甘い男、ひどい男

 グラディオラスがホテルの自室に戻ると、ラジオの音が聞こえていた。
 見えないなら聞くしかないよな、とそれだけで鬱々としたものが生まれかけて、すぐに頭を振った。
(ラジオなんて、いつもみんな聞いてるもんじゃねえか)
 苛々する。おそらく、暗い想像を捨てられない自分に対して。
 イグニスは備え付けのガウンを羽織っただけの格好でソファにくつろいでいた。髪を下ろしているところからして、シャワーを浴びたのだろう。
「……そういや、風呂は一人で大丈夫だったんだな」
 言いながら、小さな丸テーブルを挟んで向かいのソファに腰掛ける。
 先の戦闘で傷付けられて以来、イグニスの目は光を失った。左目には大きな傷跡が残り、右目もまだ開かない。そしてそれを少しでも隠せるようにと、黒いサングラスを掛けている。
「髪を洗うときに目は開けないだろう。入浴介護でもするつもりだったか?」
「介護て。もう少し色気のある言い方はできねーのか」
 二人はしばらく前から体を繋ぐ関係になっていた。グラディオラスとしては、恋人だとかパートナーだとか、そういったものと同等の意識もあるつもりだ。イグニスも同様のはずだが、素っ気ないのは昔からのことだ。
「生憎、常に色事のことを考えているわけではないからな」
「別にやらしい目的じゃねえよ。必要なら手伝うつもりだった」
 入浴は一人でできたようだが、イグニスの格好だ。風呂上がりだからといってラフな部屋着で時間を過ごす人間ではなかったのだが、着替えはまだ困難でやめてしまったのだろう。
 風呂場だって、滑って転んだらどうすんだ。ぼやくグラディオラスに、イグニスは微笑した。
「世話焼きだな」
「お前が言うな!」
 普通の母親以上にノクティスの母親だった男が、何を言うかと思う。
「自分のことは極力自分でしていく。そうしないと、できることもできないままだろう。皆に迷惑を掛けるわけにはいかないからな」
 思わず強く握りしめた拳の中でグローブがギリと軋んだ。イグニスの目が見えていたなら、表情から動揺を見抜かれているだろう。
 杖をついてよろよろ歩くような状態だというのに、まるでこれまでのように旅を続けるかのような口ぶりだ。迷惑とは思いたくない。しかし楽観的にもなれない。
「……ま、ノクトはまだ目覚めねえしよ。休暇だと思って休んどこうぜ」
「まだなのか……心配だ」
 イグニスの性格というか生き様はずっと昔からよく知っている。ノクティスが全てという人間だ、心配することに意外性はないのだが、彼の今の状況を思うと苦笑してしまう。
「フン、情けねえ王様だ。傷もないキレーな顔して眠ってやがる。そのうち目覚めんだろ」
「俺の代わりに、ときどき様子を見にいってやってくれ」
「心配しなくてもプロンプトがべったりだ。気分転換に写真でも撮ってこいって言ってみたが、まあ難しいんだろうな」
「傷……か。俺は、ひどい外見をしているか?」
 幼い頃から王子の御側付きとして英才教育を受けてきた。身嗜みを気にするのもそのためだ。自分の姿も確認することができないのだなと、グラディオラスは改めて居た堪れなくなる。
「あーん。どうなんだろうな……」
「ちゃんと見て、教えてくれ」
 大切なものが傷を負って不自由にしている様を見ているのは、存外堪えるものだ。しかし自分には見えるのだから、応えなくてはならない。
「わーってるって。確かに傷跡は隠しきれてねえし、今は杖ついて歩いてるから、どうしたって具合悪そうに見えるが……警備隊だのハンターだのやってりゃ、傷跡のある人間なんて珍しかないからな。見てくれがひどいってほどじゃねえよ」
 ただし、心情的には違った。よく見慣れたその顔は、穏やかに整っているほどに不似合いな傷跡が際立って見えたし、なぜ頭脳役の彼がそんな傷を負わなければならなかったのかと考えてしまう。自分の無力を突きつけられるようで、ただただ辛かった。
「そうか。よかった。それなら」
