Snacc in Hollow night 3

3.

「はぁっ、あ……♡」
 牧の下に組み敷かれ精を注がれながら、悪魔は満足げに目を細め、精悍な色黒の頬を手袋越しの指先で撫でた。
「お前、見上げた精気だな」
「性器?」
 でかいだのタフだのと前にも言われたことがあったが、付き合いはじめでもなし、いまさらで少し奇妙だ。
「なあお前、オレの眷属にならねえか?」
「けんぞく?」
 最中はもちろん冷静ではなかった。しかし波が落ち着いた今は、藤真の言動を不思議に感じる。日ごろの藤真は牧の寸劇に適当に付き合う程度で、そう混み入ったストーリーは作らない。
「オレのモノになるってこと」
「!! 結婚ってことか!?」
「さあ? 人間の結婚についてよく知らねえからなあ」
 牧にとってそれは願ってもないことで、落ち着きかけた頭が再び沸騰しそうになったが、いやまて、と理性が警鐘を鳴らす。藤真はエイプリルフールの告白だとか、真面目な話を冗談に混ぜ込むことは嫌いだったはずだ。もし本当に結婚に近い状態を望んでいるなら、これほど嬉しいことはないのだが、『将来どうなるなんて、仕事も決めてない状態で言えねえだろ』とすげなく返された記憶があるだけだ。
「……眷属になると、俺はどうなるんだ?」
「オレのモノになる。ずっと一緒にいられる」
 迷わず言って意味ありげに笑う、口もとに覗く牙を、いつもよりシャープな印象の目尻を凝視する。よくできたコスプレだとばかり思っていたものに、急激な違和感が生まれた。体の下から伸びた細い尻尾の先が、ゆっくりとゆらめいている。一体どうなっているのだろう、静かに混乱しながら、ひとまず頭の上に浮かんだ言葉を発した。
「悪魔との契約にしちゃあ……まるで、いいことしかないみたいだな」
「悪魔が悪いモンだって言いだしたのは、残された側の人間だからな。契約した本人は現実のしがらみもなんも捨ててずっと快楽の中なんだから、幸せだと思うぜ?」
 言葉を考えて選ぶ様子もなく、あまりに当然のように言ってのける、金色の瞳を見返す。これは本当に藤真なのだろうか。今まで疑いもしなかったことに、背筋が寒くなる。
「お前、一体……? 藤真……?」
 頬に触れ、尖った耳に触れる。本来の耳の上に作りものを付けているにしては小ぶりに思え、人の肌のように柔らかく、体温も感じる。
「なぁ、どうすんだよ? オレと一緒にいたくねえのか……?」
 甘い囁きが、得体の知れない恐怖とともに強烈な渇望を引き摺り出す。視線に縛られたかのように、目が離せない。
 ──ガタッ!
「な、なんだお前っ!?」
 物音と聞き覚えのある声に、永劫にも感じられた甘美な呪縛が途切れる。
 牧は声の方を──部屋の入り口を見やって驚愕する。そこには同じく驚愕の表情をした普段着のままの藤真と、ヴァンパイアのコスプレをした自分がいた。
 藤真──普段着の藤真は目を剥き口をあぐあぐさせながら、かたわらのヴァンパイアを睨みつける。
「お、おま、お前はっ!?!?」
 睨まれたほうは苦々しい顔をしつつも、いたって落ち着いて藤真を見返した。
「……まあ、お菓子でも食べながら話そうか」

