SDワンライ

ツイッターのSD版ワンライ企画(お題に沿って1時間で小説などを書く企画)で書いてみました。お題『ほんの冗談』
まだ付き合ってない多分高一の牧藤です。


ほんの冗談

 少女めいた長いまつ毛の下の、色素の薄い瞳が、スポーツ洋品店のショーウインドーの中に熱い視線を送っていた。
(かっけぇ〜なあ……でもちと高いか……)
 今度アメリカから入ってくる、新作のバスケットシューズのサンプルだ。
「お、藤真、これ狙ってるのか?」
「はっ牧!? なんでこんなところに」
 ここは特に海南の近所ではないのだが──問いつつも、返答にあたりはついていた。この男は異様に行動範囲が広いのだ。
「散歩だ」
 電車感覚でふらっと新幹線に乗る男にとって、神奈川のバスケ強豪校の界隈は散歩ルートなのである。
「俺もこれ買おうと思ってるんだ」
「まじ? じゃあやめるわ、お前とおそろとか嫌だし」
「そんなこと言うな。お前は白だろう? 俺は黒だ。全然印象が違うじゃないか」
「まあ、ぱっと見は違う靴に見えるくらい違うけどさあ……」
 とはいえ知っている者が見れば、色違いの同モデルだと簡単にわかるものだった。
「大体だ、バッシュの被りなんていくらでもあるだろう、いちいち気にすることじゃない」
「そりゃあ、そうなんだけど」
 買おうかどうか迷ったところだから、これをきっかけに諦めてしまうのも手だと思うのだ。欲しいのは確かなのだが──
「まあ、俺のためにお前が身を引くってなら、それはそれでいいが」
「はあぁ〜? 誰がお前のためだって? むしろこいつを履いてバリバリ活躍して、お前に気まずい思いをさせてやるぜ」
「ほう、つまり?」
 買う! と言いたいところだが、しかし持ち合わせが厳しい。藤真には真っ当にアルバイトをして小遣いを稼いでいる暇などないのだ。
「……援助交際したら買えるかな」
「っ!? おま、お前、今なんてっ!」
「ぶはっ! ヘンな顔!」
 牧は憔悴したような青い顔をして、藤真の肩を掴まえがくがく揺らす。
「おい、お前、そんなことをしてるのか!?」
 藤真はちらりと横目でショーケースを見て、再び牧の顔を見る。もちろん冗談だ。援助交際などする気は毛頭ないのだが、牧の反応が可笑しくてもう少し悪ふざけを続ける気になってしまった。
「したことないよ、まだ」
「まだ!」
「でもこのバッシュ欲しいし……」
「ダメだそんなの、俺は許さないぞ!」
「なんでお前の許可が必要なんだよ、何様なんだよお前は。牧様か? お?」
「なんでって、未成年とおっさんの淫行って捕まるやつじゃないか」
「おっさんが勝手に捕まるだけだろ? 関係ねえよ」
 牧は心がおっさん側だからそんな心配をしてしまうのだろうか、と思ったが言わないでおいた。
「とにかくダメだ、そうだ、なら俺が買ってやろう」
「無ぇーーわ! お前と援交なんてするかよ!」
「あっ? い、いやそういう意味じゃないんだ……その、見返りは求めてない。ただ、お前がおっさんに体を売ったりすると困ると思って」
 牧は途端に弱い口調になってしまった。試合の中でもこんな情けない表情をさせてみたいものだ。
「別に、オレが誰とメシ食おうがセックスしようが勝手だろ?」
「うっ……そ、そりゃあな? 愛し合ってるなら別に構わんと、思うが……」
 牧は話しながら、奇妙に胸がもやもやとして、呼吸が苦しくなると感じていた。いや、先ほどからずっとそうかもしれない。
「援交からはじまる真剣交際だってあるかもよ」
「あってたまるか、そんなもの」
「えー、頭かてえなあ」
「とにかくだな、そうだ、俺は親戚からのお年玉が余ってるんだ。使い道に困ってる。だからお前にバッシュを買ってやりたい。これでどうだ?」
「どうってなんだよ、オレだってお年玉くらいあるっつーの。あー、そうだお年玉あるの忘れてた! んじゃ、モノがなくなんないうちに予約しとくか!」
 そうして一人で納得すると、牧を置いて嬉々として店内に入っていった。
「お、俺も予約するぞ、黒を」

 目的のものを予約すると、二人で少し店内をぶらついた。友人とは言い難い関係だと藤真は思っているが、共通の趣味のものであふれた場所でつい話が弾んでしまうのがなんとなく悔しい。
「それじゃ……」
 藤真は軽く手を上げて家のほうに歩き出すが、なぜか牧もついてくる。
「いや、牧こっちじゃなくねえ?」
「家まで送っていく」
「なんで!?」
「途中で援助交際しないか心配だ」
「しねえっつうの! ウソに決まってんだろ、お前が焦るのがウケるから言っただけだ」
 藤真は言い切って、つかつかと早足で歩く。牧は変わらずその後をついてくる。
「お前にその気がなくても、変なおっさんが声を掛けて付きまとってくるかもしれない」
「いや……」
 今のお前がはたからどう見えてるのか考えろよ、とはさすがにこの少し天然なだけの善意の男に言うことはできなかった。
「冗談の通じねーヤツ」
 自らの発したほんの冗談が、牧の中に自分への強烈な感情を芽生えさせるきっかけの一つになるとは、藤真はまだ当分気づかないのだった。

 
 


2000字くらいでした。時間制限がなかったらもう少し細かいことも書いたかな? と思いますが、とりあえず最後までいけてよかったです。(いつも時間意識しないので)
付き合ってなくてももう普通に仲いいんじゃん、て感じですが当人たちはろくに自覚していないという。

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