きみを知った日

【R18】牧藤はじめて物語。出会ったり致したりします。全4話 [ 3話目:9,071文字/2019-07-09 ]

3.

「ごめん、シャワー借りたい」
「別に気にしないが……じゃあ、そうするか」
 今にも押し倒してきそうだった牧がぴたりと動きを止めたことに、言葉通りの申し訳なさを感じたが、ここに来るまでに少し汗を掻いたと思い出したら、無性に気になってしまった。
 手を引かれ、浴室のドアの前に連れられながら、豪邸でもないのだから場所を教えてくれるだけでよかったのでは、と藤真は首を傾げる。牧はバスタオルを出すと「いっぺんに済ませよう」などと言って自らのシャツのボタンを外し始めた。一緒にシャワーを浴びる気のようだ。藤真としては自分が女役だろうと思ったから気にしただけで、牧にも同じことを求めるつもりはなかった。
(牧ってやっぱり天ね……いや、ただのエロ目的か)
 牧の手の動きを追うように視線を下に遣ると、ズボンの下に隠れているものは先ほどより一層張り切っているように見えた。
(合理的っぽいこと言って、もうやることしか頭にないな)
 部屋で手を握ったまま戸惑っていた牧は一体どこに行ったのか──責めるつもりではない、少し驚いただけだ。これから致そうというのに躊躇することもないだろうと、腹を括って藤真もシャツのボタンを外していく。
「……」
 視線が痛い。衣服を脱いでいく動作を凝視されているのが、なぜだか無性に恥ずかしく感じられた。背中を向けたのはささやかな抵抗だ。
 靴下も下着も取り去って、浴室に逃げ込むようにドアに手を掛けると、後ろから伸びた褐色の手が腰骨を撫でて絡みついた。感触と、自分との肌色の違いにひどく落ち着かない気分になりながらも、藤真は何も言わず浴室に進んだ。牧も続く。
 一人暮らしにしては広めの浴室ではないだろうか、と思うや否や「狭いな」と声がして、体をぴたりと寄せて後ろから抱かれていた。
(そこまで狭くないだろ!)
 尻に当たる硬く反り返ったものの感触と、直接触れ合う体温と、牧のとぼけたような反応の可笑しさとが一気に押し寄せて、どこに注意を向ければよいのやらわからない。ただ、これからの行為への実感が急激に湧いて、顔が、全身が熱くなっていくのがわかった。
(牧、そんなにオレとやりたいのか。こいつって、こんなやつだったんだ。なんか、かわいくなってきた……?)
 くすぐったいような、もやもやするような、恥ずかしいような。しかし決して悪くない気分だ。自分の体も熱いが、それを包む牧の体温はもっと熱い。人と肌を合わせること自体は初めてではないが、力強く包み込まれる感触はかつてないもので、息苦しさと興奮と、溺れてしまいそうな錯覚を藤真にもたらした。
「んっ…」
 首筋に鼻先と唇が触れたようで、それからねっとりと舌の這う感触があった。
「シャワー……」
 牧は「そうだった」と呟き、後ろから手を伸ばしてシャワーに湯を出した。二人の体を濡らし、ボディタオルに盛大に石鹸を泡立て、藤真の体に泡を乗せていく。肩、胸、脇腹、と体の線を確かめるように手のひらを滑らせ、再び胸に触れたときには洗うとは言いがたい動作で、無い胸を揉むように撫でて乳首を弄った。
「あっ…ふっ…」
(まあ、そうなるよな)
 すっかり愉快な気分になってしまった藤真は、喘ぎと笑いの入り混じった声を漏らしながら体を反転させ、牧と向き合った。鍛え上げられ、逞しく引き締まった肉体は、試合の際に何度も見てきたものだったが、何も纏っていない姿には一層堂々とした凄みがある。硬いだけでない弾力も含んだ胸、腹筋と、おそるおそる手のひらで泡をなぞっていくと、視線は当然その下にも及んだ。
(うーん、デカい……)
