恋人カレはミス翔陽

【R18】⚠️藤真の後天性女体化。過去の猥談などを含みます。牧藤は付き合っていない状態からで、エロはほぼ女体化状態ですが、ラストはBLエンド。全5話 [ 5話目:15,292文字/2021-09-05 ]

5.

 ニットワンピ、ショートパンツにタイツ、ベレー帽とイニシャルのネックレス。前回のデートで牧に買ってもらったものをベッドの上に広げて眺める。今日も着ていってやれば、きっと喜ぶだろう。藤真の口もとに、無意識に笑みが浮かぶ。
 見つめれば照れ、抱きつけば体ごと喜ぶ。ストイックな試合巧者とは打って変わって、牧は非常にシンプルな男だった。試合外での人となりについて、穏やかでマイペースだとは知っていたが、それともまた違った印象だ。
 いつしか帝王と呼ばれていた、牧の絶対的な強さは誰よりも知っているつもりだ。そんな男の弱点を見つけた気分で、優越感を抱いてしまうのはおそらく屈折しているのだろう。
(しっかし、ひさびさのデートで浮かれたにしても、相手はオレだぞ?)
 アクセサリーを安物と言っていたし、牧にとっては些細な買い物なのかもしれないが、それにしても不思議な男だ。
(天然ってことなんだろうか……)
 まだ着替えていないだけで、藤真はすでにキャンディを食べ終え、女の体になっている。今日で最後だと伝えたら、牧はどんな反応を示すだろう。残念がるのだろうか。善良な人間を騙しているような、ばつの悪さを感じなくもない。
(まあ、仕方ねえよな。オレはもともと男だし、女体化の説明は初っぱなにしたんだから、回数限定って想像もできたはずだし……)
 あれからバスケ部の三年生にも聞いてみたが、とうとうコザキを見つけることはできなかった。藤真としても、期間限定で女性の体験をしただけと納得したつもりだった。
 しかし、いざ最後のデートの日となると非常に落ち着かない。牧にはどう切り出せばいいだろう。行為の前か後か。悔いなく過ごせるように、出会い頭に告げてしまったほうがいいかもしれない。その後はきっと、ふたりきりで会うことなどなくなるのだろう。ざわざわと不安に襲われ、胸が締めつけられように苦しくなるのは、ブラジャーをつけている影響だろうか。そんなことを考えていると、家の電話が鳴った。今は家に藤真しかおらず、声も変わってしまっているので少し放っておいたが、なかなか切れないので仕方なく取りにいく。
「はい、藤真です」
『牧と申しますが、健司くんはいますか』
「オレだけど」
『おお、藤真だったか! すまん! 急用が入って、会えなくなった』
「は?」
 高い声で、ただ一文字だけを返す。藤真にとって口癖のようなものではあったが、常とは異なり頭の中が真っ白で、それしか言葉が出てこなかった。
『実家から呼ばれちまって、無視するわけにもいかない用事でな。残念だが、また今度にしよう』
「……そっか。まあ、家のことならしょうがないよな」
 ひどくショックを受けながら、淡々と返しているのが自分でも不思議だ。
『その声、もうキャンディを食ったんだな。……すまん、埋め合わせは必ずするから、くれぐれも危ないことはしないようにな。それじゃあ、また』
 牧は急いでいるようで、藤真の返事を待たずに電話を切ってしまった。藤真は呆然として受話器を置く。
(また、とかもうねえし……)
 今日で最後にする。それで納得したつもりだったが、まさか機会が不意にされるとは思っていなかった。もう牧と会えない。貰った服を着て見せることもない。非常な空虚感に襲われ、それを上書きするかのように、ふつふつと怒りが湧いてきた。
(もっと早くわかってたら、キャンディ使わなくて済んだのに)
 キャンディさえ残っていれば、単純に延期でよかったのだ。しかしそれは叶わない。
 そして実家からの急な呼び出しということならば、もっと早くに連絡しろというのも無理な話だろう。牧はいい加減な人間ではないはずだ。腹を立てる自分が狭量なのだろうが、〝また〟がないのも事実で、苛立ちのやり場がない。
(結局一回しか着なかったじゃんか。無駄遣い……)
 ベッドの上を眺めると、少し前の自分が考えていたことが馬鹿馬鹿しく、虚しく感じられ、服を下敷きにするのも気にせずベッドに転がった。
「はー……」
 イライラする。肩透かしを食らったような、騙されたような気分にさえなっている自分に戸惑う。実家の用事なら仕方ないではないかと、何度も同じことを頭の中で繰り返している。何がそんなに気に入らないのか、自分はそんなに物分かりが悪かったろうかと、自らを納得させる答えをぐるぐると探す。
 身じろぎすると、肩甲骨が硬いものを踏んだ。手を入れて引っ張り出すと、ネックレスのプレート部分だった。それを顔の上にぶら下げるように翳し、相変わらずベッドのヘッドボードに置いてある茶色のクマを見上げる。
(なんでこんなもん寄越したんだよ……)
 私設ファンクラブとやらの会長から、贈りものをするなら何が嬉しいかと問われたとき、どうしてもというなら手作りでない食べ物がいいと話したことを不意に思いだす。よく知りもしない人間から、形に残る物品を貰うのは苦手だ。相手が善意であるほどに扱いに困る。顔のついたぬいぐるみなどはことさらだ。
(どういうつもりなんだよ。もう会えないっつうのに)
 クマを手の中につかまえて親指で腹を押す。鳴きはしないが、体を折り曲げてうんうんと頷いているように見える。
 ひどく気分が沈んで、何もする気が起きない。もとより他の予定などなかった。ぼうっとしながらクマの体を揉んでいるうち、瞼が重く落ちてくる。

「……はっ!?」
 がばりと飛び起きて時計を見る。一瞬早朝かと思ったものの、どうやら夕方で、体はまだ女のままだ。
(あっぶね〜! 牧のせいで寝て休み潰すとこだった!)
