不純同性交友

付き合ってる二人の下世話な話 [ 3,300文字/2019-07-10 ]

 ある日牧の部屋に出現していた真新しい二人掛けのソファを見るや、藤真は思わず声をあげた。
「うわっ、さすがエロい!」
「まあ座ってくれ」
 何がさすがなのかはわからないが、完全に否定はできないまま、牧は藤真にソファを勧める。藤真は素直に腰を下ろした。
(やばいなオレ、ソファ買わせちゃった。まあ、一人で横になって寝たりもできるしいいよな……)
 明確に強請ったものではなかったが、座るところが足りないだのぼやいた記憶はあるし、付き合い始めてから新調されたのだから、そういうことなのだろう。牧は隣に座ると何食わぬ顔で背凭れに腕を回し、肩を抱いてきた。
(こういうのがしたかったわけだな。牧ってやっぱりかわいい)
 藤真は望みの通りと牧に凭れ、牧はまんまと(そうそう、こういうのだ)と藤真を抱える。
「オレも久々に相手ができたから、言い寄られて追っ払うとき『付き合ってる人がいるから』って言えるな」
「追っ払うとは……」
 藤真が他校の女子から握手を求められて応じている現場を見たことがあるが、実際は愛想よく対応するばかりでもないようだ。
「相手が誰なのか、突っ込まれないか?」
「マキちゃんでいいだろ。色黒で泣きぼくろのセクシーなマキちゃんだ」
 頰のほくろにちょんと触れた指先が無性に愛しくて、牧は思わずそれを捕まえ、触れるだけのキスをした。ふざけながらではあるが、藤真が迷わず自分の存在を口にしたことが素直に嬉しい。
「外野にはそれでいいだろうが、バスケ部関係者に丸わかりだぞ」
「あー、だとお前も困るよな」
「困るってよりは……周囲に気を遣われたり茶化されたりしたら面倒だ」
「だよな。あと、言っても信じてもらえないと思う。女のファンがめんどくさくて、一時期ホモ宣言してて。花形と付き合ってる設定にしてたけどあんまり信じてもらえなかった」
 花形もノリ悪いし、と続くものを衝撃的な気持ちで聞きながら、牧は身震いした。藤真は甘い外見とは裏腹に、思い切ったところのある男なのだった。
「それは……そういうのは、とてもよくないと思うぞ……」
 藤真は設定だけのつもりでも、花形にとっては違ったかもしれない。藤真と出くわすたび、その背景かのように斜め後ろに付き従っている、かの男が藤真に傾倒していることは明らかだ。そして藤真もまた花形をいたく気に入っているようで、訊いてもいないのにぽろっと花形のことを口走ったりする。
「藤真は花形のことを随分といい加減に扱うよな」
 牧はこの発言をすぐに後悔することになる。
「あー。高校入ってから家族より一緒にいると思うし、最近は特にだな。居て当たり前っていうか、空気みたいなもんっていうか。空気に対して気は遣わないだろ。それにあいつは頭がいいから、意見も信頼できるし」
 空気、それは生きるために必要なもの──いや、藤真はそんなつもりで言葉を選んだわけではないだろう。きっと。おそらく。そうであってくれ。
 藤真が監督を兼任する翔陽バスケ部の中で、彼の支えになる人物がいるのは喜ばしいことではないか。頭ではそう考えるものの、自分は藤真の恋人で、自分と花形とは同じ性別で、日ごろは花形のほうがずっと藤真と一緒にいるとなれば、不穏な気持ちにもなる。
「花形にはちゃんと謝ったぜ。不幸の手紙とか届いて大変だったらしい」
「それは気の毒に」
 一定数には信じられていたということではないか。牧は大袈裟に首を横に振る。
「だからな、そんなのは二度としたら駄目だぞ藤真。ホモ宣言なんて絶対駄目だ。彼女がいる設定のほうが全然いい」
 唐突に強めの口調で断言され、藤真は戸惑い目を瞬いた。
「なんで」
「女に狙われるより、男に狙われるほうがずっとやばい。物理的な意味で」
「あー……なるほど?」
 大真面目な顔で言い放った、牧の言わんとするところを理解するのは簡単だった。藤真だとて男だし、か弱いほうでもないと思うが、本気の牧に押し倒されれば力では到底敵わないのだ。屈強な男ばかりでもないだろうが、女とは明確に違う。
「でもさ、相手がいるって言ってんだから男でも女でも関係ないんじゃ?」