「話し合っ……は!? なに、誰!?」
 ケーキの皿とフォークを用意しながら、藤真はぶつぶつ呟いては頭を横に振る、ということを繰り返している。
「だ、大丈夫か? 藤真」
 心配そうに覗き込んだ普段着姿の牧を、藤真はキッと睨む。妙に平然としているのが気に入らないが、飲み込めない事態への八つ当たりもあった。
「ドッペルゲンガー見たら死ぬっていうの、わかる気がする」
「おい、やめてくれ」
「ひとりきりだったら気が狂ったんだって絶望してたかも」
 だがしかし、牧も藤真も同じものを見ているということはこれは現実なのだ。
「……なんでケーキ四つ買ったんだよ」
 しかもちょうど四つだ。何も信じられない気分になっている藤真には、牧はあらかじめこのことを知っていたのではないかと思えた。
「二つだと寂しいかと思って、なんとなく」
「だよな」
 そう言われると、それ以上疑う気もしなかった。牧はそういうところのある男だ。日ごろ二人でしか使わないダイニングテーブルにだって、なんとなくで椅子が四つ置いてあるくらいだ。
 ダイニングテーブルに横並びに座って待っている、悪魔の藤真とヴァンパイアの牧の前にケーキの皿とフォークを置いてやる。ふたりは目を輝かせる。
「ケーキだ!!!」
「おお……!」
 それに向かい合う二つの席にもケーキの皿を置いて、藤真はむっつりとした表情で着席した。自分の偽物(?)の顔は見ていたくないので、悪魔の藤真の向かいに牧、ヴァンパイアの牧の向かいに藤真という配置だ。
「うまーっ!」
「ああ、うまいな」
 勝手に食べ始めている二人を一瞥し、藤真は大きな舌打ちをして自らのケーキにフォークを突き立てた。苛立つ藤真を横目で見つつ、牧にはそう悪いようには思えなかった。うまそうにケーキを食べているふたりの姿はまるで自分と藤真だ。微笑ましくさえある。
「……それで、君たちはいったい何者なんだ?」
「悪魔とヴァンパイアで〜す」
 軽い調子で言ってケタケタ笑う悪魔の藤真を、人間の藤真はフォークを握りしめて睨みつける。牧が話を進めるしかなさそうだ。
「どっから、なにしに来たんだ」
「なにしに来たじゃねえだろ、ハロウィンをやってオレらを呼び出してるのは人間だ」
「まあ、それは確かに……」
 日本では仮装をしてお菓子を配ったり貰ったりする日になってしまっているが、本来は先祖の霊を迎えるための祭りであることは牧も藤真も知っている。
「普段は魔界にいる。ハロウィンのときだけ人間界に出てくる」
「人間のお菓子はうまいからな!」
 小さな牙と角を持つ、悪魔の藤真は牧の目にはやはりとてもキュートに見える。牧は口もとを緩める。
「そうかそうか、おみやげにお菓子持ってくといい。藤真、なんか買い置きとかないのか?」
 藤真は牧を睨むとさも不機嫌そうに舌打ちをして、キッチンに買い置きの菓子を探しに行く。
「はぁ……」
 キッチンカウンターの扉を開け、深くため息をつく。悪魔だの魔界だの、普通は信じられることではないが、あのふたりは自分たちに似すぎている。確かに少し雰囲気が違うと感じた瞬間もあったが、抱き合っても行為にいたっても、仮装をした牧だとしか思えなかったのだ。生き写しの人間が、しかもふたりセットで現れるなど、人外の──霊的な現象だと考えるのが一番納得できるような気がした。
 安売りのときに買ったきり置いていた菓子の箱と袋を持って、三人の歓談するテーブルへ戻る。
「んじゃあ、これやるからもう一生出てくんなよ」
「やべっチョコパイじゃん! これ酔うけど超うまいんだぜ!」
「箱ごともらっていいのか!?」
「……いいけど」
 信じられないことがいっぺんに起こって無性に腹が立っていたが、悪魔とヴァンパイアの喜びようと見ると、怒る気も失せてくる。牧のようににこやかに穏やかに接する気はしない。ひたすら疲労感に襲われている。
「和菓子は食える?」
 もう一つの袋は小さな和菓子の詰め合わせだ。安くなってただの言って牧が買ってきたものだ。菓子類はふたり思い思いに買ってくるため、すぐには食べられず置いておかれることがあった。
「おっすげえレアじゃん! 用意いいな人間!」
「ありがたいことだな」
「あとは、ハロウィンの菓子の残りもなんか袋に入れて持って帰るといい」
 始終なごやかな雰囲気の牧に、藤真は深くため息をつく。見た目が同じなら悪魔でもどうでもいいのかと言いたくなったが、自分がヴァンパイアの牧としたことを思うと何も言えない。
「そういや、なんでお前らはオレたちにそっくりなんだよ。もしかして、変身してるとか」
「知らねえのかよ、世の中には同じ顔のやつが三人いるって」
「ええー……」
 確かに聞いたことはあるが、他人のそら似程度の話なのではないだろうか。
「それにオレは十万十九歳だ。お前らが勝手に似て生まれてきたんだろ」
「あっ、そ……」
 自分と同じ顔でふざけた答えが帰ってくると、それ以上追求する気も失せて、投げやりに相槌を打った。

「忘れものはないか?」
「ない!」
 悪魔たちに土産のお菓子を持たせ、親切に忘れものの確認までする牧に、藤真は眉間に縦皺を寄せる。悪魔はそれを見て意地悪く笑う。
「人間はすぐ見た目老けるんだから、そういうのやめたほうがいいぜ」
「うるせえ!」
 悪魔は続いて牧を見据える。
「……で、お前はオレと一緒に来なくていいのかよ?」
「な、なに勝手なことっ」
「ああ。俺には藤真がいるからな」
 牧は迷わず答えて藤真の肩を抱く。一時は言葉に惑わされたものの、目前の悪魔が藤真とは別人だと判明した今、この生活を捨てて彼についていく理由はない。
「ふーん。まあいっか、それじゃまた来年」
「一生来んなつっただろ!!」
 半ば追い出すように部屋のドアを閉め、間髪入れずに鍵をかける。ドア越しにヴァンパイアが「ふたり仲良くな!」と言ったのが聞こえた。
(あいつ、じゃあオレに手出してんじゃねえよ!)
「……俺たちって、魔界でも付き合ってるんだな」
 牧が満足げにうんうん頷くのを、藤真はじっとりとした目で睨みつける。
「本当にそう思うのかよ? あの悪魔、思っきし浮気してたじゃねえか。絶対牧だけじゃねえだろ」
 決定的な瞬間を目撃されてしまっている牧は、あまりないくらいに眉を八の字にして背中に多量の汗を掻く。
「そこはまあ、悪魔だから仕方ないんじゃないか? ……しかしな藤真、俺はあれが藤真のコスプレだと信じて疑わなかったから一発やっちまったのであって、それは浮気とは言わないと思うんだ」
「一発?」
「い、いや二発だったかな? だがな藤真、俺はまだまだできるぞ! 今日はお前が満足するまで寝ないつもりだ」
 大きな両手で肩を掴み、大真面目に見つめてくる牧を、藤真は軽くいなすようにふいと顔を背ける。
「……いやいいから。普通に寝てくれ」
「お、怒ってるのか? だってな、あの悪魔、ほぼ藤真だったぞ?」
「わかってるってば。だから、いいって言ってんじゃん」
「本当か? そんなこと言って、実は怒ってるんじゃ」
 悪魔たちがいたときは不機嫌を隠そうとしなかったというのに、妙にあっさりとした態度が牧には逆に恐怖に思えた。
「別に、ただ疲れてるからやりたくないだけだけど。……そうだな、じゃあ、なんもしないけど一緒に寝るか。また変なもんが沸いて出ても困るし」
「!! そ、そうだな。そういうのもいいよな」
 藤真は内心逃げるように、浴室の前の脱衣所に入ってピシャリと扉を閉めた。服を脱ぎ、シャワーを浴びながら考える。牧の言うことがわからないわけではない。自分だとて、あれが牧だと思っていたからこそ行為にいたったのだ、浮気だとは思わない。
 しかし、心は平穏無事とは言いがたい。なぜなのか。
(寝る前に、実はオレもあいつとヤッちゃったんだ、って一応言っとくか──)
 罪悪感からの懺悔というよりは、牧にも自分と同じモヤモヤを味わってほしいという思いからだ。
(悪魔ほどじゃねえけど、オレってやっぱ結構性格悪いのかも)