 そう多くの男の興奮状態を見たことがあるわけでもないが、色黒で、太く逞しく、荒々しく血管を浮き立たせているそれは、体格相応という以上に立派に思えた。藤真もまた男子の多分に漏れず〝男の性器は大きいほうが優れている〟という感覚を漠然と持っているため、牧は全身が完璧なのかと改めて感心してしまった。
「なんだ?」
「きれいに焼けてると思って」
 それもまた正直な感想の一つだった。皮膚も剥けておらず、綺麗な褐色の肌をしている。「焼けてる」と言ってしまったが、地黒が強いのだろう。
「お前の体も白くて綺麗だぞ。石鹸の泡がよく似合う」
「なんだそれ、変な褒め方」
 適当に言っているのだろうと思ったが、牧の顔は至って真剣だ。
「変じゃないだろう。石鹸のCMみたいなんだ」
「全然わかんねー」
 藤真は軽い調子で笑ったものの、じっとしていられないようなむず痒い衝動を感じて、牧に抱きついた。
「……わかんないけど、お前に褒められたら嬉しい気がする」
 牧を喜ばせようと思ったわけでもない、正直な言葉だった。
 初めのうちは、バスケットに限ってだったと思う。牧のことを認めているからこそ、互いを意識し合う関係性を好ましく感じていた。今嬉しくなってしまったのも、好きだと言われてこの状況に辿り着いたのも、そういうことなのかもしれない。特別だと感じている相手からもたらされるものだからこそ嬉しいのだ。
「藤真……」
 頬を淡く染めながら、軽やかに弾けるような笑顔を浮かべた藤真に見惚れ、牧は感極まったように呟くと、藤真をしっかりと抱き締めてくちづけた。密着した体が泡で滑り、互いの肌の感触を際立たせる。身を委ねる意思表示のつもりで、藤真は牧の広い背中に腕を回した。
「あっ、ん…っ」
 大きな手が背中を撫でながら下降し、尻の肉を掴まえて揉みしだく。日頃そう触れられることのない箇所は自覚以上に敏感で、思わず声が漏れた。快感の気配にもどかしく身を捩ると、硬く勃ち上がった性器が二人の腹の間で擦れ合い、卑猥な感触を生んだ。そうしながらも、牧は唇に何度も短いキスをしてくる。
(やっぱキスが好きなんだ)
 ぼうっとする頭で呑気なことを考えていると、尻肉の感触を愉しんでいた手の指が、谷間の窄まりに触れた。
「っ…!」 
 驚きと羞恥から、体がぴくりと震え、一気に顔に血が上る。男同士でそこを使うことは知っているし、覚悟もあったつもりだが、実際に触れられると非常に居た堪れない気分だ。
「あ、ぁっ…」
 牧の指の少し硬い皮膚が柔らかな表面を掠めるように撫でるうち、恥ずかしさだけではない明確な快感が生まれていた。息を乱しながら、どうしていればいいのかわからない、無知な処女にでもなった気分で牧にしがみつき、肩口に額を押し付けて顔を隠していた。指は、まだ閉ざされた入り口をほぐすように弄り始める。
「んっ…」
 石鹸の滑りを使って、今にも中に入り込みそうな動作をしながら、しかしそれはなかなか訪れない。好奇心に溢れ、貪欲に快楽を求める若い心身は、もはや次のステップを待ちわびていた。
「まき…」
 早急に進めてしまうのがもったいなく思えて、同じ動きを繰り返していたが、甘く強請るような声は無視できるものではなかった。牧は柔らかな粘膜の狭い隙間に、滑る指を潜り込ませる。
「ぅ、あぁっ…」
 少し高い声も、首筋に額をぐりぐりと押し付ける動作も、堪らなく愛らしい。逸る気持ちと疼く下半身を抑え、ゆっくりと深く指を挿入していく。指一本でも入り口はきつく締め付けてくるが、内部は優しく包み纏わりつくようで、そこに自らを収める想像に、理性を失いそうだった。
(オレ、女みたいにされてる……)
