ポラロイド遊戯

4.

「藤真」
「ん、なんだよその箱」
 居間に入ってきた牧は、貰いものの菓子かタオルでも入っていたような黒い箱を大切そうに抱えていた。藤真の目線からは、箱の上に熨斗紙が貼ってあるように見える。
「終活箱を作ったんだ。この前テレビでやってただろう」
「……あ?」
 終活。人生の終わりのための活動として、先日テレビで特集していたことは藤真も覚えている。自分が死んだあと、残った家族や子供が困らないように不要なものを処分しておくだのの内容で、『終活箱』には火葬のときに一緒に燃やしてほしいものをまとめておくらしい。〝墓場まで持っていく〟ということだろう。特に番組内容に興味があったわけではなく、ただテレビをつけっ放しにしていて耳に入ってきただけだったのだが──藤真は眉を顰める。ふたりとも若いとは言えない年齢ではあるものの、終活など意識するのはもっと上の年齢層のはずだ。そういえば牧は、少し前に健康診断に行っていなかっただろうか。
「……なにお前、変な病気でも見つかったのかよ?」
「いや? 至って健康だったぞ。内臓は若いし、目も意外と悪くなってなかった」
「じゃあそんなもん必要ねえだろ、なんだよ終活って、くだらねえ」
「ちょうどいいサイズの黒い箱があったから」
「箱基準かよっ!」
 牧の手にある箱をあらためて見ると、熨斗紙と思ったものは、白い紙に牧が筆ペンで『終活箱』と書いて貼ったものだった。それだけなのだが、飾り気のない白黒がいかにも葬式めいて見えて、藤真は険しい顔をする。
「藤真、お前昔よく、いつなにが起こるかわからないって」
「昔はそうだとしても、今はもうなんもねえだろ」
 牧としては生命保険に入ることや、災害時のための保存食を置いておくことと大差ないレベルのつもりだったのだが、藤真はすっかりそっぽを向いてしまった。
「……で、オレにそれを預かっとけって?」
「いや、まだ手もとに置いておきたいから、死ぬ直前までは俺が持ってようと思う」
「じゃあなんで今持ってきたんだよ!?」
「え? いい感じにまとまったなあって……まあ、存在だけ覚えといてくれりゃいい」
「あいよ。多分寝て起きたら忘れてるわ」
「藤真。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「怒ってねーしっ!」

 黒い箱の一番下に隠すように仕舞った、表紙の擦れた小さなアルバム。硬い表紙のしっかりとした装丁のものではなく、写真は貼らずにポケットに収納していくタイプのものだ。
 内容は若気のいたり。限られた逢瀬の時間を生き急ぐように、背伸びした快楽を追求していた、ふたりとも青かったころの思い出だ。書棚のアルバムには決して入れることのできない、これらのポラロイド写真のことを、藤真は果たして覚えているだろうか。
 密かに眺めるばかりで日光になど晒すことのなかった写真は、経過した年月の割には綺麗なものだった。印画面よりも、余白の部分に残った指の型のほうが気になるくらいだ。
 いつの日かこれを見つけた藤真はどんな顔をするだろう──それを考えると楽しくて仕方がないのだから、自分は藤真が信じているほど善人ではないと思う。

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