 翌年のハロウィンの日。牧が帰宅すると玄関のドアにニンニクがぶら下がっていて、中に入ると部屋の隅に塩が盛られていた。リビングでテレビを見ていた藤真に、怪訝な顔で問う。
「藤真、なんだあのニンニクと塩」
「魔除け」
「あれじゃあ、死者が帰って来られなくてハロウィンにならないんじゃねえか?」
「日本にはお盆があるんだから、ハロウィンはただのコスプレ祭りでいいんだ。それとも、オレより例の悪魔のほうがよかったって?」
 藤真は眉を寄せ、牧に疑惑の目を向ける。
「そんなこと言ってないだろう」
 ただ、もう間違いは起こさないにしても、またあのふたりに会えたら楽しいのではないかと牧は思っていた。ふたりの関係についても非常に興味がある。と、インターホンが鳴った。
 ──ピンポーン
「おっ、誰か来たぞ」
「げっ! まじかよ」
 妙に嬉々として、相手を確認しようともせず出迎えに行く牧に、藤真も続く。
 牧がドアを開けると、玄関がまばゆい光に包まれた。
「トリック・オア・トリート!」
「は……」
「天使!! 同じ顔の三人目か!!」
 ふたりの目の前に現れたのは、白いひらひらした衣装を纏い、背中に翼と後光を背負った、ふたりと瓜二つの天使二人組だった。
「帰ってくれ」
 藤真は冷静に冷酷に言い放ち、牧の前に割り込んで思いきりドアを閉めて鍵をかけた。
「おい、閉めるな! 隣人を自分のように愛せ!!」
「お菓子を出せ! 神と和解せよ!」
「うるせー! うちは仏教だ!!」
 ドア越しに文句を言う天使たちに藤真もドア越しに返し、牧の腕を引いてリビングに戻る。
「うちって仏教なのか?」
「どうでもいいだろっ!」
「しかし、俺たちは魔界でも天界でも一緒にいるんだな」
「……な。どうなってんだろうな世の中」
 魔界だの天界だのが日常会話に出てくる自体あり得ないと思うのだが、実際に遭遇してしまったのだから仕方がない。
「まあなんにせよ、人間の俺には人間のお前が一番だ」
「ほんとかな……」
 疑わしそうに言いつつ、口もとに差し出された焼き菓子に噛みつく。ほろりとほどけた甘みに、唇は素直にほころんだ。
 
 
 
<了> 

Snacc in Hollow night 2

2.