 牧のごつごつとした指の節が、誰にも触れられたことのなかった箇所を抉り、擦っている。違和感はあるが、痛みというほどではなかった。合意しているせいか、不思議と屈辱ではない。ただ、尋常な行為ではないという実感は強くあって、そのことに非常に──興奮していた。もっと知りたい。そんな穏やかな動作ではなく、ひどくしてみてほしい。
「ぁんっ!」
 後ろのことばかり考えていると、不意に性器を握られ、敏感な先端部を指の腹で擦られて、それこそ女のような声が出てしまった。
「藤真……感じてるんだな」
 褐色の手の中で、すっかりと露出した淫靡なピンク色が、涎を垂らすようにたっぷりと先走りを滴らせている。その姿にひどくそそられながら、潤んだ亀頭部を容赦なく攻め立てる。
「いっ、ぁ、あぁっ…!」
 自分でするような加減がなく、強制的に快楽を与えられ続けながら、後ろを拡げるように掻き回されると、体の内から波のような快感が湧き起こり、膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「ふぁっ、ぁんっ…まき、やめっ…んむっ!」
 快楽に歪む顔も堪らなく好くて、貪るようにキスをした。ねっとりとした舌の感触も、唇の隙間から漏れる弱い声も好かったが、やはり顔が見たくなってすぐに解放した。
「っ、まき、もうムリ、立ってらんない……」
 懇願するように呟くと、指が抜かれ、背後でシャワーの水音がした。体を流すのだろうと息を吐くと、穿たれていた箇所にシャワーを当てられ、水流と一緒に再び体内に指を挿入された。
「っ…!?」
 藤真はもう少し耐えなければならないようだった。

 浴室を出ると、どちらともなく互いの体をバスタオルに包んでわしわし拭いて、戯れ合いも無駄話もなく、急くようにベッドに滑り込んだ。男二人が眠るには窮屈なセミダブルだが、はなから体を重ねてしまったので気にはならなかった。否、それどころではなかったというのが正しい。
 牧は藤真の首筋に鼻先を埋め、首、胸元へと愛しげにキスを降らせる。愛らしく声を漏らす藤真の反応をそう愉しむ余裕もなく、ミルク色の肌に淡い血の色を載せた薄い皮膚に、誘われるように舌を這わせた。
「ぁんっ」
 浴室でのことですでに興奮しきり、硬く屹立した乳首はすっかり敏感になっていた。感触を愉しむように舌を押し付けて転がし、唇に挟み、甘く歯を立てる、そのたびに小さく声が上がる。もう一方を指先で摘み上げると、呑み込んだ声とともに体が大きく波打った。
「敏感だな」
「お前のせいだ」
 指先と口とで胸を苛められながら、藤真はもどかしい思いで牧の広い背中をなぞる。
「それ、楽しいか……?」
 男の胸なんて吸って、と頭の中で続けた。
「楽しいぞ? 乳首もいい形になってきた」
「どんなだよっ!」
 冗談なのか、そうでもないのか、測りかねながら牧の背中をバチンと叩いた。いい音がしたが、大した力ではない。
「お前だって、感じてるじゃないか」
「そうだけど……」
 藤真は視線を泳がせた。もっとストレートなものがほしい。
「!! ……せっかちだな」
 性器を掴んできた藤真の手と顔とを交互に見て、牧は驚いたように笑った。
「お前に言われたくない」
 白い手が根元から裏筋を辿るように撫で上げ、ぎこちなく握り、形を確かめるようにゆっくりと上下する。自ら仕掛けておきながら、迷うような動作が愛らしかった。牧は応じるように、藤真の昂りを愛撫する。躊躇いなく快感を引き出そうとする動作に、藤真も遠慮なく牧の感じるところを探っていく。
 荒い呼吸と低い呻きと小さな水音に溺れるように、何度もキスをしながら互いの体を撫で合っていたが、それだけでは飽き足りなくなって、牧は体を下へとずらした。薄く筋肉のついた贅肉のない腹部、可愛らしい臍、薄い茂みの先には先ほどから愛でている淡い色の男根が屹立している。膝を立てさせ、脚を開かせると、牧はまじまじとそれを眺めた。