 イグニスは安心したように頷いて立ち上がる。たったそれだけの動作も、重心が覚束ないようで不安定だ。
「おい、どこ行くってんだ」
「どこにも行かないさ。もう遅い時間なんだろう」
 杖をつかないまま、一歩、二歩とグラディオラスのもとに歩く。イグニスの手が相手の体に触れるより先に、立ち上がったグラディオラスがイグニスの肩を支えていた。
 凭れ掛かる重みから、バランスを崩したのかと思ったが、どうやら違うようだ。背中に腕を回し、広い胸元に顔を寄せて、イグニスは呟いた。
「……抱いて欲しい」
「なっ……!?」
 言葉を失う。確かにそういう関係ではあるのだが、全くもって気分ではない。色事に興味の薄いイグニスにもわかるはずだ。
 グラディオラスはうまく答えを作れないまま口をぱくぱくさせる。イグニスにとっては沈黙でしかなかった。
「顔は傷だらけで、目も見えない。やはりもう、抱いてはもらえないだろうか」
 至って淡々と言うのに対し、反射的に声を上げてしまう。
「ばっ……そんなことじゃねえよ! まだ身体が痛むんじゃねえのかと思って……」
「薬がよく効いた。見えないせいでふらついてしまうだけで、どこか痛むわけではない」
(よく効く薬で、どうしてその目は)
 誰にともなく怒りが込み上げるが、言っても仕方がないので抑え込む。
「……怒っているのか?」
「あ?」
「なんとなくそんな気がした。心拍数、だろうか」
「っへ。元々地獄耳だっけな。別にお前に怒ってるわけじゃねーよ」
 白い輪郭に大きな手を添えて、イグニスの顔を上向かせる。
「本当に? ここも、痛くない?」
 唇に縦に入った傷跡にそっと触れる。柔らかな感触に、全く誘われないわけではない。
「ああ。お前の顔の傷だってもう痛いわけじゃないだろう。それと同じだ」
「まあ、そうだな。そうか……」
 改めてイグニスの顔を見据える。気遣う言葉を吐きながら、自分がつらいだけなのだとも思う。しかし「なんでこんなときに」と言う気もしなかった。参っているときほど人恋しくなることには覚えがある。そしてイグニスから迫ってくることは非常に珍しい。選択肢はなかった。
 グラディオラスは意を決したようにイグニスのサングラスを外す。露わになった目元を見るのは、やはりまだ辛い。
(じきに慣れるさ……)
 壊れ物を扱うように慎重に、イグニスの唇に自らの唇を重ねた。
「……!」
 触れるだけの行為に、唇を割って舌を押し込んできたのはイグニスからだった。
「平気だと言っている。普通にしてくれ」
「ああ……ああ。痛いところがあったら、すぐに言えよ」
 気を遣うなとはむしろ難しい注文だ。しかし彼らしくはあった。

 寄り添いながらイグニスをベッドへ連れて行き、体を支えて座らせる。普通に扱えなどと、よく言えたものだと思う。
(あまり知られてないようだが、軍師様は俺には我儘言うからな)
 薄暗い程度に明かりを落とし、不安げに宙を掻く手を捕まえ指先にキスをする。そのまま頬に導くと、こめかみから耳、そして輪郭へと形を確認するように、辿々しい指先が滑った。
「グラディオ……」
 弱い声に、震える指先に、ゾクリとして急激に体温が上がった実感があった。
 狼狽えるのは、イグニスの様子を哀れに思うせいではない。気が乗らないと思ったはずが、しっかりと興奮している自分に対してだ。
「……どうした? 俺はここにいるぜ」
 イグニスの背中に腕を回し、抱き寄せて唇を食む。いつものように深く貪るように、しかし乱暴にしすぎないように注意して。
 小さく呻きながら応えるさまも、しきりに背中や腕を撫でてくることも、いつもより落ち着きのない印象で──いじらしく愛おしいと感じてしまった。
(俺って、悪いやつなんだろうか……)
