐに達してしまいそうだ。手のひらのぬめりを全体に広げるように撫で付け、大きく少し硬い皮膚をした牧の手を思い出しながら、いつもより強く握り込んで上下に扱いた。
「はぁっ……」
左手で性器を、右手で胸や体の各所を撫でながら、目を閉じて牧の手の感触、視線や声、縺れる舌と息苦しさを思い出す。浴槽に湯を張った浴室の熱気はそれといくらか似ていて、喉を反らせて口を僅かに開き、キスを待つように舌を覗かせた。しかし夢想するその感触は訪れない。
「ぁ…」
熱い体温と圧迫感と、体の中に押し込まれた感触を思い出しながら、会陰を伝って秘部へと指を忍ばせる。
「んっ…!」
少し痛みが残っていることと、まだ躊躇いもあり、中指の半ば程度で挿入を諦めてしまった。牧の指でされたような感覚は得られなかったが、それでも関節を曲げ伸ばしして粘膜を擦る感触には非常に興奮して、何度も大袈裟に体を震わせ、すぐに果ててしまった。
「ぅっ……!!」
快感が突き抜け、目の前が白く弾ける。頭がくらくらする。酸素が薄い。それは確かに快楽だったが、求めたものとは違うとも感じた。
「……」
射精による快感の奔流が過ぎ去ると、次第に虚しさと敗北感のようなものが込み上げてくる。
(はぁ……なんか腹立つ……)
いつものことではある。牧との行為のあとにも確かにそれはあったが、比較的穏やかだった気もする。快楽の名残りとでも言おうか、体の中に暖かいものが滞留しているように感じていた。女のように抱かれる側になっていたから、常とは違う気分になったのかもしれない。
女扱いされて嬉しかったことなど過去にないが、慣れたことでもあるので、二人の位置関係に文句はなかった。むしろ、あらぬ場所に男の欲望を受け容れる異様な行為に興奮しきっていた。
心底気怠い気分で、吐き出したものを流し、滑る部分をよく洗う。
(のぼせる……)
浴槽に浸かる気にはなれず、痕跡が残っていないか入念に確認して浴室を出た。
体を拭いて寝巻きに着替え、バスタオルで大雑把に髪を拭きつつ、グラスに冷たい水を注いで一気飲みし、そのままの格好で二階の自室へ上がっていく。
廊下に置いてある電話機を目にすると、牧と番号を交換したことを思い出した。
(牧もオレのこと……思い出してなかったらちょっとむかつくな)
藤真家の電話機は一階に一つ、二階の廊下に一つと、コードレスの子機が姉の部屋にある。一般家庭のため番号は共通だ。二階の廊下の電話機は置き場所と線の長さから、そのまま藤真の部屋に移動させて使うことができた。
(これオレの部屋の電話にしていいんじゃないかな。……いや親が二階いるとき出るか)
自分から掛けることはあっても、鳴っている電話を藤真が取ることはほとんどなかった。時間帯にもよるが、大抵は姉が真っ先に電話に出る。自室に子機を置きたがった理由でもあるが、交際相手からの電話を他の家族に取られるのが気まずいと感じているせいだった。
電話機を部屋に入れ、牧の電話番号をメモした手帳を開き、番号をプッシュして、何度かの呼び出し音を聞いているうちに心臓が激しく高鳴り──思わず電話を切ってしまった。
「……」
(なかなか出なかったし、番号間違ってたんだろ。切って正解だったんだ)
自らの行動を正当化していると、電話が鳴った。
「!?」
跳ね上がるくらい驚き、身を強張らせながらも、2コール目の呼び出し音が鳴り終わる前には受話器を取っていた。
「はい、藤真です」
『お、藤真か?』
「牧! どうしたんだよ」
『今、うちに電話をしなかったか?』
「してないけど!?」
咄嗟に嘘をついてしまった。考えてなどいない、反射的なものだ。
『そうか。誰だったんだろう』
海南の誰かしらだと考えているのかもしれない。嘘をついたことを少し後悔しつつ、切られてしまわないよう話を振った。
「牧、今なにしてるんだ?」
『い、いや? 特にナニってこともないが? 藤真は?』
そう言う割には前の電話に出なかったが、それを掛けたのは藤真でないことにしてしまったので追求できない。
「ご飯食べて風呂上がったとこ。まだ髪濡れてるくらい」
『服は着てるのか?』
盛大に吹き出してしまった。電話の向こうでは大層聞き苦しいことになっているだろう。
「着てるけど。なにその変態のイタ電みたいな」
『すまん、そういう意味じゃない。風呂上がりのタイミングだったのかと思って』
「牧クンは? どんな格好してるんだい?」
変態の電話のようにしたかったのだが、あまりうまくできていない気がする。
『……内緒だ』
「へえ〜〜? 言えないようなカッコしてるんだ? ほ〜〜?」