「トリック・オア・トリート!」
「ッ!! ……なんだ牧か、脅かすなよ」
 今日さんざん聞いたセリフだったが、帰りの道端でいきなり言われたらそりゃ驚くよな。ここは街灯があってまだ明るいけど、暗がりでもし人違いしたら不審者じゃねえか。
「お前、家で待ってんじゃなかったのかよ?」
 思いきりびびっちまった恥ずかしさを紛らわすように、目の前に現れた見知った顔を睨みつけて、そのままじっと見つめてしまった。
 ありていに言えば、よくあるヴァンパイアのコスプレだ。襟の立ったマントに、中世ヨーロッパって感じのジャケットとスラックスにひらひらのブラウス。ちょうどいいサイズなせいか老け顔のせいか、コスプレの割に安っぽく見えなくてすげー本物っぽい。髪はオールバックにしてて、尖った耳をつけて、目にカラコンまで入れてる。明るい茶色っつうか、黄色っつうか、金色か? あんまり言わないが、牧って老け顔なだけで正直顔はいいと思う。色素の薄い、鋭い印象の目の色はよく似合ってて、見つめられるとドキッとしてしまう。今年は妙に気合い入ってんな。しかし、似合うは似合うんだが、ヴァンパイアって太陽が苦手なはずなのに色黒なのがウケるな。
「お菓子は持ってないのか?」
「あ? だから、お前が買っといて家で待ってるって話だったじゃねえか」
 確かそういう話だったはずだが、牧はお菓子を用意せずにコスプレしてここでオレをまちぶせてた。普通に帰り道だからまちぶせ自体はできるだろうが……テレビ見てたか、ぼうっとしててちゃんと話聞いてなかったのか? まあ、オレは別にいい。どっちかっていうと、行事の形式にこだわるのは牧のほうだったはずだ。
 牧は顔を近づけて、オレの口もとで高い鼻をフンフンさせた。
「甘いにおいがする」
 よく見ると犬歯にキバが付いてる。ドラキュラの仮装のキバって、もっと不自然に前歯全体が浮いてる感じのイメージだったが、最近のはよくできてるんだな。
「学校でお菓子配ってるやつらがいたからな。別に大したもんは食ってねえけど……あ」
 そのときの残りがあったと思いだして、ジャンパーのポケットに手を突っ込む。すげえ寒いってわけでもないが、最近はこの薄手のジャンパーを前開けっぱなしで雑に羽織ってる。
 オレはひとくちサイズの個包装のチョコを取り出して牧に渡した。
「ほい。ハッピーハロウィン」
「おぉ……! いただこう!」
 牧は妙に嬉しそうにそれを受け取ると、やっぱり嬉しそうに頬張った。
「……?」
 いや、ノリの悪いやつじゃねえから、オレから受け取ったチョコを不味そうには食わないだろうが、それにしてもなんとなく不思議なんだよな。役作りだろうか。牧はコスチュームプレイのとき、AVみたいな設定とか寸劇入れるのが好きだから。
「オレも食おうっと」
 ポケットには同じのがいくつか入ってるから、オレもチョコを取り出して口の中に放った。
 牧は口をむぐむぐ動かしてたが、食い終わったのか唇をぺろりと舐めてこっちをじっと見てくる。
「あに、足りないって?」
 まだポケットに残ってた、たぶん同じチョコを渡す。
 追加のチョコを頬張ると、牧は鼻で深く呼吸をした。大きく……荒く? 荒い呼吸を、鎮めようとしてるみたいにも聞こえた。
「……チョコは媚薬だ」
「あ?」
 バレンタインのころにそんな話題を見かけた気もしたが、そんなんだったらいろんなとこで発情してることになるよなって、ただの宣伝のネタだと思って真面目に考えてはなかった。だけど牧はぐっと体を寄せて、片腕で力強くオレの体を抱いて
「っ……!!」
 唇を奪うって感じでキスをした。香水だろうか、チョコだけじゃない、もっと深い甘いにおいがしてるようで、強く吸われる息苦しさと相まってくらくらする。厚い唇に食われてる感じにはいつも興奮するが、鼻先の冷たさにハッとして胸を押し返す。
「お前、なにっ……!」
「いいじゃないか、今日はハロウィンだ」
 大真面目に、当然みたいにそう言った。暗くて表情ははっきり見えないが、声の調子からわかる。それからオレは、ちょっとズレてるこの男の言いたいことを適当に解釈して呑み込む能力も身につけていた。
(ハロウィンの夜だから、仮装してキスしてるカップルがいたって誰も気にしねーってことか?)
 オレは牧の顔を見返して、それからその横に大袈裟に広がって立ってるマントの襟を見た。確かに、牧に覆い隠される体勢でいちゃついてるぶんは、通りすがりには男同士かどうかもわかんないかもしれないな。……オレが騒ぎさえしなければ。
 そうこうしてる間にも牧はオレの脇腹やら腰やら尻やら触ってきて、もう一度キスしようとしてくる。
「やめいっ!」
 思いきり顔を背けて抵抗と拒絶をアピールしたオレの目に、寄り添いながらふらふらとそこの公園に入っていくカップルの姿が見えた。酔っ払ってるのかもしれない。牧は不思議そうにそれを見てる。
「あっちにはなにがあるんだ?」
「公園」
 子供が遊ぶ公園じゃなくて、昼間は大人がくつろいでたり、ちょっとしたデートスポットにもなってるような広い公園だ。この辺はラブホがないから、夜中になればそういうことしてるやつもいるっていう──
「楽しそうだな! 人間って、公園でデートするんだろう」
「う、うん……?」
 ハロウィンに紛れて人間界に出てきたヴァンパイア、って設定かな。手首をぐいぐい引っ張られて連れてかれると、なんとなく『まあいいか』って気分になって公園に来てしまった。公園デートってのもひさびさっつうか。高校のとき、偶然を装ってそんな風にしたこともあったけど、一緒に住んでからはないかもしれない。牧って金持ってるから、休みの日はなんか食いに行こうとかちょっと遠く行こうとかなりがちで、バスケットゴールもない公園でのんびりってのはあんまりない。
 ベンチに座ってるカップルの後ろを通りすぎながら、女のほうが頭にでっかいリボンを乗っけてるのを見て思いだす。
「そういや、オレまだコスプレしてないけど」
「そのままでいい。すごくかわいい」
「!?」
 なんで? って思ったのと同時に、不覚にもときめいてしまった。別に、かわいいとか言われたいわけじゃねえけど、顔を合わせるのが日常になってから、あらためてそう言われると照れるっつうか。
 そのまま公園の中を歩いてくと、枝を広げる木の横に、空いてるベンチがぽつんとひとつある。
「ちょうどいいな」
(なにに!?)
 思いつつも、促されるままふたりでベンチに座った。ちょっと離れたところに街灯があって、濃い影の落ちる牧の横顔は、コスプレのせいもあってなんだかミステリアスで、いつもとは別人みたいに見えた。こいつはそうなんだ、日ごろ思ってる以上に堀りが深いから、結構いろんなふうに見える。
 牧の大きな手がオレの手の甲を包むように握る。大人びた笑みを浮かべた顔が近づいてきて──唇を塞いだ。
「……!」
 夜で近くに人気はないつっても、ここは公園だ。公衆の場所だし、壁で遮られてるわけでもない外の空間だ。〝やばい〟って、心臓がドクドクいったが、しかしオレは抵抗しなかった。たぶん大丈夫、こんなの学生カップルにはよくあることで、騒ぎなんて起こらない。よくわかんないけどそんな気がした。初めてのあぶない体験への興味もあっただろう。
 あぶないっつえば、オレたちは高校生のときから付き合ってたから、バレたらいろいろやばかったと思う。どっちかっていうと立場的にはオレのほうだな。互いにそう思ってたから、参考に読んだBLみたいに体育倉庫や更衣室なんかではやらなくて、牧の部屋やラブホで慎ましくやってた。
 だが今は大学生だし、過去の立場なんてもう関係ないんじゃねえか? ここは学校とかでもないし、合意でイチャイチャするくらい別にいいはずだ。牧もそう思ってるんだろう。
「んぅっ」
 舌の先に牧のキバが触れるのに、なんだか感じてしまった。牧は機嫌をよくしたのか、オレの舌を吸っては弱く歯を立てて撫でるってことを繰り返してる。
「ん、ん……♡」
 オレはまんまと感じて、パンツの中で股間を硬くしていた。こう、牧から迫ってくるほうが多いかもしれないが、結局はオレもいいって思って受け容れてるわけで、お互いさまなんだよな。
 牧のでかい手のひらがシャツ越しに胸を触る。脈が早いってバレそうで恥ずかしいが、妙に落ち着く感触でもあった。それからその手でシャツのボタンをいくつか開ける。スゥと冷たい外気に触れた首筋は、すぐに牧の厚い唇と舌で撫で回された。
「っ、ぁ…」
 口以外の体にキスするのも舐めるのも、そこまで珍しいことじゃないが、なんだか今日は執拗だ。……いや、うん、ピンときた。
「やたら首舐めてくるのって、ヴァンパイアだから?」
 確かヴァンパイアは首筋を噛むもんな。普段着のオレに妙に萌えてるのもその設定のせいかもしれない。ヴァンパイア×非力な人間。
「……! ああ、そうだな……」
「オレのこと噛みたい?」
「それは……! それはダメだ」
「噛まれたら、ヴァンパイアになるんだっけ?」
 ヴァンパイアとかドラキュラの話って、なんとなく知ってるようでいて実は正しいこと知らない。牧はちゃんと知ってるんだろうか。
「ヴァンパイアのしもべになる。しもべは自分の意思を失い、全く別の存在になる。……俺が好きになった人間は、俺のものになるのと同時にいなくなる」
 牧はしみじみと、さも悲しそうに言った。元ネタは映画だか漫画だか知らねえが、やたら感情移入してるようだ。
「ヴァンパイアって、なんか破綻してる生き物なんだな。じゃあ、オレを噛みたくても我慢しないとな」
「それはもちろん……」
 牧はオレの首筋に頭を擦り寄せながら、シャツ越しに腹を撫でて、オレのズボンの前をいじる。
「で、エロいことして気を紛らわすって?」
「ああ、そのとおりだ」
 ズボンの前を開けて、パンツの上からオレのモノを掴んでスルスル撫でる。オレの体もすっかりその気で、パンツに手を突っ込まれても抵抗できない。
「んっ」
 席を立ってオレの前に来た牧は、ひざの間に体を割り込ませてしゃがむと、オレのズボンとパンツをずり下ろして、硬くなったちんぽを咥え込んだ。
「ぁ……!」
 オレは喉の奥でごく小さく叫んだだけで、口をつぐんで身を強張らせる。手は牧のマントの肩部分を掴んでるが、抵抗ってほどの力は入ってなかった。
「っ、ンッ…」
 ちゅぱ、じゅぱ、やらしい音を立ててしゃぶられながら、オレはベンチの背もたれにのけぞって上を見る。黒い木の葉っぱの間に藍色の空と星が見えて、ほんとに外でされてるんだって実感する。誰か来たらどうしよう、いや誰もこないって。でももし誰かに見られたら……?
「はぁッ♡」
 フェラが気持ちいいのはあるが、この状況にもすげー興奮してると思う。こんな願望、抱いたことなかったと思うけど……。そのうち牧はオレの右脚を持ち上げ、右だけ靴とズボンとパンツを脱がせてベンチの上に載せさせた。左脚は膝あたりにズボンやらが溜まってる状態だ。脱がされた脚と、なによりケツやら股が寒かったが、それもすぐに意識の外に追いやられる。
「ぁっ」
 牧はちんぽを握りながら太ももの内側にキスしたり、にゅるにゅる舌を這わせたりしてたが
「ッッ!!!」
 じきオレの尻の割れ目を、穴をべろりと舐め上げた。上の口と下の口でキスして、そこをこじ開けるように舌をびちびち蠢かせながら埋め込んでいく。
「あぁっ、ぁ…♡」
 まじかよ! って思ってるはずなのに、思わず浮ついた声を漏らしてた。穴を舐められるのは、普通に家とかでされるのも恥ずかしい。もちろん、特に牧と一緒に住んでからはいつも綺麗にしてるつもりだが、それにしたってやっぱりイメージはある。だけどもう、ただの排泄器官じゃなくてセックスのための場所になってるのも事実で──ちんぽを扱かれながら穴を、中を舐められてるのがたまらなく気持ちよくて、体の奥がきゅんと疼いた。
「んくッ♡ あっ、あぁっ、アッ…♡♡♡」
 よだれとローションかなんかですっかり濡らされて、そこは牧の指に掻き回されてヌチュクチュやらしい音をさせてる。硬い節を感じさせる牧の指が擦れるのは気持ちいいが、もっと気持ちいいものも知ってる。
「牧、たぶん、もう……」
 自分でも可笑しいくらい辿々しく言うと、カッと顔が熱くなった。一応、恥じらいなんだろう、たぶん。だってこれで、完全にオレも同意したことになったわけだし。
「あぁ……」
 腰を上げた牧がズボンの前をごそごそやる。熱くて硬くてぶっといモノが、オレの尻に押しつけられた。
「ぁ…♡」
 思わず間抜けな声が出て、自分でもちょっと引く。だけどもう、それが欲しくてたまんなかった。
「挿れるぞ」
「ああ……」
 焦らすように割れ目に擦りつけられるのを、望むところだと首を縦に振る。体に押し込まれるモノの圧に、慌てて手で口を塞いでのけぞった。
「っく、んんン……!」
「あぁ、すごいな……」
 静かにつぶやいた牧を見返すと、光の当たりかたでか、いつもより色素の薄い瞳がぎらりと光ったように見えた。野生的っていうんだろうか。もっとベストな言葉もありそうだったが、とにかくそれはすごくセクシーで、オレはもうされるがままだった。直接言ったことはないが、オレって実は牧の老けモード(大人っぽい格好)にかなり燃えるみたいだ。たまにそういう格好でやるとき思う。