 押し崩し組み敷いた肉体は適度にしなやかな筋肉がついており、一般人の平均と比較すれば体格が良いと言える部類だったが、グラディオラスと比べてしまえば随分と細身だ。視力を失い人形のように宙を仰ぐ姿は常時のイグニスにはありえないほど無防備で、この完璧な男が完全に自分に身を委ねているのかと考えると、かつて感じたことのない部類の興奮が腹の底から湧き上がる。
「イグニス……」
 ごくり、と嚥下の音がいつもより大きく聞こえた気がして、イグニスは身を竦める。頬を撫でられる。唇を塞がれる。よく知った行為ではあるが──
「怖い? よな?」
 心を見透かされたのかと思った。もしくは、表情や態度に怯えが現れているのだろうか。
 行為のときは大概部屋を暗くしていたし、目を閉じてしまうことも多かったから、いつもとそう変わらないのではないかと思っていた。しかし、一切の光を感じない完全な闇は、それとは全く異質のものだった。
「……怖くないさ」
 見えないことはまだ怖い。しかしこの優しい男が自分に危害を加えるはずもない。
「本当かな」
「ああ……」
 太い首に手探りで腕を絡め、ゆるゆると引き寄せる。
 怪我人相手だと乗り気になれなかったこともすっかり忘れ去り、グラディオラスは誘われるまま、捧げられる供物に目を細める。
 まぶたにそっと、唇に深くキスをしながら、腕の中の体を強く抱きしめる。
「っ……!」
 イグニスが苦しがって爪を立てるまで身勝手に貪りながら、触れ合う身体中でその存在を感じていた。
 掠れる声で耳元に囁く。
「なあイグニス。生きててよかったよ……」
「……!!」
 柔らかな声と息の感触と、何よりその言葉に、痺れるような衝撃が走った。見えない恐怖、何もうまくできないもどかしさ、皆の迷惑になるという不安。実感以上に参っていたのかもしれない。じわりと熱くなった、目元が痛む。
「グラ…あぁ、あっ……」
 本当かと問いたかった。もう一度はっきりと確認したかった。しかし声は情けなく快楽に上ずる。
 耳を食み、舌先でその形を確かめるようにねぶり、グラディオラスは笑う。
「やらしいな、軍師殿」
 お堅いイグニスのこんな姿、こんな声は、おそらく自分しか知らない。飽きることのない満足感に溺れながら、耳たぶ、首筋、鎖骨へと唇と舌で愛撫を施していく。
「あくっ……ぁ……」
 互いの昂りを感じるように、下腹部の硬い感触を体に押し付けるが、まだ触れはしない。思えば久々の行為だ、じっくり愉しみたい。
「あ、あ……」
 薄く筋肉のついた、しっかりとした感触の胸を揉むように撫で回す。硬く屹立した乳首を摘まみ上げると、大きく体が跳ねた。
「ぅあっ!」
「前より敏感になってねえか? 久しぶりだから?」
 爪の先で弾き、指先で捏ね回すように愛撫すると、腕の中でもぞりと体が蠢く。
「んっ……んんっ……」
 問い掛けの体ではあったが答えを期待したわけでもない。素直な反応がただ愛しくて、吸い付いて甘く歯を立てた。
 手はイグニスの纏うガウンを剥ぎ取って、胸元から身体の側面を撫でながら下降していく。肉の感触、骨の感触、汗でしっとりと湿った、暖かな肌の感触を確かめながら。尻を掴むともどかしそうに脚を動かした、案外と堪え性のない恋人についほくそ笑む。
「そうだな。じゃあ」
「ぁっ……!」
 ごつごつとした手に性器を握り込まれ、イグニスはびくりと腰を跳ね上げる。グラディオラスは小さく笑う。
「すげー濡れてる。触って欲しそうにしてたもんな?」
 先端から滴る雫を指先に掬い、塗り広げ、茎全体をしばし手の中に弄ぶ。
「ん、んっ、あぁあっ……」
 自ら処理することもそう多くはない、敏感な場所に直接触れられて、自分の声に羞恥を煽られる。
 じき、脚を持ち上げ腰を抱えられて、身体を折り畳むような格好にさせられた。
「グラ……ぅん!」
 いつもよりしきりに名前を呼んでくるのは、見えないことへの不安からだろうか。ぼんやりとそんなことを思いながら、グラディオラスはイグニスの脚の間に顔を埋め、首を擡げる陰茎を深く銜え込んだ。
「あぁ……あ、ふ……」