面白くなってきたところで、部屋のドアをノックする者があった。
「ごめんちょっと待って。……なんだよ?」
受話器を塞ぎながら部屋のドアを僅かに開けて覗く。姉だった。
「電話使いたいんだけど」
姉の部屋にも電話はあるが、誰かが他の電話機を使っていれば回線は占有されてしまうのだ。藤真はわざと大きく舌打ちをした。無意識に出るほど染み付いたものではなく、不快感を表すときの故意のジェスチャーだ。
「あー、もうすぐ終わるから」
面倒そうに手で追い払う仕草をしてドアを閉めた。
「もしもし牧? ええとなんだっけ?」
『いや……』
牧は口籠る。藤真からの電話かと思ったから掛けただけで、特に用があったわけではない。
「あっそうだ。牧、オレが帰ったあとオレのこと思い出したりした?」
『……そりゃあ、まあ』
「エッチなことした?」
『……』
会話が噛み合っているかは別として、牧はあまり言葉に詰まることはないほうだ。この電話での歯切れの悪さはどうにも気になる。しかし追求して遊んでいる時間はない。
「オレ、さっき牧のこと思い出してしちゃった。じゃあなおやすみ!」
耳から遠ざけた受話器の向こうで牧が慌てている様子だったが、気にせず切った。姉に闖入されるかもしれない状況で続けたい話ではない。
電話機を元の場所に戻してくると、急激に疲れが押し寄せてベッドに倒れ込んだ。じわじわと、不安と後悔の念に蝕まれていく。
(さっきの電話、引かれてたらどうしよう)
流れで軽く行為に至ったことも、その最中の様子としても、牧は無知や奥手とは程遠かった。こちらが反応を示すのも嬉しいようだったし、あのくらいの発言で幻滅などされないだろう。そう思いたい。
このまま眠ってしまいたかったが、まだ寝る時間ではないし、やるべきことはやらなければならない。洗面所に行き、ドライヤーを使って戻ってくると、鞄から今日の試合のメモと田岡から借りた本を取り出した。
田岡は陵南の監督だ。翔陽の監督人事については他校のバスケ部でも話題になっていたようで、「練習試合だがよければ見にこないか」と今日の試合について声を掛けてきたのは田岡だった。挨拶に行くと、返すのはいつでもいいと言って、指導についてなどの本を貸してくれた。
疲れもあっただろう。ベッドに潜って本を読んでいるうち、そう余計なことも考えずに眠り込んでいた。
◇
授業中は藤真にとって思索の時間で、牧について考えることも珍しくはなかった。一年のときから翔陽の目下のライバルは海南で、藤真にとっては同じポジションの牧だったのだ。しかし今日は方向性が違う。
(まさか牧が、オレのことそういう風に好きだったとは……)
花形から仄めかされた時点では思いも寄らなかった程度に現実味のないことだった。昨日そのときには驚きや興奮といった強い感情が先行したが、今はごく落ち着いた気持ちだ。穏やかで暖かなものが、ささくれ立った部分を包み滑らかにするようで──決して悪い気分ではない。
二人の接触は他校生の割に明らかに多く、藤真も好感を持たれていること自体には気づいていたし、疑問も抱かなかった。知らない人間が自分のことを知っていて、身勝手な好意を寄せている、そんな状況に慣れ切っていたから、牧が親しくしてくるのはむしろ自然なことだと感じていた。
おそらく二人とも、互いへの興味や親近感を、色事めいたものとは思わずに育んでいた。それを藤真が無理矢理引き出してしまったのが昨日だ。
男同士であることへの抵抗感はなかった。過去に告白されてきた経験からそうした嗜好の人間の存在も知っていたし、外見については言われ慣れている。
(まあだって、好きだからってオレが牧を掘りたいかっていうとそれはないし……)
昨日から体が過敏になっている気がする。学校で下半身のことは考えないほうがよさそうだ。
(好きだからって? いや、牧がオレを好きなんだろ)
「藤真、なんかいいことでもあったのか?」
部活のあと、活動の日誌を付けながら花形と話す時間を持つのは日課だった。
「なに、いきなり」
「なんとなく。一日機嫌よさそうだったから」
「めちゃくちゃ今更だなそれ?」
藤真は眉を顰める。二人は同じクラスで、席替えがあっても身長の都合で花形はいつも一番後ろの席になるから、藤真も常にその前か隣に陣取っていた。部活のことなどを常に話せて都合がよいためだ。当然教室移動も昼休みも大抵一緒にいるというのに、一日機嫌がよさそうだったと部活の終わり際に言ってくるとはどういうことか。
「突っ込んだら機嫌悪くなるのかと思って」
「よくわかってんじゃん。……まあ、突っ込まれたって内緒だけどな」
