男子トイレの恋人

【R18】裕太と観月の秘密の逢瀬。なんでも大丈夫な方向け。今までアップした話とは繋がりありません。全3話 [ 3話目:4,583文字/2022-09-10 ]

3.
 
『どうして君はボクのことが好きなのかな』
『え? そんなの』
 当たり前じゃないですか、って俺は答えようとしたと思う。
『ボクはあの技が君の体に負担を掛けることに気づいてた』
『それは……』
 驚いたし、ショックもあった気はするけど、あのときって試合のインパクトとか、一気にいろんなことがあって……正直、いまだに観月さんを嫌ってるっぽい兄貴が大袈裟すぎるように感じる。もしその可能性を知ってても、俺はあの技を使ったんじゃないだろうか。ほかの学校の試合見てたってそんなシーンはあったし、今がなければ未来だってないって思う。観月さんが気にすることじゃ──観月さん、気にしてたのか?
『そんなの、俺が観月さんを好きじゃなくなる理由にはなりません』
『じゃあ、』
『俺はどんな観月さんだって好きです』
『本当に? どんなボクでも……?』

 ──そんな夢を見た。大胆なのは望むところだ! って思ったのは夢の中だったか現実かわかんないけど、観月さんとのプレイは日に日に過激になっていった。
『いつもの個室で。先に待ってます』
 メッセージを見て約束の場所に行くと、俺は目を疑った。
「ッぁ……!?」
 声にならない声ってこういうことなんだろう。心の中では叫んでるけど、驚きすぎて声が出なかった。
「裕太君……?」
 観月さんは裸で目隠しされて、脚を開かされたM字開脚の格好で便器の上に縛り付けられていた。それから──もう、わけがわからない。ひどいありさまだ、理解したくないんだろう。脚の間から何か便器の中に滴らせて、太ももには〝正〟の字がいくつも書いてある。
(なんだよ、これ……!)
 エロ漫画で見たことあるやつ。漫画の中では〝肉便器〟なんてひどい言葉を使われてたけど、今ここにいるのは俺の大好きなひと。あんまりのことに直視できない視界がぶれてぼやける。衝撃的で信じられなくて、それなのに下半身は熱く腫れ上がっていく。絶望の向き先がわからない。
「裕太君なんでしょう?」
 観月さんの声は普段と変わらないように聞こえた。微かに笑むような唇の形もいつもと同じ、だろうか。俺は口を開きかけては閉じるってことを繰り返してた。
「……」
 この時間にここに俺を呼び出したのは観月さんだ。だから目隠しで見えてなくても俺かと思って呼んでるんだろう。
 わかった、これは観月さんの演出だ。プレイの一環だ。気分が盛り上がるように、かわいいパンツやコスチュームを身につけることの延長。観月さん、シナリオとかお芝居とか好きみたいだし。
「ねえ、裕太君、返事しなさい」
 観月さんの声、うわずって、なんだか楽しそうだ。ああ、愉しんでるんだろう。やっぱりこれは演出で、俺以外に犯される観月さんなんていないんだ。
「目隠しを取って、君の顔を見せて?」
 もし俺じゃなかったら、観月さんはどういう反応するんだろう。他のやつにこんなとこ見られたら、今は平気そうな観月さんも取り乱して嫌がるかな。絶望的な顔をするのかな……。
「裕太君、ボクにはわかってますよ、興奮してるんでしょう?」
 ああ、このひとにはどこまでお見通しなんだろう。
 どんな観月さんだって好きだっていうのは本当だ。俺は打ちのめされながら、観月さんのあられもない姿にめちゃくちゃに興奮してる。体じゅうから汗が出て、ズボンの中のものもガチガチだ。
 兄貴は観月さんについて本性とか正体って言葉を使ったけど、隠して見せないものは誰にだってあると思う。そしてそれが暴かれるのは裸を見せるのと同じだって、俺はあの日、あの試合を見て感じてしまった。