 眠りに落ちる前はすっかり消沈していたのだが、寝起きと相まってむかむかしてきて、じっとしていられない気分になってしまった。牧との予定が潰れたからといって、なぜ大人しく寝ていなければならないのだろう(勝手に眠ったのだが)。
 そもそも当初の目的は、知らない人間と援助交際をすることだった。それを牧が妨害したのだ。最後の女体化の機会だ、初心に戻ろうではないか。体の下に敷いていた服を見て、にやりとほくそ笑む。
(あいつから貰ったもんを着て援助交際してやろ!)
 牧は藤真の行動を止めたがっていた。それをふまえれば、牧から貰ったものを身につけて援助交際に臨むことは素晴らしい名案に思えた。
 意気揚揚と私服一式に着替えていつものウィッグを被り、ネックレスをつけて頭の上にベレー帽を載せる。愛らしいミス翔陽・私服バージョンの完成だ。制服ではないので、ラブホテルにも入れるだろう。
 やはり牧から貰ったひまわりを付けたバッグとブーツを抱えて部屋を抜けだし、出かける旨を書いたメモを下駄箱の上に置いて、夜の街へと向かう。
(……しかし、制服じゃなくても援交希望ってわかるもんなのか?)
 藤真のイメージとしては、援助交際とは女子高生と中年男性の間で行われるものだった。私服姿でいて、果たして声をかけられるのだろうか。
(まー、花つけてりゃわかるだろ。たぶん。オレは牧みたいに年齢不明じゃねえし)
 最初のときはさほど経たずに声をかけられたので、場所は間違っていないだろう。そのとき出会った男から名刺を貰ったが、それも牧に取り上げられたままだ。正確には、興味を失っていて今まで忘れていたのだが。
(あいつ、オレの邪魔したあげく逃げやがって。なんなんだよいつもいつも、オレの前に出てきて……)
(援交がうまくいったら、牧に報告してやろうっと)
 そうすれば牧の鼻を明かすことができる気がして、俄然やる気になって足早に目的地を目指す。
 以前声をかけられた場所からそう遠くないところで、早くも藤真に声をかけるものがあった。
「お姉さん」
「はいっ?」
 振り返ると、背広を着た小太りの中年の男だった。垂れた目尻が一見人のよさそうな印象を与える。白髪染めが抜けたのであろう、部分的に明るい黄褐色になった頭髪は、藤真にとってあまり好ましいものではなかった。
「かわいいねえ、どうしたの、そんな花なんてつけて」
(普通、女が花の飾りつけてるくらいでつっこんでこねえよな。ということは、つまり、そういうことなんだよな)
「ええと、ちょっと……暇で……」
 第一声になんと答えるべきなのか、前回も困ったものだったが相変わらず何も考えていなかった。選手兼監督を務めた藤真に対し、理知的で聡明というイメージを抱く者もいるが、それはあくまで監督としての一面だ。牧にオンオフがあるのと同様に、校外での彼は至って普通の、多少擦れた高校生なのである。
「彼氏いないの? いるよねえ、そんなかわいいんだから。ケンカしたの?」
 ニタニタ笑う男の視線が纏わりついて、怖気が走ると感じてしまった。
(オレとエロいことしたいやつが話しかけてくるんだから、やらしい顔してたって当たり前だろ……)
「まあいいや、おっちゃんとごはん行くかい?」
 口もとから黄ばんだ歯が覗き、深く染みついたようなタバコのにおいが弱い風に乗って漂ってくる。会話をしている時点ではさほど気になるものでもないが、それ以上の行為に至ることを想像すると、辛い気持ちになってしまった。
「え、と……ご、ごめんなさいっ!」
「あら、残念」
 男の言葉を背中に聞きながら、藤真は小走りにその場から駆けだして角を曲がった。
(……ふう。別に、悪人に見えたわけじゃねえけど。買われる側だって、選んでいいはずだよな?)