「そうか」
花形は穏やかな口調でそう言ったきり日誌に視線を戻してしまった。親しいと認めている人間が自分への興味を示さないという状況が、藤真は嫌いだ。
「気になんねーのかよ」
「ならないな。ポジティブなことで知らせたいことがあるなら、自分から言うだろう、お前は」
ネガティブなことを押し隠そうとしているようなら追求しないことはないが、今の藤真の様子はそれとは違う。
「……そうだね」
牧と付き合い始めたことを今花形に報せたいかと問われれば、答えはノーだ。悪いことではないのかもしれないし、花形も偏見は持たないような気はするが──そもそも昨日の藤真の行動のきっかけは花形の言葉だった。
(まじかよ。頭いいやつって怖いな……)
何にせよ、暫定とはいえ監督の立場にありながらライバル校の選手と交際しているのはいかがなものかと思うので、当面は話す予定はない。
「でも藤真にいいことがあったんならよかったと思う」
「花形さー、ときどきいいやつすぎて意味わかんねーんだけど」
「そうか? お前は友達がきつそうにしてるのを見てるほうが楽しいのか?」
「例えが極端だ」
「だが、つまりそういうことだ」
(オレ、こいつとどうやって友達になったんだろう……)
理屈くさくて、こちらの挑発にもほとんど乗らず、暖簾に腕押しというか、勢いをつけて暖簾に突っ込んだ体を受け止めてくれるような、そんな男だ。しかし誰にでも優しいわけではなく、正しいと思えば辛辣なことも容赦なく言う。好人物なのかと思えば、体裁より結果を求めるような狡さも持ち合わせている。
(どうってこともなかったんだよな。なんとなく自然に仲良くなってて。好きとかなんとかって、結構そんなもんなのかもしれない)
夜、電話のコール音が鳴っていたかと思うとドアがノックされ、応じる前から姉の声が聞こえていた。
「健、バスケ部のマキさんって人から電話」
「!! ……ああ、なんだ、牧か」
驚きに確かに入り混じった嬉しさを理由もなく押し殺し、さもどうでもよさそうに呟いて、保留のランプの点いた電話機を自分の部屋に引っ張り込んだ。
(バスケ部って。間違っちゃいないけど)
まるで翔陽のバスケ部かのような言い方だ。海南と言ったところで、弟の部活動に興味のない姉にはよくわからないだろうが。
「もしもし? 牧?」
『おお、藤真か! 女の人が出たからびっくりした』
「姉。多分一番電話出るの姉だって言っといたじゃん」
『いや、昨日はお前が出たから……』
「昨日はな」
牧に電話を掛けてみようとしてすぐに切って、電話機の前に居たためだ。それでも出るかどうか少し躊躇った。
「で、どうしたんだよ?」
『次の日曜のことを考えてみたんだが、一緒に行きたい場所が思いつかん』
「えー? てか昨日の今日だぞ。ちゃんと考えたのかよ?」
次のデートのプランについて、昨日の時点では何も決めなかった。決まったら電話して教えてくれ、としておいたのだった。
『今日の授業中、一日中考えてたぞ』
「勉強しろよ学生」
自分も似たような過ごし方をしていたことはすでに忘れている。
『会うのが夕方からってのが意外と時間がないっつうか、計画が立てにくい。正直一緒にいられればなんでもいいんだが』
「まあ、そうだなあ」
『たとえばな、がっつり時間が取れるなら、ディズニーランドとか、山とか、温泉とか、沖縄とか、いくらでもあるんだ』
「なんか旅行も混ざってるけど。山は嫌だな。てかディズニーとか好きなんだ?」
『デートって考えたら思い浮かんだ。お前ならきっとサマになる』
「サマねえ。まあいいや、多分ちょっとその辺ぶらぶらして食事してお前ん家行くくらいじゃん?帰り早い分には困らないしさ。食べるとこ見繕ってくれてたらいいよ」
『うち、か……』
なんとなくではあるが、牧が照れているような気がした。電話では顔が見えないのが残念だ。
「嫌なら行かないけど?」
『いや、是非きてくれ』
そしておそらく今は大真面目な顔をしている。思わず笑ってしまった。
「りょーかい」
『じゃあそれで決まりだな。待ち合わせは駅にしよう。時間は──』
そうして次の日曜の予定を決めてしまってから、牧はおずおずと言った。
『ところで藤真、昨日のことなんだが……』
「昨日?」
『電話で言ってただろう。俺もお前のこと考えながらしてたんだ。じゃあおやすみ』
捲し立てるように言われ、一方的に電話を切られてしまった。意趣返しというものだろうか。
(そっか、牧もオレのこと考えながら抜いてたか、やっぱそうなんだ……)
口元がいやらしく歪んでくる。あまり人に見せたい顔はしていない自覚があった。