「なあ、藤真。監督ってどういうことするんだ?」
堅く不自然な語り口だったから、ありがたくない話をする気なのだろうとすぐに察しがついた。藤真は敢えて素っ気ない風に返す。
「お前、バスケしててわかんねーの? 試合のメンバー決めたり替えたりとかいろいろあんじゃん」
「そのいろいろの部分をだな」
「高頭監督に聞けば?」
「高頭監督はそんな気軽に聞くような間柄じゃないし、お前が何してるのか知りたいんだ」
牧の目当ては後半の一言のほうだろう。思った通りだと、藤真は顔を顰める。
「じゃあ翔陽の監督のオレだって、お前とは打ち解けた仲じゃねーよ?」
「な、なんだとっ!?」
明らかにショックを受けた様子の相手に、藤真は思わず苦笑した。
「いや、やることやってるし、まあ、コイビト? なんだろうし、表向きは友達だし、そこを否定するわけじゃない。ただ〝監督としては〟お前にベラベラ喋る気はないってこと」
「俺のこと、スパイかなんかだと思ってるのか?」
「そういうわけじゃないけど、とりあえずオレは話したくない。そこは切り離しときたい」
これだけで充分だろうと思う。今までにないくらい、はっきり言ったつもりだ。
「そういうもんか……」
単なる虚勢ではない、本気の拒絶を感じて、牧も大人しくなる。
「お前に愚痴りたくて付き合うことにしたわけじゃねーんだからな。変な誤解すんなよ」
牧と一緒にいる時間に、癒されていないといえば嘘になる。しかしそれは自分が勝手に享受し感じていればいいことで、決して牧に深入りしてほしいわけではない、というのは難しい要求なのだろうか。
「……お前は、それで大丈夫なのか?」
「なにが?」
短い返答の中に、いかにも面倒だといった空気を感じて、牧は微かにだけ眉根を寄せたが、単刀直入に口にする。
「選手兼監督なんて立場にいて、きついとか、悩んだとき、頼れる相手はいるのかってことだ」
藤真は少しだけ目を細め、つまらなそうに遠くを見つめる。
「……たまに、ふわーっと、そんな感じのこと気にしてくるよな。お前」
「気づいてたのか」
「オレって、そんなに余裕なさそうに見える?」
「見えるってわけじゃない。想像したらそこに辿り着いた。同じ歳で監督やるってどういうことなんだ、そりゃ大変だろうって、きっと誰だって思う」
「妄想なんなら別にいいや」
それきり短い沈黙が訪れたが、牧が何か言いたげだと察すると、藤真の方が先に口を開いた。
「……居るよ。大丈夫。オレはお前が思ってるほど孤高じゃないし、オレの周りのやつらだって、お前が気にする程度のことは考えてる。所詮オレが高校生なの、みんなわかって付いてきてくれてる。あと」
一息に言ったが、最後に躊躇するように言葉を切った。これまでの牧の言葉が、善意や優しさでしかないことはよくわかっている。しかし──
「お前にはそういうのは求めてない」
「……そうか」
「オレたちって、ただのバスケ好きのお友達じゃないんだぜ。デリケートな関係なんだ」
「……そうか」
まるで同じ返答を繰り返す牧がいかにも消沈して寂しげに見えて、苦々しい思いで奥歯を噛み締めた。きっと牧は、頼りにされていないとか、信用されていないとか感じているのだろう。こちらに向けられるその大らかさは、常に勝者である彼の余裕だ。
牧が考えるほど、二人は対等ではないと藤真は思っている。自分には彼のような余裕はないし、牧紳一という男に体を開いたとて、敵チームの主将には弱みも弱音も見せたくないと思っている。対等ではなくともライバルだと思っているから、ありていに言ってしまえば
(もうちょっとの間、オレにもカッコつけさせろ)
ただの意地だった。プライドと呼べば共感も得られるだろうか。
「それでもお前がどうしてもオレのこと気にするってなら、余計なこと考えないでオレの求めるもんだけ与えろ」
白い指がいかにも男性的な輪郭の、色黒の頬から首筋をくすぐるように撫でる。
「難しいな」「難しくても!」
間髪入れずに返され、牧は白い歯を見せて笑った。
「ああ……そうしよう」
頼ってもらえるのなら、それは無論嬉しい。しかし彼は可憐に見えても弱くはないし、柔和な印象ほど素直でもない。一筋縄ではいかないところにこそ惹かれたのではなかったかと思い出しながら、悪戯する指を手のひらの中に捕まえた。