 唇で、舌で、ぴちゃぴちゃと過剰に音を立てながら愛撫を施していく。
「相変わらず、やらしいカラダしてんな?」
 性器は張り詰め脈打って、そこから滴った体液と唾液の伝う先、双丘の間の窄まりは待ち侘びるようにひくりと蠢いていた。
「そういう風にしたのは、お前だろう……」
「だっけか」
 とぼけるように呟いて、自らの指を口に含む。たっぷりと唾液を絡ませた中指を、イグニスの陰部に滑らせる。
「っ……!」
 ところどころで抵抗を示しながらも、少し押し込めれば呑み込むように受け容れてしまう。淫らな身体につい口元が緩む。
「こう……?」
「ぁ……」
 慣らし、探るような緩慢な感触にも快楽の気配を感じて、イグニスは眉根を寄せる。
「こう」
「んんっ……!」
 大きく震えた身体に満足げに笑い、グラディオラスは再び頭を垂れる。性器の先端にキスをして、口内に導き、舌を這わせ喉の奥まで咥え込む。
「っあ……!」
 そのまま内部に含ませた指を押し上げるように、彼の敏感な場所に触れると、堪らないとでもいうように切なげな声が上がった。
「ぁ、あぁぁぁ……っ」
 口内はイグニスの体液でぬめり、指は食いちぎられそうに締め付けられ、太腿の内側の筋がびくり、びくりとしきりに痙攣する。
 グラディオラスの頭に置かれた手は促すとも拒絶するともつかない仕草で、くしゃりと髪に指を絡めていた。
(かわいいやつ……)
 どんなときでも冷静に思えるこの男が、鳴くように嬌声を上げて快楽に溺れている。それが自分の施しによるものだと思うと、征服欲を満たされる満足感と興奮があった。
 性器から唇を離して呑み込ませた指だけを動かすと、もはや中だけで感じるようで、しきりに細い声を上げていた。
「あ、あぁ、ぁ……」
「指だけじゃ足りない?」
 グラディオラスの意地の悪い笑みも、今のイグニスには届かない。
「グラ、ディオ……?」
 下半身にあったグラディオの体温が遠くなり、ベッドがギシリと軋む。じき、熱く硬く、濡れたものが頬に突きつけられた。
「……!」
「俺のも舐めて」
「……ああ」
 こくりと頷いて上体を起こしたイグニスの隣に姿勢を直し、イグニスの手をとって自分の性器を触らせる。
「ここ」
「……」
 イグニスは両の手で形状を確認するように、しきりにそこに触れていた。よく知った愛撫ではなく、観察されているようで、奇妙な気分だ。
「何か、新しい発見はあったか?」
「大きいな」
 思わず吹き出してしまった。
「今までなんだと思ってたんだ?」
「いや、今までもそう思っていたが……」
 言いながら、躊躇わずそれを口に含み舌を這わせた。
 グラディオラスの体臭は不思議と興奮を煽り行為に駆り立てる。雄の匂いだと、イグニスはそう解釈していた。荒々しい息も、頭を撫でる硬い指の感触だってそうだ。
「っ……」
 的確に与えられる快楽に、荒々しく呻くように呼吸する。
 イグニスは基本的に器用で真面目な男だ。抵抗感を無くした後は、こんなことも巧みにこなすようになってしまった。
 痛むものではないとは聞いたが、傷を負ったイグニスに奉仕させることはやはり背徳的に思えて──いつもより、興奮してしまった。
「ん……待て」
「何だ?」
 動きを咎めるように肩を押され、イグニスは顔を上げる。
「出そうになった」
「出していいぞ」
「いやいや……ておい!」
 そう言われると最後までしてやりたくなってしまう。弱い制止を無視し、指と口を巧みに使ってグラディオラスの巨根を扱き上げていく。
 辛抱は長くは続かなかった。
「っく……!」
 頭を押さえつけられ、喉の奥に勢いよく精液が放たれる。びゅくびゅくと何度かに渡って注がれるものを、眉間に皺を寄せ嘔吐きそうになりながらも飲み下す。口の中から鼻へと、青臭い匂いが抜ける。
「飲んだ?」
「飲んだぞ」
 んべ、と舌を出して口の中を見せつけられると、達したばかりだというのに再び衝動が蘇ってしまった。ごくりと唾を飲み下し、グラディオラスは目を瞬く。
