きみを知った日

【R18】牧藤はじめて物語。出会ったり致したりします。全4話 [ 4話目:1,636文字/2019-07-09 ]

4.

 牧の部屋のソファはいつしか二人掛けのものになっていた。藤真は当然のように牧の隣に座り、逞しい肩に頭を押し付ける。
「どうした?」
「甘えてるんだ。そのくらいわかれ」
 藤真の視界の外で、牧は小さく笑った。知りたいのはその理由だったが、以前訊ねたところ「付き合ってんのに甘える理由とか必要なのかよ」と怒られたので、本人から言い出す以外は突っ込まないことにしていた。
 外見は柔らかく可愛らしい印象だが、内面は情熱的で少しきついところもあって、しかし結局巡り巡ってやはり可愛らしい、というのが藤真と付き合ってから感じていることだ。どうやら今日もいつも通りのようなので、牧は仰せのままにと頭を撫でる。柔らかな髪がさらさらと指を通って心地よい。凭れ掛かって下を向いたまま、藤真は言った。
「牧、オレのこと好き?」
「ああ。好きだ」
 この問いも初めてではなかった。最初のときもだが、その後も問われたことがある。疑われるような行動をとったわけでもなく、今日のようにごく唐突だったから、なぜそんなことを聞くのか、男同士で体まで繋いで、好きに決まっているだろうにと不思議だった。
 今はもう慣れてしまった。難しいことでもない、ただ思っているままを言えば藤真が嬉しそうに、安心したように笑うのだから、疑問など抱く必要はないのだ。
 しかし今日の藤真は違った。深く溜息をつき、天井を仰ぐ。
「あーあ、やだなオレ、めんどくせー女みたい」
 珍しく自己嫌悪的な発言をした恋人を、牧はきょとんとして見返す。
「別に藤真はめんどくさくないぞ」
「そっか……めんどくさくないのか」
 優しい目、優しい口元、包み込む大きな手のひらの感触に浸りながら、牧の言葉を頭の中で反芻するうち、急に目の前が開けたような気がした。
 過去に女子と付き合った理由も、長続きしなかった理由も、もっぱら〝面倒だったから〟だ。相手がいないと知れば言い寄ってくる者がいたし、付き合ったら付き合ったで部活よりデートだの、服や化粧にコメントしろだの求められることに辟易した。結局のところ、相手に対してさほどの興味がなかったせいだろうと思う。
 しかし牧に対しては違う。部活を優先する感覚が一致している点は大きいだろうが、それだけではないと思う。互いに忙しく、家も近くないというのに、どうにか時間を見つけては二人で過ごした。未だ快楽のみではない行為だとて、藤真が牧を拒絶することはほとんどなかった。
「うん。オレも牧のこと、めんどくさくなかった」
 最初は興味本位だったと思う。初めての行為には没頭してしまったが、その後果たして関係を続けていけるのか、疑問に感じたこともある。しかし今は違う。
 たかだか十七年生きて、バスケット以外での賛辞など拒絶してきたほうが多いくらいで、恋だの愛だのという言葉と、今ここにある感情が正しく結びついている自信はない。しかし、ラベル付けなどどうでもいいようにも思える。
「牧、オレもお前のことが好きだ」
 牧は一瞬驚いた顔をしたのち、かつて他人に見せたことがないくらいに破顔した。
「初めて聞いた……気がする。今日はいい日だ」
 牧の表情に、言葉に、呆然としてしまった。
「そうだっけ?」
 声が無様に掠れた。牧はどうしてこんなに優しいのだろう。嫌な男だ、強くて、性格も良くて、どこまでも完壁で。なぜだか泣きたいような気持ちになって、もう一度牧の肩に頭を押し付けた。
(甘えてるんだ)
 いつだってこうして、理由も言わずに。ただ無条件に──義務も結果も関係なく──好きだと伝えてくれる男に寄り掛かっているとき、それを救いのように感じている。
(オレは一生お前に勝てないんじゃないだろうか)
 気が遠くなる、これはごく私的な感慨だ。ここはコートの外で、二人しかいない場所だから、今くらい何を思ったって、たとえ牧に寄り掛かったって構わないだろう。
 ユニフォームを着てコートに立てばこんな思いは過ぎりもしないし、牧だって優しくしてはくれないのだから。

<了>

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