 あくまで鮮やかに試合を捌く兄貴に、観月さんは今まで見たことない様子で、荒々しく声を上げて食い下がろうとして。日ごろ品よく振る舞うあのひとが進んで見せたくはなかったであろう姿を、大勢の人間の前で引き摺り出され晒されていた。大切なものが踏み躙られていく──かわいそうだ、見てられない、とは俺はならなかった。見てはいけない光景のようなのに、目を逸らすことができない。美しいって言葉が好意的な感動を表すんなら、あのとき俺は汚れていく観月さんを美しいって感じてた。電撃が走ったみたいに、思い込みの常識も何もかもが覆された。
『……ボクのこと、嘲笑いにきたんですか?』
『俺、観月さんのことが好きです』
『ハッ、慰めのつもりですか?』
『違いますよ』
 さすがにそんなのが慰めになるなんて思わない。そして観月さんはあくまで俺を善意のものだと思ってる。案外純粋なひとなのかもしれないって、案外あなたに従順でなかった俺は悲しくなった。
『俺はただ、自分の気持ちを伝えにきただけです』
 掴まえた手首は戸惑うほど細くて、抵抗はあまりに弱弱しくて、言葉は強くて人間は単純だった。恋とか愛とか名付けたら、どんな汚れた欲望だって赦されて。
「ボク、もう君じゃなきゃ満たされないんだよ。裕太君、早く来て……♡」
 言葉も、掠れてささやくように消えていく声色も吐息も、全部が色っぽくて──魅力的で。みだらに開かれたからだに、俺はあらがわず自分のものを押し当てる。すでに濡れてぬめるそこは、いつもより容易く俺を受け入れ、いつもとそう変わらない窮屈さで締め付けた。
「あっ、あ、あぁぁっ……♡」
 感極まったみたいな声と一緒に白い喉が反って、唇はやっぱり嬉しそうに角度をつけて隙間からかわいくてやらしい舌を覗かせてる。便器に縛られて、こんな格好でちんこ挿れられて悦ぶ観月さんなんて俺は望んだことない。だけど体はしっかり興奮してるし、観月さんが俺ので感じてるって実感すると嬉しくて、もっと喘がせてやりたくてたまらなくて、ゾクゾクしながら届く限り奥まで身を沈める。
「んんっ──♡ ふふ、ボクの中、君の形を覚えちゃったみたい……♡」
 あくまで愉しそうな声と艶やかできれいな唇が忌々しくて愛しくて、思いきり深くキスをした。舌を突っ込んで絡め取ってぐちぐちと掻き回す。
「っ、うぅ…ん…♡」
 観月さん、あんまりキスは好きじゃなさそうだけど、今日くらいはいいよな……って俺は好き勝手に柔らかな口の中を犯した。
「はぁっ…」
 呼吸を解放すると桜色だった唇は充血して赤くなって、顎はよだれで汚れていた。拭うように、舌が唇を撫でる。みだらな光景だ。
「裕太君。ボクのこと、好きかい……?」
 きっと観月さんは俺の反応を伺って愉しんでるんだろう。悔しい。こんな状態の観月さんのこと、そんなこと聞かれたって俺は、俺は──安定してた視界が滲んでブレる。
「好き……です……」
 悲しいよ。目もとが熱くて、めまいもする。こんなの平気なわけないけど、嫌いになれるわけもなくて。
「あぁ……! 嬉しいなぁ、裕太君♡ ボクも君がいちばん好きだよ……!」
 いちばんって、いうのは……いや、違う。だから、これはただの演出だって──俺はわけがわかんなくなって、泣きながら観月さんを犯した。目隠ししたまま、縛りつけたまま。好きなのに、どうしてほどいてあげないんだ。
「あっ、あんっ♡ ゆ、た…ぁ、すき……♡」
 観月さんに怒ってるからか? 俺だって愉しんでるくせに? いや、むしろ俺のほうが──
(観月さん、観月さんッ……!)
 本当はトイレの中ばっかりじゃなくて、ベッドの上で抱き合いたい。いつもいいにおいの観月さんの部屋の、薔薇柄の寝具に埋もれて、しょうもないおしゃべりして、もつれながら朝まで眠って。日が昇ったら昼間のカフェでデートして、お互いに紅茶とスイーツをおすすめしあってさ。