「……お前、そんなにスケベだったっけ?」
「さあな」
「まあ、俺は歓迎だが」
 にやりと笑い、イグニスの背後に回る。
「前に手ついて、腰上げろ」
 イグニスは言われた通りに四つん這いになりながら、ぼそりと呟いた。
「……サイドテーブルの引き出しに」
 言われた通りにベッド横のテーブルに手を伸ばすと、引き出しの中に潤滑剤の小さなチューブが入っていた。回復薬だのノクティスの眠気覚ましのカプセルだのいつも持ち歩いている男だ。今更驚きはしない。
「さすが、用意いいな。……ゴムがねーけど」
「構わない。そのまましてくれ」
「じゃあ、遠慮なく」
 二本の指にたっぷりとローションを纏わせ、狭い入り口を押し拡げるように捩じ込む。少し前に弄ばれていた、内部はまだじっとりと濡れていた。
「あ、ふ……」
 イグニスは四つん這いからマットレスに肘をつき、腕に顔を埋めた。この態勢は獣のようで苦手だ。しかしグラディオラスから見れば、余計に尻を突き出され、誘われているようにしか思えない。尻の割れ目の上からもローションを垂らして、指を出し入れし性急に慣らしていく。
「んん、ん……」
 ちゅぷ、じゅぷと卑猥な水音、そしてグラディオの呼吸の音が、いつもより大きく聞こえる気がする。腕に埋めた頬がカッカと熱い。
「挿れるぞ」
 ずっと待っていたのだ、早くして欲しい──とまではさすがに言えず、イグニスはただ頷く。
 熱く、硬いものが尻の間に擦り付けられ、やがて強く押し付けられる。
「ああ……あぁぁ……!」
 充分に濡らされたと感じていたが、その質量はやはり指とは比べ物にならない。身体を開かれ、内臓を押し上げられる鈍い痛みに、くぐもった声が上がる。
「苦しい?」
 耳元をくすぐる声に、頭を横に振る。単純な快感ではない。苦しいのかもしれない。それでも自分の中にグラディオラスを受け容れていると思うと、なんとも形容しがたい甘い陶酔感があった。
「うぅ、っぁ……ふか、い……」
「ああ。奥までずっぽり呑み込まれちまってる」
 グラディオラスはそれを誇示するように、下腹部をぐいぐいとイグニスの尻に押し付ける。
「んふ、あぁ……」
「動くぞ」
「んん、んっ……!」
 ゆっくり退き、ふたたびゆっくりと身体を進める、同じ動作を繰り返すうち、調子は次第に早く、強くなっていく。
「っくっ、あ、あ、ぁぁぁ……!」
 パン、パンと身体を打ち付ける音に合わせて、苦悶とも歓喜ともつかない声が漏れる。
「くん、んっ、あふっ、あぁっあ……」
 体の内奥を擦られ、何度も深く穿たれるたび、それは明確な快感へと変貌していた。前をしとどに濡らし、無意識に腰を動かしながら感触に溺れていると、背後からぎゅうと抱き竦められる。
「〜〜!」
 苦しい。息が詰まる。しかし幸せだ。わけがわからない。耳元に、熱い息とともに声が囁く。
「イグニス。もうイきそうだ」
「ああ……」
 了承と受け取ったのか、ピストンは一層早く、激しくなっていく。
「あ、あ、あぁぁぁ……!」
 一層深く突き上げられて、蠕動と共に精液が注ぎ込まれる。その実感に強烈な快感と幸福感を覚えて、開かない目から涙が滲んだ。
 知らなかったのだ。彼とこうなるまで、自分に対して王子の側近という以外の価値を求める人間がいたなんて。考えもしなかった。
 自分を卑下していたわけではない。ただ、そういう方針のもとに育てられてきたというだけのことだ。
 あの戦闘で意識を失う直前、確かに死を意識していたと思う。ノクトの顔が浮かんだ。最後まで力になれなかった。無念だった。次に、グラディオの顔が浮かんだ。ただただ、悲しかった。伝えるべきことが、たくさんあったはずなのにと。
 繋がったまま、身体を反転させられた。上から声が降ってくる。
「イグニス? 泣いたのか?」
「泣いたというか……涙が出た。痛かったわけじゃない。気にしないでくれ」
「泣くほど気持ちよかった?」