 牧はやはり首を横に振る。
「相手がいようが、同類ってだけでチャンスだろう。付き合えなくてもやれるかもしれないからな」
 わからなくはないが、藤真にはそれよりも引っ掛かることがあった。
「お前は一体ホモのなんなんだよ。そもそも牧ってガチホモなのか? 別に今更いいけどさ」
「俺がってわけじゃない。昔そういうタイプの先輩がいて、男子校への夢をよく聞かされてた」
「あー……」
 昔の先輩ということなら中学のときか。この際だから、少し気になっていたことをついでに聞いてしまおう。
「牧、男が初めてじゃなさそうだったのって」
「その先輩だ」
「結構タイプだったとか」
「いや全然」
「ひっでー!」
 言葉通りの非難ではなく、あくまで茶化すように言った。言い寄られるのが面倒で適当な女子と付き合っていた、という自分の過去は棚に上げて忘れたことにする。
「いろいろ世話になった人だったんだ。感謝してた。先輩が部活を引退したあと、俺にたっての頼みがあって、掘ってほしいと……」
「勃っての頼みかー、まあしょうがないな、多分お前は中学のときも男前だったんだろうし」
「んん? まあ、中学生に見られたことはなかったが」
 素っ気ない風にしつつも、藤真にさらりと褒められたらしいことは非常に嬉しく、思わずムラッときてしまった。
「オレは、男に告白されたことはあるけど、やったのは牧だけだよ」
 男はな、と頭の中で付け加えておく。
「男で告ってくるやつのこと、顔がかわいければなんでもいいのかよ、バカじゃねーの、って思ってた」
「……別に、顔だけで選んだわけじゃないんじゃないか?」
 モブの肩を持ってやる義理もないのだが、藤真を愛する者として、顔だけではないだろうと主張しておきたかった。
「どうなんだろうな。大抵知らないやつだったから顔だと思うけど。ていうか基本的には男の時点で無いんだけどな」
 自分は結構な死線をくぐり抜けてきたようだ。牧はしみじみしてしまった。
「つまり、結局オレの彼女はマキちゃんなんだよな」
 話を戻す。実際、相手がいると言えばそれだけで引き下がる者がほとんどだろう。追及など無視すればいいだけだ。
 牧は藤真の手を掴み、親指と人差し指で白い薬指の付け根を挟んだ。
「指、いくつだ?」
「十本」
「いや、ゆびわ……」
 わかってるけど、と藤真は笑う。
「ウチの学校そういうのうるさいから、あと一年ちょっとは無理だ」
「じゃあ、一年くらいしたらまた聞く」
(一年後、牧はまだオレと付き合ってるつもりなんだろうか)
 心地よく胸を満たしていく暖かいものは、徐々にせり上がり喉にまで至り、溺れるような息苦しさを生んだ。
 今まで、女子との交際が長続きしたことはなかった。そのときには確かに愉しんでもいただろうが、あとあと振り返って惜しむほどのものではない、それらはただの過去で、ただ消費するだけの時間だった。
 牧は特別だ。彼と過ごす時間を、かつての恋愛ごっこと同じものにはしたくない──妙に悲観的な自分に、なぜだか笑ってしまった。呆れているのかもしれない。
「牧さぁ、さっきの感じ、勃起してなかったら最高にかっこよかったんだけど」
 藤真は意地悪く言って、牧の下半身の隆起を布越しに指で弾いた。
「む、バレてたか」
 牧はといえば、藤真は意地悪なところもかわいいな、と機嫌がよくなるくらいのものだった。この肉体の反射について、嫌がられてはいないと知っているせいもある。
「先輩のくだりからだろ」
「違う、二人で座った瞬間から結構キてた」
「なにそれ、サイテー!」
 ゲラゲラ笑いながら牧の腰に腕を回し、もう一方の手でその股座をさすった。
「おい藤真」
「魔除けの指輪、くれるならお揃いがいいな。オレだって牧のこと心配だ」
「もちろんだが、そこ触りながら言うことか?」
 無視できない感触に、牧は唾を飲んで身を捩る。
「勃ってんだから触るだろ」
 天使にも悪魔にも見える微笑の前に、言葉も思考も吹き飛んで、そこからはただ互いに求めるものを喰らい合うだけだった。

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