 藤真は全身がきれいだ。自分と同じものを持っていてもまるで違うように見え、しかしやはり同じ衝動があって同じ行為もするだろうと思うと、しきりに劣情が煽られる。浴室であまりよく見られなかったそれをしげしげ眺めていると、白い脚に体を挟まれた。
「……なに?」
「鑑賞してる」
「なんだそれ! 変態かよ!」
 牧の背中に脚を回して器用にかかとで蹴りを入れるが、牧からしてみれば脚を絡めて強請られているようで、ダメージはなく、むしろ燃料になるばかりだった。
「変なことばっかりされると冷める……あっ!」
 そうなっては困るので鑑賞は切り上げることにして、藤真の昂りに唇を寄せた。根元から頂上へ向かって、丁寧に舌を這わせていく。
「あっ…んんっ…」
 先端を口に含み、雁首や鈴口へ舌先を沿わせるとやはり弱いようで、しきりに体が跳ねた。それ自体も悦んでいるようにピクン、ピクンと震えるのが愛らしく感じられて、えずく寸前まで深く咥え込んだ。手で根元を支えながら、顔を上下させて口腔全体で愛撫を施す。
「あっ、あぁ…、まき…」
 甘い、可愛らしい声が名前を呼んでいる。もっと聞きたい。もっと気持ちよくさせてやりたい。その一心で行為を続けた。
「んっ、待て、だめッ、イきそ…」
 口内は藤真の体液でぬめり、卑猥な音を立てている。うわごとのように零れる言葉も全て、牧の耳には快感だった。
「まき、ダメだってばっ…!」
 早くも達してしまいそうになって、藤真は牧の肩を強く押し返す。性器の先端から、ねっとりと糸を引きながら離れていく肉厚の唇を、不覚にも色っぽいと感じてしまった。もはや冷めたなどと言える状態ではない。
「わわっ!」
 逞しい腕が体を畳むように腰を抱え上げ、脚を開かせ、あらぬ場所を晒させる。いよいよ女になった気分で天井を見上げながら、牧が何やら準備するのを待っていると、脚の間に冷たいものが垂らされた。
「なに!? …あっ!?」
 ぬるりとした感触とともに、簡単に指が挿入されてしまった。
「ローション」
 ごく当然のように答えた牧を追求したいところもあったが、脱線したくなかったので黙った。牧は潤滑剤を纏った指で、襞の一枚一枚をほぐすように丁寧に濡らしていく。一旦指を抜くと潤滑剤を足して再び挿入し、慎重すぎるほどに内部を潤し慣らしていった。
「あ、んっ…あぁ…っ」
 浴室でもしきりに嬲られていたそこが快感に畝るようになるのは容易く、指はすでに二本含まれていた。誘うような収縮とともに、体温を帯びたローションが愛液のように溢れ出して尻の狭間を伝う、とろとろとした感触がいやらしく興奮を煽る。
 浴室とは違う角度で中を探られるうち、不意にこれまでとは異なる強烈な快感が奔った。
「あっ…!?」
 思わず大きな声が出てしまい、藤真は自分でも困惑する。
「ここか?」
 指を藤真の体の前側へ曲げ、一点をゆっくりと押してやると、指を含んだ秘部も体全体も、一際大きく波打った。
「ぁんっ…!? あ、んっ、ダメ、そこ…!」
 全身を支配し呑み込んでいくような、かつて感じたことのない快感に、藤真は得体の知れない恐怖を感じて首を横に振る。
「ダメ? いいんだろう?」
「〜〜……!!」
 同じところをしきりに刺激してやると、声を抑えているのだろう、藤真は口を手で塞ぎ、喉を反らせてびくん、びくんと大きく体を震わせている。潤んだ秘部は収縮し、指を奥に引き込んで、まるで求め誘っているかのようだ。足の爪先が、ぎゅうと指を丸めて縮まっている。そんな仕草も愛しくて堪らず、膝頭にキスをした。
「ん、まき…」
 怖い。気持ちいい。もっと知りたい。もっと──整理のつかない欲求が一気に押し寄せて、藤真は何も考えられないまま、顔を真っ赤にして呟いた。