 俺は思いきり首を横に振る。そんなのだめだ、許されない妄想だ。俺たちの関係はこの個室の中だから成立するのに、外に持ち出しちゃあふたりの世界が終わってしまうかもしれない。苦しい。これが恋ってことなんだろう。
 ああ、そうだ。これは恋愛じゃない。
「うぅっ──!」
 びちゃびちゃと、便器の中に勢いよく精液が注がれる。あったかい観月さんの中にじゃない。白くて冷たい、陶器製の便器だ。
「ふぅ……」
 濡れたまぶたを上げると狭いトイレの個室には俺ひとりきり。観月さんの姿なんてない。あるわけない。この場所でのできごとは俺だけの秘密。
(観月さん……)
 どろどろとした欲望の呑み込まれていく、トイレの水の渦をぼうっと眺める。この想いを全部吐き尽くして下水に流したら、前みたいに純粋な気持ちで観月さんのそばに居られるのかな。
 告白なんてしてない。できるわけない。せっかく見つけた俺の居場所、優しくて厳しくて大好きなひと。家や青学に居たくないためのかりそめの場所じゃなくて、俺は本当にここでやっていきたいって思ってるんだ。失うくらいなら隠し通してやる。月日が過ぎて、観月さんと自然にお別れするまで──
「はぁ〜あ……」
 見上げた蛍光灯はまだ滲んでる。間抜けな声だなあって、自分の声に対して他人事みたいなことを思う。本当アホだよな、どうして自分の好き勝手な妄想を悲しい設定にするんだろう。明け方くらいに目が覚めて、恋人設定の別れのストーリーを考えてひとりで泣いたこともある。兄貴の件が平気になったと思ったらこれだ、頭おかしいんじゃないかって我ながら心配になる。こんな俺のこと知ったら、観月さんは普通に俺のこと嫌いになるだろうな。いや、面倒見いいひとだから病院に連れてかれるかもしれない。
「はー……」
 何度目かのため息をついて、いい加減落ち着いたなって個室を出ると、ありえないものが目に飛び込んできた。
「!?」
 俺は妄想しすぎて現実に戻れなくなってしまったんだろうか。トイレの蛍光灯の光に、観月さんの姿が青白く浮かび上がる。
「幽霊でも見たような顔ですね、裕太君。そんなに驚かなくてもいいんじゃないですか?」
「え、あ、はは、すみません……」
 あからさまに不自然に声が上ずる。観月さんはいつもの──俺の妄想の中と同じ、ひらひらしたパジャマを着てる。もちろん下は穿いてる。視線は鋭くて、冷たい月みたいで、唇は少しだけ笑ってる。特に珍しくもない、観月さんがよくする表情だ。
 別に、観月さんだって夜中にトイレに起きることくらいあるだろう。俺は観月さんから視線を逸らして手を洗いに洗面台に向かう。変に大回りするのも怪しいだろうから、ごく普通に、普通に観月さんの横を通り過ぎようとしたとき、思いきり左の手首を掴まれた。
「ひっ!?」
 観月さんはその手を観月さんの顔の──鼻の近くに持っていく。俺は反射的にぎゅっと手のひらを握って、力任せに自分のほうに取り戻した。観月さん相手にこんな力づくになったことないんじゃないかってくらい。痛くなかったか心配になったけど、驚きすぎて咄嗟に気の利いた言葉は出なかった。
 観月さんは不服そうにこっちを見てる。気に食わなかったんだろう、そりゃそうだ。
「いつまで続けるんです?」
「……え?」
「ボクはいつまで、オカズでいればいいんでしょうか?」
「……!?」
 試すような表情。利き手を掴んでの行動。冷たい汗がだらだら背中を伝ってる。理解したくない、頭はぐちゃぐちゃで心はめちゃくちゃだ。
 観月さんの手が、もう一度俺の左手首を掴む。今度はなぜだか反抗できなくて、手を引かれるままふらふらと歩いた。

 後ろ手にロックの音をさせて、焦がれたひとが残酷に笑う。ふたりの秘密、男子トイレの一番奥の個室で。
 
 
 
<了>

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