 実際に援助交際をしている友人がいるわけではないので、細かいことはわからない。ただ、同じ年ごろの女子たち(の一部)が遊びのように行っていることという認識であるため、危険なことをしている自覚は相変わらずなかった。
(どの辺にいれば声かけられやすいとか、あんのかな……暇そうにしてるほうがいいんだろうけど)
 大通りから折れた、あまり往来の見えない通りに差しかかると、ガードレールの内側に腰掛けるようにして待ちぼうけている様子の女が見えた。
「!」
 一人ならば気にしないところだが、ミニスカートを履いて脚を出した女が複数人同じようにしている。これは偶然ではないはずだ。同じ並びに藤真も混ざることにした。
(ミニスカ……やっぱり性的な服装をするんだよな。制服だってミニスカだし。タイツにショートパンツって、オレ健全すぎねえか?)
 服装についての懸念はあったものの、ほどなくして男から声をかけられる。
「こんばんは」
「!! こんばんは」
 身長は低く小太りで、おとなしそうな顔立ちの男。漂う雰囲気はインドア系統なのだが、リュックサックを背負い、迷彩柄のベストとたくさんの大きなポケットのついたパンツが浮き立って見えて印象的だ。
(ううーん? おっさんって年齢でもなさそうな?)
「っきゅう! かわいい! お姉さんミュウたんに似てるね! めるめるモAチームのミュウたん!」
 感動を表しているのか、男はぴょんと飛び跳ねて体をくねらせ、早口にまくし立てた。
(えっこわ、よくわかんねーけどいろいろ無理……)
「ミュウたん、あっいけねっデュフッ! お姉さん、僕どうですか!!」
「ご、ごめんなさい……」
「……!! そう、ですか……さよなら……」
「さよなら……」
 男は顔をこわばらせ、心底からショックを受けた様子で肩を落として去っていった。
(なんか、悪いことしたかな……でもなに言ってんのかわかんない人はちょっと……)
 少しするとまた男の早口が聞こえてきた。見遣ると、同じ並びにいる別の女と話している。
(別にオレは悪いことしてなかったわ。そうだよな、あっちだってやれれば誰だっていいんだ。ミュウたん似じゃなくたって)
 男はぴょこぴょこと飛び跳ねていたかと思うと、女と手を繋いで歩いていった。
(まじか〜。あれアリなのかよ……まあ、金払ってくれて、犯罪者みたいじゃなかったら別にいいって感じか……)
 あらためて見ると、女たちは女子高校生よりもっと大人のように見える。きっといろいろと事情があるのだろう。自分は特に金に困っていないために相手を選んでしまうのかもしれない、そう考えて一人納得する。
 少しすると、また別の男に声をかけられた。一見ごく普通の男に見えたが、口もとに張り付いた笑みと、その割にどんよりと曇った目に思わず身を引いてしまう。
(なんか……えぐい腕時計してるわりによさそうに見えないのはなんなんだろ……)
 男は事業をやっているだのと言っていたが、やはりキスをしたり行為に至ると想像すると抵抗を感じてしまい、頭を下げて断った。
「ごめんなさい」
「はっ……そうですか」
 男は神経質な嘲笑のような表情を浮かべたものの、それ以上は何も言わずに藤真の前から立ち去った。
(いや、めちゃくちゃ感じ悪りぃな。拒否ってよかった!)
 傍目に見れば、こんなところに立って男を品定めし拒否し続ける藤真も十二分に感じが悪いのだが、当人の知るところではない。男の行方を見ていると、次に声をかけた女とやはり成立したようだった。
(……ナンパでもなくて路上にいる女を金で買おうっていうんだから、どっかしらアレな男なんだよな、たぶん。女側もそういうつもりでここで待ってるわけで……)
 自分にはそこまでの覚悟はない。援助交際とはもっと華やかで簡単なものだと想像していたのだが──場所が悪いのかもしれない。もう少し人通りのあるところに移動することにした。ナンパだのキャッチだのを横目に見て歩きながら、つい牧のことを考えてしまう。
(牧って実は、めちゃくちゃレベル高いんじゃねえか? 老けてるだけで不細工でもねえし)
 体は逞しく強いし、一物も立派だし、性格も悪くないと思うし、金も持っている。
(なんなんだよあいつ、やべえな……)
 同年代の女子生徒からの人気で言えば、レベルが高いと評した牧よりも藤真のほうが遥かに優っている。しかし今の彼の心境は、場違いな売れ残りでしかないのである。
(せめて最初のあの人また来ねえかな。あの人がいちばんまともだった気がする。牧に名刺奪われたけど……あーむかつくわあいつ! ほんとなんなんだ)
 初めて女体化してこの街に来た日、最初に声をかけて来た男のことを思い返す。長く話したわけでもなく、人となりなどわからないのだが、牧に不意にされた機会だと思うと好人物だったかのように虚像が作られていく。
「あっ……?」
 思わず声が出てしまった。ちょうど思い出していた人物と、よく似た男の姿を見つけた。しかし男は別の女を連れていて、一瞬こちらを見たような気もしたが、特に反応を示さず歩いて行ってしまった。
 女はやはり脚を出した服を着ていて、胸は大きいように見えたが、黒いアイシャドウが変に目立って、正直なところ自分よりかわいいとは思えなかった。
(……誰でもいいって、そういうことなんだよな)
 現実を見せつけられた心地で、急激に意気消沈してしまった。帰ろうかという思いが生じ始めたとき、若い男が行く手を塞ぐように話し掛けてきた。
「お姉さん、男探してんの?」
「えっ……と」
(なんだこの人、普通のナンパか?)