「ん、んふっ、ぅっ…♡」
 繋がったままキスされて、シャツをはだいて胸や腹を撫で回されて。冷たい空気と夜空の下でやってんのがなんだか愉快になってきて、そのうち自分で右脚を掴んで開いて、がっつり受け容れ体勢になっていた。ヴァンパイア姿の牧にがんがん犯されながらちんぽ扱かれて、気持ちよすぎて頭がおかしくなりそうだ。
「あ゛ぅ、あっ、あンッ…やばっ、出るッ♡」
「いいぞ……俺もだ……」
「あぅっ、んッ、ンン──!!」
 ぶつけられる熱量が強く激しくなって、咄嗟に手の甲を噛んで口を塞いだ。声を抑えても体は止まらなくて、牧のモノに押し出されるみたいに途切れ途切れに射精していた。
「ん゛ぅ、んん、ん……♡」
 頭が真っ白で、ふわふわして、くらくらして、あったかくて──牧もほとんど一緒にイッたみたいで、痛いくらいにオレを抱いたまま、首筋に顔を埋めてフーフー粗く息をしてる。正直苦しいけど、好きな時間だ。
 ケツの奥が熱くてじゅぐじゅぐしてる。中出しされてる自体にすげえ感じるってわけじゃないが、たまんない満足感がある。軽々しくすることじゃないって思ってるから、特別感があるんだろう。
 幸せなのかもしれなかった余韻が引いてくと、空気の冷たさと一緒に急激に現実が戻ってきた。上を見れば木、空。もし誰かいたらと思うと恐ろしくて、辺りを見回す気にはなれない。
「まだ足りないんじゃないか?」
「う、うるせえ!」
 硬いまんまの牧のに、中が食らいついてるのがわかる。中出しされたあとの二発目……って思うと惹かれないこともないが、オレにはもう戻ってきた理性があるんだ。
「帰ったらいくらでもできるだろうがっ!」
「そうか……!」
 牧はものすごく聞きわけよく腰を引いた。でっかいモノがずるりと抜けていく。そのまま強引にされたらされたで別によかったんだが……とか思いつつ、渡されたハンカチを尻に当てた。なんだか柔らかくて高そうなハンカチだが、中出ししてきたのは牧なんだからしょうがないよな。
 尻と股を気が済むまで拭って、パンツとズボンをちゃんと穿いて靴も履く。身じたくできたと見ると、牧は間髪入れずに言った。
「それじゃあ、帰ろうか」
「……」
 こいつは、手前のちんぽでボディブローされることのダメージをわかってねえんだよな。やってる最中は気持ちよさが勝ってるが、事後は正直だいぶダルい。萎縮されても嫌だから、あんまりストレートに言ったことはなかったと思う。
「う〜、ん……」
 やってるときの体勢が少しきつかったのもあって、オレは動きたくないのをごまかすみたいに牧に抱きついた。
「疲れたのか?」
「別に……」
 牧は急かすでもなくオレを抱き返して、よしよしって感じで背中を撫でた。ちょっと悪いことしたとか思ってんだろうか。なんか、やっぱ好きだな〜ってしみじみしちまって、もう少しの間、そうやってふたりで抱き合っていた。
 