「牧のが欲しい」
「ああ……」
 縋るような目で、泣きそうにも聞こえる声で求められ、牧はそれだけで達してしまいそうな気分だった。藤真のからだが充分にほぐれたろうかなど、全て頭から消え飛んで、指を引き抜き、明らかに過剰なまでに自らの男根にローションを塗りたくり、もはや性器としか見えない尻の狭間に二度三度と擦り付ける。
「藤真…」
「まき…?」
 ほとんど吐息のような呟きに、それでも応えてくれる藤真が愛しくて堪らず、もはやそこにしか行き場のなくなった昂りを、欲望のままに押し込んだ。
「うっ…! あっ、ぁあぁっ…!」
 ゆっくりと、しかし容赦なく、熱く硬い肉杭が体の中にめり込んでくる。慣らされたとはいえ、牧の質量はやはり圧倒的で、体を開かれる鈍い痛みと、内臓が押し上げられる強烈な圧迫感に、藤真は苦しげに眉根を寄せた。
「っく……んぅっ…」
 根元まで挿入し、藤真の体にぴたりとくっついた下腹部をなおもぐいぐいと押し付けながら、牧は溜め息混じりに陶然と呟く。
「藤真……入ったぞ……」
 白く綺麗な体の中心で、淫靡な色の秘所がめいっぱい口を拡げ、涎を垂らしながらどす黒い欲望を咥え込んでいる。卑猥な光景と強く締め付ける弾力とに、何も考えられなくなっていく。
「うん…」
 大きな手が小さな顎を掴まえ、厚い舌が桜色の唇をべろりと舐める。受け容れるように微かに開かれたそこに、唾液を送って潤ませ、二人の間で糸を引くさまをうっとりと鑑賞する。体を穿ってもまだ足りないとばかりに、深く、呼吸までも貪るように傲慢にくちづけた。
「ん、むぅ…」
 体を折り曲げ、臓腑を圧迫されながら、男の性器に穿たれた体内はじんじんと熱く疼いている。まだ快楽とは呼べない、苦痛ですらある状況だが、藤真は不思議と満たされた気分でいた。
(牧、そんなに……?)
 牧は常のような力のない、陶然とした目でこちらを見下ろしている。しきりに何か囁いてはキスをして、体に触れて、返事をしてやれば嬉しそうにしていた。その態度も体に埋まったものも、全てが自分を求めている。そう実感すると肉体の苦痛など些細なものに思えた。
「動かすぞ」
「あぁ、あっ…」
 返事を待つでもなく宣言だけして、牧はゆっくり体を引いていく。密着し、一つに馴染んだようだった粘膜が再び二つに剥がされる、痛みに藤真は顔を歪める。
「んっ、クッ……あぁっ、ぁんっ!」
 牧は再び体を進めながら、藤真の性器を掴まえ、鈴口を割り開くように愛撫した。反射的に体が跳ね、体に埋まった牧のもので内部を強く抉られる。
「ひっ、あんっ、あ、あ、あぁっ…!」
 前を扱かれながら一定の調子で突かれ続けるうち、じわじわとした快楽が体の内から生まれていた。指で刺激されたときほど強烈ではないが、あちらは意識が飛びそうなほどだったから、今のほうが丁度いいのかもしれない。
「気持ちいいか?」
 完全にそう確信しながら問うているであろう、牧の背中を強く掴むように指先を立てた。そう単純な快感ではない。体を穿たれ、激しく揺さぶられる苦しさが潰えたわけではないのに、この男は身勝手で呑気で──単純で愛らしい。藤真は掠れる声で囁いた。
「いいよ…」
 いかにも作った風に上ずってしまった声は、しかし牧には至極甘いものとして届いていた。尻尾を振る犬のように喜んで、なおも行為に没頭する。

 荒らぐ息と肉のぶつかる音を聞きながら、揺さぶられ掻き混ぜられるうち、藤真も余計なことは考えなくなっていた。脚を絡め、腰を揺らして相手に応え、自らもこの行為を愉しんでいた。
 早い動作を繰り返し、一旦緩め、再び元まで戻して──そうして快楽の時間を引き延ばしていたが、牧はついに藤真の耳に唇を寄せて呟いた。
「ふじま……もう、限界みたいだ」