 長髪というには短いのかもしれないが、茶色に染めた髪を跳ねさせた、季節の割に日焼けした男だった。今日これまでに接した男たちとは違って体格もよく、服装も若者然としていて、女を買うタイプには思えなかった。
「さっきからこの辺ウロウロしてんの、見てたんだよ」
 男は藤真のバッグのひまわりを指差す。本能的に、関わらないほうがいいと感じた。
「……すみません、急いでるんで」
 早足で離れようとするが、男の歩幅のほうが大きい。
「出会い喫茶って知ってる? 座ってお菓子食べたり漫画読んだりしながら男を待ってられるんだよ。今ならオープン記念で女性無料! 男からは入場料取るから、立ちんぼより変なやつも来ないと思うよ」
「うーーん、と……」
 そも、女の体で男とセックスをするというのが当初の目的なので、厳密に援助交際でなくとも構わないのだ。どうせ予定はないのだから、出会い喫茶とやらを体験するのも悪くはないのかもしれない。しかし、店の中に入ってしまったら牧は自分を見つけられなくなる。
(え? いや……)
 藤真は自らの思考に戸惑いうろたえた。自分は、牧を待っているのだろうか。
「ねえお姉さん、どうすんの?」
 藤真が口を開く前に、別の男の声が割って入った。
「ちょっと、すみません!」
 思いきり振り返ったが、そこにいたのは見知らぬ中年の男だった。スラックスとベストの上にアウターを羽織った、牧とは似ても似つかないスマートな男。バッグにつけたひまわりを凝視し、それからまじまじとこちらの身なりを観察するのがわかる。
(牧じゃない。牧は来ない。実家に戻ってるって、わかってるんじゃんか……)
「一緒に来ていただけますか?」
(もう、いいや。こっちの人について行こう)
「……はい」
「チッ」
 出会い喫茶の客引きは大きな舌打ちをして離れていった。

「っ!?」
 意識が覚めると、まず窮屈な体勢の苦しさに顔を顰めた。手脚が思うように動かせない。徐々に自らの状態を理解していくと、大きな瞳を驚愕に見開く。
 藤真は一糸まとわぬ姿で拘束されていた。手首は頭の後ろに纏められて柱のようなものに括られ、両の太ももは首の後ろに渡されたベルトと繋がれて体の前に持ち上げられ、強制的にM字に開かされて、陰部をまざまざと晒している。
「お目覚めみたいだな」
「っ!」
 状況を理解しきれていないせいで、人の存在にも気づいておらず、思いきり体を震わせてしまった。藤真は困惑と抗議の表情を浮かべ、いかにも軽薄そうな柄シャツの男を見遣る。
「なんで、こんなっ……」
「いろんなこと教えてほしいって言ったろ?」
「ひっ!」
 暗がりから伸びた別の男の腕が、桜色の乳首を摘み上げる。乱暴につねりひねり上げる動作に快感は生まれず、ただ恐怖だけが募った。
「痛いぃっ!」
「おいおい、女の子には優しくしなきゃだめだろ? こう……」
 唾液で濡れた男の指が、微かに肉びらを覗かせる秘裂に触れる。
「いやぁっ!」
 硬い皮膚をした無骨な指が、じっとりと湿った柔肉の色と感触を楽しみながら、何度も割れ目をなぞる。
「はんっ! 嫌っ、あぁっ…くっ…!」
 不本意なこととはいえ、開かれたまま固定された脚を閉じることもできず、敏感な箇所への刺激に耐えきれず声が漏れる。
「嫌じゃねえだろ? 自分からついて来といて」
 ヴィィィィィ──男の指の間で、楕円形のローターが大袈裟な音を立てて震える。陰核に押しつけられると、拘束された体が大きく跳ねた。
「あぁ〜ッ! あっ、あぁッあっ…♡」
「なあ? ほら、全然嫌がってねえじゃねえか」
「はぅっ! っくっ、ウゥッ…♡」
 女陰の至るところをローターで撫で回されるうち、膣口は求めるように収縮し、竦み上がっていた体はだらしなく愛液を吐き出す。
「へへっ、口では嫌がってもカラダは正直じゃねえか」
「ぁっ! やぁっ! あぁぁっ…!」
 陰核を刺激する位置にローターをガムテープで貼り付けて固定されてしまうと、たまらず悶絶する。スイッチが入ったかのように、乳首、太もも、いたるところを弄り回す男の手に感じてしまう。
「金が欲しいんだろ? たっぷり稼がせてやるからよ」
 部屋のドアが開くと、何人もの男が入ってきて藤真の拘束されるベッドを取り囲む。みな一様に股間を隆起させ、中には早々に性器を露出させて自慰行為を始めるものもいた。
「んなっ!? そんなっ……」
「じゃあまず俺から!」
 男はじゅるりと涎を啜り、覚束ない手つきでズボンのベルトを外す。
「やぁっ! 嫌だっ! 助けて牧──!!」
(藤真……!!)