 
 

Snacc in Hollow night 1

1.

 オレンジ色のカボチャ、魔女とコウモリのシルエット、Happy Halloweenの文字がいたるところで目に入る、今日はハロウィン当日だ。
 季節を感じさせるイベントは好きだ。実家のころは弟と妹がいるのもあって家族でなにかしらやってたが、中学に上がるとバスケやってる時間がぐっと多くなって、高校時代は季節の行事からはほとんど遠ざかってた。景色の移り変わりなんかは感じてたが、時間の流れが早かったっつうか、いつもどっかしら急いでたと思う。こうしてのんびりした気分で街を眺めるってのは懐かしい感覚だ。
 大学生活もはたから思われてるほど暇じゃないんだが、高校のころよりはずいぶん余裕があって、藤真と一緒に住んでるってのがなによりでかい。毎日会えるし、予定を合わせるのだって簡単だ。
 藤真は夕方まで大学の用事だっていうんで、俺は適当に散歩してハロウィンの詰め合わせお菓子とカボチャのケーキを買って、今は家に帰る途中だ。家に着いて、藤真も帰ってきたらそりゃあ愉しいことをする予定だが、外ではあまり具体的に考えないほうがいい気がする。
 まだ日の落ちきっていない、見慣れた住宅街を歩いてると、妙に唐突な印象で目の前に人影が躍り出た。
「トリック・オア・トリート!」
「うおっ、……藤真……!!」
 取り落としそうになった手荷物を握る拳に、自然と力が入る。体じゅうの血が一瞬で沸いた気がした。
 現れたのは、セクシーでキュートな小悪魔姿の藤真だった。黒のエナメルで統一した衣装は、小さな三角ブラとホットパンツ、ひじ上手袋にひざ上のブーツ。手足が覆われてるぶんだけ、平らな胸と白い腹が際立って見えた。頭の上には小さな黒い、少し曲がったツノが二つ。手の込んだことに耳の先が尖ってて、目はカラコンでいつもより淡く、金色に近い色をしてる。表情を作ってるのか、カラコンのシャープな印象のせいか、目尻が少しツリ上がって見えた。
 サプライズってやつだな。予定外の登場をしたこいびとを見据えると、嬉しさとやらしさの混じったニヤけ顔になっちまうのが自分でわかる。
「待っててくれたのか。すごく……嬉しいんだが、風邪ひきそうだな」
 目のやり場に困りつつも案外冷静に、俺は自分が着てたブルゾンを脱いで藤真の白い肩に掛けた。コスプレで練り歩いてる人間はちらほら見かけたが、これはさすがにあんまり人に見せたくない。もう結構寒いから、普通に風邪も心配だ。
「ん? ……おお、あったかいな」
 藤真は一瞬不思議そうな顔をしたが、納得したようにニコッと笑った。口から覗いた犬歯がキバみたいに尖って、小悪魔なのに無邪気っぽくてすごくチャーミングだ。ずいぶん気合いが入ったコスプレだと感心するやら、不思議なくらいのかわいさに射抜かれるやらで内心忙しい。もちろん普段の感じもいいんだが、なんだろうな、やっぱりコスプレって新鮮でいい。きっと藤真もそう思って張り切ったんだろう。
「落とすから、ちゃんと袖通して」
 マントみたいにくるまってるのもかわいいんだが、危なっかしいからな。藤真は平均より華奢ってわけじゃないんだろうが、半裸に近い状態で俺の服を羽織ってると小柄でかわいく見える。彼シャツみたいな……所有感みたいな、そういう満足感もあるだろうな。でもこの格好ならカジュアルなブルゾンじゃなくて毛皮のほうが似合うかもしれない。黒いツヤツヤのゴージャスな毛皮を着せて、リムジンの中で──
「トリック・オア・トリート!」
「ん?」
 藤真は出会い頭のセリフをまた言って、黒いエナメルに包まれた指を鉤型に曲げた。がおーって感じだな。恐くはなくて、かわいさしかない。
「お菓子くれ!」
 ハロウィンは合法的にコスプレできる日って感じで、藤真はお菓子はそこまで楽しみにしてなかったと思うが。〝お菓子大好き小悪魔〟っていう設定なのかもしれないな。俺は手に持ったお菓子の袋を持ち上げて鳴らす。
「買ってきたから、家に帰って一緒に食べよう」
「おう、じゃあ早く家に行こうぜ!」
 無邪気な笑顔を浮かべて擦り寄られると、なんだか下腹を撫で上げられて誘われてるような心地だった。藤真、演技派だとは思ってたが、今日はなんかすごいな。子供っぽさとセクシーが同居してる。メイクについては、同じ大学にタレント関係やらメイク担当志望やらいろいろいるって聞いたことがあるから、そういう友達によるものかもしれない。……大学の用事って、もしかしてそういうことか?
 外でコスプレしてるくらい乗り気なら、手を繋いでも許されるんじゃねえか? 無性にそう思えて手袋越しに藤真の手を握った。
「!」
 藤真は拒否せず、それどころか指を絡めてきた。冷たく張り付くような感触が新鮮で、肌同士が触れてるわけでもないのに妙にやらしく感じる。見返すとセクシーに微笑して……今日は藤真が大胆なんだと思ってたが、もしかして俺が興奮しすぎなだけなのか? 帰ったらのんびりお菓子なんて食ってられるだろうかと思いながら、藤真の手を引いて帰り道を急ぐ。