「……そう思うなら、それでもいい」
「素直じゃねえな」
 言って笑い、何度目になるかわからないキスをした。
「なあ。もっかいしてい?」
「相変わらずだな。好きにしろ」
 身体は気怠いが、求められることは嬉しい。グラディオにはスケベと言われてしまったが、不安なのだと思う。もう逢えないかもしれないと思った。これから先も、一緒にいられるかはわからない──
「ちょっと待ってくれ」
 グラディオが自分の頭の上に手を伸ばす気配があった。カチリと、スイッチのような音がする。
「どうした?」
「部屋の明かりを全部消した。少しの光もない、真っ暗で何も見えやしない。俺もお前も一緒だ」
「グラディオ……」
 唇はそれ以上の言葉を紡げずに塞がれた。
 二人の音と触れ合う感触だけを頼りにして、月もない夜は更けていく。

「おい、どうした?」
 事後少しして、明かりも点けずにベッドを抜け出したイグニスに慌てて声を掛ける。
「? シャワーを浴びに」
「あー、そりゃそうか」
 イグニスにはもはや部屋の明るさなど関係ないのだ。頭を掻きながら、薄明るい程度に照明を灯す。
「洗ってやろうか」
 気遣いと、幾ばくかのいやらしさの感じられる声色を一笑に付してイグニスは言った。
「結構だ。……いや、そうだな。バスルームまで連れていってくれ」
「あいよ」
 何かを探す動作をしてベッドの上をぱたぱたと探る手に、これか? とガウンを渡す。行為のうちに脱ぎ捨ててしまったものだ。
 戦う必要がなければ。平和な世界ならば、いくらでも世話を焼けるしそれも苦ではないだろうに。
(考えても仕方ねえ。そのために旅を終わらせるってだけだ)
 体を支えて歩き、バスルームのドアを開けて、イグニスが入っていくのを見届ける。
「なんかあったら呼べよ」
「……別に何もないと思うが」
 イグニスは、少し笑っていただろうか。ピシャリと閉まった曇りガラスのドアをしばし見つめ、くるりと背を向けて、その場に胡座をかいて座り込む。
(旅を……終わらせる……)
 ノクティスの独身最後の楽しい小旅行、それだけのはずだった。いまや大きく変わった旅の目的を果たすためには、この先も多大な危険が付き纏うだろう。
(イグニス……)
 旅の中で──いや、それ以前から絶対的な信頼を抱いていた。立場こそ違うが相棒として、王を支えていくことになるのだろうと、使命に燃えた若かりし日を思い出す。
 彼が欠けることは自分にとって、そしておそらくノクトにとっても大きな痛手になる。イグニスだとて、ノクティスの側について旅を見届けたいことだろう。しかし、だからといって目の見えないイグニスを連れ回すにはあまりに危険な道程だ。
(だからって、置いて行くのも心配だ)
 考えながら、首を横に振る。それはさすがに感情が先行しすぎている。目が見えないまま一人にすることに、全く心配がないわけではないが、同行させるより遥かに危険は少ないはずだ。イリスだとて、あの場所が比較的安全だと──彼女らが身を守れるはずだと信じて置いてきたのだ。
 命がなければ何もならない。悲観的にはなりたくないが、現実的に考えなければならない。魔力を帯びた薬を使っても身体の他の傷と同じようには治癒しなかったイグニスの目が、そう簡単に治るとは思えない。
(……次の目的地に向かうまでに見えるようにならなかったら、イグニスは離脱させよう)
 なるべく早いうちに話しておきたいが、タイミングはどうしたらよいかと考えていると、バスルームのドアが、ゆっくりと開く音がした。
「ん。早かったな」
「別に普通だが? というか、ずっとそこにいたのか?」
 布の擦れるような音がして、イグニスの体はバスタオルに包まれる。タオル越しの大きな身体を押し返しながら、さも迷惑そうに声を上げた。
「グラディオ、そんなに構わなくていい。日常的なことから自分でできるようにしていかないと、この先困るからな」