 不吉な妄想を打ち消すように頭を振って、牧は夜の街を駆ける。藤真は誰にも似ていない。日ごろならば見間違いようがないというのに、今日は彼と似通って見える女性が妙に目に留まる。
 思っていたより早く用事が済んだため、藤真の家に電話をしたが、出かけてしまって夜遅くまで戻らないと言われた。それだけの情報だったが、牧には悪い予感がして仕方がなかった。──と、上着の懐でポケットベルが震えた。
「!!」
 メッセージを確認し、目的地まで全力で走る。準備中の札の下がった店のドアを勢いよく開けると、カウンターに座る藤真の姿が目に飛び込んできた。
「藤真! よかった……!」
「牧……」
 かまびすしい音を立てたドアベルに、カウンター内の店主は整った眉根を思いきり寄せて不快感を示す。
「ちょっと、乱暴にしないでくれる?」
 赤く塗った唇と顎のホクロが印象的な、凄味のある美人だ。鼻が高く掘りの深い、はっきりとした顔立ちは、日本人離れしているという以前に見覚えのあるものだった。
「す、すみません。……さあ藤真、早く行こう」
「え、うん……」
 牧に腕を引かれ、藤真は戸惑いながらも席を立って飲みかけの烏龍茶のグラスを返す。
「ありがとうございました」
「ありがとう、ママ」
「いいえ、お礼はシゲちゃんに……あら、どっか行っちゃったわ」
「今度会ったらお礼しておきます。それじゃあ」
「はいよ、またね」
 慌ただしく店外に連れ出され、藤真は怪訝な顔で牧を見る。知っている顔に再会した安心感よりも、疑問のほうが先に出た。
「用事じゃなかったのかよ」
「聞いてないのか? 大したことなくて、思ってたより早く済んだんだ」
 待たされている間に藤真が得た情報といえば、店のママと呼ばれた人物が牧の親類であること、出会い喫茶に誘われていたときに声を掛けてきた男が店員のシゲちゃんだということくらいだ。
「大したことって?」
「ばあさまが倒れた、頭打った大変だ! って呼ばれて見舞いに行ったんだ」
「……大変じゃん」
 倒れた家族の見舞いと女体化した友人とのデートならば、前者を選ぶことはきわめて正しいと思う。腹を立てていた自分が情けなくなる。
「実際は転んで膝の骨をやって、頭は軽くぶつけただけだった。わざと大袈裟に言って身内を呼びつけたんだ。人騒がせなばあさまだよ。そのあとも久しぶりに会った伯父さんやらに捕まって……」
「みんなに会いたかったんじゃね」
「そうなんだろうが、膝の見舞いなら今日じゃなくたってよかったんだ。危うくお前を危ない目に遭わせるところだった」
 藤真は大真面目な顔の牧をまじまじと見つめ、店を出ても掴まれたままの手首を見た。
「いつまで掴んでんだよ」
 牧は藤真の言わんとするところを察したのか一瞬固まると、手首を掴むのをやめて手を握った。
「おいっ!」
「いいじゃないか、もとは今日もデートの予定だったんだ。なんか食いに行こう」
 牧はさらりと言うと、人の行き交う通りに歩きだす。デートはともかくとして、夕食どきなのは確かだ。藤真は手を振りほどかないまでも握り返さないまま、ただ牧について歩いた。

 ほどなくして見つけたイタリアンレストランに入り、案内されたテーブル席に向かい合って着席する。オーダーを取った店員が去っていくと、牧は藤真を見据えて目を細めた。
「やっぱりいいな」
「うん?」
 優しい顔だ。試合中には見ないが、牧はときおりこういった表情をする。なぜだか胸が痛んだ。
「服、着て来てくれて嬉しい。すごく……かわいい」
「……そう」
 躊躇いがちに、照れたように笑う牧に対し、『お前に見せるために着て来たんじゃない』とはとても言えなかった。
「お前を見つけられてよかった」
 オレも会いたかった、会えてよかった。確かにそう感じたことを自覚しつつも、意固地が邪魔をして言うことができない。
「……最初のとき行こうとしてた身内の店って、あの店?」
 シゲちゃんとやらに連れていかれ、藤真が待たされていた店のことだ。初めて藤真が女体化して援助交際に臨んだとき、この街で偶然出会った牧はそう言っていた。
「ああ」
「ママって、牧の本当のママ?」
「んなわけないだろう。あれは叔父だ。親父の弟」
「あー、やっぱり男の人だったのか」
「見てわかんなかったか?」
「いやー……」
 かわいい男がいるならゴツい女だっているだろう、とは言わずに言葉を濁す。牧に似て顔立ちが日本人離れしているので、体格の良い外国人の女性のようにも見えたのだ。