「おいっ!」
 家に着くと、藤真がブーツを履いたまま上がろうとするんで思わず声をあげちまった。藤真は不思議そうな顔で、片足を上げたままの格好で止まってる。なんだ、俺がおかしいのか? いくら短時間しか履いてなくたって、外を歩いてきた靴でそのまま家には上がらないだろう。潔癖症とかじゃなくて、日本人的なだけだと思う。……しかし、そうだな、この小悪魔のコスプレはロングブーツも込みで成立してるってのもよくわかる。俺だって、できればこのままの藤真とエロいことをしたい。
「ちょっと待っててくれ」
 俺はダッシュで(ってほどの距離じゃないが)ダイニングテーブルの上に買ったもんを置いて、キッチンから濡らしたふきんを持ってくる。
「足上げて」
 泥道を歩いてきたわけでもないから、拭いとけば靴脱がなくてもいいだろう。藤真は言われるままに足を持ち上げて、堂々とした態度で靴の裏を拭かれている。ふてぶてしい藤真ってのは、翔陽時代はそういうイメージのときもあったが、家ではあんまり見ない気がしてなんとなく面白い。
「……よし、もう大丈夫だ」
「ヨシ!」
 藤真は一直線にダイニングテーブルに歩いていく。そういえばお菓子大好きな設定だったか。いや、腹が減ってるのか? 今まで気づいてなかったが、ホットパンツの尻の上から、鞭みたいにしなる黒い尻尾が伸びて、歩くのと一緒にふわふわ揺れてる。どういう仕組みになってんだろうな。しっぽの先っぽはハートが逆さまになったみたいな形をしてる。
 藤真は椅子に座ると、買い物袋の中からオレンジのカボチャの顔がプリントされたパッケージを取り出した。外装がハロウィン仕様なだけで、中身は普通に売られてる個包装の菓子を詰め合わせたもののはずだ。
 藤真は嬉々とした様子で、バリッと豪快にそれを開けた、というか破いた。パッケージが裂けて中の個装の菓子が多少散らばったが、まったく気にしない様子でひとつを開けて食べ始める。
「……」
 藤真らしくなくて面食らってしまった。残った菓子をまとめておきにくいような開け方とか、普段の藤真なら嫌がって怒るんだが。なんだろうな、キャラづくりに目覚めたんだろうか。藤真の向かいの席に掛けて観察すると、なんだか動物みたいな印象で一生懸命にチョコを食ってる。
「うまいか?」
「うまい!」
 ちょっとした違和感も、はじけるような笑顔を見たらどうでもよくなってしまった。
「そうか、よかった。好きなだけ食べるといい」
 ものを食ってるときに無防備だってのは、人間でも動物でもなんでもそうだろうが、小悪魔も同じみたいだ。俺の上着を羽織ったままで、子供みたいに目を輝かせながらモグモグ口を動かしてる藤真はものすごくかわいい。
「……」
 甘いにおいをさせながらお菓子を頬張る藤真をしばらく微笑ましい気分で眺めていたが──相手が子供や動物なら微笑ましいだけで終わるんだが、俺たちは付き合ってる。当然、発生してしまう欲求があった。
「俺も欲しいな」
「あ? 人間はお菓子をくれる係じゃねえのかよ」
 人間、って言うのは、藤真だけコスプレをしてて俺が普段のままってのが気に食わないのかもしれない。そもそも藤真の行動が予定外だったせいなんだが。藤真は「しょうがねえなあ」とか言ってお菓子の個装のいくつかをこっちに寄越すが、俺は立ち上がって藤真の横に行く。
「……俺はお菓子よりイタズラがいいな」
 顎を掴まえて上を向かせると、金色の瞳がまっすぐに見返してくる。野生的な猫みたいな印象と、でかい上着と唇の端に付いたチョコのあざとさがアンバランスで、だがこれこそが藤真の魅力だとも思える。放っておけない。もっと知りたい。少し懐かしい感覚に、
ごくりと大きく喉が鳴った。吸い寄せられるように、身を屈めて唇を食む。
「ん……!」
 甘ったるい唇に吸いつきながら、柔らかな口の中を夢中で舐め回すと、体の底からムクムクと欲望が湧いてはっきりと形を作る。いつもはないキバの先が舌に触れて、少し不思議な感じもあったが、気を散らすほどじゃなかった。
 もう一方の手で首筋と、エナメル越しの平らな胸から露出した腹を撫でる。柔らかな肌は想像と違って冷たくはなく、しっとりとして手のひらに吸いつくようだ。藤真の体全体が大きく波打ったかと思うと、結構な力で胸を押し返されて顔を離した。
「ンッ、ふふっ……しょうがねえなあ」
 目を細めて唇を舐める仕草は小悪魔的ではあったが、ほんのり赤い頬ととろんとした目つきは酔っ払ってるときみたいにも見えた。

