「よっこらせ……っと」
買ってきた米袋を仕舞い込みながら牧が思わず発した一言を、藤真は聞き逃さなかった。
「お前、またおっさんみたいなこと言って。ちょっとは十七の自覚を持てよ」
腰に手を当て、真っ直ぐにこちらを見て何の迷いもなく言い放つ。コートの端から指示を出している、凛とした姿を思いだす。
「藤真……」
「オレはお前が老け顔だってイジられてるのを悲しく思ってるんだ。お前がいいんなら別にいいけど、ほんとは嫌がってるの知ってるからな。見た目は簡単に変えられないんだから、せめて言動に気をつけるべきなんじゃないか?」
親身な言葉に、牧の視線が落ち着かない様子で泳ぐ。コートの内では堂々と、外では悠々としている彼にしては非常に珍しい仕草だ。良心の呵責──迷った時間はごく短いものだった。
「藤真、実は俺は……」
言って楽になってしまおうと決めたのに、なおも口籠ってしまう。だが、言わねばならないだろう。
「十七じゃないんだ……」
「えっ? やっぱりダブ」
「十六なんだ」
「はっ???? なんで?????」
反射的に口からこぼれた言葉を重い口調で遮られ、言っている意味がわからない、と藤真は頭の上に大量のクエスチョンマークを飛ばす。
「三月生まれだからだ」
「あっ……、へー……?」
藤真は驚くとも納得するともいえない至極微妙な反応を示した。冷やかしてからかう気がないというだけで、〝年上に見えるけどタメ年〟と思っていたものが実際は年下だと言われればやはり戸惑ってしまう。
「いやまあ、年下っても同級生じゃんな?」
「ああ、高校二年の同級生だ」
藤真は牧をまじまじと見ながら指を折ってふむふむと頷く。こういった芝居掛かった動作をすると藤真は本当に愛らしい。牧は相好を崩した。
「でもオレと七ヶ月も違うならやっぱり年下だな。あー、そう言われればわかる。お前結構甘えんぼだもんな!」
にこりと笑って牧の頭を撫で始めた。
「そうか?」
牧は撫でやすいように頭を傾けて、されるがままになっている。
「うん。なんかときどきすげーかわいいときあるし、セックスのとき『待て』ができないし、オレのおっぱい吸うの好きじゃん」
「おっぱいはお前が感じるからだぞ」
「なんで今まで黙ってたんだ? 牧とオレが同い年だなんて話はよく出てきたと思うけど、早生まれは初めて聞いた」
こうなってしまってはためらいも恥じらいもない。思っていたままを吐露するだけだ。
「同級生ってだけでいじられるのに、更にいじるネタを提供したくはなかった」
「うんうん、そうだよな、みんなお前の気持ちも考えないで面白がって。かわいそうな牧」
藤真は悲しげに眉根を寄せ、牧をぎゅうと抱いてよしよしと背中を撫でた。別の方向ではあるが、彼も見た目をネタにされることに辟易しているゆえの反応なのだろう。それにしても
「藤真、本当に年下が好きなんだな……」
藤真の施しを心地よく感じつつも、牧の表情には困惑が入り混じる。
やや厳しめに説教をくれていたというのに、年下だと判明した途端に優しくなった。こんなことならもっと早くに打ち明けるべきだった。
「本当にって?」
「陵南の仙道のことかわいがってるだろう」
いや、仙道から懐いたのだろうか。どちらにしろ、親しげにしていることが以前から気になっていた。口を出しては寧ろおかしな話になりそうだと黙っていたが、今の藤真は優しくなっているので言っても許される気がした。
「だって仙道かわいいじゃん。ていうか後輩はかわいがるもんだろ」
どうしてそんなことを言うのか? と言わんばかりに、藤真は訝しげな上目遣いをこちらに送ってくる。大した身長差でもないだろうに、相手を見上げる仕草が癖になっているようだ。お前の方がかわいい、と言いたかった。
「翔陽のやつをかわいがってやればいいだろう」
「オレの立場上、ウチのやつらにはある程度平等に接しないといけない。一年の時点で『監督に贔屓されてる』なんて評判になってもろくなことないぞ」
「ああ……」
それはまさしく一年のときの藤真の実体験だったはずで、牧は弱い同意の声を発することしかできなかった。話題を変えたいついでに、もう一つ思いだしたことがある。
「カズシってやつは?」
「二月生まれ」
「ああ……!」
藤真からなぜか一人だけ下の名前で呼ばれている翔陽の二年について、その現場に遭遇するたび不思議に思っていたが、今ものすごく納得できた。そして勝ち誇った気分で宣言する。
「俺の方がカズシより一ヶ月年下だぞ」
「そうだなシンイチ! シンちゃん! ……いや、やっぱ牧は牧だな」
正直なところ、シンちゃん呼びには少しときめいてしまったので、藤真の言う通り『結構甘えんぼ』なのかもしれない。藤真の気分が変わってしまわないうちに、今日は存分に甘えることにしよう。