「ママもばあさまに呼ばれてたから、病院で会って一緒に帰ってきたんだ。でお前の家に電話したら出かけたっていうから、嫌な予感がして店の人を借りて一緒に探してもらってた」
「ふうん。店員さんのカンがよくて、よかったな」
 牧は苦笑する。
「……そうだな。あと、初めてポケベルが有効活用された気がする」
 言いながら、上着の懐からポケットベルを取り出して見せた。
「なにお前、女子高生みたいなもん持って」
「藤真は? ポケベル」
「持ってない。そんなまどろっこしいので部活の連絡とか送られても困るし」
 外見こそ今どきの若者だが、高校に入ってからは部活動ばかりで過ごしてきたため、そういったものには興味を持たずにきた。牧も同様だと思っていたので、少し意外だ。
「そうだな。俺もそう思ってるんだが、親から持たされてて」
「うわっ! 坊ちゃんじゃん!」
「まあ、今回はこれのおかげですぐに店に戻れたからよかった。……お、来たな」
 料理が運ばれてきてからは、ふたりとも口数少なく食事をした。食事のときは食べることが優先だ、特に不自然なことではないのだが、藤真はときおり手を止めて考えてしまう。路上で知り合った男と、こうして食事をすること、その後一緒に過ごすということ。自分がしようとして、できなかったこと。
(牧って、やっぱりイケてる。老けてるだけで不細工じゃないし、体型もいいし、その気になれば女なんてすぐ見つかるよな。だからたぶん、将来も援助交際なんてしないと思う……)
 前回のデートでの発言を撤回し、そんな男と一緒にいることに誇らしい気分になったが、すぐに自己嫌悪に陥った。
「うまいな」
「うん。おいしい」
 世辞ではなく美味い料理だった。考えごとをしながら食べるのは、少しもったいないと思うほどに。

「じゃあ、うちに行くか」
「……うん」
 牧は当然のように手を握ってきたが、藤真は相変わらずそれを握り返せない。
 紆余曲折あったが、当初からの目的は果たされる。それでいいではないか。もやもやとして、切り替えられずにいる自分に苛立ちが募る。
 街中は賑やかで、話すにはどうしても声を張る必要があるため、会話が少なくても特に気にはならなかった。
 電車に乗って牧の住むマンションの最寄り駅で降りると、一気に人が減った。そこから目的地へと歩く、夜の住宅地付近は人通りもまばらで、さすがに沈黙が気になった。
「藤真、怒ってるのか? 遊びに行けなかったの、残念だったな。また今度……」
「今度なんてもうないよ」
「それは……」
「キャンディ、もう無いんだ。今日ので最後だった。女体化しちまったのになんもしないでいるなんてもったいないと思って、援交しにきた」
「!! そうだったのか」
 キャンディはもう無い。つまりふたりでこうして会う機会もないと言ったつもりなのだが、牧の反応はあっさりとしたものだ。
(別に牧は、オレにこだわる必要ないもんな。ただ都合がよかったってだけで……けど、オレは)
「だから、今度なんてもうないんだ」
 恐ろしい、触れてはいけないものに辿りついてしまいそうで、それきり口をつぐんだ。吐き出せないものが胸に支えて溜まっていく。
「別に、女体化しなくたっていいんじゃないか?」
「女装しろって?」
「いつものままでいい」
「……」
 牧は何もわかっていない──いや、牧は友達だ。初めての夜に彼はそう言っていた。自分が牧に求めるものがおかしいだけなのだ。行き場のない熱があふれ、瞳からこぼれる。
「藤真……泣いてるのか?」
 どうして。牧には困惑しかなかったが、手を繋ぎ体が触れるほどの距離で歩いているのだ、藤真が震えていることはわかる。外は暗いが、街灯の明かりに白い頬を伝う光が見えた気がした。
「だって、男に戻ったら、もうこんなの無理じゃんか」
「!!」
 牧は今まで抑えに抑えてきたものが弾き飛ばされたような心地で、藤真のことを抱きしめていた。
「なにっ……」
 咄嗟に声を上げたが、牧の体を押し返すことはできなかった。強い腕が心地よくて、広く厚い胸に顔を埋めたい衝動に駆られながら、あらがってただ俯いていた。
 牧は道の端に体を寄せながら、藤真に言い聞かせるように静かに語りだす。
「藤真、聞いてくれ。……俺は、こうなる前からお前のことが好きだった。恋愛的な意味でだ。だから、お前が他の男とやるなんて絶対嫌だった」
「……は? なにそれホモじゃん。きっしょ」
 震える声の、自らの言葉が胸に刺さって涙が止まらない。子供のようにぐすんと啜り上げた息に、いっそうみじめな気分になる。
「男でも女でも、お前のことが好きだってだけだ。そんなにおかしいことだとは、俺は思わない」