 口だけでなく仕草で拒否されて、グラディオラスは大人しく引き下がってイグニスを眺める。
「こんなときくらい、甘えればいいのに」
「性分に合わない。それに、さっき充分に甘えたからな」
「……そういうのは、やめてくれ。二回戦をしたくなる」
「見上げた意欲だ」
 つれないくせにセクシーで、たまには軽口も叩く。いつもと同じだ。ただ見えないというだけのこと。隣にいても、二度と同じ世界は見られないということ。それだけのこと──
「イグニス。生きてて、それだけで良かったって、思ってるのは本当なんだ」
 求められたわけでもないだろうに、ぽつり、ぽつりと口をついて言葉が出た。自分自身に言い聞かせているのかもしれなかった。
「ほんとはさ。お前はノクトの……ルシスの頭脳になるんだ。戦いなんて他の奴らに任しといていいくらいだったんだよな。この旅が終わるまでの、少しの辛抱だから……」
 見えないながら、イグニスはグラディオラスを見上げるように顔を上げる。
 側近としてノクティスと共に育てられてきたようなものだが、グラディオラスとの付き合いもそれに匹敵するほどに長い。体格の差は感覚的にわかる。
 身体を伸ばし、グラディオラスの頬に唇で触れた。濡れた感触を見つけて、舌先に掬い取った雫は淡い塩味がした。
「ありがとう」
 視覚以外の感覚はある。味覚も、聴覚も、震える呼吸を感じ取れる触覚も。
「甘えていいというなら、一つだけあるんだ」
 広い胸の中心の、震える心臓に手のひらを当てれば彼の心の奥底の柔らかい場所に触れられる気がした。
「俺は、このまま旅を続けたい」
「……!」
 意外だった。聞き間違いかと思うほどだ。イグニスのことは置いて行くべきだと考えていた、それと同時にイグニスが自ら身を引くと言い出すことも想像していたのだ。
「不服そうだな?」
「……んなこたねーよ。じゃあ、まずは目の治療法を探すか」
 怪我明けで、柄にもなく自分から求めてくるほど参っている状態のイグニスに、あまり厳しいことも言いたくなかった。甘えていいといったのは自分だし、視力さえ回復すれば何も問題はないのだ。
「ああ……」
(グラディオ。お前は本当は甘い男だものな)
 先ほどの言葉は本心だ。つまり、心から出たものでしかないのだ。少し考えれば、今の自分が足手纏いにしかならないことはわかる。グラディオだとて当然そう思っているはずだ。
「大丈夫。治るまでの間、俺が守るさ」
 安心しろ、と腕を回して背中をポンと叩く。しかしイグニスの眉間には縦に皺が刻まれていた。
「忘れるなグラディオ、お前は王の盾だ。お前が守るべきは」
「へーへーわかってますよ軍師殿。王も従者もみんなまとめて守ってやる、それでいいだろ?」
「ふ。頼もしいな。まあ、夜も長くなってきているようだから、視力なんてあってもなくても大差なくなるかもしれないぞ」
「ほんとかよ……ていうか、いい加減寝るか」

 無理をさせたのか、あるいは視覚を閉ざされたことで想像以上に体力を消耗していたのかもしれない。ベッドに入るとほどなくして隣から聞こえてきた寝息に耳を傾けながら、グラディオは深く溜息をついた。
 恋人を守りたいと宣言することすら咎めるとは、ひどい男だと思う。
 今に始まったことではない。ずっと昔から、王子のために在ることしか考えていなかったような男だ。モノにはならないだろうと、半ば諦めながら迫ったことも覚えている。
(惚れた弱みって言葉、知ってるのかね……)
 太腿に触れていたイグニスの手をそっと握る。温もりに胸が締め付けられるようで、思春期でもあるまいに、と苦笑が漏れた。
 悪い夢を見ていなければいい。
 いっそ全てが夢でもいい。
 最後まで一緒にいられるといい。
 終わりなんてこなくていい。
 願望はとりとめのない空想になって、沈む意識の中に消えていった。

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