「ふ…オレも……」
 ちゅっと軽いキスをして、牧は抽送の速度を上げていく。これまでとは異質な速さと激しさで腰を打ち付けられ、逞しい褐色の体躯に組み敷かれた白い体がベッドの上で力なく上下する。快感を得る道具にされているようだと感じると、なぜだか最高に興奮した。
「あんっ、あ、あぁっ、んっ…!」
「藤真…出すぞっ…」
 視界が潤み、牧の顔もだらしなく歪む。
「ぁんっ…いっ…ナカ、出して…っ! ん、あぁぁぁっ…!」
 働かない頭で思いつく限りの卑猥な言葉を吐くと、潰れそうなほど強く抱き締められ、幾度も乱暴に最奥を突かれながら、欲望の爆ぜる衝撃を感じていた。
(熱い……牧の……オレの中に……)
 牧が自らの中で果てた事実に、何かを成し遂げたような満足感を感じながら、藤真もまた達し、自らの精液で腹部を濡らしていた。

 シーツの中で藤真の体を大切そうに抱えながら、牧はゆっくりとした口調で語り出す。
「初めて会った日から、すごいインパクトだったんだ。巧さだけじゃない、独特の空気みたいなもんを持ってるやつだって。だがそれはあくまでプレイヤーとしてだった……と思う」
 なぜ唐突に昔話を始めたのだろうと思いながら、藤真は黙って牧の腕の中に収まっていた。気分は気怠く落ち着いている。
「いつからか、バスケとか関係なくお前のことが気になってたんだと思う。今日だって、会場のあんな会話だけで別れるのが惜しかったんだ」
 藤真は長い睫毛を揺らしてぱちぱち瞬きするばかりで何も言わない。口数の多い彼にしては不思議な反応に感じられたが、嫌がってはいない様子なので話を続ける。
「その、こういうことになるとは、想像もしなかったんだが……きっと、きっかけがなくて気づかなかったんだな」
 藤真に言葉を導かれたあとは、自分の気持ちを疑うことはなかった。これまでそういった意識や衝動が生まれなかったのが不思議なくらいだ。
「なにそれ、言い訳? 後悔してる?」
「するわけないだろう。……藤真、なんだか随分と素っ気ないな。もしかして嫌だったのか?」
 少し前までは名前を呼び合いながら情熱的に抱き合っていたと思うのだが、衝動に突き動かされていたばかりで、最中に冷静だった自覚もない。途端に不安になって藤真の顔を覗き込んだ。
「違う。終わったあとってテンション下がるだろ、賢者タイムってやつ」
「そうなのか、俺はあんまりそういうのはないんだ」
 話には聞くが、牧にはほとんど自覚したことのない感覚だった。
「まじで? どういう体質してんだよ」
「体質なのか?」
「メンタルか? どっちでもいいけど」
 それきり藤真は黙ってしまった。今は話さないほうがいいのだろうかとも考えたが、今以外のタイミングもないだろうと再び口を開く。
「なあ藤真、俺はこれからもっと、お前のことを知りたい。バスケ以外のことも」
 言って、藤真がしてくれたように、指と指を交互に絡ませて手を握った。藤真はその手を見つめ、少し強く握ったり、力を緩めてみたりしている。
「そんなにいろいろあるかな」
「あるさ。一緒に居たら、俺が勝手に見つける。だから藤真」
 言葉を切ったのは、珍しく怖れを感じたせいかもしれなかった。しかしもはや気持ちに偽りも迷いもない。深く息を吐いて、ゆっくりと吸う。言うしかなかった。
「俺と、付き合ってくれ」
 恐いくらいに張り詰めた、真剣な瞳の先の表情は、それを受け止めて包み込むように柔らかく微笑む。そしてごく簡単なことのように言った。
「いいよ。……よろしく」
 羽根のようなキスが呼吸を奪う。その儚げな感触に浸るように、牧は視界を閉ざした。

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