 言葉こそ拒絶を示していたが、牧にはそれが藤真の本心だとは思えなかった。自分に都合のいい思い込みでしかないかもしれない、そう思っていたことが真実めいて迫り上がってくる。
「お前だって、同じなんじゃないのか? 女になったからって、中身は藤真のままのはずだ」
「そんなこと、急に言われたってわかんない……」
 わがままを言うつもりではなく、藤真は本当に混乱していた。泣いたせいか思考が感情に引きずられ、落ち着いていない自覚もあった。少し、時間がほしいと思う。
「……とりあえず、うちに来るよな?」
「ここまで来といて、んなこと聞くんじゃねえ」

 牧の部屋に上がると、藤真のほうから牧に抱きついた。
「藤真……」
 抱き合う体が求め合っている。しかしそれは、あくまで男女の形をしているからではないのか。
 くちびるを塞がれ、舌を絡め合う。知り合いとのキスなど気まずくて嫌だと思っていたのに、腹の底から甘い疼きが湧き上がり、苦い思いを忘れさせるようだった。
 帽子を取り、ウィッグを外し、服を脱がされていく。正体を暴かれていく感覚はあるが、しかし現れる肉体は女の形で、本来の自分のものではない。
「藤真。好きだ。ずっと前から俺は……」
 優しくて熱い目がこちらを見ている。力強い腕で獲物を捕らえ、獰猛な雄の象徴を押しつけてくる。雌の肉体はそれを求め、欲している。
「本当に?」
(オレは本当にちゃんと、牧のことが好きなのかな……)

「……?」
 暖かくて心地よいが、ずっしりと重たい布団だ。そう思いながら、体のけだるさからしばらくは目を閉じていた。じき、ぼやける視界が明るくはっきりしていくと、褐色の腕が体に回され、牧に背中を抱かれているのだと把握する。
「!!」
 カーテンから日が差し込んで、お手本のようにチュンチュンと雀の鳴き声が聞こえる。夜のうちに帰るつもりだったのだが、女体化時の眠気に耐えきれず眠り込んでしまったようだ。牧を起こさないよう、大きく体を動かすことは避けたが、それでも自分の体が男に戻っていることはわかる。胸は平坦で、股間には男性ならではの存在も感じる。
(男の背中なんて抱いて、気づかないでのうのうと寝てやがって……)
 間抜けな寝顔でも見てやるかと振り返ると、牧と思いきり目が合ってしまった。
「おはよう」
「お、おはよう!? 起きてたのかよ」
「ああ。起こしたら悪いかと思って」
「別にいいのに」
 困惑しつつ、ほどかれる気配のない牧の腕から体を引き剥がすように上体を起こした。
「おら、男に戻ったぜ」
 平らな胸を思いきり張って牧に見せつける。
「ああ、そうだな」
「かわいいフジ子はもういねえ」
「……そうかな」
 その言い草があまりに可愛らしくて、牧は思わず笑ってしまった。大して変わっていないと教えたら、傷つけてしまうのだろうか。
「どっちでもいいんだ。昨日も言ったとおり、男の時点からお前のことが好きだったんだから」
「……本当かよ?」
 牧に嘘をつく利点はないと思うし、援助交際を妨害してきたことにも合点がいく。しかし抱かれたのはあくまで女としてだ。告白を聞いたあとも、それがずっと引っかかっていた。
「ああ、本当だとも」
 牧は藤真の腰を抱き、シーツの中で朝勃ちしている性器を捕まえる。
「あっ!!」
 緩慢に首をもたげていたものに一気に血が集まる感覚があって、顔が燃えるほど熱くなる。女の裸を見せる以上の恥ずかしさだ。
「おいバカ、よせって!」
 牧の腕を掴むが抑止力にはならないようで、大きな手は形を確かめるようにそれを緩く握り、やわやわと撫でる。
「いまさらじゃないか?」
 牧はシーツを押しのけながら、それを口に咥え込んだ。
「くぁっ! あっ、ウソ、ぁっ……」
 初めて見た、いや正確にはまだまともに見てすらいない藤真の本来の姿が愛おしくて、口の中のものを夢中で舐めまわしていた。
「っく、あぁっ…」
 敏感な亀頭も柔らかな陰嚢も低い喘ぎ声も、知らないようでよく知っている。体の形など、牧にはやはり些細なこととしか思えなかった。
「っあ、やば、出るからっ──ぅくッ…!」
 言葉では拒否していてもその感触は男の体にやはり魅力的で、藤真は形ばかりの抵抗を示しながら牧の口の中で果てた。牧は喉を鳴らしてそれを飲み下す。
 名残惜しそうになおもそこに吸いつくのを、さすがに力ずくで引き剥がしてシーツで隠す。
「……信じらんねー、男のちんぽなんて舐めて」
「好きなら舐めたくなるもんだ。……お前だって舐めてくれた」
「それは、オレが女になってたからでっ!」
