「藤真、11月11日はポッキーの日だぞ! ポッキーゲームをしよう!」
目を輝かせて意気込む牧の手には、既にポッキーの箱が握られている。ソファの肘掛けに凭れる藤真は対照的に、さも面倒そうに返した。
「それって付き合ってない同士でやるから意味があるんだろ。付き合ってんならキスとか普通にすればいいじゃん」
「藤真とポッキーゲームがしたいんだ」
「ゲームって名前なだけで、なんも面白くないと思うけど」
「したいんだ、藤真とポッキーゲームが」
おもちゃを咥えて持ってきて、これで遊ぼうとせがむ、大きな犬のようだった。
「倒置法にしたからって、気が変わると思ってんのかよ。……別にいいけど、じゃあポッキーゲームして先に勃起したほうが負けな。名付けてボッキーゲーム」
「ああ、いいぞ!」
(いいのかよ)
これまでの経験上、牧の敗北は明白だ。自信があるというより、今は戯れ合いたい意識が強く、勝負とは思っていないのだろう。
「!」
牧が箱の中から取り出した一本のポッキーに、藤真の目は釘付けになった。通常のものより太く、たっぷりと盛られたチョコレートは濃いピンク色をしていて、苺の甘酸っぱいにおいがする。
去年初めてこの部屋に来たときにも、同じものを食べたのだ。
覚えていたのか。どうでもいいとすら思える些細なことである分だけ、驚きは大きかった。牧の中にしっかりと自分の領域が確保されているのだと、初めてに近い感触で実感し、不覚にも──ときめいてしまった。
藤真は顔を顰める。
「口に食べカス入れて来たら殴るからな」
「ああ、気を付ける」
牧は満足げに笑った。
(なんでか知らないけど、なんとなく腹立つな……)
そう思いつつも、チョコで覆われた先端を唇に当てられると、大人しく唇の間に挟んだ。
「よし、行くぞ」
言ってポッキーに喰いついた牧の顔は、恐るべき速度で接近し、藤真はあっという間に唇を塞がれていた。自分が口にしたのが逆側だったなら、まだチョコに辿り着いていないのではと思うほどだ。
逃げないようになのか、がしりと肩を掴まえ、閉じた唇同士を合わせたまま、口の中のものをもぐもぐと咀嚼する。珍しい感触が少し面白い。
口の中の物を飲み下したのだろう、舌が押し込まれ、口腔を味わうように動き回る。
(後でゆっくり食べよ……)
慌ただしい喫食に、大味に薄まった甘酸っぱさしか味わえず、牧の好きにさせながらぼんやりと考えていた。
一方の牧は蕩けるような感触に浸りきっていた。戸惑う舌も、抱き竦めた体も甘く愛しく、胸の奥はそわそわと落ち着かない。血の巡りがドクドクと早くなって、体の末端までもが熱くなる。
長いキスを終えたとき、牧は穏やかに笑んでいた。
「……楽しそうだね」
「ああ、楽しいぞ。藤真は楽しくないのか?」
「だって、こんなゲーム性のないゲーム……」
「そうだ、ゲームといえば俺の負けだな。罰ゲームは? どうすればいい?」
藤真の内腿には、牧の股間から出っ張った硬いものが触れている。
「あー、そんなルールだったっけ……罰、なあ」
「なんかあるだろう。なんでもいいぞ」
何も考えていなかった。しかし牧はまるでそれを待ち受けるかのように、至って楽しげだ。負けたのだから少しは悔しがってはどうかと思う。藤真は唇の端に意地の悪い笑みを乗せた。
「なんでも? お前に首輪と鎖つけてその辺散歩するとか?」
「ふ、藤真、そっち系に興味あるのか……?」
嫌がらせたかったのだが、牧は満更でもなさそうに「どうしようかな」などぼそぼそ呟いて頬を染めた。藤真は思い切り顔を顰める。
「ねーよ。それ連れてるオレも羞恥プレイになるじゃん」
それきり、二人の間に短い沈黙が訪れる。
「……藤真、もしかしてあんまり俺に興味ないのか?」
「ないわけじゃないだろうけど」
牧が嫌がりそうなことが思い浮かばないのだ。バスケットの試合関係のことは悪ふざけのネタにはしたくないし、かといって試合の外ではこの男は至って寛容だ。
「……あ、そうだ」
藤真は牧にぎゅうと抱きついて、甘えるように頭をぐりぐりと押し付けた。自然と牧の表情も緩み、下半身もますます元気になる。
「じゃあ今日は一発だけにしよ。お前がイッたらそれで終わりな」
「なんという……もしお前より先に俺がイッたらどうなるんだ?」
「そこで終わり。オレはめちゃめちゃ幻滅して欲求不満になって浮気するかもな。だから先にイかないように頑張れ」
そして慣れた手つきで牧のものを引っ張り出し、躊躇なく口に咥えた。
「おいっ! そのルールでそれはアンフェアだろうっ!」
牧は慌てて藤真の顔を引き剥がし、いかにも名案を思いついた顔で言った。
「わかった、シックスナインでしよう。お互い正々堂々勝負だ」
返事をする前からぐいぐいと腕を引かれ、藤真は逆らう気もなくベッドの上に転がった。
(正々堂々? ぜってーケツいじるだろ)
現に、牧は頭を向こうに向けて藤真の下に潜り込んでいる。それは尻を自由に弄りやすいようにではないのか。直接前立腺を押されては耐えられそうにない。ポジション的には不利か。
(いや、ドライに持ってければむしろ──)
射精さえ回避すれば、達した証拠は残らない。牧の絶頂を狙うことはもちろんだが、いかんせん相手はタフだ。〝負けないために〟藤真はドライオーガズムを意識していく。
ズボンは脱ぎ捨てた。本能と煩悩のボッキーゲーム・第二ラウンドの幕開けだった。