 藤真は積極的だった。ベッドの前で服を脱いでるときはせっつくように手伝おうとしてきたし、俺がベッドに乗るとごく当たり前みたいに腰の上に跨がってきた。小悪魔モードってことなんだろう。
「藤真……」
 たまんなくて、なんとなくつぶやいたきり続きは出てこなかった。別に普段の藤真が特に消極的だってわけじゃないが、ここまでノリノリなのは割と珍しいと思う。
 ブーツとホットパンツを穿いたままで脚を開いた格好で跨がってるんで、タイトなエナメルの間に白い太ももがむっちりと強調されて見えた。その股間の前にビンビンになって立ちはだかる俺の相棒に、手袋に包まれたままの細い指が触れた。
「っ…!」
「めちゃめちゃ発情してるじゃねえか、人間」
 まるでそれを非難するみたいに唇の端を釣り上げて言って、雑な手つきで俺のちんぽを弄り回す。
(藤真、そういう感じもできるんだな……!)
 いつもとは全然違う感じに、不覚というか意外というか、俺はめちゃくちゃ興奮していた。物好きな心理テストでSかMかって判断するようなのがあるが、俺はあれは間違ってると思う。なんでどっちかに決めないといけないんだ? 好きな相手とだったら、どっちだって愉しいじゃないか。
 藤真は頭を垂れて、尖らせた舌の先から俺の先っぽめがけてねっとりとした唾液の雫を垂らすと、手袋のままでそれを扱いた。
「おぉっ……」
 体温を感じない無機質な感触が絡みつくのにも、視覚的にも、なんか無性にみなぎってどんどん金玉がパンパンになっていくような気がした。
 藤真は見せつけるように舌先で唇を舐めて、目を細めて笑う。
「それじゃあいただくか」
 ゆっくりとホットパンツのジッパーを下ろすと、迷いのない手捌きでホットパンツと下着を一緒に脱いでいく。黒くしなやかな指先が下穿きを連れて、白い太ももから人形的な印象の脚を撫でるように通過してそれを脱ぎ捨てる。俺は綺麗なストリップでも見てるような気分で(実際見たことないんだが)その光景に見惚れていた。
 姿勢を直してあらためてこっちに向いた藤真の、露わになった性器は半勃ちって感じでまだ下を向いてたが、それはそれでエロいと思う。なにより、腕と脚と乳首を隠してるのに下半身が丸出しってのが、そこが強調されて見えてものすごくエロい。実は小悪魔じゃなくて淫魔のコスプレなんじゃないだろうか。
 藤真は股を開いて俺の腰の上にしゃがみ、すっかり待ちわびてわなないてる俺の息子にもう一度たっぷりヨダレを垂らすと、体の中心に──尻の穴に向かって導くように、先っぽを宛てがって擦りつけた。そうして細い腰をしならせ、ゆっくりと俺を呑み込んでいく。
「おぉっ…」
「っく、ふぅっン…♡」
 藤真の白い肌の、ちょっとくすんだそこが黒くて太いちんぽを受け挿れていくところはいつ見ても最高だ。俺はそれをじっくりと、いやらしく見守る。しかし、いくら慣れてるったって、ツバつけただけで尻にちんぽが入るのか? コスチュームに着替える前から準備万端にしてたってことなんだろうか!?!?
 その設定だけでオカズにできそうなくらい、考えるとものすごくエロいんだが、根もとまでずっぷりと咥えて身震いされると考えてもいられなくなる。
「っ、すっげ…♡」
 目を細め、ニッとキバを剥いて笑い、自らの手で自分の性器を愛撫して喘ぐ。
「あぁ、んっ…」
 藤真が感じてのけぞると、中もうねって、きゅうと締まって吸い付くみたいだった。ものすごくエロい感触で、ため息に思わず声が混じる。酔っ払ってんじゃないかって感じもするが、小悪魔キャラとして大胆になってるんだろうか。どっちにしろ望むところだ。
 左手で性器を、右手で太ももの内側をまさぐってるその体の中心に深く打ち込むように、俺はぐっと腰を持ち上げる。
「ぅあッ♡」
「今日はずいぶん大胆なんだな」
 あまり大きな動作じゃないが、内部を味わいながら、腰を回すように動かしてやる。
「んふっ、だって、チョコなんて食わすからっ♡ あぁッ♡」
 よくわからんが、そういうキャラ設定なんだろう。俺は持ち上げてた腰を下ろし、また突き上げて、ベッドの反動を使って上下に揺さぶる。
「んぉっ、あっ♡ んんっ、あぁ〜ッ♡」
 藤真もそれに合わせて腰を振る。ズボズボと尻穴にちんぽを出入りさせながら、辿々しく自らの性器を刺激してあられもなく喘ぎ、乱れる姿に俺はなんの疑問も抱かずにのめり込んだ。もっと藤真をよがらせようとすると、それがそのまま俺の快感になる。こんなに愉しいことがあるか? 
「んくっ、あんっ、ぁあぅッ!」
 藤真はのけぞって後ろに手をついて、ガクガク、ビクビクと細い腰を震わせてる。平らな胸から腹への曲線がきれいだ。掘られてるケツ穴は丸見えで、その上でぶるんぶるん揺れるちんぽが無性にかわいくて愛しい。顔とか性格とか、そんな話じゃないんだ。もう全部、全部が好きで止められない。
 パンパンと体を打ち付ける音、それに合わせて囀るみたいな藤真の声の間隔が、徐々に早くなっていく。
 俺は夢中で快感の沼地を泳ぎ突き進み、藤真の中に思いのたけを吐き出した。
「はっ、あんっ、出てるぅっ、あぁッ……♡♡♡」