 藤真は赤面する。確かにあのときは女の行為として臨んだつもりだったが、自分が相手を選んでいたことを思い知った今では、気の利いた反論ができない。
 牧は藤真の手を取り、低い位置から彼を見上げる。
「好きだ、藤真。信じてくれ」
「……胸ないけど」
「すごく好みだ」
「ちんぽ生えてるけど」
「ちんぽが嫌いな男はいない」
「まんこないけど」
「穴なら他にもある」
「本気で言ってる!?」
「もちろん、お前が嫌ならしない」
 牧が自分に恋愛的な好意を抱いていた。ここまでされて嘘だとは思わないが、いまだに実感がない。覚悟もなく、戸惑いしかない。しかし頭の中に抵抗感があるだけで、牧に嫌悪感などないのだ。
 体は確かに女になっていた。だが、それだけだったのだと思う。女体化しても藤真のままだと、花形も牧も同様のことを言っていた。そのうえで花形は友人である藤真を抱かず、牧は抱いた。
 最初は誰でもいいと思っていた。しかし違った。夜の街を彷徨いながら、自分は牧を待っていた。
 牧は体を起こし、藤真と正面から向き合って言った。
「藤真、お前の気持ちを聞かせてくれ」
「……!」
 こわい。言いたくない。恥ずかしい──喉の奥に詰まって、言葉が出てこない。誰のためでもない、何の義務も背負わない自分のための意思表示が、こんなに恐ろしいことだとは知らなかった。
「言いたくない?」
 ぎゅうと抱きついて牧の胸に顔を埋めた、藤真からは見えなかったが、牧は穏やかに笑っていた。返事を言葉で聞ければそれは嬉しいが、聞かなくとも十分に伝わっている。
「……好き」
「ん? もう一回」
 聞こえなかったのだろうか。目線を上げると、にこにこと楽しげな牧と目が合った。わざとだ、咄嗟にそう直感して眉を吊り上げる。
「ん? じゃねえよハゲ! もう二度と言わねえ!!」
 腕を回していた広い背中をバチンと叩き、思いきり体を離した。
「ハゲじゃないだろう。よく見てくれ」
 牧は藤真の体を掴まえ強引に抱き寄せる。牧と比べれば華奢ではあるが、しなやかな筋肉のついた、しっかりした男の体だ。女の状態も庇護欲をかき立てて愛らしかったが、このくらいのほうが安心感があっていい。よく知っている藤真の姿だ。訝しげな視線も今は心地いい。
「将来ハゲるかもよ」
「見届けてくれるか?」
「ウザッ」
 藤真はそう言ったきり、どさりとベッドに体を沈めた。柔らかな髪を、頬を手の甲で撫でると、それだけでたまらなく幸せな気分になる。勝利の興奮とも、セックスの快楽とも違う、静かで穏やかな愉悦に浸る。
「今日、午後から練習なんだが、休みたくなってきた……」
「ふざけんな、ちゃんと行け! オレらに勝っといてしょぼい結果で終わったら承知しねえからな。……なにヘラヘラ笑ってんだよ」
「やっぱり俺たち、うまくいきそうだ」

「手ぶらでいいって言ったのに、高そうなもん買ってきて」
 藤真は牧の持つ高級デパートの手提げ袋を見て眉を顰めた。
「いいじゃないか、はじめてのご挨拶なんだ。うちの親もついてくるっていうのを、俺は全力で止めたんだぞ。そしたらせめて手土産を持っていけって」
「それは大掛かりすぎるな。大学生の男二人が一人暮らしするって、そんな大袈裟なことか?」
「ふたり暮らしだ。まあ一応未成年だし、親にとっては子供なんだろうしな」
 とても子供には見えない横顔を眺め、藤真は意味ありげな笑みを浮かべる。
「叔父さんには、アドバイスしてもらったほうがいいこともあるかもな?」
 男同士での交際は続き、春からの大学進学に際して東京に部屋を借りて同居することになった。牧は同棲だと言って憚らないが、表向きは友人同士のルームシェアとして、一応すでに口頭での了承は得ている。
(大丈夫かな)
 藤真の実感としてはあまりに早い展開で、気持ちがついてきていない部分もあったが、それぞれの通う大学の位置関係やら、ふたり暮らしの利便性やらを牧から熱く語られるうちに折れてしまった。
(まあ、面白そうだからいっか──)
「ん……?」
「どうした? 藤真」
 藤真の視線を追うと、切り残された小さな林の中に、稲荷のほこらがひっそりと佇んでいるのが見える。
「あとで油揚げでもお供えしてくか」
「なんだ? なんかの神様なのか?」
「稲荷神社なんだから、キツネの神様だろ」
(男同士なんてどう考えてもイージーモードじゃねえけど、男に生まれてこいつに出会えてよかったかもって……報告しなくても、お見通しかもしれないけどな)
 
 
 
<了>

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